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オペル総論

序 章 私とオペル
第一章 オペルの躓き
第二章 ヴィータ故障記録街道
第三章 ヴィータの美点
第四章 オペル、構造改革?
第五章 ザフィーラ狂奏曲!
第六章 オペルの終焉!
第七章 オペルの黄昏!
第八章 オペルの逆襲!2002.7.2
第九章 ヤナセの黄昏!2002.7.9
第十章 ザフィーラの終焉!2002.7.24
第十一章 オペルの黄昏!2002.10.22
第十二章 オペルの終焉!序2002.11.12
第十三章 ヤナセの黄昏・第二章2002.12.29
第十四章 ヤナセの黄昏・第三章2003.5.29
第十五章 オペルの終焉・第二章2003.6.20
第十六章 オペルの終焉・第三章2003.10.26
第十七章 オペルの終焉・最終章序曲2004.1.8
第十八章 オペルの終焉・最終章2004.11.8
第十九章 オペルの終焉・輸入停止2006.5.9
最終章 終幕2006.10.8
追記2006.11.9
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序 章 私とオペル私がオペル・ヴィータを買ってしまったのは、1995年の暮れである。税金関係と年式表示の関係もあって納車は1996年1月6日、2002年2月20日現在、走行距離は96000キロを越えた。その間、1.4リッター16バルブ、2ドアのスィングは、よー壊れた。

 何故、手放さなかったのか?多くの方々がそんな疑問を抱かれるかもしれない。だが、仕方が無かったのだ。
 まず、9514キロ走破したヴィータの、スピードメーターケーブルが切れ、ご丁寧にスピードメーターまで交換してくれた。せっかくメーター交換までしたのに、二万キロ走破後メーターケーブルが切れてしまった。カネと手間の無駄に過ぎなかったメーター交換の結果、いわゆる「戻し」状態になった私のヴィータである。

 その後、ボディにクラックが入ってしまう。モノコックの修理で、いわゆる事故車である。手放さなかったのではなく、手放そうにも事故車&メーター戻しでは、売れなかったというのが、真実である。

 中古車屋には大手を振って並べられない代物になった結果、乗り潰すことしか許されず、ボディクラック、完治しなかった。今も、クラック成長中だ。故に買い換えを決意してしまった。

 このころ、ヤナセの担当者さんと少しばかりのいさかいが起きている。今思えば、私もメンテの担当者もまともではなかったのではないだろうか?あれだけ壊れまくれば仕方があるまい。加えて私も血気盛んであったから、、
 私:「カネ払うから、きちんと直してくれ!」
 担当さん:「カネは貰えません、そんな悲しい事言わないで下さい!」
 この論争は、よく考えれば笑い話である。「カネ払う!」「もらえません!」逆であれば、不良客と善良な整備士との悲惨な話であるが。

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第一章 オペルの躓きまず、疑問が在る。そもそも、オペルとは何であろうか?

 オペルは、GMの欧州中核だ、そう、である。

 だが、オペルを知る日本人は少なかった。
 私の従兄弟は最終型のジェミニ・ディーゼル・ターボに乗っていた。そのジェミニはGX71と正面衝突してある事実を証明する。国内生産しても外人の基本設計ならボディは丈夫だったのだ。
 ワーゲンがあれだけ売れている!ベンツも売れている!BMWだって売れている!なのにオペルは知られてさえ居ない。欧州では一流が、日本の三流(認知度&市場占有率において)というのは、耐え難い屈辱であっただろう。
 ヤナセがVWからオペルに切り替えた事で、日本でもメジャーになったオペル。このギャップが、全ての根底に潜む悲劇の遠因なのだ!

 オペルには十分対策して日本仕様を送り出すだけの、知識とノウハウが無かった。オペルは日本での使用を十分に検討せずに日本仕様を輸出している。
 その一例が96年式のヴィータで続出したエンストである。
 走行中にエンストするという危険な現象の対策は、ドイツでは当然の現象らしく、危険性も低いと判断されたのか?サービスキャンペーンでリコールされる事は無かったが、処置後にも多くのオーナーがエンスト続出を経験し、オペルの対応に不信感を抱かせる結果になった。
 だいたい日本の現状を勘案すれば、レギュラー仕様で輸出する程度の見識を有していたハズだ。ここに日本市場軽視の証拠が現われている。

 オペルの日本仕様車が日本市場との適合性に不安を残したまま、値段は現地価格とと同水準!という「オネスト・プライス戦略」を打ち出したオペルとヤナセ。高コスト体質のヤナセには、薄利多売は無理である。日本車並に信頼性があれば大丈夫であったのに、熟成が足りないまま送り出されたオペルは故障しまくり、オーナーを驚愕させ、ヤナセを苦しめた。今、オペルは大変な事になりかけているが、自業自得かもしれない。

「敵を知り、己を知らば、百戦危うからず」
 この言葉をオペルとGMに送る者が居なかったのだろうか?ヤナセさんにも責任の一端がある。

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第二章 ヴィータ故障記録街道ところで、私はここまでオペルを酷評してきた。実体験が基本に在るから困ったもんだ!
 私の96年式スィングの左ハンドルモデル、初期トラブル(納車後二年以内)に関する限り、常軌を逸して壊れつづけた。

 私のヴィータを例にとれば、激怒しまくった私自身が最後には気の毒になるほどに、ヤナセさんは面倒を見続けることになった。 久留米営業所のKさんの苦悩たるや、察して余りあるものがある。

 私の故障記録を列挙してみようか?

 パワーウィンドウのトラブルは、三回の修理後、ついに内部機構総換えに至る。ここで対策済み部品に交換したのでは無いかと推測している。それ以降、パワーウィンドウのトラブルが根絶されたからである。オペルは、常に対策部品を準備し続け、分からないウチに交換しておいてくれた様ナ、気がする。まあ、誇りが許さなかったからかもしれない。だが、真摯な姿勢だけは評価しよう。パワーウィンドウはヴィータを始めとするオペルのアキレス腱だ。なるべく使うな、撥水材も塗るな!が合言葉である。

 スピードメーターケーブル切断は、一万キロを目前に一回スピードメーター一式交換、その後二万キロ走行後再発したが、現在まで七万キロ走破するも再発はしていない。これも、二本目の交換時に解決策が施されたのではないかと推測している。

 エンストは続発し続け、嫁ハン運転中のエンストでは遂に、EGRバルブ交換に至った。サービスキャンペーンも効果が無かった。原因は他にあるらしい。ボンネット断熱材撤去とシールリップ撤去後、再発しては居ない。欧州車・米車を問わず、熱対策が不具合根絶につながる様だ。最初から熱対策して輸出する技術も無いメーカー(○MWとか○iatとか、そーゆートコの車保有体験者は、日本車が良いと言う)が多過ぎるのはこまりもの。

