このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

朝日町追悼式


2005年9月1日、北海道上川の朝日町は士別市に吸収合併された。
この知らせを聞き、大きくうなだれた男たちがいた。
私、天空開発と友人の zwiebel氏 である。
道内全市町村のコンビニレシートを収集している私、道内市町村制覇を目指すzwiebel氏。
目的はやや違えど、朝日町の合併は非常にショッキングな出来事であった。
私もzwiebel氏も朝日町の地を踏んだことがなかったのだ。

目標を果たす前に消えてしまった朝日町、何ともやり切れない感情が二人を支配した。
こうなったらクヨクヨ悩んでも仕方ない。
永遠に地図上から消えてしまった朝日町のためにも追悼式を行なってやろう。
二人はまだ暗い札幌の街を飛び出し(zwiebel氏の車で)、一路朝日町を目指した。


 

早朝の直線道路、雨打つ路面をzwiebel氏の車は水しぶきを上げながら疾走していた。
これは朝日町の泪なのか、それともただ私が雨男なだけか。
とにかく、我々が旧市町界に辿りついた時、周辺の風景は分厚い雨雲の影に沈んでいた。
元々カントリーサインが誇らしげに立っていた場所で、カントリーサインもどきが寂しげに我々を迎えてくれた。
もうここは朝日町ではなく、士別市朝日。
消えた『町』の字がその悲しき事実を物語っていた。


元朝日町役場。
時間が問題なのか、ひっそりと静まり返っている。
真新しい小奇麗な建物が弱まったシトシト雨に打たれている。


この建物は今や士別市朝日総合支所
もはや一自治体の中心としての肩書きを剥ぎ取られていた。

平成の大合併の現在、支所と名付けられた〝元役場〟を見ると、何とも言いがたいやるせなさがこみ上げる。
岐阜県なんか支所だらけになってしまったんじゃないか?

話がそれてしまったが、かつての朝日町の行政の中心で追悼式を行なおう。
さて、準備だ。


???












朝日町の位牌!!!!

これはzwiebel氏の手作りである(暇というか・・・器用だ)。
位牌を前にして、朝日町の消滅の悲しみを強く噛みしめた。

いつか行けるだろうと軽く考えていたら、いつの間にか合併していた。
所さんのダーツの旅で、雪で埋もれたこの山間の小さな町を初めて見た小学校時代。
アイヌ語地名でないことで、あまり愛着が湧かなかった名前。
僅かではあるが、私の中の朝日町のイメージが次々現われては消えた。

朝日町よ、永遠に・・・。
例え地図上から消えようとも、我々の心の中からお前は消えない。





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