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酒の迷宮

 九州は焼酎王国で、日本酒王国です。焼酎のラインアップは、常識の世界を遥かに越えてしまっています。日本酒は甘口系統ですが、いけます!怪しい蔵もそろっております。

 まず最初に、日本の酒の材料は、米です。焼酎でも米は使用します。完璧麦のみで醸造する大分の麦焼酎を除いて、普通、麹では米を使用するのです。従って、米の一大生産地である筑後地方は、日本酒の大生産地でもありました。そして、膨大な日本酒が醸造されると同時に、酒粕から「粕取り焼酎」が蒸留されていました。九州の福岡は「日本酒・焼酎連合帝国」として存在していたのです。

 しかし、日本酒の蔵も焼酎蔵も、減少の一途を辿っています。何故って、今の 日本酒 にも 焼酎 にも大きな問題があるからです。正しくは、蔵の姿勢にも問題があるのか。今からの五年、この間に、日本の蔵は半減するだろう。でも、仕方ないと、私は思う。

 日本の酒呑み達よ!酔えるだけで良いのか?そんな奴は、アルコール買ってきて、水道水で薄めて呑んでいろ!
 日本の酒呑み達よ、今、己の立つもう一度見直してみろ!自分が何を呑んでいるのか?自分が何を呑みたいのか?

日本の酒呑み達よ!蔵へ行け!
求めよ、さらば、与えられん!
呑めよ、探せよ、見出せよ!


 1.最愛の若の寿! 地方の蔵では唯一?ワイン&焼酎&日本酒同時醸造!
 2.一番長い付き合いの白波! 人生の半分以上を付き合っている焼酎があります。
 3.街角の角打ち! 夕暮れの風物詩(真昼間もあったが、、)さあ、呑むが良いっ!
 4.かす取り焼酎! 絶滅危惧酒筆頭!今呑まねば!消え去るぞ!
 5.日本の酒! 今や恥と良心の在る奴はこの業界に居ないのかぁっ!
 6.若竹塾! 若竹屋酒造場の大いなる野望!日本酒文化教育組織が発足した!
 7.薩摩酒造襲撃! 1年ぶりの薩摩酒造襲撃記!
 8.無濾過生原酒! 若竹屋恐るべき挑戦!2002.9.21
 9.何処でも吟醸酒! 実は私は嫌いなんです!2004.2.24
 1.田主丸の若の寿!

 地方の蔵では唯一か?ワイン&焼酎&日本酒同時醸造!

 日本の酒は、日本酒と焼酎(沖縄は独立国家であったので、泡盛は別扱いとする)である。醸造酒と蒸留酒の組み合わせはどこの国家でも見られる。ビールとウイスキー、ワインとブランデー。これが一つの黄金律。醸造酒がうまいトコでは、蒸留酒がうまくナイ!どちらもうまい!と言う文化圏は存在しない!と思われている様だ。

 確かに日本の蔵では、酒の蔵と、焼酎の蔵は、別物が多かった様だ。 焼酎ゆーたら 九州・沖縄限定なのだから、仕方が無いかもしんない。しかし福岡県と京都、奈良は無敵の粕取り焼酎王国でもあったのだから、歴史的に見ればもしかすると、どちらも美味かったのかもしれない。だが、酒は記憶の中でしか伝承されない抽象的存在だ。味覚を如何にして伝承すれば良い?今や真実は闇の中。

 焼酎をオーク樽で長期保存するのが流行り始めたのも。つい最近のこと。メローコヅルの成功からえらく時間がかかっている。かつて、焼酎も日本酒も、 新酒 を楽しむのが、主流であった。今も酒自体が様々に変容しつつ、命脈を保っている様は、在る意味非常に健康的且つ正常なのではないかと思うのだ。

 前置きがえらい長くなった。脱線&暴走するのが私の悪癖だ。ちなみに、私と会話していると話題が何処に行くか、わからない
その焼酎連合王国九州に、変わった蔵がある。田主丸町の若竹屋酒造場、現在の蔵主が十三代目でワイン造ってて、創業三百余年と言う変わった蔵だ。十二代目は長崎にて療養中、十四代目は現在社長。そしてこの蔵は、日本酒・胡麻祥酎・麦焼酎・巨峰ワイン・枇杷ワイン(ワインは葡萄で作るから命名法には問題がある、だが日本の酒の分類にはワインは存在しないから問題が無いらしい。果実酒しかないし、合成酒という言語道断な存在が許されるのも日本くらいだろう。日本のワインには葡萄を一切使用していない代物もあるから問題無いのか?ウン。)等々を醸造・蒸留している!世にも珍しい蔵なのだ。
広島には、ニッカウィスキーの創立者にして日本のウィスキーの父である竹鶴氏を輩出した竹鶴酒造があるんだが、関係無くなっているので、こう言っても問題無いよね。

 日本酒を醸造してきた十二代当主が地域振興の為に巨峰栽培を推進し(単純に言えばそーなるが、実際は紆余曲折色々あったらしい)、その巨峰栽培農家援助の為に十三代目が不可能と言われた巨峰ワイン醸造を開始!十二代目の奥方様は胡麻祥酎「紅乙女」の社長さん!凄まじい活力の一族である!紅乙女(胡麻祥酎)・夢乙女(麦焼酎)・巨峰ワイン(葡萄酒)・若の寿(日本酒)、このラインナップは壮絶に思えるかもしれない、またエネルギッシュな一族を連想されるかもしれない。しかしこの蔵が果たしてきた田主丸での功績を考えれば、旦那、いわゆるパトロンと呼ぶべき一族と評すべきであろう。

