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書評(平成18年12月25日)

『新型インフルエンザ』(山本太郎著・岩波新書) 

 副題まで含めてタイトルを書くと『新型インフルエンザ—世界がふるえる日—』(山本太郎著・岩波新書)となります。私より2歳年下の国際保健学の専門の医者が書いた本です。今年(2006年)の9月20日発刊の本で、インフルエンザに関する最新の一般向けの本といえます。

 インフルエンザに関する本は、このブログで今までにも沢山紹介してきた。インフルエンザも含めたウイルス一般関係まで含めるともう十数冊は紹介したのではなかろうか。ちなみにインフルエンザについて書かれた本で、ここで採り上げた最近の記事のURLを列記してみる。
『新型インフルエンザ・クライシス』(外岡立人著・岩波書店)の紹介
『四千万人を殺したインフルエンザ—スペイン風邪の正体を追って』の紹介
『インフルエンザ大流行の謎』(根路銘国昭著・NHKブックス)の紹介
その他にも感染症やウイルスなどに関する記事を沢山このコーナーで採り上げてきた。

 今回採り上げる本の紹介といっても、過去にこれだけ紹介していると重複なりがちになる。重複はできるだけ避けて書くつもりなので、それだけに私としては今までの記事もできれば参考に読んでもらいたいと思っている。
 ではなぜここまでこだわるのか。現在、同じ感染症でも世間ではノロウイルスが大きく騒がれ注目されている。理由は簡単である。批判されるのを覚悟であえて言おう。インフルエンザは、こんな現在のような状況下でもノロウイルスより注意する必要があるのです。パンデミックは、近い将来必ず起こる事といわれている感染症なのです。

 インフルエンザは日本では、特に流行した年でなくても、毎年約1万人が亡くなっています(またアメリカでは毎年3万6千人が亡くなっています)。ノロウイルスで亡くなった方は、あれだけ騒がれていても、これと比較するとまだホンの少数ではないでしょうか(あくまで比較して相対的に言っています)。勿論これが原因で亡くなった方には、お気の毒というしかありません。
 それに対して新型ウイルスはもし、世界的な大流行(これを感染症関係の専門用語でパンデミック(Pandemic)と呼んでいます)が起きた場合、とてつもない被害を全世界に及ぼします。

 今回パンデミックが危惧されている新型の鳥インフルエンザ・ウイルス(H5N1型)は、勿論重篤性の症状を示すA型で新型(人間が過去に一度も経験したことがない)であるだけでなく、強毒型の高病原性鳥インフルエンザであるのです。全世界で4千万人から1億人を殺したといわれるスペイン風邪の時でさえ新型とはいえ弱毒型のウイルスであったのです。

 以前に紹介した本でも、私は高病原性という言葉を目にしながらも、それについては自分自身の理解が足りず、あまり紹介してきませんでした。しかしこの点も非常に重要なのです。インフルエンザの表面には、人間の細胞への足掛かり・手段となるヘマグルチニン(HA)という蛋白質の突起がありますが、これが細胞のレセプターに取り付き、ウイルスのRNAをそこから細胞の中へ侵入させます。そして侵入させらRNAにより、細胞内に自分のクローンを大量に作らせた後、今度はノイラミニターゼ(NA)と言うHAと同様にインフルエンザの表面に突き出た蛋白質の突起の酵素を使って、細胞内から脱出して体内へ拡散していくわけです。

 詳しく書くと、インフルエンザがこの細胞に吸着・侵入するためには、そのHA蛋白質(HA1という部分とHA2という部分がくっ付いている)が、HA1とHA2に解裂する必要があり(その後、活性化)、弱毒型の場合、この解裂を引き起こす特別な蛋白分解酵素を細胞がもっているか否かがウイルスの侵入を左右するのです。さらに詳しく書くと、HA1とHA2との間には、解裂部分にアルギニン(アミノ酸の1つ)が1個配列している場合は弱性となる。しかし解裂部分のアルギニンが繰り返しの連鎖の配列となっている場合は強毒性となります。
 しかし強毒型の場合、全ての細胞が普遍的に有する蛋白分解酵素によって、解裂・活性化が起こります。
(ちょっと難しくなりすぎました。図でも見ながらでないと理解しにくいですね。素人の下手糞な説明は誤解も生じやすいですからこの程度で辞めておきます。)

 つまり強毒タイプ以外の弱毒タイプのウイルスは、人間の場合、気道上皮細胞に特異的に感染するので、あまり他の部分からの感染はないのですが、今回のH5N1のような強毒タイプの場合、あらゆる細胞から感染し、その場合あらゆる臓器に障害が生じ、肺炎、心筋炎・・・・、あるいは激しい下痢症状が現れ、出血を伴う多臓器不全が起こると予想されています。致死率は非常に高くなります。