 触媒の警告灯が点灯したが、ただの断線で交換された。一回だけというトラブルは珍しい。触媒の警告灯が点灯しても、まずはエンジン停止だ!再スタートすれば消える事が多い。

 ボディのクラックは、修理四回、完治せず!今も広がり続け、板付修理工場群の技術力の限界を露呈した形となった。日本の職人さんvs欧州の鉄板の勝負は、欧州の鉄板に軍配を上げよう。

 マフラーは六万キロで中が腐った、交換である。

 ラジエーターホースのアッパー側は、一回裂けた!以来、車検毎にホース交換を忘れない。クーラント交換も兼ねているので仕方がない。クーラントが抜け無いというアヴァンギャルドな基本設計は素晴らしい!それでも九万キロでウォーターポンプが逝ってしまった。ウォーターポンプの寿命は国産と大差が無いコトが判明した、結構うれしかったりする。

 コグドベルトは切断寸前になったが、危うく回避した。テンショナーから一式交換である。後にリコール発動されたが、某ウェブマスターの切断事件と同時期であったかもしれない。五万キロ走行後異音発生し、再度交換した。寿命は五万キロか?国産車なら十万キロは普通にもつのだが。

 ガソリンも漏れた、だだもれで、しかぶった。燃料ホースはもたない。

 もしも、これだけの修理に工賃&部品代金を支払っていたとすれば、少なくとも150万円は必要であったと思われる。
 154万の車両価格に対してヤバイ比率だ。ここまで面倒を見れば、利益は確実に消えたハズだ。高い授業料として、活かされたのであれば良いが、ここで特筆すべき事は、ほとんどの部品が久留米営業所に準備されていた。在庫を増やす一因ではなかったのではないだろうか?私の場合、収支決算は完璧に赤字である。

 日本一壊れたヴィータの故障記録は、杉並の田中さん(OPEL Vitaの生活日記のWeb MASTAR)をして絶句さしめた。
 しかし、果てし無き故障記録街道は、未だ道半ばで、成長を続ける事になる。

   それだけではない、ヴィータのオーナー共通の悩みは故障だけではなく、燃費もまた苦悩させた。
 10キロ/リッター走れば、上々といわれるヴィータ、1.4リッターとは思えない燃費は、多くのオーナーに絶望を与えた。
 エコテックと名乗りながら、全然地球に優しくない!
 市街地オンリーの方では6キロ/リッターとか、壮絶な記録を残された方々も多いと言う。
 パジェロ・スポーツ・ターボで9km/リッターを常時記録し、12キロ/リッターをマークした私ですら、通常12キロ/リッター、最高18km/リッターを記録する事しか出来なかった。CGのデータ一覧を見て欲しい、14.6km/lという平均燃費が記されている。ここまで実態と乖離した数字を残すというのか?広告主には弱いわなぁ。言うだけ言う人は追い出されたからなぁ。

 ここまで読んでいただいた奇特な方にお伺いしたい。

 地球環境を考えた、まともな車と言えますか?

 同じ1400cc程度の国産車と比較しても燃費は確実に悪く、二酸化炭素の排出量は多いのだ。
 オペルさんに問いたい!あんたら恥ずかしくないですか?
 「VWと比較しても、故障が少ない?」的記載のある「オペルの日本物語」の著者高山晃氏に尋ねたい。
 オペルより故障するならVWなんざ、恐ろしくて触れんわ!
 後輩のゴルフだって、普通にしか壊れなかったぞ!
 何処のどなたが発言されたのであろうか?確認は取られたのか?取材はされたのか?

 幸運な私は、今だエアコン・コンプレッサー爆発未体験だ。その他のトラブルはたいてい経験してきました。この程度の信頼性ならば、三流としか言えますまい。
 ところで、素朴な質問を一つ。

普通の外国車はこのくらい壊れるのでしょうか?

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第三章 ヴィータの美点「太ったさんちゃん!」の異名を取るほどしゃべり続ける私は、助言を求められる度に、「死にたくなかったら、オペルは買うな!死にたい奴だけ買いなさい!」と言い続けた。
 助言は、賢人のそれであっても、危険である。もしも薦めて、私と同じ目に会わされたら、人間関係は無茶苦茶になってしまう。
 一度、時速ぬゆわkmでのエンストを体験して頂ければ、私の真意を実感頂けると確信する。
 それ故に「時速120キロの臨死体験」という、一部で有名な名言が生まれたのである。
 でも欠点ばかりの車という訳ではない。そうであったらば、既にスクラップのハズだが、今も使っているからには、美点も在ったのだ!

 まず、花粉症には効く!これは確かだ。重症患者の私でも、花粉症の嵐が吹き荒れる時期のお出かけが可能になった。これは、凄い。これは特筆モノであり、当初の目的の半ばは果たされたことになる。

 次に、人間が乗っても、荷物をあちこちに押し込めば、ゆったり乗れるのだ。うどん巡礼では、四人と荷物を満載して、加えて毛布を四枚押し込んでいる。それでも疲れにくい。これは凄い。
 デブヤクワルテット(平均100キロ)がゆったり乗れた事実は、デブヤクワルテットの私以外の三人を驚愕させた。

 んでもって、大きな声では言えない速度での高速走行は、気持ちが良い。70タイヤ&SRタイヤでも時速ぬゆわkmの高速走行を破綻無くこなせる。熊本以南の九州自動車道路は、真昼間から200マイルの巡航が可能な好環境下(ふゆわkmは某車で体験済み)であり、大爆走可して楽しむ事が出来る。ここいらを爆走すると、サスの剛性は異常に高い事が分かる。これは御奨めだ。

 さらに、長距離走行が得意である。確かに長距離は疲れにくい。
 ふっと気が向いたら、
 鹿児島まで「白くま」食いに行く。
 北方まで「ちゃんぽん」食いに行く。
 大洲まで「生しぐれ」買いに行く。
 高松まで「松下のうどん」食いに行く。
 別府まで「100円温泉」入りに行く。
 宮島まで「もみじ饅頭」食いに行く。
 北九州まで「かかしうどん」食いに行く。
 枕崎まで「芋焼酎」試飲&買いに行く。

 ヴィータになって、その度合いと頻度は確実に増したと思う。通勤に使用しない今でも、年間24000キロは走っている。メーター戻し&修復車の刻印を押されたヴィータは、恐ろしい値段しか付かなかったが故に転売&買い直しを断念し、乗り潰しを決意したのである。