 知的で洒脱な紳士、十三代目にお会いした方々は口を揃えて印象を語る。私に言わせれば「ミッキー安川似の酒好き!」なのだが、この御仁、様々な顔を持っており、その活動範囲は多岐に渡っている。

 加えて福岡限定「紅乙女」のコマーシャルに出演されている老婦人が紅乙女酒造の社長である十二代目当主の奥方様だ!田主丸の文化事業のスポンサーとして、かなり御尽力なされたと、田主丸の文化事業に従事した知り合いは、証言する。

 田主丸に行ったら、その酒蔵、若竹屋酒造場を訪れて欲しい。

 国道210号線沿い、鯉取りまぁしゃんの横には目印の樽の看板があって、そこの裏にも駐車場がある。鯉取りまあしゃんを御存知無い?嗚呼、これだから!お父さんやお母さんに聞いて御覧なさい。年齢五十才以上の世代なら、田主丸の黄金期を御存知のはずだ。鯉取りまあしゃんとは、冬の最中にふんどし一つで川に潜り、体温に誘き寄せられた鯉を取るという今や滅んだ漁法の名人であった。先年お亡くなりになって、この漁法は後継者も無く、絶滅するに至っている。

 ここは国道側が裏手という蔵なので目立たない上に、北側に回りこまないと蔵には乱入できない。故に知る人ぞ知る蔵として、地元民には謎多き蔵として認知されていた。

 何せ、蔵開きをしない蔵として、知られていたが、他の地方では良く知られている。恐らく海外では最も有名な蔵の一つではないだろうか?加えて、関東・東北でも、知られている様だ。私の目にした限りでは、全国放送で登場したのは、数年前のバス路線を辿って日本を縦断するシリーズで、途中参加者が林田伝兵衛宅に御邪魔したのを嚆矢とすると思う。日本酒蔵として、最初にモンド賞を受賞したのも、ここが最初のはずである。元禄時代から存在する「元禄蔵」には謎の施設も存在する。

 街中の若竹屋酒造場、山すその紅乙女貯蔵所、巨峰ワインの醸造所、これらを訪れて感じるのは、人々が誇りを持っているという事だ。

 誇り無き蔵は消え、哲学無き蔵は滅び、矜持無き蔵は堕落する。byわたくし。明確な哲学を抱き、矜持を持って働く人々が居る蔵である。味の無い酒ではない!旨い酒である!私は若竹屋でしか買えない「和くらの」純米と、純米酒「座」がお気に入りだ!和くら野純米は一升瓶で、純米酒「座」は常時生で出して欲しい!

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 2.一番長い付き合いの白波!

 人生の半分以上を付き合っている焼酎があります。

 私の亡父は酒好きであった。私も幼少のみぎりから酒を嗜んできたのも明確な事実である。日本酒・焼酎・ビール、しかし私は焼酎党であった。その中で、最も印象に残っているのが「白波」なのである。人生の黎明期より共に在る酒と言っても良い。

 南九州周回旅行に際して、枕崎まで「薩摩白波」詣でに出かけてきた。もちろん周囲には「枕崎までハラカワ食いに行こう!開聞岳まで回ろう!吹上浜も凄いよ!」と欺瞞宣伝にこれ努めた結果では在るが。目的は「薩摩酒造文化資料館・明治蔵」で焼酎醸造の歴史と文化の学習である。こちらの展示品は。蒸留器のラインナップが結構素晴らしい。ここで眺めておくと様々な酒の歴史が見えてくる、後学の為に必ず拝見しておく必要がある。実はここの隣町は焼酎杜氏で有名な笠沙町で、焼酎愛好家の聖地とも言える黒瀬杜氏の本拠地なのだ。そこには憧れの「焼酎づくり伝承展示館杜氏の里」があるのだが、しょっぱなからここに雪崩れ込んだら、殺されかねない。熱心な賛同者が約一名では、いつか、騙して乱入してやる!

 国道3号線を南下していく。途中で気合の入った長島に渡りて、小さな瀬戸を眺めてみるのも宜しかろう。八代海が東シナ海に繋がるここいらの瀬戸は、半端ではないから、一見の価値がある。

 串木野から国道270号に入り、ひたすら南下する!吹上浜で遊んでも良い。某酒造会社の工場があっても、よそ見してはならぬ。石の蔵は非公開らしいから。枕崎に入ったら、海が見えるまでひたすら南下、そして川の手前で右折し川沿いに南下する。さすれば、櫓が見えてこよう。それが「薩摩酒造文化資料館・明治蔵」の目印である!

 入ると同時に、酒の匂いがする!半端ではない香りだ!人手が足りないと「部長さん」が案内に出てこられた。この人は結構面白い!「部長さん」に案内していただいたら、ラッキーである。まずは「芋の選別場」は昼休みで無人であった。しかし焼酎蔵の稼働日数はほぼ年間100日程度と聞いた事がある。あの芋はゴールデンウィークの時期、何処から持ってきたのだろうか?最近では冷凍芋も出たと聞いた、年中醸造しなければならない観光蔵は結構大変みたいである。だが、この香りの前には全てが霧散する。

 そして、蒸留器のコレクションが並んでいる。これは笑えるし、何より、焼酎を含めて、日本の酒は自家醸造の時代がつい最近まで存在していた事が実感できる。

 仕込みの季節を無視しないでくれっ!と叫びたくなりつつも、焼酎もろみの香りが私の意思を瓦解させた。根性無しと罵られても仕方が無い意志薄弱状態。しかし、芋焼酎のモロミの香りは、絶妙なのだ。

