このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください



終わりなき旅



第3部



2人は改札口を出て、駅舎とホームの屋根による日陰が嬉しい場所に座った。
まず往人が無造作に座り、その横にそっと美凪が寄り添った。
しばらくそうして座り込んだままだったが、軽く風が吹いた後、美凪が口を開いた。
「・・・あの日。この駅が最後の役目を迎える日。沢山の人達が来ていました。
町の人。そして本当に沢山の、何処から来たかは判らないですけど・・・カメラを持った人達。
私は色んな人がこの列車を・・・駅を、惜しんでくれているんだと私は感じました。
でも私は、父の思い出のこの駅が無くなってしまうのではないかと、とても心配でした。
明日にはこの駅が跡形も無くなってしまうのではないかと・・・」
そう言って、美凪は片腕をついて駅舎の方に振り返った。
往人は何も言わずに腕を組んだまま、美凪の言葉を待った。
「心配で心配で、朝からずっと駅にいました。父とのこの思い出の駅。
もしかしたら父が来るのではないか、とも思っていました」
ここで美凪の話は一旦途切れた。
美凪は照れたような表情で往人に振り返り、そして話し始めた。
「だいぶ後から駅員の人から聞いた事ですが、実は父は来ていたそうです。
ただ駅に降りることはなかったと聞きました。
その人は最後の列車がこの駅を出る時、満員の列車の窓に父を見たそうです」
そして美凪は伏し目がちに話を続けた。
「でも、私は父を見つけることは出来ませんでした。
そして、最後の列車が唸りを上げながらテールランプを残して走り去りました。
でも、私はいつまでもホームに立っていました。
改札口では駅員さんと町の人たちがお別れのセレモニーをしていました。
町の人が駅員さんに花束を手渡していたのを覚えています。
私は・・・私は父が乗っていたとは知らずに、ずっとホームから列車を見送っていました。
この町から列車がなくなる。この駅が無くなる。
父のこの駅が。ただそのことを考えていました・・・」
少し赤みを帯びたものの、まだ陽も高い駅のプラットホーム。
美凪は視線を線路のあった跡をずっと見つめていた。

往人は美凪が話すのを黙って聞いていると、ふと甦るものがあった。
そこで話が途切れた所でその思い出を改札口に戻りながら話し始めた。
「俺が昔、北に行った時の話なんだが」
「はい」と、美凪は振り返り答えた。
「その時、古い列車の引退に偶然乗り合わせたことがあった。
セレモニーなんて無くて、ひっそりとしていたけどな」
突然の話の内容に、美凪は戸惑いを隠せなかった。
「昔々の国鉄そのまんまの車両でさ、ガタピシ言ってはっきり言って古臭い奴だった。
でも、30人くらいがカメラを持っていた。大小様々なカメラがあったな。
駅で見ていて乗らない奴と、実際に乗る奴とこれまた色々いたな。
動き出してから、その車内で耳を傾けていると色々判るんだよ。
車両自体の物珍しさからはるばる乗りに来た奴。昔を懐かしむ奴。
普段見かけていたけど、乗ったことは無かった奴。
きっと普段乗っている連中にも、何か思わせる物があったと思う。
車両と鉄道そのもので廃止になる規模は大きく違うが、きっと同じような感慨じゃないのか。
何か、自分の知っている物、大切な物が無くなるってのは」
言い終わった往人は、改札口前の待合室の天井を見上げた。
往人自身が何を言いたいのか、いまいちよくわかっていなかった。
でも美凪が感じたものと、どこか似たような体験だっただけに、喋らずにはいられなかった。
「そうかもしれませんね」と言って、美凪はそっと目蓋を閉じた。
往人にはそれが何かを思い出すかのように見えた。


「幸い、この駅は今日までこの町に残っています。ボーイスカウト団の件もありますが。
なによりも私とみちると、そして往人さんとの大切な思い出の場所です」
美凪は微笑んで往人に振り返り、そして駅舎大切そうに眺めた。
「そうだな」と言って、往人は照れながら目を細めた
「この駅でみちると知り合い、国崎さんとも出会いました」
そう言って立ち上がり、ホームの屋根を支える柱に手を触れた。
往人は改札口に立ち尽くして、美凪の言葉を待った。
「駅は、人の想いが交わる場所だと父から教えられました。
沢山の人がこの駅から旅立って、この駅に戻って来て、見知らぬ人が訪れて・・・」
「俺はバスでこの町にたまたま辿りついたけどな」
往人はジェスチャーを交えて、軽く茶化してみた。
「でも。私と国崎さんはこの駅で出会いましたね」
美凪は優しく、微笑みながら往人に言った。
「ああ、そうだ」
今度は往人も素直に認めて、改札口を出てホームから飛び降りた。
「駅は人と列車が交わる所ではなく、人と人とが交わる場所。
例え駅としての役目が終わっても、町にありつづける限りは・・・」
その美凪の言葉に対して、ホームに腰掛けた往人が訊ねた。
「それでこの場所が好きなのか?」
「・・・はい。そうだと思いますし、それだけでもないと思います。自分でも良く判りませんが。
でも、この駅はこの町の玄関であり出口であり窓口だったと思います。
そして、もしこの町から離れる時は。この駅から旅立ちたいとも思っていました」
柱に寄りかかり、そっと頬を寄せた。

「俺と一緒に、この駅からこの町を出るか?」
往人はホームであぐらをかき、胸を張って美凪に言った。
「・・・えっ」
美凪は頬を赤く染めて振り返り、往人を真っ直ぐ見つめた。
「それは・・・?」
「そろそろ俺はこの町を後にしようかと考えているんだ。
みちるとの約束でもあるしな・・・」
「・・・そうですか」
「まぁ、遠野は遠野の約束を守れば良い訳だが」
往人の言葉に少し考えてから美凪は答えた。
「そうですね。私はこの町に残って、みちるとの約束を守り続けたいと思いますし、それに・・・」
「それに?」
「・・・楽しみなことがありますから」
「楽しみなこと?」
美凪は軽く肯いてから、ゆっくりと告げた。
「はい・・・。先日、家に手紙が届いていました」
「手紙か。誰からだ?」
「別れた・・・父からです」
「そうか・・・」と、往人はちょっと複雑そうな顔をした。
その間、美凪はバックから1通の封書を取り出した。
「父は久しぶりに会ってみたい。そう書いてありました。
そして私に会わせたい人がいるそうです」
「会わせたい人?」
「はい」
自信たっぷりに答える美凪に、往人が思い当たる節はなかった。
「お前の知っている奴か?」
「どうでしょう・・・。もしかしたら往人さんも会っているのかも知れませんね」
「ずいぶんと意味深だな」
「そうですね・・・。私の妹ですから」
この言葉の時の美凪の笑顔に往人は、複雑なものを感じた。
「そうか。妹か・・・」
「はい、名前もみちると言うそうです」
「本当か?」
往人は素直に驚いたが、美凪はその反応を予見していたようだった。
「はい、本当です。驚いて頂けてなによりです。
手紙を受け取った時は、私も驚きましたから」
往人は少し考えて、次の言葉を探した。
「それは何としてでも会わなくちゃな」
その言葉に美凪はコクッと肯いただけだが、往人には強い意志を感じた。
「それならしかたないな。まぁ、俺も鉄砲弾ではないだろうから、いずれ戻ってくるさ」
「本当ですね・・・。いつまでも、この町で待っていますよ」
「ああ、俺もみちるとの約束だからな。それに俺の道標でもある。
それが無事に終わった日には、ここに腰を据えるのも悪くないさ」
往人は傾いた太陽を眩しそうに見つめていた。




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