このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

 私が4歳か5歳かの時、決して忘れる事のできない事件が起きました。今も現場を通ると、その時の情景がスローモーションの映像のようによみがえります。電車の巨大な前面にからみあう自分の姿が…。

「路面電車の思い出」

 暑い夏の日の出来事です。
その日の朝、私はすぐ上の兄に連れられ、ひとつ年下のいとこと私の妹の4人で国道の向こう側へセミでも取りに行こうとしていたのだと思います。当時、住んでいた家の前は国道185号線で中央に路面電車が走っていました。その頃は車の通行量も非常に少なく、誰もが国道を自由に横断したり行き来したりしていたものです。

そうした中で、兄が国道を渡るタイミングを見計らっていました。と云うのは、電車が下り坂をかなりのスピードで接近していて、今まさに通過せんとしていたからです。この直後、いきなり兄は国道へ飛び出し…咄嗟に私も後ろを追いかけ…電車が一気に…“轢かれる!”電車の巨大な前面を左に感じた瞬間、私は車道をコロコロと転がっていました。間一髪のところでレールに足を引っかけ、車道に放り出されたのです。これらはすべて一瞬の出来事です。そして車道に車がいなかった事にも助けられ、起きあがるや脱兎の如く山の中へ逃げ込んでしまいました。

 その後、山の中でどのように過ごしたのか記憶にありません。辺りが暗くなり、山から見える町の灯りがポツリポツリと灯り始めていたのを、木陰の隅から眺めていた事を覚えています。やがて周りのすべてが真っ暗になり、とうとう耐え切れずに家にまい戻った次第です。大変な覚悟で家に帰りましたが、帰るやいなや「どこ行っとったん!」「もう〜心配しとったんよ!」と、こっぴどく怒られてしまいました。そのあと、父親からも更に大目玉をくらったようですが、すでに緊張感から解放されていたのか…この先は何〜んにも覚えておりません。

 後日、その時の運転手さんが私の母親に語った話があります。“もう完全に轢いてしまった”と。“それで電車から降りて捜して見たが…どこにもいない、ほんまに不思議な…”と話していたそうです。現場は事故の直後、人だかりが出来るなど騒然となり、騒ぎを聞きつけ私の母も駈けつけたそうですが、事故の当事者がなんとわが子だった事に仰天したそうです。やがて騒ぎも収まり一段落したところで、私の姿が見えない事に母は気付いたようですが、放心状態に陥っていたのでしょうか…?私の事は余り気にも留めなかったみたいです。その頃、私は向かいの山の中でジッと身をひそめ、底知れぬ恐怖と大きな不安に震えておりました。

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