 焼酎の高級化が進んだ結果なのか、薩摩酒造の執念の結果か、千尋三種、明治の正中、37度原酒、芋毎に作り分けられた焼酎、すべて味あわさせていただきました。「部長さん」の勧め方がまた絶妙!「まぁだ良いのがあるんですよ!」繰り返されるこの台詞、結局私、全商品、味わっていた事に気がついた時、完璧に出来あがっていた。蒸留器のコレクション、大変楽しゅうございました。密造する際には必ず参考にさせて頂きたく、勉強になりました。甕で仕込まれる焼酎もろみの香り、大変よおございました。試飲コーナーでのラインナップ、特に千寿、万寿、素晴らしい出来でございました。何より掃除の行き届いている様は、さすがは白波と感激をいたしました。

 次回訪れる際は、大挙酒好き面子を取り揃え、花渡川のビアハウスも完璧に襲撃させていただきます。発泡酒扱いになる「サツマイモビール」色々呑み狂わせていただきますぞ。ほとんど「部長さん」への私信状態だ。

追伸
 最近では我が家の近くでも「明治の正中」も入手できます。小遣いが続きまっしぇんばぃ!
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 3.街角の角打ち!

 かつて在った夕暮れの風物詩(真昼間もあったが、、)さあ、呑むが良いっ!

 日本の酒屋では、ごく普通に見られながら、今や急速に姿を消しつつある風習、それが角打ちである。日本の酒屋では、酒を売るだけでは無かった!地域の社交場として、仕事帰りのお父さん達が、帰宅前の一杯をささやかに愉しむ!それが酒屋であったのだ!

 鯖の缶詰!薄い、限りなくうすぅーいカツ!鯨の缶詰!いわし缶詰!そんなモンを肴にする。嗚呼、焼酎では凄みが出過ぎる!ビールでは役不足!ウィスキでーは邪道!やはり日本酒だ!

 枡にコップを載せてある。麒麟麦酒とか、ビール会社のロゴ入りのコップが定番だ。やっぱり、表面張力の限界に挑まんとするおやっさんの高等技術に敬意を表して、まずは一口啜らねばならぬ。

 え?お行儀が悪い?こぼれたら木の枡に吸い込まれるほんのちょっとが、もったい!でしょうがっ!そして、缶詰を割り箸でつつきながら、しみじみと呑む。日本人に生れて、良かったぁ、と感じられる至福の一瞬である!

 しかし、その角打ちが絶滅危惧伝承行為になってしまったのだ!

 数年前から税務署は角打ち行為に指導を加え始めた感がある。加えて酒屋自体が急速に廃業している。確かに定価販売だけだった販売形態にも反感を買う余地があっただろう。今やディスカウントが主流と化して、酒屋での販売量は減少し、経営が成り立たないまでに衰退してしまった。

 かつて日本の街角に必ず存在した酒屋さん、しかし、私は思うのだ。角打ちを解禁しよう!そして街角の酒屋さんに「日本のお父さん」を呼び戻そう!そして日本の酒屋さんを保存しよう!

追伸
 日本の酒屋さん、何故、貴方達が大衆の支持を失ったのか、もう一回、考え直して見ませんか?ディスカウントの酒屋出現だけが理由ではないと思うよ。もう一度、支持を取り戻すところから、はじめませんか?
 私のすんでいるトコから半径500メートル以内に二軒のカクウチが存在する。カクウチの迷宮を立ち上げる必要があるのだろうか?
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 4.かす取り焼酎!

 今や絶滅危惧酒筆頭!今呑まねば!消え去るぞ!

 粕取り、カタカナ表記の場合は雑誌や文学派、加えて密造酒を意味する様だが、粕取りとは粕取り焼酎の略というのが正しいらしい。日本の税務署は密造酒手入れを止めてしまったようだが(取り締まりで激怒した住民に税務署員が撲殺された結果らしい。国家公務員に対する殺人行為にはまず無期懲役以外は付きません!平均一三年間の獄中生活が待っていますよ!怒りを覚えても我慢しましょう)、長い歴史の中で密造酒を醸す不貞の輩(日清・日露の戦争資金確保の為に創設されたのが酒税であった事を御存知ですか?)は根絶されてしまったようだ。ドブロクもカストリも今や味わう事すら出来ぬ絶滅酒になってしまった。と、言う事にしておこう。

 日本酒を醸せば が発生する。粕は米が糖化し切れなかった残存物であり、もろみを絞って日本酒を取っても残った粕にアルコール分が含まれているのは間違い無い。その粕を肥料として使用しようにも残留アルコールでまともにゃあ使えない。その粕を肥料として使用する為には、籾殻を混ぜ込んで蒸留しなければならなかった。その派生物が粕取り焼酎である。粕取り焼酎は、粕のアルコールを抜いて肥料に転用する為に必然的行為であったのだ。従ってリサイクルの権化みたいな存在であったが、それ故に低く見られてきた存在であった。他には粕から酢を製造する事も出来る。酒屋と酢屋の連携はココに起因するらしいが、そんなトコも少なくなったよ。知り合いの寿司職人は、粕から作った赤酢一本だったが、そんな奴も少なくなった、いずれ絶滅するだろう。

 昔から粕を肥料に転用してきたのだが、先日粕の肥料転用が正式に認可され、各社肥料製造販売に燃え始めたという。昔からやってきたコトじゃんかぁっ!日本という国は何処かが間違っている。

 その伝説の粕取り焼酎は、今も細々とではあるが、作りつづけられている。事実粕取り焼酎王国として知られた福岡県でも、粕取り焼酎の出荷額は一パーセント以下!絶滅危惧酒の筆頭といっても間違い無いでしょうがぁっ?

