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静かな革命





■当面の民意

 平成25(2013)年 7月21日、第23回参議院選挙の投票が行われ、自民党が大幅に議席数を伸ばし、民主党は大惨敗した。この結果そのものは事前の予測どおりにすぎず、大きな驚きは伴わない。ただし、有権者の投票行動分析については、世の中で言われているものとは若干異なるのではないか、という感覚を筆者は持っている。

 平成24(2012)年末に実施された第46回衆議院総選挙とこの第23回参議院選挙を一つの事象として見れば、日常的に「『住民』に直接訴えかけ」続けた政党が勝った、というのが筆者の感覚である。

 東京都足立区に住んでいる筆者の目から見て、「『住民』に直接訴えかけ」た政党とは自民・公明・共産の三党しかない。これら三党はポスター・ビラ・後援会活動等を通じて自らの主張や実績を日常的に訴え続けている。

 民主の活動は皆無ではない。しかし、西日暮里駅前の所謂「駅立ち」がうっすらと記憶に残っている程度で、「『住民』に直接訴えかけ」た活動は手薄だったのが実態だ。共産の「駅立ち」が、日暮里・舎人ライナーの駅前(足立区の議員)及び西日暮里駅前(荒川区の議員)と複数箇所で定期的に訴えかけていたのと比べ、印象はかなり薄いといわざるをえない。共産の主張を筆者は支持しないのだが、それでも毎週訴え続けられれば「共産は斯く主張している」との記憶は鮮明に残らざるをえない。

 維新・みんなの日常活動はほぼ皆無に等しかった。選挙期間だけのアピールでは訴求力があまりにも低かった。勿論、維新・みんなで選挙区から当選した議員も存在しており、彼らはそれぞれの選挙区で「『住民』に直接訴えかけ」る組織活動をしていたものと想像している。おそらく、議員の個人後援会が強いのではないか。

 その他の政党に至っては、そもそも「『住民』に直接訴えかけ」る意志がまったくないと思われる。いくらネット選挙が解禁されても、有権者側からアクセスしなければ、情報にはたどりつけない。政党側からの訴えかけがなければ、住民の心には届かない。まして所謂「情報弱者」の住民には。

 以前の記事で筆者は 「『無党派層』の蹉跌」 を指摘した。「無党派層」は政党の組織的活動とは必ずしもリンクしない投票行動を通じて、所謂「風」を吹かせ、政治的影響力を行使し続けてきた。ところが、第46回衆議院総選挙と第23回参議院選挙では「無党派層」は棄権あるいは分散投票を通じて、政治的影響力を自ら封じてしまったのではないか。

 この状況で強みを発揮したのが前述の「『住民』に直接訴えかけ」た政党、というのが筆者の見立てである。その傍証としては、東京選挙区において、組織票頼りと想定される自民の立候補者が最下位で当選した事実を挙げることができる。地縁に依らない組織力は、もはやかなり衰退しているように見える。



 それにしても、と筆者は思う。自民の立候補者人選はあまりに的確すぎて、空恐ろしいほどだ。安倍首相は途方もない革命を成し遂げた、とすらいえるのではないか。この感覚は結果論にすぎないかもしれない。もっとも、筆者(世代)に直接の利害が生じかねないこともあり、恐怖に似た感覚すら派生している。

 ……と書いても飛躍がありすぎるか。何故このように感じるかというと、第23回参議院選挙では、民主が議席を獲得していた一人区において、自民は元議員ではなく、民主現職より若い世代の立候補者を擁立する傾向が鮮明だったからである。さらに読者諸賢の理解を深めるため、岩見隆夫の記事を引用してみよう。





■サンデー毎日平成25(2013)年3月3日号記事より


サンデー時評:国会議員は「低齢化」しているぞ
◇岩見隆夫(いわみ・たかお=毎日新聞客員編集委員)