 私は、96年式のヴィータ、2ドアのスィングの信頼性に関して、疑問を呈しているのではない。初期故障があまりにも多過ぎた!信頼性は皆無であった!と言っている。久留米営業所のKさんの気の休まる時は無かったであろう。あちこち出歩く危ないヴィータのオーナー、鹿児島から電話かかってきたらどうしよう?高松からかかってきたらどうしよう?東京までお出かけされたらどうしよう?Kさんは、今もこのヴィータを処分してほしいはずだ。
 だが、それは一面に過ぎない。信頼性も枯れれば良くなる。最近は大人しいものだが、その奥には拭い切れない不信が潜んでいる。
 異音発生と同時に、(私は携帯電話不携帯主義者だ!)妻は一瞬にしてヤナセ久留米支店にダイヤルし、愛用の携帯を差し出した。運転中にエンストを体験した彼女は、拭い難い不信を精神の奥底に刻み込まれている。
 「人間に幅が出来たやん!見てみい、ワシなんざ人間の厚みが違うやろが!」
 と冗談めかして笑い飛ばそうにも、彼女にはきついかもしれない。

 彼女にとって、オペルのブランドイメージはどうなのか?聞きたくても聞けない、恐ろしいテーマであるが勇気を振り絞って、聞いてみた。
 「なんか、グッズ作るヒマがあったら、壊れんゴツせんね!」
 単純明快である。

 ところで彼女のお気に入りは、ヴィータの高速道路爆走だ。
 時速100キロを超えると途端に元気になるヴィータ、時速140キロプラマイ20キロの狭いゾーンが、一番走りやすいというのは、オーナーの共通認識であろう。メーターで186キロまでは行ける。高速能力は高いようだ。トルクの厚いエンジンが、一番良いエンジンなのを再確認させてくれた。
 この狭いゾーンの愉しさを知った彼女は、高速道路だけ「運転代わる!」と言ってくれるようになった。
 事実、ステアリングもぶれない、アクセルに敏感に反応する、走りやすい、疲労は低速域と違って少ない。悪いところばかりでは無い。

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第四章 オペル、構造改革?オーナーやオーナー予備軍にとって一番大事な、オペルは、ヤナセはどうなるか?という点について、少々お話してみよう。現在、多くのオーナーはオペルに失望しているようだ。加えてスバルのトラビック販売に伴い、不安を抱き始めている。

 まずは「オネスト・プライス」をうたい、華々しく日本市場に乱入したオペル、であるが、日本車並に信頼性があれば大丈夫であったのに、熟成が足りないまま送り出された車は故障しまくり、薄利多売の選択が裏目に出た。

 日本市場乱入の為にこき使われたが、輸入権まで取り上げられたヤナセは当然のごとく利益を圧迫され、初期の販売戦略であった無茶な価格設定は伸びない売上が祟って、次第次第にヤナセの経営を圧迫する事になった。
 事実2002年初頭、ヤナセはオペルの販売拠点整理を宣言し、その理由に利益が上がらない事を挙げた。事実上の縁切り宣言の第一歩か?ヤナセのホームページには、一切この件に関する記述は無い。GMJは社長交代だ。件のホンダ出身の口だけ社長は解任され、GMJはオペルの新規販売店を展開する旨を発表した。
 GMの首脳陣はオペルの販売が伸びないのは、ヤナセの販売方法に問題があるとでも思ったのだろうか?己が無能ゆえの破綻の責任をヤナセに押し付けたのだろうか?これら一連のごたごたが原因なのか、年々オペルの販売実績は減少傾向にある。一割・二割は減少している様だ。しかし傍目には、「GMJっちゃー、アホやねぇ。」というコメントしか出てこない。
 ところが、GMとオペルは日本の商慣習を無視する、極悪非道!串カツソースの二度漬け的行為に出た。
 ヤナセにザフィーラを販売させておきながら、泰生産の虎比丘を輸入し昴に売らせたのである!
 虎比丘は、人件費が日本の1/15とも言われる泰王国で、日本製の鉄板をプレスし、泰王国現地生産の部品を四割使用して生産した昴&豪州掘傳専用車両である。
 一説には輸入&販売を断念した「木星」の余った発動機を消化する為の一石三鳥的裏技で、もう後がないまでに追い込まれているとの噂も在る。貧すれば鈍すを地で行く涙・涙の物語ではないか?

 事実、スバルによる安売りトラビック販売は、予想を上回って売れていない。あれだけゼニを注ぎ込んでも、月平均500台がギリギリらしい。
 この体たらくを受けて、スバルは販売戦略を見なおすと発表した。外国車という点を強調するらしいが、タイ製という事を強調するのか?オペル設計を前面に押し出すのか?興味津々である。スバルの大技を期待したい。PRビデオでは、ドイツ!ドイツ!ドイツ!と連呼してはいるものの、タイ製という表現は出てこない。

 ここまで彼等の行為を書き記せばお分かりであろう。オペルという会社、曲者である。
 ヤナセに基盤整備をさせてから、輸入権を取り上げた。
 ドイツ工場で作ったザフィーラをヤナセに売らせておきながら、すぐさま、昴に泰王国工場で作らせた同型車を安売りさせた!
 目的はヤナセ潰しに他なるまい。GMで日本に車を得るんだ!ボロ儲けだぜぇっ!的、目論見があるんではないだろうか、なぁ?
 「ヤナセが売るから高いのだ!日本の自動車会社に売らせれば、こんなに安く売れるのだ!ヤナセなんかに売らせていたから、オペルの販売台数は伸びなかったのだ!」という責任転嫁でもあったのか?どうかは分からない。ところがヤナセは「オネスト・プライス」では無かったのか?

 行き当たりばったりのGMJの戦略は当然のごとく破綻した。オペルの販売台数は全盛期の半分以下!オペルが何処まで追いこまれているか、一例を挙げて説明してみよう。

 私の手元に届いたオペルのオーナー限定、キャンペーンの記載を見れば、面白い事が分かる。
 キャンペーン対象のヴィータは2002年モデルである。当然だろう、今年は2002年だ。発売当初hitomi投入のキャンペーン打った一押しヴィータだ。
 アストラ・ベクトラ・ザフィーラは2001年モデルである?おいおい、ザフィーラは分かるが、アストラ・ベクトラも在庫がだぶついているのか?そこまで追いこみかかっていたのか?悲惨やなぁ。在庫を売りきれなかった様だ。
 とどめは、オメガ、なんと、2000年モデルなのである?一昨年に輸入した在庫がまだあるのか?エンジン内部はさび付いていないのか?それとも、2001年モデルは2000年モデルと同一ゆー事なのか?こりゃあ、オペルは日本撤退かなぁ?普通、そこまで、在庫残すか?在庫管理って言葉を知らなかったんだろうなぁ、知っていたら、そんなに輸入するハズ無いもんなぁ?
 こーなっているから、スバルにもタイ製トラビック(ザフィーラ)の販売させたんやなぁ?弱り目に祟り目、全部打つ手が裏を食っている。終わりかもしれない、そんな感じがするのは、私だけか?