 熊本県人吉地方では米焼酎が生産されているが、あれとは根本的に異なっているので、誤解の無き様にお願いしたい。もろみを絞った奴を蒸留した米焼酎と、粕に籾殻混ぜ込んで蒸留した粕取り焼酎では、ぜんぜん違う!かつて北部九州の焼酎は農業と密着した粕取りであったのに、いつの間にやらモロミ取り焼酎に移行すると共に忘れ去られていったのである。

 米焼酎の場合「芳香」或いは「香り」である。しかし粕取り焼酎ではそんな生易しい代物ではなく「臭い」である。そのインパクトたるや「おーまいがぁーっ!」状態だ。

 現在、通好みの「粕取り焼酎」はその生産を縮小させつづけている。今や三十代以下で「粕取り焼酎」を御存知の方も居られるまい(昭和三十七年生まれながら、粕取りの味を知っている私も怖いかも?)。吟醸&純米&本格焼酎の高級指向酒と、合成&三増&本直し等の低価格まがい物指向酒の二極分化が加速中の現在、ドブロク&カストリに代表される密造酒や、粕取り焼酎(これも立派に本格焼酎なのだが、何を持って本格焼酎とするかは難しい)の居場所は日本中探しても無くなってしまった。福岡は粕取り焼酎王国であったというのに。

 山鹿の花火大会で地元酒蔵を襲撃した私は、純米&吟醸等を無視して「粕取り焼酎」を酒蔵直営酒屋にて入手してしまった。「粕取りありませんか?」と聞かれた蔵人さんのあの表情を忘れられない。「なしてそげんかとば?」っちゅう顔でした。でも、昔ながらの蒸留法に近い、常圧の蒸留であっただろう、つまり、寝かせられる焼酎である傾向が強いカス取りは、逃すべきではない!

 地方には熱狂的な愛好者が存在するのであろう。その少数の愛好者の為だけに、わざわざ販売量など期待できない「粕取り焼酎」を生産しつづけるその真摯な姿勢には頭が下がる。

 昔ながらの「粕取り焼酎」を生産している蔵は、日本でどれほど残っているだろうか?

 もしも、もしもである。貴方が「粕取り焼酎」に出会う事が出来たなら、迷わず買いなさい!吟醸粕の粕取りも探せばあるぞ!貴方はその時、時代を味わって居られるのだ。しかしなぁ、酒蔵の方々にお願いしたい。安くて・美味しい酒をいっぱい作りませんか?大きな声では言えないが粕取り焼酎でも、美味しい奴、結構あるんだよね。私の年でそんなん知っている方が異常だな。
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 5.日本の酒!

 今や良心と恥の在る奴はこの業界に居ないのか!そんな悲しい現実を貴方は知っていますか?

 日本の洋酒の歴史は、 まがい物の歴史である。 寿屋(○ントリーの昔の名前)創立期の葡萄酒なる代物が、砂糖と香料と水とアルコールの混合物に過ぎ無かった事は、この業界の関係者ならば誰でも知っている。悲しい事に、 葡萄酒業界 の酷さも、洋酒業界の一端に過ぎないだけに、傍若無人な振る舞いが横行している。

 その洋酒業界に負けず劣らず傍若無人振りを発揮するだけで無く、国辱的存在に成り果てたのが、日本酒業界だ。

 日本酒の味と価格は低下の一歩を辿っている。私が言っているのは、一般酒の事だ。最近では何処の酒蔵も利益確保の為に、高級酒志向が蔓延し、一般の酒は見かけなくなった。純米(米と水さえあれば酒が作れるよな!昔は蔵付酵母で醸造していたんだもん)とか、吟醸酒(香りの強い酒だ!私は吟醸酒は嫌いだ!五合で潰れて、悪酔いするから)とか、いろんな名前が氾濫している。そして高い!

 反面、 一般の酒 の味は、酷い物だ。まともに作ってあるだけで「美味い」と感じる様になった。まったく、この業界に、恥知らずと鬼畜と悪魔は掃いて捨てる程巣食っているらしい。「三増」なる鬼畜の所業だけでは飽き足らず、産業廃棄物と化した「糠」から水飴を作り出す機械を作り上げた悪魔すら出てきた。

 米を精米し、心白と呼ばれる蛋白質の少ない部分のみを醸造する事で雑味の少ない酒を醸す技術は明治・大正には確立し、高級酒を醸造する蔵ほど大量の糠を出してきた。ところが、食生活の変化から「糠」の消費量は低迷しその多くが「産業廃棄物」として処理されるようになると、糠を糖化させる装置を開発し、日本酒業界に広く導入された。

 この機械の利点は、糠を糖化して出来た水飴を、醸造用糖類の代わりに吟醸酒に添加した場合「純米吟醸」を名乗る事が出来るし、純米酒に添加した場合でも、水で薄めて「純米酒」を名乗れる。この生成物は、決して「醸造用添加物」では無い!何せ、それを禁止する法律も無いし、紳士協定に何の効力があるのか?

