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東京天空樹繁盛





■スカイツリー開業

 金環日蝕の翌日平成24(2012)年 5月22日、東京スカイツリーが開業した。筆者宅でもこどもらが「行きたい!」と主張しているのだが、天望デッキ 2,000円(当日券)、さらに上層の天望回廊 1,000円、大人一人合計 3,000円という料金が重たく感じられるため、未だに決心できない(苦笑)。とはいえ、多くの方が東京スカイツリーの眺望に魅かれる気分はよ〜〜く理解できる(^^)ゞ。

 それゆえ相当賑わうだろうと容易に予想できたわけだが、実際には「相当」という表現がなまやさしく思えるほどの大繁盛・大盛況ぶりである。開業一週間の東京スカイツリー入場者数について、 東武鉄道は次のように報じている

日付スカイツリースカイツリータウン
5月22日(火)約9,000名約219,000名
5月23日(水)約13,000名約232,000名
5月24日(木)約12,000名約206,000名
5月25日(金)約13,000名約203,000名
5月26日(土)約13,000名約272,000名
5月27日(日)約13,000名約292,000名
5月28日(月)約12,000名約218,000名


 これは驚異的な数字といわなければなるまい。ブームは必ず冷えこむもので、開業景気はいずれ失速するとしても、今年度スカイツリーの入場者だけで 400万人、スカイツリータウン全体の入場者数は 4,000万人を軽く超えるのではないか。かくも巨大な数字を見ると、つい試算してみたくなる。

  東武鉄道による収支計画 はなんとも堅実だ。スカイツリー入場者数を 400万人と見込み、営業収益を 106億円としている。即ち、入場者一人あたり消費額の設定は 2,650円である。電波塔使用料が約30億円と伝えられており、これを控除すると入場者一人あたり消費額の設定は 1,900円と、極端な過小評価となっていることが理解できる。

 スカイツリータウンの営業収益見込は95億円。テナント料定額制と報じられているから、これは入場者数が増減しても大きく変わらないだろう。さりながら、入場者数が伸びれば、東武直営店・系列店での売上もまた伸びるはずだから、営業収益アップに寄与するはずである。

 スカイツリー全体では初年度 8億円の営業利益を見込んでおり、償却前利益は61億円とされている。おそらくこの計画は達成され、スカイツリータウン入場者数(見込は 3,200万人見込)の大幅な伸びと、スカイツリー入場者数一人あたり消費額の実績反映により、十億円単位で上方修正される可能性が高い。

 東武鉄道の見込む償却前利益は二年目以降 100億円弱となっているが、開業初年度からこれに近い数字を達成し、二年目以降は 100億円以上の数字を叩き出すと見る。ここで、スカイツリーの総事業費は 1,380億円だから、帳簿上(償却後の営業利益)はともかくとして、およそ十年ほどでキャッシュベースでの償還を終えられる点は重要である。

 これは凄いぞ!

 客足の鈍化に伴い入場料やテナント料の値下げを考慮する必要が生じたとしても、こうも短期で初期投資を償還し切ってしまえば、痛くも痒くもあるまい。

スカイツリー
隅田公園からスカイツリーを見上げる  平成24(2012)年撮影






■東武鉄道全体への波及

 当然ながら交通事業への影響も無視できない。スカイツリータウン入場者数の数%だけでも浅草−とうきょうスカイツリー(旧業平橋)間を利用すれば、一区間の短距離ながら初乗運賃が効いて、億円単位の増収になる。東武バスセントラルのスカイツリーシャトルも大幅に増強されており、新車だけでなくリニューアルした在来車を宛てている様子から、収益性が高い路線になると考えられる。

 東武鉄道全体で見れば、スカイツリーの繁盛ぶりは、百億円単位の増収増益要因になるといえよう。減価償却費が増すため、帳簿上の増益は十億円単位でしか顕在化しない点が味噌で、帳簿の背後ではキャッシュフロー改善が進行する。ほんの数年で東武の財務体質は劇的に強化されるはずだ。

スカイツリーシャトル スカイツリーシャトル
スカイツリーシャトル  左:一般車のリニューアル  右:特別仕様の新車
東武バスセントラル西新井営業所にて  平成24(2012)年撮影






