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七尾港図(海図








<欄外の付記>
1867年女王殿下の船「セルペント」水師提督ジョン・バルロック氏の測量で、ロイテナン官のロウス、ウエボル、ジョンストン氏の測量図であります。
<左の写真の説明>
 慶応三年五月英艦セルペント号が幕府の許可を得て七尾港の測量に来たときの海図である。たて77cm、よこ56cmの和紙に、一見銅版と見違える精密な肉筆によって模写されたもので、七尾港のほかに、日本海沿岸の宮津、敦賀、三国の三港の測量図が一枚に描かれています。なおこの図は、加賀藩士大屋愷故(よしあつ)の直筆によって訳写されたものである。 海図は、水の深さをフィートであらわし、地形測量は、近代的な図示法によって描かれ、図中には蒸気製造所、海軍操練所、七尾軍艦所のあった位置が明示され、港周辺の地勢、道路状況等まで克明に注記されており、当時の状況を知るためにも貴重な資料である。 
このイギリス船の来航に関しては、
 ● ア-ネスト・サトウの見た幕末の石川
 ● ミットフォードの見た幕末の石川
を参照してください。

幕末英国軍艦が測量した七尾港の海図
 

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