 スバルでのトラビック販売台数も月平均500台、ヤナセのそれは丸秘らしいが、月150台程度か?チャンネル増大!無茶なCM放映!でも期待を大幅に下回り、伸びてはいない。
 売れなかったという台数は、恐らくGMJの観念的数字だ。GMの自動車は素晴らしいから、ホ○ダの低公害三ツ星ストリームより80万円くらい高くても!○菱のディオンより100万高くても!阿呆な日本人は喜んで買うハズ!とでも思ったのか?
 ベンツがあれだけ売れるのに、何故オペルが売れないという論点から導き出された結果の数字であれば、少ないと思うのは当然かもしれない。

 スバルの販売能力は、ヤナセのそれより低いのは間違い無い。組織的意欲に欠けていた事は窺い知れるが、組織的意欲を高める事すら出来なかった事も重大視せねばなるまい。実際にスバルにトラビックの見積もり出してもらいに行ったが、やる気はなさそうであった。

 とりあえず、日本でオペルが売れなかったのは、ヤナセが販売したからではなさそうである。少なくとも設定台数の半分しか売れないスバルより販売能力が高いことは実証された。
 スバルはあれだけの広告費を注ぎ込み、有利な価格設定を受け、何故設定台数の半分しか売れなかったのであろうか?
 スバルの販売能力か、企画立案能力には欠陥がある事はまちがい無い。スバリストを相手に商売してきただけに、スバルはこれからが大変そうだ。スバルがきっちり作らせませた!とか言っているけれど、信頼性は国産車には及ばない。それでもトラビックオーナー達の多くが、保有していたスバル車の中低速不足を体感し始めている。スバルは結構中低速トルクある方なんだけど。

 ここまで読まれた方、オペルとGMJという会社にどう言う印象を持たれましたか?

 ヤナセは信頼しても、オペルとGMJという会社は、どうなるのか、判らないんじゃないでしょうか?

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第五章 ザフィーラ狂奏曲!2002年、ヤナセはザフィーラの大廉売から始まった印象がある。某雑誌では85万円引きを目指せ!ネットでは九本超えた!普通で七本出ました!と様々な情報が暴走中!
 切れてしまったヤナセによるザフィーラの大廉売は、トラヴィック潰しに直結する。
 オペル・オーナーズ・スペシャル・プログラムという2000年末までにオペルを新車で購入した人限定配布のプログラムは、この時期新車購入してくれたら三年間のメンテナンスを無料にするクーポン!&下取り15万円アップ!1.4%ローン!と、凄まじい捨て身の戦術の発露だ。

 オペルとGMJが承知した上での、在庫処分・大廉売である事は間違い無いが、その実態は、スバルのトラビック潰し!に他ならない。在庫は四月で売りきったらしく、もはやザフィーラの新車をヤナセで入手する事は出来ないようだ。一説に拠ればザフィーラ販売台数3319台、年に1700台程度は売ったコトになる。現在のオペル販売台数は全盛期の半分以下、現在のヤナセの収益源はベンツである。ベンツの八割がヤナセによって販売されている。従って、GMもオペルも輸入権を手放した今、GMの車の販売停止する日も近い可能性がある。気をつけて車を買わねばならないよ。

 ザフィーラの下取り価格暴落と共に、トラビック購入予備軍を根こそぎ刈り取るヤナセの戦略は、完璧である。落とし前は付けさせる!民族系ディーラー最後の砦、ヤナセは怖い、ここまでやるか!的捨て身の攻撃に出ているのである。逆襲だ!既にオペルの販売拠点縮小も開始された。「GMがナンボもんやねん!わてらベンツとアウディ売るサカイ、かめへんのや!」と言うヤナセの絶叫が聞こえてくるではないか?

 これまでの関係を再度見なおしてみると、ヤナセには販売者としての尊厳を感じるが、GMとオペルには賎しさしか感じない。そう言った経験がこの主張の根底に在る。車の基本設計は良いのに、日本に合わせた仕様を開発する能力が不足していたオペルだ。どこまで回復できるか?

 BMW出身の社長が、GMとオペルの構造改革に着手して、まともな会社にしてくれよと、祈るような毎日だが、ヤナセさんがあるから、まぁ、大丈夫かな?
 オキテ破りの大幅値引きが出現した、この時点でヤナセはオペルとGMを見限っているのである。ヤナセでオペルが買える日は長くない。

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第六章 オペルの終焉! 欧州でのオペルは、VWと五分の販売競争を繰り広げる強者である。日本のオペルは、ヤナセの足を引っ張り、経営危機に追い込む主たる原因の一つになってしまった。ヤナセの経営危機が叫ばれて久しいが、その主たる原因は、ヤナセの高給与と、GMとオペルの販売台数の低下の二つである。

 ヤナセには、量産車の薄利多売は不可能であった。高額車両のブティック的販売、それこそ彼等の真骨頂であったのに、何を考えて、薄利多売に走ったのか?VWにはアウディがもれなく付いて来たが、ベンツとオペルではセット販売出来ないコトに気が付いていたのか、居なかったのか?ヤナセは薄利多売の量販体制を整えぬままに、オペル販売に着手した。ここにも失敗の原因がある。

 ヤナセはこの間、遅まきながら、様々にがんばった。輸入権を返上して、経費削減。人員削減して、経費削減。でも、オペルの販売は、利益が上がらない。オペルを本国価格で販売する方針を固持していれば、販売台数は増えていたかもしれない。本国価格と同一水準で押さえられれば、内税の消費税を勘案しても二割増、妥当な価格であったのに。

 そして、量販志向を志向しながら、オペルとGMは売れない。毎年一割二割の販売量が低下しながら、食い止められなかった。0.8×0.8×0.8は0.51、3年で半分、4年で四割、ここで彼等は販売量の低下を食い止めれば良かったが。

 こうなると、ヤナセは、オペルとGMを切り捨てる。トラビック(ザフィーラのタイ生産車)の販売は、詐欺に等しい。ダイムラー・クライスラーに切り替えだ!着々と進むGM切り捨て戦略、二年後、オペル新車の販売は無くなるかもしれない。

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第七章 オペルの黄昏! 最近、オペルは一人負け!である。MONIにも及ばない体たらくと、Oメガの輸入中止を囁かれる今、低価格車両拡販に燃えはじめたオペルは、この低成長期に成長している地方ディーラーを取りこみ始めた。