■鉄道事業との対比

 東武鉄道における 伊勢崎線直通化事業(曳舟−押上間新線建設)の総事業費は 843億円 で、半蔵門線との相互直通運転が平成15(2003)年 3月から行われている。半蔵門線直通に関しては、平成18(2006)年 3月ダイヤ改正にて利便性が大幅に向上、利用者数も順調に増加しており、約十年を経て日比谷線直通に匹敵する基幹路線となっている。( 過去記事Ⅰ過去記事Ⅱ

曳舟改良
浅草行電車と半蔵門線直通電車が併走する
この一区間をつくるため 843億円を要した
業平橋(当時)−曳舟間にて  平成16(2004)年撮影


 しかしながら、前述した 843億円がどの程度償還されているか、という点に関しては、はなはだ心許ないといわなければなるまい。押上−北千住間の距離は 6.0kmにすぎない。同区間の断面交通量が一日に10万人/日増えたと仮定してさえ、増収額は約20億円/年にとどまる。特特法による上積みがあっても営業費用の増加を考慮せねばならず、 843億円の償還に回せる利益は微々たるものである。

 いったい何年かければ事業費を償還できるというのか。初期投資が重く、客単価が低い鉄道事業における、厳しい課題である。東武の鉄道本業に対しスカイツリーは、初期投資の絶対値が伊勢崎線直通化事業を上回る一方、客単価が(鉄道事業と比べると桁違いに)高いため、順調にいけば十年あまりで償還できてしまう。償還後のスカイツリーは、東武鉄道の利益の源泉となる可能性さえ秘めている。

 ひょっとするとスカイツリーは、近い将来において、伊勢崎線直通化事業など鉄道事業を内部補助する、東武鉄道の優良採算部門に成長するかもしれない。スカイツリータウンのような商業拠点は新規参入が多く、過当競争にさらされ衰退するリスクが伴うものの、いくらなんでも十年で閑古鳥が鳴くほどにはならないだろう。

 最大のリスクは、過当競争の前提となる、巨大ハコモノ新設の「焼畑式農業」が常套化する点にある。「金余りの不景気」という現下の経済状況から、優良投資案件を目指して、開発・再開発プロジェクトが今後も続出し、共倒れになる懸念が残る。現にスカイツリータウンにおいても、オフィス棟は大部分が空いたままだとか。スカイツリーといえども、全断面が順調というわけではないのだ。

 成功の陰に失敗の予兆がひそんでいる状況は、実になんとも意味深長ではないか。今日の経済が崩壊していく過程をライブで観ているような心地がして、筆者は背筋に寒いものを感じている。

 二匹目のドジョウを狙って東武が新たな巨大プロジェクトを手掛けようとすれば大凶、後続プロジェクトの波に揉まれスカイツリーが沈んでしまえば凶、 634mの高さを活かし後続プロジェクトをものともせず巍峨として聳え続ければ大吉、というところか。短期間で償還できる事業形態ゆえ、強みと旨み、その裏に隠れた「合成の誤謬」リスクが、混然と同居している。

隅田公園での花見
花見で賑わう隅田川を渡る特急「りょうもう」
賑わいが一駅遷るだけで東武の経営に影響する
浅草−とうきょうスカイツリー(旧業平橋)間にて  平成24(2012)年撮影


 経済全体の視点から鉄道事業及びその附帯事業に話を戻す。初期投資を償還しさえすれば、鉄道事業とて収益性の高いビジネスたりえるはずなのだ。しかし何故か、大手といえども莫大な長期債務がなかなか減少せず、自己資本比率が低水準のまま推移している現実がある。その例外は京王くらい、東武での長期債務は兆円単位に届きかねない。

 鉄道事業において、時間の推移とともに長期債務が増す一方という傾向について、筆者は長年研究してきたが、粗っぽい断定はできても未だ合理的な説明はできない段階にある。そんな模糊模糊した部分を、スカイツリーなる「大艦巨砲」はみごと吹っ飛ばしてくれた観がある。成功事例として応用しにくい(安易に模倣すると失敗するリスクが高い:根拠は前述)ものの、一つの典型として、学ぶ価値あるプロジェクトである。





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