 先日届いた『国会便覧』の最新号を見ていて気づいたことが一つある。意外にも、世の高齢化が進むのに逆らうように、国会議員は低齢化に向かっているのだ。これは何かを示唆しているのだろうか。
 昨年暮れの総選挙で当選した衆院議員四百八十人についてみると、最高齢は八〇歳の石原慎太郎日本維新の会共同代表、続いて保利耕輔(七八歳)、亀井静香(七六歳)、伊吹文明(七五歳)、二階俊博(七四歳)、平沼赳夫、保岡興治(七三歳)、麻生太郎、竹本直一、宮路和明(七二歳)、これが高齢ベスト一〇だ。七〇代以上は二十三人である。  さて、手もとにある古い『便覧』を繰ってみる。十年前の国会は、石原さんより年長が奥野誠亮(九〇歳)、中曽根康弘(八五歳)、相沢英之、宮沢喜一(八四歳)、塩川正十郎、山中貞則(八二歳)と六人もいる。七〇代以上が六十九人。
 二十年前はどうか。石原さんより上が原健三郎(八六歳)、二階堂進(八四歳)、河本敏夫(八二歳)、桜内義雄、長谷川峻(八一歳)と五人で、七〇代以上が六十四人である。
 四十年前にさかのぼると、一九七三(昭和四十八)年だが、最高齢は千葉三郎、島村一郎の七九歳、七〇代以上が五十八人だ。
 以上四十年間の推移を見ると、最高齢者の比較も面白いが、もっとも注目すべきは高齢者の政治活動だろう。国会には老壮青のうち七〇代以上の老がたえず六十人前後、全議員の一割以上を占め、増える傾向にあった。
 ところが、どうしたことか、十年ぐらい前から激減しはじめ、いまではピーク時の三分の一に減っている。老の経験と知恵は生かされているのか、という不安につながるのだ。
 経験は当選回数が一つの目安になる。現在の最多当選は小沢一郎生活の党代表の十五回、次いで野田毅十四回、鳩山邦夫、保利耕輔、保岡興治、亀井静香、中村喜四郎の五人が十二回、麻生太郎ら八人が十一回、甘利明ら八人が十回、合わせて十回当選以上が二十三人である。
 過去はどうか。十回以上が、十年前は二十回の中曽根康弘をはじめ三十二人、二十年前は十八回の原健三郎をはじめ三十六人、四十年前は十四回の船田中、三木武夫をはじめ六十人だった。ここでも減少傾向が顕著である。
 逆に一回当選の新人を見ると、現在が百八十四人、十年前は百八人、二十年前百三十二人、四十年前九十三人、ちなみにこの九十三人のうち、現役で生き残っているのは野田毅、保岡興治の二人だけだ。新人は四十年前にくらべると倍増している。

◇内憂外患の安倍首相 長老の助言を大切に
 数字ばかりあげたが、要するに国会議員の老壮青バランスが崩れてきたと思う。国民の年齢構成に必ずしも比例させる必要はなく、政治家という熟練を要する特異な仕事の性格上からも、老(七〇歳以上)、壮(四〇歳以上)、青(二五歳以上)の比率は二・六・二くらいが好ましいのではないか。
 それを一応の尺度にすると、衆院四百八十人は老九十六人、壮二百八十八人、青九十六人になるが、現状は老二十三人、壮三百八十六人、青七十一人という構成だ。青はまあこの程度でいいとして、老が四分の一しかなく不足している。なぜこんなことになるのか。
 二〇〇三年十一月の総選挙の前、自民党で起きた中曽根・宮沢切り捨て事件を思い出す。当時、小泉純一郎首相は比例代表の七三歳定年制を理由に、
「引退してほしい」
 と通告した。両元首相はともに議員継続の強い意欲を持っていたが、小泉さんは押し切り、中曽根さんが、
「まるで政治テロだ」
 と面罵する場面まであった。二人は各国首脳とも昵懇で世界に顔がきく貴重な存在、小泉さんの意図がわからなかった。長老排除によって党のイメージアップをはかり選挙を有利にしようとしたのではないか、などと言われたが、この時の選挙で自民党は負けている。また、
「定年制の例外を認めると歯止めがきかなくなり、政界は老人だらけになる」
 と小泉さんに賛同する声も聞かれた。この時、小泉さんは六一歳の壮年、八五歳の中曽根さん、八四歳の宮沢さんの両長老を国会から強引に追放したのだが、私には浅慮と思われた。
 世代交代とか指導者若返りはいつも唱えられてきたスローガンで、それはそれでいいが、老人排除ということではない。排除すれば政界は確実に薄っぺらになる。
 なんとなく老人は居づらいような空気が、最近の政界には広がっているのかもしれない。昨年暮れの総選挙前にも、森喜朗元首相(七五歳)、福田康夫元首相(七六歳)、藤井裕久元財務相(八〇歳)、渡部恒三民主党最高顧問(八〇歳)、武部勤(七一歳)、古賀誠(七二歳)、中川秀直(六八歳)の三元自民党幹事長らが、余力を残しながら去っていった。このうちの一人に、私は、
「なぜ辞め急ぐのか」
 と問うたことがある。
「いや、いや、まあ、引き際も大事なんで」
 と意味不明瞭だった。
 日ごろは壮青でやれるが、いざという時には老の長年の経験による洞察、深い知恵が求められる。ことに年明け以来、日本を取り巻く国際環境はキナ臭く、半月ごとに事件が起きているのだ。
 アルジェリアの過激勢力による人質事件で十人の日本人が犠牲になった(一月十六日)かと思えば、尖閣諸島沖では中国軍艦から日本の自衛艦に射撃用レーダーが照射され(一月三十日)、対応に追われているうちに、今度は北朝鮮が三回目の地下核実験を強行した(二月十二日)。来週ごろ、次の事件が起きそうな予感がして不安である。
 日本だけが狙われているわけではない。しかし、気がついてみたら狙いやすい国になっている。三・一一東日本大震災以来、この国は内から外から攻め立てられ、あえいでいる。普通ではない。
 安倍晋三首相はこんな時、長老のアドバイスに耳を傾けたほうがいい。