 この低成長期に伸びる地方ディーラーとは、どーゆートコなんでしょうか?ミニ屋かチンク屋、どちらも改造修理で販売額を伸ばし、安くしいれた地金を高く売り抜いては設けたトコである。福岡で自動世界を始めるO分光岡と言えば、そのスジではずいぶんと評判の良いアメ車屋である。
 私の知り合いはMONI屋にロクな奴ぁ居ねぇ!と放言して憚らないし、多くの人々がそれを肯定している。
 修理レストア済みなのに、2年で錆だらけになるチンクや、部品がぶっ飛ぶミニと言えば、当然の中古外車の世界。そんな百鬼夜行の中古外車の世界で鍛え上げられた彼等がロクでも無いGMと組んでオペルを売る。オペルの黄昏が始まった。

 不良ディーラーに販売が移行した結果、輸入自体が終わってしまったメイクスは数知れない。シトロエンなんかはマツダと組まなければ、まだ残っていたかもしれないし、フィアットなんかは、ロクでも無いトコと組んでは輸入中断を繰り返しつづけた。日英からミニを取り上げたローバーなんざ、会社自体が無くなってしまった。

 久留米営業所のKさんに、あんたに憑いてくバイ!状態の私であるが、いざとなったら、スバルとスズキと輸入で部品は確保するぞ!最近悲壮な覚悟を決めて、べんつくん貯金しはじめている我が家であった。

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第八章 オペルの逆襲!2002.7.2、7.5追記 七月二日、オペルは新型ベクトラを発表した。オペルは凄いぞ!強気だぞ!七年ぶりのモデルチェンジは、一気に高級車への進化という解答だったりする。あの値段で、売れるのか?ちょいと疑問バリバリ、ナンボ載せたん?デフレ時代の終結を声高だかと宣言して値段吊り上げ路線爆走中である。
 ジャガーの代表は日本語バリバリだが、オペルの代表は日本語話せないようだ。
 しかし、この価格設定、なんとか、ならんのか?オペル博多・オペル川口を始めとする独自販売網に自信を深めているらしい。ま、なにがあっても、この新型ベクトラ、個人的に買いたくないデザインだ!

 最近のオペルは長期転落路線を暴走驀進中で、輸入車ランキング10位にまで急降下した。ランク外転落まで、あと少し!ランク外転落まで、後少し!

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第九章 ヤナセの黄昏!2002.7.9 ヤナセの七転八倒ぶりは、民族系最後の雄的存在として多くの注目を集める中、ある程度冷ややかに伝えられてきた。彼等の没落の始まりは、ベンツの輸入権剥奪?VWグループとの決別?オペルへの転換、オペル・シボレーの輸入権返上、輸入権があれば利益も確保できるが、販売だけでは利益は一気に圧縮される。其の結果、ヤナセの七転八倒状態は今も続いている。

 ヤナセは輸入高級車ディーラー最強の存在であった。ヤナセの伝説には事欠かない。その体質を色濃く残しながら、ブランドイメージに関する限り、ベンツ=ヤナセのイメージは最強だ。
 当時もてはやされたベンツとアウディの抱き合わせ販売は、ブランドイメージとも合わさって凄まじい威力を発揮し、以後ヤナセから離れたアウディの体たらくは、業界関係者ならば誰でも知るトコロだ。最近ヤナセはアウディの販売を再開した。どちらに利があったのか?ヤナセとアウディの組み合わせこそ、アウディ存続唯一の道かも知れず、VWのほーもそんな感じで再編中だ。戦略変換に躊躇しないトコ、GMJよりVWの方が上だな。

 そんなトコに加えて、ヤナセの販売網再編に伴うベンツの販売拠点は支店格上げ、GM販売拠点は営業所格下げという、現状を見れば、GMとの決別に備えて、準備万端怠り無いというトコロの様でもある。

 あれやこれやを踏まえて、ヤナセに必要な車種構成を考えてみよう。
 揺り篭から墓場までの販売法則に従えば、オペルのヴィータがヤナセのエントリーカー、次にオペル・アストラ、何時かはベンツ、ベンツ買ってもらったら、セカンドカーはアウディ、お遊び用にコルベットか、アストロ、四駆ならブレイザー、である。
 ところが、好調ベンツの車種増大がこの基本構造に様々な歪を生じさせてしまった。

 ここんトコ好調過ぎるAクラス、Cクラス、スマートの存在は、オペルの存在価値を失わせる。ここでオペルのアストラ・ベクトラの存在価値は消滅する!今やGMエディションのブランドは、無用の長物になりつつあるのだ。
 サーブは熱烈な愛好者が居るから、問題無い。ただ、一般大衆の吸い上げに寄与すると思われたオペルは、、販売台数の半減(三割まで落ちた)という状況下で、ヴィータ以外のオペルは御荷物以外の何者でもなくなってしまった。
 ツァフィーラなんざは、GMJがタイ生産のスバル・ホールデン専門車両を別ラインで並売するなんて荒業を打ち出した結果、真っ先に消滅させられた。ヤナセのブランドイメージを確保する上ではツァフィーラの存在は、ダイオキシン並の産業廃棄物でしかない。
 今やヤナセにとって、GMJは足を引っ張るだけの存在に成り果てた。極論すれば、オペルへの切り替えは、ヤナセにとどめを刺しかねない戦略的失敗になったのだ!

 七転八倒するヤナセ本体が好調の子会社ウェスタンコーポレーションに救済されている今、業界親分の面影は無い。ヤナセの黄昏という表題に間違いは無いだろう。

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第十章 ザフィーラの終焉!2002.7.24 2002年7月18日の自動車新聞の一面記事にお気づきになった方は何人おられるだろうか?
 GMJ、ザフィーラの輸入中止の記事が記されている。誰も知らない2002年モデルのザフィーラの在庫販売完了をもって、ザフィーラの輸入は終了し、スバルが販売するタイ生産のトラビックに全精力を傾注し拡販に努めるという。
 オーナー達も知らない2002モデルのザフィーラとかを新聞が取り上げているのだ。どーゆー取材をしているのかも不思議だが、2002年モデルは無かったハズなのに!では何故、2001年モデルのザフィーラを大廉売したのか?トラビックも2002年7月現在大安売りの真っ最中だ!という事はトラビックは販売力向上を狙って、大安売りに走るのだろうか?現在のトラビックオーナー達は怒り狂い始めた。トラビック・ザフィーラの販売戦略はモノの見事に破綻したらしい。この上、どうあがくのか?それはそれで面白いが、みんなに迷惑かけないで欲しい。

