このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

中根隧道



曲ったトンネル。
狭いトンネル。

悪い道路の典型例なのであるが、何気なく地図を見ていた私は気になるトンネルを発見した。
次のリンクをクリックしてみて欲しい。

問題のトンネル(別ウィンドウで開きます)


狭い上に直角にカーブしている…。
ヘアピンの途中にトンネルがあるということなのであるが、どんな姿をしているのだろう。
2008年のゴールデンウィークに訪問した。




舞台は長野県の南端、飯田市。
2005年に編入合併するまでは、南信濃村と名乗っていた地区だ。

社会人になって初めてのGWということで、どこに行こうか考えていた私。
旅先を決めるにあたって定めた、①行ったことのない地域、②遠くて日帰りでは行きにくい所、③なるべく混まない所という三条件を満たしていたため、この地域に白羽の矢が立ったのだ。


この日私は混雑を見込んで、早朝に長野市を出発。
長野→上田→茅野→長谷と、下道を延々と5時間走り、飯田市入りした。




酷道として悪名高い国道152号線を南下。
真新しい上島トンネルの手前で、その山の方へ向かう道が分岐する。
いきなりロックシェードが出迎え、そのまま上島トンネルの真上を乗り越えるインパクトある道が、今回紹介する隧道へのアプローチ路だ。

この道を進むと、「日本のチロル」として有名な下栗地区があるため、地元民以外の通行もあるようだ。
下栗に関してはこちらのサイトが詳しいです→「 下栗の里 」。




離合困難な狭路をえっちらおっちら登ってゆくと、三叉路が現れる。
右奥へ進む道は、遠山川に沿って(と言っても高低差はかなりある)下栗地区や南アルプスへと至る、この辺りのメインルート。
真ん中の道はこの上にある民家に向かう道らしい。
そして目指す隧道は、左奥へ進む道の先にある。
中根という地区へ向かう道だ。

これより先はさらなる狭路が予想されるため、路肩が広いメインルートに車を停め、徒歩で進むことにした。




欝蒼とした竹林の中を進む道。
ガードレールもない狭路だが、先に集落があるためか、舗装はしっかりしている。

南信(長野県南部)は険しい谷沿いの斜面にも多くの集落がある。
集落が険しい立地にあるということは、長野県全体に言えることなのであるが、南信においてはそれが特に顕著であるように思える。
気候が温暖であるが故、定住できる標高のラインが上がっていることがその一因と言えよう。





この辺りの標高は、約700m。
南信濃の市街地や、遠山川の水面は約500mであるので、随分高い場所にあることが分かる。
それでもこの辺りはまだ低い方で、下栗地区にいたっては1100mに迫る勢いである。

今日は、標高の割に気温が高く、この切り通しを抜ける風が気持ち良かったことを、よく覚えている。






切り通しを抜け、中根集落に入る。
まず目に飛び込んでくるのは、茶畑だ。

急斜面を鮮やかに彩る茶畑。
南信や静岡県北部においてはよく見られる光景だ。

相変わらずガードレールのない狭路が続き、私は心の底から徒歩で来て良かったと感じ始めていた。





それにこんな生活感が漂う場所へ、余所者が車でズカズカ入ってゆくのは迷惑な話だろう。

この辺りを歩いていると、地元のおじさんに「おおっ、大きくなったなぁ!!」と声をかけられた。
どうやら里帰りの若者と間違えられたようだ。

近隣の人間関係が希薄な町に住んでいると、こういった深い関わりあいを持つ村の生活が羨ましく感じることがある。





谷側を望めば遥か眼下に遠山川の流れ。
うっかり脱輪しようものなら、200m下の川まで直行してしまうかもしれない。

手前に民家の屋根が写っているが、この民家も凄まじい場所に立地している。
平地など存在しないので、石垣を盛り、その上に家を建てる。
その民家もそんな構造をしている。






日当たりの良い斜面に集落が立地するという、セオリーのとおり、南向きの斜面には民家が集落が点在しているが、対岸はただ林が広がるだけだ。

写真の箇所は工事中であり、片側交互通行となっていた。
まぁもともと片側交互通行のようなものだが…。




道は一旦集落を抜け、林の中を進む。
谷側を覗き込むと物凄い勢いで切れ込んでいる斜面。
遥か下には先ほど分岐してきた、下栗へのメインルートが見えた。
落ちたら、パチンコ球のように木の幹に激突しながら、下の道路までノンストップであろう。

山側、すなわち頭上にもガードレールが見えており、この先にヘアピンがあることが予想された。
つまり…隧道だ。









おお!?





隧道現る!!!!

この進入角度!!
まさに地図のとおりだ。

隧道は非常に狭いのであるが、坑口前のカーブが大きく膨らんでおり、離合できるようになっている。





非常にシンプルな、どこか都会的な雰囲気のする隧道。
扁額によると、中根隧道、竣功は昭和47年だそうだ。
その新しさもあってか、特に見るべきところがない隧道だ。
ただ一つ、出口の光が見えないことを除いて…。

さあ、その驚くべき内部へ進入してみよう。

※カーソルを合わせると、画像が変化します。





おおおおお。

物凄い曲がっている。
しかも狭い。
大型車が進入したら、擦るどころか壁を削りまくりそうだ。
もっとも、この隧道に至るまでの道を大型車が通行できるとは思えないのだが…。







曲っているだけでなく、結構な勾配で登っている。
まさに、九十九折のヘアピン部分をトンネルにしたような感じだ。

詳しいデータはないのであるが、隧道はおよそ20m程の短いものだ。
すぐに出口の明かりが見えてくる。





そして出口を迎える。
トンネルを抜けた先の風景は、特に劇的な変化があるというわけでもない。
トンネルを抜けたと言っても、国境を越えたわけでも、峠を越えたわけでもなく、ただ標高を数十m稼いだだけなのだから当然のことだ。
相変わらず、急斜面に茶畑と民家が点在する長閑な集落。
地区名も中根のままだ。




振り返って中根隧道を撮影。
こちらから見ても、坑口の奥は真っ暗闇。
どこまでも続いているように見えるが、実際はすぐ下まで。
右側の崖下には、隧道を抜けた先の道が見えている。

しばらく佇んでいると、上から軽自動車が下りてきて、隧道に進入していった。
隧道に入ってすぐにクラクション。
なるほど、隧道内にはミラーの類はなかったので、警笛を鳴らすことが暗黙のルールとして根付いているらしい。





上を見上げてみると…。

おお、道が蛇腹のように…。

急斜面に敷かれた道は、窮屈なヘアピンを何度も積み重ねて、民家を結んでいるのだ。

茶畑と森の緑、そして澄んだ青空を見上げ、「良い連休になった」とニンマリしつつ私は来た道を引き返すのであった。



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