 またこの新型インフルエンザの場合は、スペイン風邪の場合と同様、子供から若者(40歳以下の)に重篤者が出やすく死亡者が多数でます。他の季節的なインフルエンザでは乳幼児やお年寄りが、一番犠牲者が出るのですが、新型の場合は若者が相対的にそれ以外よりかなり高いのです(勿論、老人や乳幼児も、新型の場合は数としては季節的流行より多いですが)。そのために社会に与える影響は一層ダメージが大きく、長期間にわたって社会の経済活動をストップさせてしまう可能性が非常に大きいのです。

 インフルエンザは感染暴露から発生まで1-4日、多くは2-3日となってます。しかしウイルスの体外への排出は症状が現れる1日前くらいから起こり、症状が出た日にピークを迎えます。つまりインフルエンザの症状が現れた時には、既に別の人に感染させる状況が起こっているのです。最近インフルエンザの抗生剤として注目されているタミフルは、感染してから48時間以内でないと効果はありません。インフルエンザに関しては感染予防は非常に難しいものがあるのです。



 現在パンデミックに対してできる事は、流行の勢いを少しでも抑える可能性がある抗生剤できるだけ確保して、いつでもすぐ対応できる体制を準備しておき、実際に起きた場合には、抗生剤で時間稼ぎをして、その間にワクチンを開発、大量生産できるようにするという方法しかありません。21世紀になたところで、この程度の対応しかできないのです。

 WHOでは昨年新型インフルエンザが起こった時の世界での推定死亡者数を「全世界で500万人から1億5千万人」と発表していますが、それも条件付であり、「この数字は今後の国際社会の取り組み如何によって大きく変わる」と述べております。私が今までに読んだ幾つかの本ではもっと厳しく、全世界で数億人という規模を予想しているものもありました。対策が後手後手ならば全世界の人口の数分の1が死亡するという事態も考えられるのではないでしょうか。

 繰り返して言います。パンデミックは、近い将来必ず起こる事といわれている感染症なのです。現在その近づきつつあるレベルは、トリ-ヒト間の偶発的感染のフェーズ3の段階であります。しかしヒトへの適応性が得られ、ヒト-ヒト感染が起きた場合、交通事情の悪かった第一次世界大戦の頃ですら数ヶ月から半年で地球の裏側にまで伝播しています。流行後の対応が悪い場合、現代なら数日で地球一周する可能性もあるのです。

 この本で著者は、将来へのウイルス対策の方策の1つとして非常に興味深い考えも述べています。
 もしウイルスとの共生化で、ウイルスが弱毒化して平均的潜伏期間が100年とか200年になれば、生きている間に症状として現れることが少なくなります。そうなればインフルエンザなども怖い病原性ウイルスではなくなり、なおかつウイルス間の生態学ニッチ関係(あるウイルスが消滅するとその穴(ニッチ)を埋めるように新しい脅威の感染症ウイルスが登場する)、人間に大した害を与えないウイルスが人間の体の中で共生している間、人間に脅威に危害を及ぼす新たな感染症ウイルスが出現することを抑えることが考えられる、というのです。

 しかしそのような共生関係を人為的に作る方法は、今のところ見つかっておりません。

 危機を煽りすぎるという人もいるかもしれませんが、私はそうは思いません。現在専門家の多くが非常に危惧しておりできるだけ多くの人に危機意識をもってもらい、正しい知識を得て、いざという時に備えることを警告しています。危機がきた時、ただただヒステリックになり、愚かな対処をすることのないよう普段から感心を持って正しい知識を得ておくことが、非常に重要です。特に熱しやすく冷めやすい日本人には。

 とにかく個人的には1冊でもいいから新型インフルエンザに関する本を読んでもらい、感心を持って、より多くの日本人にいざという時適切な対応ができること望んでいます。

  (参  考)
 以前にも紹介しましたが、インフルエンザへの知識といざという時の対策のために役立つHPを紹介しておきます。
 ●国立感染症研究所
    http://www.nih.go.jp/niid/index.html
 ●日本感染症学界のHP
    http://www.kansensho.or.jp/
 ●鳥インフルエンザ直近情報 
    http://homepage3.nifty.com/sank/jyouhou/BIRDFLU/index2.html
  個人の医師のHPですが、最新情報がわかりやすくて詳しい。
  この人が小樽市で作成したインフルエンザ対策ガイドも非常に参考になります。
 ●厚生労働省
    http://www.mhlw.go.jp/
  まあ普通誰でも一番最初に調べる可能性の高いHPですね。
  私は、でも上の3つがお薦めです。 

 (この本は七尾市立中央図書館(ミナクル3F)から借りてきた本です。)

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