 しかし、何故GMJはアジアカートラビックの拡販に執着するのだろうか?私には、GMによるフィアット吸収が遠因となっているとしか、思えないのだ。

 日本では結構アルファは売れている。そして、タイでもアルファを製造しているのだ!直情径行の単純なアメリカ人はこう考えただろう。タイで作っているアルファを日本に持ってくればボロ儲け!日本製の電装品で組み上げれば、信頼性も増すし、現地生産の日系メーカーから仕入れれば安い性能に遜色も少ない。

 タイ製のトラビック日本販売が成功すれば、タイ製アルファ導入の序曲となる。既に法的問題はクリアーされたようだ。ヤナセとの抗争は彼等に自信を与えただろう。赤字が続き、経営責任追及されかねないGMJの、濡れ手に粟のぼろ儲けを狙う彼等にとっては、これが最後のチャンスなのだ。

 但し、アルファの商標は使えないが、アルファを全量タイ製に切り替え、同時に整備中のGMチャンネルで大々的に売り出す!売上は低下の一歩を辿るGMJにとっては、夢のヨウナ美味しい話だが、足元も固めず、アメリカ基準の妄想を振りかざして暴走する彼等の未来は暗い

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第十一章 オペルの黄昏!2002.10.22 2002年、上半期の輸入車台数のランキングが発表された。 JAIA で統計情報を参照されると、いろんな事が分かりそうだ。ギリギリトップテンには入っているが、10位である。9位のアルファに23台抜かれてしまっている。アルファといえば、タイで生産中、スバルのトラビックみたいにタイ生産のアルファがGMJの手で日本に輸入されるのではないかと恐れられているメイクスである。何故拠点の数が遥かに少ないアルファに抜かれてしまったか?理由は明白で、ヤナセがアウディを販売開始した事と、ベンツのAクラスが売れ続けている事に在る。

 オペルを買う顧客が、アウディとAクラスに流れて、ヤナセ販売総数では変わらない位なのだが、これはヤナセにとってデフレ並に恐ろしい効果を及ぼしているのだ。マジにヤナセ、危うくなりかねないぞ!販売単価の低下は、利益の減少を生む。販売経費は変わらないのに、利益がドンドン低下して赤字一直線である。これはヤバイ!

 加えて、ヤナセにサーブが委譲された事を御存知であろうか?サーブも前年比で半分、オペルも六割とくれば、ヤナセの経営はベンツで持っているだけとも言えるだろう。シボレーは前年比八割というトコだが、GMエディション、ほぼ全滅状態とくれば、馬鹿売れアルファを日本導入するしか、GMJの経営陣に残された道は無い。前年比九割増という絶好調アルファ、これをGMJチャンネルに移行すれば、叩かれているGMの本社の経営陣にも波及しかねない起死回生の一発だ!

 ところでオペルは スピードスター も販売開始してしまった。日本では倒産&輸入停止状態のロータスのエリーゼ・オペル版である事は周知の事実である。スピードスター生産もロータスがやっていて、もはや消え去ったローバーからエンジンとブレーキを入手する事も難しい事になるだろうから、オペルから持って来てスピードスターに名前を変えて生産しているって事であろう。平行輸入業者はロータスエリーゼに360万円のプライス付けている。オペルはスピードスターに449万円の値段を付けた。これが妥当な値段なのか?限定100台、予約受付中だ。
 日本における自動車の価格は安い!インプレッサ&ランエボに比較して、449万円の価格が妥当なんだろうか?ドイツじゃ税込み370万円くらいではなかったか?

 アメリカ人特有の短期決戦&濡れ手で粟のぼろ儲け志向が、日本における彼等が経営主導権を握る企業の低落傾向を決定してしまったとも言える。投資は最低額、利益回収ばかりを求める彼等の経営哲学が、間違いではない事をマックやコカコーラが証明しているのだが、自動車会社は日本で成功できない。何故だろう?フォード・ジャパン、GMJ、彼等が無能か?阿呆か?ボンクラのどれかである事は間違い無いと思われる。

 しかしここまで、販売台数が落ちてしまえば、GMJとヤナセの決裂は確定してしまったと言って良いだろう。ベンツ君預金を開始されたオペルオーナーも多いかもしれない。
 先日のフォトラリー(九州限定ドライブゲーム)でお会いしたオメガオーナーは、セールス氏に「ベンツにしましょう」攻撃を受け続けているらしい。北九州のヤナセはベンツ専売になってしまったから仕方無いかもしれないが、Aクラスを買うか、日本で作られるバッタモンのコルト(ドイツの厳格な云々を打ち出したCFを御覧になった方々はご理解頂けようが、三菱は事実上ベンツの子会社になってしまった。)にするか?ベンツAクラスの未来にも暗雲が立ち込めはじめている今日この頃、ヤナセの明日は前途多難である。

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第十二章 オペルの終焉!序2002.11.12 2002年10月のオペル販売台数は、400台をきった。これは凄い数字である。12倍しても5000台に届かない。嗚呼、全盛期の一割しか売れていないっちゅうコトだから、普通会社だったら倒産するぞ!
 原因ははっきりしている。ベンツのAクラス、Cクラスが、確実にヴィータ以外のオペルと被っているのだ。アストラなんかAクラスと完璧に被っている!ベクトラなんか、20万上乗せでCクラスの一番安い奴が来る!オメガワゴンなんかCクラスのステーションワゴン被ってる!完璧に被ってるのだ!

 オペルを買う顧客がベンツに流れている。ベンツの低価格路線拡大は、オペルの顧客を根こそぎカッサラッテいった。オペルの存在価値は、ベンツのA・Cクラス投入と共に消失していた。加えてヤナセに対してGMJは無茶しまくってきた。ヤナセお払い箱路線を取ってきたGMJは、逆にお払い箱になろうとしているのだ。この逆転は凄まじい物がある。

 ベンツも結局ヤナセに負けた!アウディもヤナセの人員を引き受けて新会社を設立した。ここでヤナセが倒産すれば、膨大な顧客情報と都市部の整備拠点を濡れ手に粟で入手できるとほくそえんでいたメーカーは、完璧に肩透かしを食らった状況だ。

 ヤナセは残ってもオペルが残れるか?不明のままだが、VWの整備もしているヤナセだから心配はしていない。しかし、信用で商売しているディーラーはきちんとしていても、矜持っちゅう言葉なんか知らないらしいメーカーなんか冷淡&無責任なもんだ。
 シトロエンとかランチアを売っていた○ツダというメーカーなんか、売りっぱなしである。いまや自分達が売ったの車両の面倒なんか、放棄している。
 ローバーを買い取ったBMWも、ローバーを見捨てた。今やローバーのオーナー達は泣いている。
 オペル○○で買った場合、先が危ないかもしれないのだ。

