このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください
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平成18年の1月27日からその工事は始まった。
蔵の創業から90年あまりの長い時間使われてきた煉瓦煙突が撤去されるのだ。蔵は宮崎市田野町の“渡邊酒造場”。
田野名物の煉瓦煙突は数日をかけて解体されるという。
工事が始まった翌日の1月28日の午前。
私と石原けんじ大佐先生は田野へと向かった。蔵へ到着したときには大型のクレーン車が煙突に取り付き、上部1/3ほどがもう無くなっていた。その様子をどこからかやってきた犬が座って見ている。
作業機械の音が蔵の工場の方から聞こえてくる。
平成17年の宮崎県は台風の年と言っても過言ではなかった。蔵のある田野でも鰐塚山で大規模な崩落が発生している。そのような中でまたいつ昨年の台風14号のような超大型台風が襲来するとも限らず、長い風雪に耐え老朽化している煙突が倒れれば危険である以上に近所に迷惑がかかる。
渡邊幸一郎専務も「できればこのまま使いたい。」とおっしゃっていたが、仕方のない選択であったそうだ。
蔵の工場の中から煙突を見上げた。解体のための足場がぐるりと煙突を囲んでいて、煙突の一番底辺の床にはすすけた煉瓦の破片がいくつも散らばっている。
いつもは薄暗いために気が付かなかったが、太陽の光の下で見ると、なんと巨大な構築物であろうか。
私がこの煙突を初めて見てからもう6年ほどになるが、いつ見ても“すっ”と立っている姿に好感と産業遺産としての風格を感じていた。私が特に好きだったのが、夕日を浴びて朱色に輝く姿だった。そして時間の経過とともに鮮やかな朱色がにじんでいき、最後には闇へと消える。
蔵の中には渡邊酒造場のもう一つの名物であるコルニッシュボイラーがある。このボイラーも据え付けからすでに30余年を数える。だが、最近は数カ所の蒸気漏れが発生し危険な状態であることから今回取り除かれることになった。工場の中には青いビニールシートが張られていて、その向こうで煉瓦の破砕作業が行われているようだった。空気中には微粒子が舞い、窓からの光に霧のように浮かび上がっている。
蔵には“麦麦万年”の仕込みが始まっていることから既に縦型のボイラーの据え付けが終わっている。古い機械を残したい気持ちもあるのだが、将来的にメンテナンスを行っていく労力やコストを考えた時には「更新」というのは当然の選択となってくる。焼酎造りは家業であって、私のような飲み手が感じる現実乖離とは切り離して考えるべき世界がある。(どこの蔵もそうだが)渡邊酒造場は日々、将来を見据えて歩んでいる。将来、後継者にかかる負担を軽減するために今やっておかないといけない事もあるのだ。
「あれ(ボイラー)が無くなると冬場は寒くなるけど。」
蔵の女将の渡邊真利子さん(幸一郎専務のお母様です)がちょっと困ったように笑っておっしゃった気持ちがわかる気がする。
ボイラーを包むように組まれていた耐火煉瓦は既に取り払われていた。
ボイラーの前鏡に取り付いていた
配管
は取っ払われ、直径1mはあろうかというボイラーの胴体にはバーナーで焼き切った無数の跡が走っていた。
床には焼き切られた蒸気だまりが無造作に転がっている。 ほどなく、作業が再開され、バーナーに灯がともった。
時折激しく散る火花。作業は黙々と進んだ。
カメラを向けていると、「○○ちゃん、まるで芸能人みたいじゃねぇか!!」と同僚の方から明るい声があがる。
工場から出て蔵の裏へと回ってみた。足下に渡邊酒造場の飼い犬“リンダ”が走ってくる。
私がリンダの頭をなでていたその向こうで、クレーンが破砕した煙突の煉瓦の入ったバケットを10tダンプに下ろしていた。
煙突は既に解体前の半分ほどの長さになっていた。
柳田酒造
の柳田正さんが昔、御自分の蔵の煙突の解体に立ち会った際、「上から煉瓦を落として解体していた。」とおっしゃっていたが、21世紀の煉瓦煙突の解体現場ではかような重機が活躍していた。
作業効率が高まったその分、解体もあっという間なのだろう。 見慣れた光景を失うという寂しさを撮影という行為でもって何とか整理をつけた。
再度、足下に走り寄ってきたリンダの頭をポンとなでる。とぼとぼと工場へと入ると大佐先生が名残惜しそうにボイラーに手を添えられていた。時折、最後を迎えたボイラーの姿を携帯で撮影されていたが、その顔には複雑な心情が浮かんでいた。
この後、私と二人で話し、「何か記念に・・・。」と耐火煉瓦の1個を譲っていただけるよう、お願いをした。
私の手元にはその耐火煉瓦がある。
渡邊酒造場の一ファンとして、蔵の顔であった煉瓦煙突とボイラーを見て触ることができたと同時に、その最後を記録できたことがとても幸せに思えるのだ。
もうその姿を見ることはできなくなったけれども、さよならとは言いません。大切に使われ続けてきての終焉。道具冥利につきるのではないでしょうか。
「煉瓦煙突よ、ありがとう。」
この言葉でこの拙い項を締めくくりたいと思います。
(06.01.30)
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