■当該銘柄について
松江市は、奈良時代には国分寺が置かれるなど、出雲國の中心地として古くから栄え、現在では島根の県都としてだけでなく、平成7(1995)年には出雲・宍道湖・中海拠点都市地域に指定。先の平成の大合併では周辺の6町1村と合併するなど、今日も山陰の中核都市として発展し続けている。この市町村合併により、地図を見ると新松江市がちょうど大きな湖の中間地点でぎゅぅぅぅぅ・・・っとつまんで宍道湖と中海を分けてしまっているように見えるのだ。
宍道湖の形成について調べてみると、「浅海の一部が、砂や泥などの堆積によって外海と絶縁され、約1万年前に浅い湖が形成された」そうである。これを“海跡湖”というらしいが、学のない私にとっては「宍道湖=シジミの湖」だ。
平成12年の農水省の統計によると、全国のシジミ漁獲量19,000tのうち4割弱がこの湖で水揚げされているという。汽水湖ということで、スズキやウナギなど他にも色々と獲れる様だが、この数字だけを見ているとやっり「シジミの湖」なのだなぁ・・・と思ってしまうのは仕方がない。
松江市の名物は無論、このシジミだけではないのであって、茶人でもある松江藩7代藩主の松平不昧公の奨励によって定着した茶菓子であるとか、出雲そばといったものも知られているところだろうか。
松江市内には出雲そばの老舗“
神代そば
”があり、ここのそばだしには出雲地方独特の酒である「地伝酒」が使用されているという。この地伝酒は熊本の赤酒や鹿児島の地酒と同じ灰汁持ち酒であるが、出雲地方では長らく製造されていなかったという。その製造を50年ぶりに復活させたのが、「歴史と文化を表現した松江らしい特産品・工芸品を生みだし、松江の良さを全国発信したい!!」と特産品の製造・販売を行っている事業者が集まった“
Matsue流の会
”であり、同会の会員である
米田酒造
さんである。
米田酒造さんは清酒“豊の秋”を造っているが、同時に粕取り焼酎“七寶”を醸す蔵元でもある。興味深いのが自社でみりん(焼酎と同銘)の製造も行っており、3年熟成のものと1年熟成の2種を販売されている。このうち、3年熟成は粕取り焼酎を使用した“粕取りみりん 七寶”である。これは全国的にも貴重であると思うのだが、料理のコクを増すだけでなく、そのまま飲んでもおいしい“和製リキュール”なのだという。
ちょっと前置きが長くなってしまった。途絶えつつあった郷土の伝統復活に取り組んだ蔵が造り、そしてみりん製造にも使用される焼酎の実力は如何に!!
■ボトルデザイン
この粕取り焼酎の名前は仏教用語でいうところの“七宝”から来ているという。
“無量寿経”では「金、銀、瑠璃、玻璃(はり)、シャコ、サンゴ、めのう」、“法華経”では「金、銀、めのう、瑠璃、シャコ、真珠、まいかい」と仏教典によって見解は分かれているようだが、なるほど、ラベルの明るい緑色の部分にはこの世の物とは思えない宝物の数々が散りばめられている。
この焼酎を飲めば、その『芳香絶佳』な風味から、かような現世利益に匹敵する幸福が得られる・・・という蔵元の自信が感じられるのである。
ちなみに、販売は25度と35度の2種。共に1升瓶、5合瓶での販売形態を取っている。
■香り
やはり香りは高い。これだけで、昔ながらの籾殻を使用した“正調粕取り焼酎”であることが分かる。事実、米田酒造さんからも「一般酒の酒粕を使用し、籾殻を混ぜ込んで蒸留している。同社のサイトに製造工程を紹介した
ページ
があって、セイロを使用しての蒸留や、蒸留後の籾殻まみれの焼酎粕など、粕取り焼酎愛飲者にとっては垂涎の画像が散りばめられている。
なお、蔵では近い将来吟醸粕の粕取り焼酎の販売を計画しているという。貯蔵3年。近々、私たちの前に姿を現すのであろうが、この“七寶”とは違った顔を見せてくれるのは言うまでもないだろう。是非とも、飲み比べてみたいと思う。
■味わい
ストレート、ロック、お湯割りといくつか飲み方を変えて味わったが、やはりストレートで飲んだ時のインパクトはすごい。先に触れた香りの高さ、そして味わいの深さ・・・。山陰の粕取り焼酎の奥深さにぶっ飛ぶ銘柄の一つであろう。
地元では梅酒を漬けたり、奈良漬けの風味付けにも活用されているという。特に、興味深いのは、この粕取り焼酎の味わいが、蒲鉾などの練り物の魚臭さを除くために使用されていることである。以前、『
粕取まぼろし探偵団
』の探査行において、福岡の
光酒造
に於いても同様の事例が確認されたのだが、正調粕取りの個性ある味わいが、どう作用して魚肉のにおいを消すのか、そのプロセスに興味がある。この使用法については、先ほど紹介した「地伝酒」についても、同様の使われ方をしているようである。弱アルカリ性であるために魚の生臭さを消すだけでなく、練り物の噛み応えも良くなる効果も持っており、野焼きかまぼこ等の製造に重宝されているそうだ。
このほか、地元で一般的な飲み方としては「夏場に砂糖を入れて・・・。」という盆焼酎の風習が挙げられる。特に、沿岸部や山際でこのような飲み方がされているようで、水産業や農業、林業といった重労働と関係があるようである(この飲み方については、女性が好んで行うようだ)。
■レッドブック度
米田酒造さんより頂いたメールによれば、やはり、みりんの醸造との関係もあるためなのだろう。「今後も製造を継続していく。」という回答があった。これは、正調粕取り焼酎愛飲者の評者としてはとてもありがたい。
カテゴライズ的には問題なく『現存』であるが、地元の奈良漬け用としての“酒粕”が引っ張りだこであるために、この焼酎の原料確保を大きく難しくしているようそうだ。現代の正調粕取り焼酎にとって、奈良漬けとの共存というのは共通する一つのテーマのようである。
なお、蔵からの紹介によると、この粕取り焼酎を使用した焼酎ぼんぼんも売られているようで、これをお読みの方の中に山陰まで出かける方がおられたら、買い求めてみれば良いのではなかろうか。