 こんな碌でも無い奴等が跳梁跋扈する業界に成り下がったのは、国税局が主催する鑑定・品評会の存在が大きいのではないだろうか?と思う。

 信じられない事に、日本の税務署が主催する鑑定会、その審査官の多くが酒を飲まないという。機械的に味わうだけであり、芳醇たる豊かさなど理解できない輩が、鑑定した結果の「金賞」受賞なる枕詞に、何の意味があるだろうか?その結果、水っぽい、味の無い、単調な酒が跳梁跋扈する日本酒業界になってしまっている。

 酒を作って、アルコールを叩き込み、水で三倍に割れば出来あがるような代物(これが本当の水増しか?)を本当に美味いと思えるのだろうか?巧妙な情報操作の結果だろう。日本の蕎麦では、江戸時代から情報操作が行われ、つゆの消費をケチって利益を確保していた事が実証されている。日本人が利益確保の為には何でもヤルと言う事例はこれほど遡る事が出来るというのは驚きである。

 日本人のカイゼン嗜好は、日本酒業界にも広く深く浸透し、手抜き「三倍増醸造」法の蔓延から、糠糖化装置の発明、そして米を粉砕し効率良く糖化発酵する手法が発明されてしまった。米で糊を作ってこれを材料にアルコール発酵させる「融米仕立て」との表示がある酒は、この手の高効率・低経費の手法が確立した結果出現した。味が落ちる原因となるはずの糠になるべき部分も利用するとは、日本酒業界の堕落はまだまだ続くだろう。

 糠も再利用するから、廃棄物は出ない。糠すら出ない様に、粕すら出ない様に融米仕立てで、廃棄物も出さない!日本の酒業界は、廃棄物も出さず、廃蜜糖も再利用して、リサイクルに邁進してきました。絶賛すべきで優良業界だが?

 もはや日本酒業界は、一部の良心的蔵の存在が、逆に癌であると言って良いだろう。一部の良心的蔵が存在する事で、多くの人々が日本酒を見捨てられない。そして某大手アルコール製造業者が、灘の日本酒メーカーを吸収した。神戸の大震災の後遺症である。ことここに至って事態は最悪の状態を迎えてしまった。日本の酒を堕落させた震源地 「灘」 が下克上を食らって、外注先に乗っ取られてしまったのである。今まで無茶の御先棒を担いできた会社がやりたい放題始めてしまっただけに、何処までやるか!と見ていたが、、今の量販日本酒は無茶し過ぎである。

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 6.若竹塾!

 若竹屋酒造場の大いなる野望!日本酒文化教育組織が発足したぞ!

今や酒の業界に良心の残っている人間は居ないのか?と問うたのは、つい先日のこと。

九州は福岡県の田主丸に恐るべき一族が隠れ潜んでいる事をお知らせしたのも、つい先日のこと。

その林田一族の本丸、若竹屋酒造場が「酒は文化であり、酒呑みは文化人である」との主張を、実現すべく日本酒文化教育組織として「若竹塾」を開設した。

通知を受け取り翌日の夕方、若竹屋に電話で申し込みをした。その結果、恥ずかしながら私は第一期生の第一号という名誉を頂いたが。傍目には「ただの大酒飲み」でしかない。実際には壮絶な第一号争いがあった事を知ったのは、第一回の若竹塾での事、青柳さんの台詞で判明した。「私が一番と思っていたら、なんともう先に申し込みされている方が、ほら、そこに」その指し示されたのが私であった。この瞬間、周囲の私の印象は「ただの大酒飲み」となってしまった。日本酒文化教育組織とぶち上げたのだが、前途多難だ。

第一回若竹塾、杜氏を囲みながら

青柳さんと私に発破をかけられる横尾杜氏、青柳さんは「元禄酒」を手にして

無茶苦茶な晴天に恵まれた第一回若竹塾当日、私は久留米から久大本線に乗って田主丸へ赴いた。同じ列車に心底の酒愛好者、青柳氏が居られた事を後に知る事になるのだが、気が付くはずは無い。

どこで受付なんだろう?と、いつも「和くら野」でお世話になってる方に尋ねてみれば、「すみませんが、今日は催し物がありまして」「はい、申し込みしておりましたんですが」「えっ?」申し込みした電話を受けられたこの方は、何時も訳もわからず乱入する怪人物と、電話の人物が同一人物とは、信じられなかったようで、心底ビックリしておられた。そうなのだ、私の電話は非常に温厚な印象を与えるので、いつもの危ない人間と、電話をかけてきたおとなしそうな人物が、同一とは信じられないらしい。

そうやって波乱万丈の予感を漂わせて幕を開けた若竹塾。第一回目は横尾杜氏による酒醸造の解説に基づく様々なお話であった。まずは最初に蔵の中を案内されながら、酒とは如何にして醸されるかを、御教示頂いた。洗米から最終工程に至るまで、ほぼ完璧である。麹室まで拝見させていただいた。

そして「和くら野」にて食事しつつ、様々な酒を味わいながら、放言&大言壮語の限りを尽くした。質問も連続で矢継ぎ早に繰り出され、横尾杜氏は大変であったと思う。

ところで、若竹屋酒造場にはひとつの謎が存在している。若竹屋酒造場は、何故か、長崎県で異様に強い!長崎市内の酒屋に掲げられている「若の寿」の看板は、私にとって謎以外の何物でもなかった。

その謎がここで明かされた、若竹屋酒造場は「長崎支店」を有しているのである。確かに平地の少ない長崎では米の生産が少なかった歴史を有しており、こちらから酒が送られていたようだ。しかし、それでも地方の小さな蔵がそこまで頑張っているというのは、先哲の並々ならぬご苦労の賜物に違いない。長年の謎がひとつ解決して、満足した私である。

こんなにうまい酒があって、酒と合う肴があって、他に何を望む?周囲は酒が好きな人々ばかりである。不思議な連帯感を共有できる仲間と酒を呑めば、これほどの酒盛りはありえない。

酒蔵開放をしない事で有名だった「若竹屋酒造場」が300年記念酒蔵開放に続き、今年も行った酒蔵開放で(内輪では一升が四升事件として語り継がれる伝説と化している)、20年貯蔵の古酒を一升瓶数量限定で販売した事がある。入り口の試飲で一口味わった私は、酒蔵内部を脱兎の如く爆走し(何も見た記憶が無い!)、この数量限定酒をゲットしたのだが、その時入手した古酒はすぐさま消滅した。ひね香も非常に少なく、美味であった。「スミ通したんかい?」「いえ」それでこれか!と私狂喜したのです。その古酒すらもこの場で出されている!凄かった!これは最高である!