 今年一杯でヤナセがオペルの取り扱い中止したりする悪夢を見てしまっている、今日この頃であった。

追記2002.11.28
 アストラが変わったらしいが、まず、大掛かりなフェアーは行われないだろう、って気がする。ヤナセのオペルの取り扱い中止は近いのかもしれないが、、、ちょっと怖い。

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第十三章 ヤナセの黄昏、第二章2002.12.28 2002年12月20日、ヤナセは創業者の息子である会長とその一族を経営陣から追放した。

 会長で残ったおっさんも居るが、この一点を持ってヤナセの同族支配の終焉といえる。アホ婿の経営失敗(ベンツの事件を嚆矢とする一連の輸入権の剥奪事件)から始まったヤナセの黄昏が終焉を迎えたと断言したい。自動新聞の報道が一番早く、やっと来たかと思っていたが、これでオペルは終焉を迎えたといって良いだろう。

 彼等の経営を振り返り、総括してみれば、繋ぎとは言え、オペルと組んだのは、失敗であった。ヤナセのブランドイメージは落ちるトコまで落ちている。もはや、オペルのイメージは常盤貴子様の御乗りになった真っ赤なヴィータに過ぎないのだよ!アストラもベクトラもオメガも、誰も知らない。ヴィータを140万円で売れば、何とかなると思うのだが、コルトを売りそうになった今、その芽も摘まれた。
 ブランドイメージが遥かに高いベンツが、それも同価格で売れるなら、オペルを売る必然性は皆無だぁっ!
 従って、一部オペルオーナーの間で囁かれている恐ろしいウワサ、2002年年内一杯の販売打ち切り!の可能性は非常に上がった。

 少なくてもヤナセのアホと馬鹿は経営陣から叩き出され。確実にヤナセは再生を開始するだろう。
 そこにオペルの存在意義は少なく、そんなオペルの並売を許す新経営陣ならば、ヤナセの再生は覚束ない。
 確かに優良顧客リストを始めとする資産(都市部の整備拠点の価値は高い、これだけの販売網だ。フルに生かせば五万台は売れるし、実績も在る。)をどう生かしていくのか?そこはだが、腐れ商社が悪用しなければ良いのだが。

 イヤーモデル変更も、新型とアナウンスです(?)し始めたアホは無視しておこう。デフレ時代に、値上げを続けるGMとオペル、一気に販売台数は急降下中だ。彼等の戦略は、長期的には正しいのかもしれないが(低価格路線を驀進したマクどは今期赤字である。)、、日本車と外車の価格乖離が進行中な今落ちるトコまで勝手に落ちて僕は知らない、見てるぅだけぇ〜!

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第十四章 ヤナセの黄昏、第三章2003.5.29 第二章から半年、ヤナセとオペルとGMを基軸として輸入車業界は震撼した。ヤナセはベンツの販売記録を塗り替え、存続を決定し、産業再生法の適用を受ける事に成功した。オペルはヤナセ虐めの逆襲を受けて、販売台数急降下、もはやチャンネル維持の最低ラインを下回る現状では、オペルのオーナーからも見捨てられかけている。ヤナセはBMWの販売も開始して、既存店の変更は無いものの、休眠店はBMWの販売を開始する。GMが怒らないか?ヤナセはもう切れている、ヤナセを足蹴にしておいて、逆襲喰らっただけだ。

 ところで何故ヤナセは回復したのだろうか?経営資源をベンツに集中した事と、借金ケツまくったからであろう。で、儲かったのは、伊藤忠くらいか?
 オペルは欧州でも苦戦中だ、日本では撤退寸前だ。GMは日本で売れたためしがない!オペルもGMも、ヤナセが悪いから日本で車が売れないんだ!的主張はできない。ヤナセはベンツを売りまくっている。ヤナセの能力は実証済みだ。さて、オペル・ジャパンとGMジャパンでは戦犯探しの真っ最中だろう。

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第十五章 オペルの終焉・第二章2003.6.20 序章から半年余り、オペルのメインであるGMは、断末魔を挙げつつ、最期を迎えようとしている。

 GMジャパンは自動車工業会にヤー公真っ青のいちゃモン付けて、無理やり参入した。アメリカの自工会からは日本企業を叩き出したアメリカ人!に対し、日本の自工会は参入を認めた。ほとんど、与太モンとしか見えなかったGMの姿勢は、アメリカ人という醜い人種の姿を日本人に印象付けただろう。

 ところが、そのGMは、自工会脱退を決めたらしい。大枚はたいて建設した設備は使用される事も無く、輸入をスズキに移管して、キャデラックは某商社にお願い!って感じで移管折衝中。オペルの輸入停止は既定路線としか思えず、サーブはスバルにお願い!って感じで移管された。

 GMジャパン本体は、人員削減で半分まで圧縮する。ヤナセがオペルを売り続けていた頃に、何故に投資を怠ったのか!あれだけ売れていたのに!やっぱ、勘違いするんだろうなぁ、欧州一でも日本じゃ三流に過ぎない事を忘れたオペルは低落を続けた。厳しい現実を直視できれば今の凋落は無かっただろう。安心してオペルを維持できたのだが、、何時なくなるかな?何時なのかな?これもまた愉しまなければ、体が持ちそうに無い!
 GMジャパンの拡販戦略は、全て破綻した。オートワールド展開は、禄でもないディーラーにお墨付きを与えただけに終わり、オペルとGMのディーラーのレベルは急降下している。この状況下で拡販可能と強弁出来る人物は、恥知らずか詐欺師、或いは山師の類に分類できるだろう。

 キャデラックはどうなるのか?ヤナセはGMの車を売り続けるのだろうか?オペルはまだ残るのだろうか?サーブはどうなるのだろうか?急降下中のスバルは大丈夫なのか?スズキにも陰りが見え始めた今、GMグループは大丈夫なのだろうか?

 さて、どうなる?悲しい程に一人負けのオペル、GMグループはアルファ位しか景気が良くないが、ここにはGMは噛んでいないから大丈夫なんで、噛んだら終わりかもしれない。GMって疫病神の同義語なんだろうか?