■安倍首相による革命

 全文引用という手法はほんらい避けるべきなのだが、この記事は歴史的経緯及び変遷を押さえているから、省ける箇所がほとんどない。この記事の価値を知っていただくためにも、全文を掲げるべきだと考えた。

 正直にいうと、筆者自身はこの記事を最初に読んだ時は猛烈な違和感を覚えた。「老」の知恵が役立つ局面があるとしても、かような局面は少なく、むしろより若い世代に機会を与えるべきだと、筆者は考えているからだ。即ち、筆者は岩見隆夫と反対の見方をしている。その後時間が経ってから、この記事は「歴史的事実」を顕在化させるものだと気がついた。それゆえ、意見の相違を超越して、この記事には価値があると認められる。

 この記事に示されているのは、小泉首相が伏線を布いたなかで、二度の政権交代を経て、安倍首相(あるいは自民党)が団塊世代より年長(以後「旧世代」と呼ぶ)の国会議員をほぼ駆逐した、という事実である。今日の旧世代国会議員のうち、政治的影響力を保有し続けている者はきわめて少数となった。

 そればかりではない。民主の国会議員には、旧世代より若い人物が多かった。もう一点付け加えれば、相対的に高学歴の人物が揃っていた。この二つの特徴は、無党派層の属性と親和する。所謂バブル世代ともマインドが近い。

 自民は第23回参議院選挙で彼らの多くを落とし、さらに若い国会議員を世に出したことになる。この事実が示唆するものは重い、と筆者は考えている。

 小泉→安倍(第一次)→福田→麻生→民主政権→安倍(第二次)という、権力闘争及び選挙の洗礼を経て、安倍政権とこれを支える新人議員は超長期政権の基礎を築いた。戦前生まれの有力政治家は大多数が引退した。団塊世代の有力政治家も政治力を失った(菅・鳩山両元首相が典型例)。第46回衆議院総選挙と第23回参議院選挙を通じ、より若い世代の政治家も相当数が落選した。そればかりか、橋下徹の神通力まで失墜したのには驚いた。

 安倍首相は平成19(2017)年の第21回参議院選挙での敗北をきっかけに、首相を辞める憂き目を見ている。それから 5年を経て、あくまで結果論にすぎないとしても、安倍首相は革命を成し遂げたのだ。あるいは、それは特定個人を放逐する「粛清」と呼ぶべき現象かもしれない。かくも劇的に政治的序列が入れ代わり、自民が公明と政権を確立した以上、相当長期間に渡って政治的序列は安定すると考えざるをえない。

 ジャスミン革命と相似形の、静かな革命が日本でも行われていた。ならば、安倍政権が次に打つ手は容易に想像できる。それは解雇規制緩和に代表される、新たな世代間闘争の開幕である。即ち、現下権力中枢にいる幹部、就職氷河期以降の青壮年層、どちらの世代から見ても鬱陶しいバブル世代及びその周辺世代に対し、社会的圧力がかかることは確実と筆者は見る。



 筆者は、 過去記事に記した「橋下徹が天下を取る」 との将来展望を取り下げる。ただし、この将来展望の基礎となった「『大政変』を望む多くの日本国民の輿望」とこれを支える地磁気の変調は今日なお存在し続けているとも考えている。安倍首相がこの輿望と如何に対峙し、革命を発展させていくか、不安を抱きつつも興味津々である。





■余談

 東京選挙区で山本太郎が当選したのには心底驚いた。しかも 666,684票を獲得し、定数五のうち第四位当選という事実には更に驚いた。

 筆者は山本太郎の主張をまったく支持しない。その主張は非科学的・非合理的であり、支持しうる人物とはとうてい思えない。さりながら、66万人以上もの支持を獲得した事実は重い。重すぎる。定数五ゆえのマジックともいえるが、非科学的・非合理的主張を受容しうる有権者が東京都にこれだけの数存在するという事実は、まったくもって重い。

 彼ら有権者とは、科学的・合理的コミュニケーションがとれないと思われるだけに、更に気が重くなる。これも地磁気変調の影響だろうか。





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