私は、こくのある酒が好きだ。従って旨味の少ないと感じる吟醸酒はあまり好きでは無い(アル添と吟醸香育成の為に発酵を進めている関係かもしれない)。だが、この時出された吟醸酒はうまかった!こんな吟醸酒ならいくら呑んでも構わない!財布が悲鳴を上げるだけと、割り切れる強かさを確信している。
吟醸!古酒!純米!純米吟醸!元禄酒!三浪漫(明治・大正・昭和があるが、最近ラインナップから消え去ろうとしている)!まさしくこの世の天国状態!
そして原鶴温泉の六峰館にて、汗を流し、解散である。駐車場には妻が迎えに来てくれていた。夫の我侭を笑って許してくれる妻に、感謝である。そうして第一回の若竹塾は成功裏に終了した。

第二回若竹塾、十四代目を囲みながら

和くら野にて餅を焼きながら、お手数をおかけしました

第二回若竹塾は、寒い日であった、そして和くら野に集結した塾生達は、火鉢を囲んでいて、何故か、火鉢で餅を焼き始めていた。恐るべし塾生達、そして太っ腹の若竹屋酒造場!しょうゆ、砂糖、餅焼きセット完備で和気藹々状態である。完璧に全員リラックスし切っていた!

今回は新酒のみしか蔵に残っていないとの事で(歳末正月用の酒を入手する為に訪れた際に絞りたて新酒のみしか無かったのだ。商売繁盛、目出度い事だ。)、恐縮されておられたが、洒脱な話術で心底楽しませていただいた。タバコは吸うが、酒が苦手という十四代目は、確固たる信念と冷静な戦略眼を有しておられる。十四代目の半生を伺いながら、笑わせられたり、泣かされたり、そして今年最初の吟醸酒(おり引き中)を頂きながら、横尾杜氏と様々なお話を交わさせていただいた。

私は毒舌家で神経質で繊細な乙女座である。その毒舌家の大酒呑みは横尾杜氏に発破をかけつづける。「十四代目と横尾杜氏がどげな酒ば造るとか、楽しみにしてまっせ!」横尾杜氏の横顔は蒼白であった。死ぬほど恐ろしかったに違いない。傍目には恐喝以外の何物でもなかったかもしれない。

しかしこの時控え目に出された純米酒は、少々荒々しいが、大変大変おいしゅうございましたぁ!

横尾杜氏いわく「今年の純米はびっくりするくらい、良い感じに上がったんですよ」確かに事実だ!

このレベルで純米と、普通酒(若竹屋では表示こそ三造だが、糖類等の添加は行っていないらしい)を出荷してくれれば!私は安くてうまい「若の寿」を目一杯楽しめるじゃあーりませんか!

経営上は利益の大きな特別醸造酒を販売したほうが、遥かに宜しかろう。だが!我々消費者にとっては「安くてうまい酒!」が欲しいのだ!現在の日本酒業界は「利益追求」と高級品指向が進みすぎている。ごく少数の大手メーカーは手抜き大量乱造状態に陥っており、数年先に破綻する事は間違い無い。最近では若の寿の普通酒(芳撰と吟醸酒ブレンド限定酒は一升二千円以下で入手できる)も結構味わい始めた。

私の主張は、大衆の支持無くして、日本の酒文化は存続できないぞ!地ビールを見よ!大衆の支持基盤を欠いたままに薄っぺらなブームに乗って、奈落へ垂直落下したではないですか!と蔵主さんに言いたいのだ!確かに日本酒ほど原材料費が高い酒は無いでしょう。穀物を醸造しながら高いアルコール度数を誇る日本酒醸造は、手間がかかりコストが上昇する物である。この穀物を酒材料としながら17度というアルコール度数を確保した醸造法は、世界に誇れる高等技術である。

だが、高い材料をたっぷり使って、手間をかけて醸した酒がうまいのは当然だ!それでまずい酒を作ったら罰が当たる!それでも知恵と工夫で少しでも安くうまい酒を作るのが、杜氏と蔵の腕の見せ所では無いのですか?この値段で十分過ぎるほどうまい酒を醸している蔵である。それでも、も一歩頑張って欲しい!

火床にて蔵子の皆さんと塾生達、中央は十四代目、手前には一番映っておられた某人物

この日午後6時十五分から地元RKBで若竹屋酒造場が紹介されると言うので「火床」に大挙押しかけて鑑賞会と相成った。蔵子さん達と一緒になって、十四インチのテレビを囲んで見た「食の楽園」私は一生忘れられない不思議な感慨をみんなで共有する事が出来た。

第三回若竹塾、蔵主さん囲みながら
 第三回の若竹塾は、あの一三代目こと若竹屋伝兵衛さんである。トークの名手としても知られる一三代目は二千年を機に社長職を十四代目に譲り渡し、巨峰ワイン製造に専念しておられる(らしい)蔵主さんが満を持しての御出馬だぁっ!