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第十六章 オペルの終焉・第三章2003.10.26 第二章から半年余り、序章からは一年、オペルの惨状は目を覆うばかりである。

 GMジャパンの打った強引な手法は、全て裏目に出た。販売不振の責任を全てヤナセに押しつけ、別チャンネルを立ち上げると豪語した結果、スズキですらGMとオペルを売る気は無いし、GMの新規販売に乗り出したその多くが地元で「あの○○」と定冠詞を付けて評価されるトコばっか。チャンネルはほぼ壊滅したに近い。それを証明するのが、ここ半年のオペル売り上げ台数の目を覆わんばかり的急降下である。

 某団体が繰り出す車種別登録台数の速報を見れば、彼等GMの手法が全て間違っていた事を証明しているし、ヤナセのGM取り扱い車種の販売台数と、ベンツ&アウディの販売台数を見れば、一目瞭然だろう。

 アウディはヤナセの販売再開と同時に販売記録を塗り替え、オペルの販売台数はポルシェや趣味性の高い少量販売車種と同レベル状態だ。利幅の大きな趣味性の高い車種と利幅の小さな大衆車が販売台数が同程度という事は、大衆車側の販売組織を維持できない領域にまで衰退している可能性が異常に高い。

 それを証明するかのような情報が飛び交わされている。オペルで最も利幅が低いハズの入門車ヴィータの輸入が停止されるようなのだ。仕方がないか?月に全国で200台程度しか売れない中で、そのチャンネルを維持する事がどの程度の経費を要するのか?そして、GM自体が日本で残れるのだろうか?そして、GM自体がアメリカで残れるのだろうか?

 碌でもない重役しか居ない様な報道が続くフォードの存続が危ぶまれている今日このごろ、ビッグスリーのうちクライスラーは既に無い。ダイムラー・クライスラーは死に体で、フォードも存続が危険視されている、そしてフィアット問題でGMも危なくなってきている。

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第十七章 オペルの終焉・最終章序曲2004.1.8 某新聞の記事に驚かれた方も、納得された方も、読み飛ばされた方も、GMの2005年オペル販売終了?には結局納得されたのではないかと推察せざるを得ない。ポルシェと壮絶な登録台数競争を繰り広げているのは、オペルであって、ドイツ車の最下位争いは凄まじく、哀愁を漂わせている。

 GMジャパンの打った強引な手法は、全て裏目に出た。もはや、どうあがこうと、その経営責任は逃れられまい。しかし本家本元でも大混乱となって日本の失敗など目立たなくなっている。全部ひっくるめて、GM自体が追い込みかかってしまっているのだ。唯一好調なスズキはシボレーブランドを見捨てつつあるし、スバルはGMの悪運に憑依されたのか?レガシィ病は重態のようだ。トヨタにとってもキャバリエは禁句だ。

 結局、オペルはスバルと重複して居る事から撤退、スバルとスズキでカバーする!さてさて、オペル・ジャパンの明日は閉ざされてしまった。来年でオペルが消えるのだろう、我々ユーザーの明日が見えなくなってきた。オペル博多で購入された方々、大変ですよ、どうされます?あそこの母体が売っていたローバーに対する仕打ちを見たら、、、、、

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第十八章 オペルの終焉・最終章2004.11.8 中古のオペルが地方都市である私の周囲でも目立ってきたのは一昨年当たりからであっただろうか?1996年に4万台近い売上を誇ったオペルは2003年に4千台以下の数値しか残さなかった。2004年の上半期に前年度比半分という数字で、オペルやGMの「ヤナセなんか、ぷぅ〜んっ!」的行動が招いた当然の結果とはいえ、ここまで落ちたのは会社が一時消滅して輸入が途絶したローバー位のものか?

 GMJが豪語していた新チャンネルの立ち上げとやらは、いすゞの撤退、スズキの傍観、その他の結果、二店舗に留まっているのかな?ヤナセはオペルの販売拠点を各県壱店舗程度に減少させ、売れるベンツにアウディ、BMWに切り換え進行中!従ってオペルの復興はしばらく無理みたい。しかし、全盛期の1割の売上台数、販売拠点も全盛期の1割で十分!まだ多すぎるのかな?

 興味の在る方は、輸入車 組合のキーワードで出てくる某組合の統計情報で確認していただければ、、、しかし、オペル博多の未来は?あのローバー久留米が母体だし、、あそこ、何台売っているんだろうか?ヤナセだって本当は福岡の拠点も外したかったんだろうね。そのスペースでクライスラー売ったほうがまだ良かっただろうし、、

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第十九章 オペルの終焉・輸入停止2006.5.9 昨年から噂されていました。久留米のヤナセのオペルの看板が付いている方が工事中でした。2005年のオペル輸入総数が1800台、1996年に38,339台も売っていたのに、四捨五入で全盛期の5%まで低下していました。オペルの販売拠点は九州沖縄で九拠点、鹿児島と佐賀には拠点すら無くなっていました。2006年モデルのベクトラがGMから発表されたのにオペルのHPには記載すらありませんでした。(2006年ベクトラは50台限定の輸入ってのは聞いて居ました)2006年のJAIAの速報では、前年比70%以下という数字で、2006年4月の販売台数は82台で、マイバッハやアルピナ・BMWはぶっちぎりです!ワーゲンは3300台、ベンツは3233台売れていましたが、、

 そして、オペルのHPでも新車販売の停止、在庫分のみの販売終了後、新車販売は無くなる旨、告知がされました。ランチアもそうだったよね。デルタがあんなに売れたのに、今ではガレージ伊太利亜が並行輸入しているだけだ。いすゞが乗用車販売から撤退して、スバルのトラビック輸入販売も停止し、スズキもスバルもGMと縁を切って、GMはサーブとキャデラックに全力を傾注するそうです。

 悲しいですね、、アメリカの馬鹿おっさん達が無茶すると、ユーザーが泣く事になる。サターンもそうでした。キャバリエもそうでした。でもキャデラックよりは売れているんですよ、サーブよりも売れているんですよ。次は何が撤退するんでしょうか?GMブランドは全部低空飛行なんですよね。日本で売られているアメリカ資本のブランドは、あらかた低空飛行で、、、、次の車は、良く考えて選ばないといけなさそうです。

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最終章 終幕2006.10.8 ヤナセのHPから、オペルが消えました。そして、オペルは終わり、ヤナセによる後始末が残されただけです。悲しいですが、GM本体も、余力が無い上に、ヤナセとの関係を最悪に追い込んだんですから、仕方が無いのでしょう。悪い車じゃなかったんですけれど。

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追記2006.11.9 東京に行きました、見本市の帰りに何故か、あるバスとモノレールに乗りましたら、ヤナセの芝浦の横を通りました。そう、件のヤナセには古い字体のヤナセの看板、そしてベンツとオペルのマークが掲げられていました。周囲のビルに埋没した感のある拠点の、ちょっと古ぼけた看板3種、、、行きの飛行機では機窓から見えた一面の雲海と蒼いそら、、、某宮崎アニメを思い出しました。そして、、、何かを考えさせられました。私もオペルを降りようかな?って考え込んでしまったんです。

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