このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

 

 

「のぞみ」シフトを検証する(評価編Ⅰ)

 

 

■時間価値から見た「のぞみ」の効用

 時間価値は属性や計測手法により大きな幅をとるが、業務目的の地域間交通では50〜80円/分程度となるのが普通である(ここでの数字の幅は個人差ではなく計測手法の違いによる)。つまり、A2〜C2の「のぞみ」利用に要する追加投資は時間価値より小さく、A1〜C1の「のぞみ」利用に要する追加投資は時間価値よりも大きい。即ち、「のぞみ」を利用することにより、A2〜C2は受益し、A1〜C1は受損する。

 この時なにが起こるか。A2〜C2においては「のぞみ」を利用するインセンティブが働き、また全体として需要が伸張する。

 これとは逆に、A1〜C1においては「のぞみ」を利用するインセンティブが働かず、「のぞみ」利用を迫られる状況下では需要が縮小する。実際にはまだ多数の「ひかり」が運行されていることから、A1〜C1層は受損する行動を敢えて採ることなく「ひかり」を選択し、「のぞみ」にはシフトしない。

      参考:利用者便益分析の解説を試みる

 

■景気変動や需要急伸(急縮)を利用者便益理論から説明する

 これまでの記述の中では、説明を簡単にするため、需要曲線に特定の関数系を仮定してきた。しかし実は、需要曲線がどのような関数系であっても、さらにいえば、どのような関数系であるか特定できなくとも、事前の(Q0,C0)及び事後の(Qd,Cd)さえ特定できれば、利用者便益を計算できてしまう(※)。

 ※:これは利用者便益理論が確立されていく中で立証された公理であり、この証明過程の説明は、残念ながら筆者の能力を大幅に超えてしまう。
   この部分に関して興味がある方は、利用者便益理論のテキストを御一読ありたい。

 一般化費用の低減により想定される以上の需要の急伸があった場合においても、利用者便益は常に (Ci−C0)(Q0+Qi)/2 と表現される。

 さてここで、一般化費用を金銭的コスト、また需要曲線Dを QC=Constant(定数) と単純化して仮定しよう。このQCとは、利用者が支払う運賃料金の総額、即ち市場の規模にほかならないことに留意されたい。この点に着目して論を進めてみよう。

 運賃料金の値下げにより想定以上に需要が急伸した場合には、需要曲線は D0から Diにシフトしたとみなすことができる。つまりこの事例では、運賃料金の値下げが市場規模を拡大させたといえる。極めて大雑把に要約すれば、この市場規模拡大は経済成長と相似するものである。

 これとは逆に、運賃料金の値上げにより想定を超えて需要が減った場合には、需要曲線は D0から Ddにシフトしたとみなせる。つまりこの事例では、運賃料金の値上げが需要を冷えこませ、市場規模の縮退つまり経済低迷につながったといえるのである。

 以上までの分析を是と首肯しうるならば、運賃料金が一定でも景気変動によって需要が伸縮する、という現象の背景が容易に理解されるであろう。要は、外的要因により経済の全体が成長(縮退)すれば、その外的要因が関わらない市場でも需要が伸びる(縮む)ということである。

 

■「マクドナルドのジレンマ」を利用者便益理論から説明する

 利用者便益理論においては、需要曲線はどのような関数系でもいいという公理を逆手にとり、下図のような極端な関数系を仮定してみよう。これは(Q0,C0)を折れ点とする需要曲線であるから、現状のバランスはごく不安定なものであると理解できる。

 この需要曲線の特徴は、運賃料金を値上げしても値下げしても、市場規模を表すQ×Cが小さくなるという点にある。これは日本マクドナルド社が直面しているジレンマの相似形である。商品を値下げすれば需要が伸びても利幅が減るし、そうかといって値上げすれば(というより元の価格に戻すとした方が正確か)客が逃げ売上減になるという現象を、このグラフは表現している。

 これと同じ現象が、東海道新幹線のヘビーユーザー層(出張目的での利用者)においても起こりうる。現下の厳しい経済情勢のなか、平均的な企業ではあらゆる面でコスト下げ圧力が働いていることを鑑みれば、東海道新幹線の運賃料金を値下げしたところで、新規の出張需要を喚起するとは考えにくい。出張回数実績に値下げ後の運賃料金を乗じた予算が作成され、市場規模はむしろ縮退する方向に傾くであろう。運賃料金を値上げすれば、さらに悪い結果が待っている。予算枠が固定されていれば、売上がこれを上回ることなどありえないからだ。値上げが景況感を冷えこませれば、需要は一気に縮退する。

 東海道新幹線は、ヘビーユーザーに対して、値上げも値下げもしにくい微妙なバランスの上に成り立っている。「新幹線ビジネスきっぷ」の価格設定改定は、その方向が値上げであれ値下げであれ、需要を縮退させるリスクが大きい。

 

 しかし、経済活動において単純な割り切りは危険である。「需要を縮退させる策=非」と断じきっていいものかどうか。

 なぜならば、東海道新幹線ヘビーユーザーの需要縮退とは、各企業にとっては出張旅費コストの低減を意味するからである。つまり、各企業では、出張旅費削減分だけ可処分の利益が増える。この利益は(不良債権処理というブラックホールに吸いこまれない限り)なんらかの形で必ず社会に還元される。勿論、それが東海道新幹線にまっすぐ反映される保証はほとんどないとしても、需要拡大に好影響を与えることは間違いない。

 東海道新幹線がヘビーユーザーを失うと、短期的には確実に損失を被る。しかし長期的に見れば、必ずしも損ばかりとは限らない。このあたりの評価は、実に微妙である。

 

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