私が到着した時には、既に塾生達が「和くら野」に集結し、試飲大会を開催中であった(但し有志に限っていた)が、その傍らグラス&ぐい呑み持参して披露中である。

私を送って来た一団は、グラス&水入れをゲットして嬉々としている!(酒蔵来たんじゃぁ、酒ゲットせんかい!)新酒が揃って、あれこれ味見できるが、私は座を試飲する。「家のと同じ味やぁ」と言うのを確認し、暖房皆無の台所で保存管理している私が正しい!
しかし、私はごく普通に振舞いながらも「和くら野」に一三代目が出現していたのを視認していた。

今やこの一三代目は田主丸の河童一族のヌシ的存在である事を知る人も少なかろう。ミッキー安川そっくりの風貌は、河童を語らせたら、留まる所を知らぬ!とも噂されており、絶対に河童に話を振らないぞ!と固く心に誓っていた私であった。その一三代目は何を語るのか?「酒や肴には、それに相応しい器がある!」危険なテーマではないか!美食と美酒に一生涯を捧げてきたとも噂される「日本酒界の辻静雄」に語らせたらば、、

ところで、日本酒どころか、日本の酒業界が危機的状況下にある事を皆さん御存知であろうか?大メーカーの「桶買い」に始まり、「三倍増醸」など屁の河童!「外国生産」に留まらず、「醸造用アルコール」「濃縮葡萄果汁原料の葡萄酒生産」、「糠糖化」までも。もはや真実を知られれば、大衆の支持など得られはすまい。日本の洋酒の歴史が合成酒の歴史であった事から、考えれば酒は文化である事すら理解出来ない輩が、日本の酒を作っている現状。これは喜劇に留まらず、正しく悲劇なのである。
日本酒に芳醇・コク・旨味が失われつつある事が、ここ数十年間の傾向である。これは事実である。「月桂冠の料亭向け特級酒は美味かった、今のは水じゃ」と嘆いていた知り合いが鬼籍に入って数年がたつ。
私はこの点について、警告してきた。「俺は美味い酒が呑みたいんだ!味も素っ気も無いアルコールが呑みたいんじゃない!」それは私の主張である。だからこそ、美味い酒が呑みたいと主張してきた。
それを理論立てて説明解説してくださった。味らいの位置と酒の味との関係、大変よー分かりました。そして20年前にやっておられた「某メーカー」に作らせた日本酒に合うグラスの件。大変笑わせて頂きました。

私は湯呑で日本酒をやっております。通常の夫婦茶碗って奴がお気に入りです。ブランデーグラスや、ワイングラス、各種グラスで呑み分ければ、何が一番美味く感じるか?私の選択が、間違っていなかったとき、胸を撫で下ろしました。しかし、全くの別物にしか感じられなかった時、欧州の葡萄酒文化が、あれほど多くのグラスを作り出さざるを得なかった事が理解できました。そして日本においても、各地方で作り出された「黒ぢょこ」「そらきゅう」「ちょく」等々の存在意義を理解する事が出来ました。昔から「呑んべ」は努力を怠らなかったし、その文化を「呑んべ」達が保存・育成し続けた。洋の東西を問わず「酒のみ」は努力を怠らなかった証拠という訳ですなぁ。

で、吟醸を並べて「どう違うか?」を味わってみれば、確かに「特別吟醸」「吟醸」「和くら野吟醸」と吟醸の違いがすぐに分かる。吟醸を「ギンギンに冷やす」から「熱燗」に至るまでの味わいの違い。私は「ギンギンに冷やす」のが大好きで(ジンみたいに凍結寸前まで冷やすのはやってませんよ!)、それでも今度「ぬる燗」位でやってみようか?と思わさせてもらいました。

 豆腐メインの肴は「吟醸」を引き立てるのにサイコーと言うのがシミジミ分かりました。で「和くら野」が豆腐と無茶苦茶合うというのも分かって、肴と合わせればより美味くなる酒が存在する事を痛感いたしました。

 確かに魚系統には日本酒が絶好調に合います。牡蠣を含めた生の貝類にはサイコーです。日本酒と合う肴を考えつつ、肴に日本酒を合わせる知的遊戯の可能性に想いを馳せつつ、吟醸酒味わい比べの罠に嵌っていたのに気がつかなかったのです。

 私が吟醸くらって潰れて以来、吟醸苦手なんだと言うお話は、「和くら野」でさせて頂いたのですが、純米一升オッケーなのに、吟醸五合で爆沈よぉっ!の私、吟醸ばっかりで「吟醸のK点」越えて「吟醸のバッケンレコード」通過していたのであった。

 この時「ふるべん&九響&フジコ・ヘミング」の話で盛り上がるわ、藤田さんトコの娘さんが「ドイ」でやっている個展の話で盛り上がるわ、既に「出来上がった」一団が「和くら野」に出現したのでありました。

 K点&バッケンレコードを超えてしまった私は、古傷が痛み出していたのに、あんまり美味いんで止められず、ドツボにはまっていたのでありました。

 その結果、「奥さん。ごめんなさーぃ!」と、今も言いつづけている。

翌日、午前五時に目覚めながら、古傷が痛んで、どーしようもなく、つくり参加断念し、一週間の断酒をせざるを得なくなった私であった。

追伸
この雪辱は次回の酒蔵開放で晴らして見せる!と絶叫し続ける私は、つくづく吟醸酒は悪魔だ!と思う。
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 7.薩摩酒造襲撃!

1年ぶりの薩摩酒造襲撃記!

 さつま白波は、最も近しい焼酎の芋焼酎である。さつま酒造が保有するさつま白波観光蔵には、南薩摩に出かける事の少ない私ですら、足伸ばしてみるか?と思わせる魔力が在る。

 今回、饂飩巡礼団の面々でさつま白波の酒蔵を襲撃してきた。当日午前六時出発、久留米インターで高速道路に乗り八代南インターで高速を降りて、長島経由で一路南薩摩の枕崎を目指した。3号線から270号線に入れば、間違い無く到着できる。この方向から枕崎に入った場合、花渡川に当たれば右折、そのまま南下せよ!壽屋が左になれば、右にさつま白波と書かれた櫓が出現するから、間違え様が無い。

 今回は途中で長島巡遊をしたり道草を食いながらで6時間かかったが、無事にさつま白波観光蔵に到着した。ここの見学コースのしょっぱなが、この蒸留器のコレクションである。

 今回は普通に近い形の見学である。説明は無茶苦茶丁寧で、石室まで覗かせていただいた、扉を開けてくださったのが観光蔵の杜氏さんであったと知ったのは後のこと。

 それが終わると、試飲コースなのだが、しょっぱなは当然、千尋の三種から、米・麦・なつめやしの変り種焼酎ラインナップに移り、芋の品種違い五種。この中、全てを飲み干すという難行苦行を果たして満願を迎えてみれば、結論は原酒の一升瓶であった。

 私は焼酎に関する限り、長期貯蔵に疑問を呈したい。フレンチ・オークが主流なのか?一風独特の風味が追加されるのは間違い無いのだが、焼酎がウィスキーになってどうする?各蔵が独自色を争うならば、素材の変更・醸造法の変更・酵母の変更等、いろいろあるだろう?ウィスキーへの劣等感の発露か?どう、取れば良いのか?樫樽長期貯蔵に走った各蔵の戦略は現在のところ、欧州各国の攻撃目標となり、裏目にしか出ていない。常圧蒸留であれば、寝かすだけで上手くなったのに、減圧蒸留では寝かしても昔の常圧蒸留した焼酎のように味に深みが出てこない。だから、ハクつけを狙ってフレンチオークの樽を使用したというのが、正直なところかもしれない。

 私に言わせれば、ライトに移ろいつつある軌道は、数年後本格豪快常圧蒸留焼酎復帰という形で軌道修正を余儀なく成されるだろう。願望も大きいのが悲しいのだが、なーしてこっぎゃーん、話が脱線するとだろか?

 これだけのラインナップが貴方を待っている。手前の列だけで1/3だから、全種制覇は意外と困難だ。実は左に壷入り焼酎五種、向こう側にはビン入り芋焼酎、主力商品一覧があったりする。

 気合を入れて、体調を整え、全種制覇を目指して欲しい。味あわずして、酒を買えるか?呑んで、呑んで、呑みまくってから、自分の一本を選んで欲しい。としちゃんも、私も、迷わず原酒であった。長期貯蔵酒はくせがあるというか、イヤであった。芋が良い、気合の入った芋が一番という結果に落ち着いたのである。

 ここを後にすれば、国道225号線を利用して鹿児島市を目指そう。途中で川辺町の道の駅で食事しよう。甘い醤油の九州人に取ってちょうど良い塩梅の味であった。川辺には温泉も在る、このルートで進めば指宿スカイラインにも合流できるし、なかなかグッドだ。一番早く高速に合流できるルートだと思う。指宿有料道路からならすぐだしね。

 このルートで226号線に合流し、フェリーで桜島に渡ったら、マグマ温泉で汗を流そう。300円でさっぱりできる。祁答院の温泉は全部もっと安いんだが、夕暮れのマグマ温泉はえーでっせ!これで休憩室つかえれば、最高なんだが。

帰りは錦江湾をぐるっと回って加治木から高速道路に乗って、久留米まで爆走した。高速道路だけなら二時間半だろうか?途中でパトカーのケツに食らいついて爆走したりと、下りの渋滞を尻目に順調に走行し、久留米インターに到着したのが午後10時、そのまま丸星になだれ込んで夜食を取って基地に帰投したのが11時であった。走行距離は630キロ、1回の小旅行はいつもこんな感じだ。途中で「このまま高松の松下にうどん食いに行こうか?」発言が乱発された。桜島のマグマ温泉の効果かもしんない。
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 8.無濾過生原酒!

若竹屋恐るべき挑戦!2002.9.21

 無濾過生原酒という言葉を同義語に置き換えれば無茶し過ぎの生鮮食料品とでもなろうか?味がころころ変わってしまって、一定しない酒とでも言えるだろうか?生は甘くなる。無濾過は重くなる。酸も強くなる。まったくの別物に仕上がっている感じである。
 私ならば怖くて売れない酒だ、こうなると博打に近い。まだ酵母は糖を食いよりゃせんか?味が全然違ってきゃーせんか?こんな凄まじい酒を出した若竹屋の英断をどう評価するかは、まだ、判断を保留したい。何故って?美味いか?不味いか?三回呑んで判断せにゃならんでしょう?

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 9.何処でも吟醸酒!

実は私、嫌いなんです!2004.2.24

 酒と言えば、吟醸酒になってしまって、結構経っている。実は、私にとって果実臭に近い吟醸香という代物、あんまり気分の良いモノではない。日本酒の歴史は、ごまかしの歴史で、炭や、付け香、醸造用アルコール、醸造用糖類、糠糖化装置、デンプンによる醸造法、もはや恐ろしい代物になりつつある。

 そんな酒造業界が、利益確保の為に、吟醸酒醸造にシフトし始めて、普通種の生産は縮小している。純米では普通というイメージがあるのか、吟醸酒でないと売れないのであろうか?私や私の一族は、吟醸酒を嫌う体質のようで、純米なら呑めるが、吟醸は受け付けない。そんな我々にとってどこでも吟醸しゅ〜という今の現状は、悲し過ぎるのです。普通に純米酒が呑める状況というのは無いのでしょうか?

 酒飲みにとって、吟醸酒なんか、百害在って一利無しの酒ではないんでしょうか?私は、最近そう感じています。

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このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください