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White Album



〜学園祭前の雪 第3話〜


 「相変わらすだね。冬弥とはるか」
仕事に戻った冬弥に、彰が話し掛けてきた。
「何がだい?」
「関係っていうか、スタンスって言うかさ・・・。ずっと変わってないよね」
冬弥は理奈にも同じ様なことを言われたことを思い出した。
「変われって言われても困るぞ。幼稚園以来の関係だからな」
「由綺や僕よりも長いからね。由綺が羨ましく思う訳だよ」
「ちょっと待て。由綺は彰にも話していたのか?」
「何のこと?」
冬弥は彰に、今日店で理奈が冬弥に話した内容を教えた。
彰は笑いながら「やっぱり冬弥とはるかは似ているよ」と。
「おいおい」と、否定する冬弥。
「由綺も美咲さんも言っていたんだよ。冬弥とはるかは兄妹みたいだって」
「そうなのか? まわりからはそう見えるのか?」
「うん。僕としては、冬弥と由綺も兄妹みたいに見えるけどね」と、珈琲を淹れる彰は笑って話した。

 2人はしばらく真面目に仕事をしていた。
冬弥は皿を洗いながら、理奈や彰の意見をどう受け取っていいのか思案していた。
確かに冬弥とはるかの付き合いは長かった。それは幼馴染としてであり、友達としてであった。
由綺とは違い、望んで付き出したのではなく、気が付いたら傍にいた・・・空気に近い存在だった。
もっとも、未だに冬弥にとってはるかは空気みたいに、上手く掴めない存在でもあったが。
一方の由綺はきっかけはともかく、お互いが告白して今日まで付き合ってきた。
確かに隣の席だったことや音楽の話などを色々経て付き合い出したが、まさか兄妹みたいだなんて言われるとは思っていなかった。
それよりも、どうして由綺が俺とはるかの関係を羨ましがるのか、それが冬弥には分らなかった。
「何を難しい顔をしているんだい? 冬弥」と、注文を受けて来た彰が訊ねた。
「ん? 色々と考えていたんだよ。由綺がどうして羨ましがるのか、とかね」
「なんとなくは、想像が付くよ。デビューしてから2人の時間が減ったからだと思うよ。
このところは大学にも来れないみたいだからね。」
「確かに、ここ最近はな・・・」と言って、冬弥は皿を拭きながら天井を見上げた。
「それでも、他人にそんなことを洩らすか?」
「逆に、それとなく言いたいのかもね。冬弥と由綺の関係を」
そういわれて冬弥は考え込む。
「でもね。冬弥と由綺の関係は、由綺がアイドルだってことを抜きにしても羨ましいものだと思うよ。あっ、いらっしゃいませ」
そう言われた冬弥は彰の顔を見た。客に席を案内する寸前の彰の表情は、少し寂しそうに見えた。
彰の高校時代からの思いの人、美咲さんとの関係に進展が無い所為だろう。
 
 「彰は相変わらずか」と、戻って来た彰に声をかける冬弥。
「ひどいなぁ・・・冬弥は」と、彰は別にふてくされた様子も無い。
「そう言えば美咲さん、演劇部の手伝いをしているんだってな」
「うん。結構忙しそうだよ」
「だったら、手伝ってやればいいじゃないか」
「え・・・」視線をずらす彰。
「まあ、親切の押し売りはいけないけどな」
「そんなこと出来ないよ」と、弱気な彰。
「せめて、美咲さんが係わったその作品を観てあげなくちゃな」
「そうだね。・・・冬弥も由綺を誘って見に行けばいいよ」
上手く話題を変えられた彰は、また明るい表情に戻った。
「う〜ん・・・。由綺のスケジュール次第だな。まぁ、誘ってはみるよ」
「明日のバイトで、会えるといいね」
「全くだ。とりあえず、今晩電話をしてみるか」
「きっと由綺は喜ぶと思うよ」
「それとなく聞いてみるか・・・」

 客からの注文が入り、また別の客も来店したりと段々忙しくなってきた。
話自体は一段落ついたので、それからの冬弥達は由綺の話をしなくなった。
夕飯時が近づいたのでマスターを叩き起し、エコーズには忙しい時間帯が訪れた。
でも、その間も冬弥は頭の中で由綺のことを考えていた。
そして、理奈の寂しそうな表情のことを。
どうして由綺はあんな話を理奈にしたのだろうか?
どうして理奈は寂しそうな表情を見せたのだろうか?
学園祭に由綺を誘って、時間を作って聞いてみるのがいいのだろう・・・。
学園祭は11月29日と30日に行われる。
その先のことは分らない。けど、由綺の不安を取り除いてやりたい。
とりあえず、今晩電話をして誘うことを決めた冬弥だった。
『もしバイト先でも会えるのなら、励ましてやろう』と。

 もう時計は8時を回っていた。夕食時間帯の忙しさも落ち着き、店内に客は多いがあわただしさはなくなった。
「やっと注文から食べ物が減ったね」と、彰が疲れた様子を見せた。
「まぁ、ここからはドリンク中心だからな。一息つけるだろう」
「冬弥はどうする? 今日はもうあがっちゃうかい?」
「そうだなぁ・・・由綺が来ないかどうかなんだが」
「成る程ね。もう少しやって行くかい?」
そうするかな」
笑顔の彰に対して、冬弥の表情は浮かない。由綺のことが気になって仕方が無いのだ。
「由綺、来るかな?」
「わからないな」
「来るといいね」
「ああ」
冬弥がまだ残るというので、調理を担当していたマスターはまた奥に下がっていった。
客の様子を見て、冬弥達に店を任せたのだ。
しばらくして店内の曲がジャズに替わった。マスターが好んで聞く曲だ。
ブルー・ミッチェルのアルバムだった。JBLの古い4312がトランペットの伸びやかなメロディを奏でていた。

 それから2時間。由綺が訪れることなく時計の針は10時を回った。
この間、冬弥と彰は雑談を交わしていたが、由綺の話はしなかった。
雪はまだ降り続いたので、店内には常連以外の通りすがりの客も加わり、普段よりも客の入りは多かった。
「えっ? 今日はあがってもいいんですか? はぁ、そりゃ電車が止まったら困りますけど」
「叔父さん。僕も帰っていいんだね。お疲れ様」
マスターが、冬弥達にアルバイトの終了を伝えた。これからは常連とマスターの時間だ。
エコーズは深夜近くまで営業している。その為昼間に営業していてもバイトに任せて、マスターは奥で寝ていることも多い。
ただ、普段から無口なマスターと常連さんとの間でどんな会話が交わされるのか、そのことには非常に興味があった。
冬弥は洗いかけの皿を洗いきってから、帰り支度をした。注文待ちだった彰は先に着替えて、冬弥が終わるのを待っていた。
「それじゃあ、お先に失礼します。お疲れ様でした」と、冬弥。
「叔父さん、また明日」
そう言って2人は店を出た。外はまだ雪が降っていて、道は真っ白になっていた。
「このまま積もるかな?」
「ありうるな」と、2人で駅へ向かう道を歩いた。
「今日は、帰ったら由綺に電話だね。いるかな」と、彰。
「いないとは思うけどな。寝るまでかけてるさ」と言ってから、冬弥はくしゃみをした。
「それで寝坊したら大変だね」
「そうならない内に寝るさ」
7分ほど歩いて、悠凪駅が見えてきた。冬弥は電車に乗るが、彰はここからも歩きだ。
彰は「それじゃ、頑張ってね」と声をかけて交差点に向かった。
「お休み」とだけ、冬弥は答えて構内へ向かった。

 冬弥は駅からの帰りがけ、道端の自動販売機で缶珈琲を1本買った。
家に帰ってから風呂が沸きあがるまでの間、暖を取る為だった。
雪の積もったマンションの階段を上がり、自室の鍵を開けた。
「ただいま・・・」と、つぶやいてからコートの雪を落とし、灯りとエアコンの暖房のスイッチを入れた。
「風呂風呂っと、その前に」ゴクゴクと缶珈琲を冬弥は飲んだ。
1人暮らしの家に帰ってきて、家が暖かいはずはない。これも冬場の知恵だった。
飲み干した缶をテーブルに置き、そして風呂を軽く洗い、お湯をいれていった。

 プルルルルルルル・・・。
もう今夜5度目のダイヤルだった。冬弥は由綺の家に4度電話をかけたが、まだ繋がらない。
今日は駄目かな?と、風呂上がりの冬弥は考えた。
すぐにはつながらないだろうと思って、ドライヤーをかけながらの電話だった。
コードレスの子機を充電器に戻し、頭を乾かしていたドライヤーも戻す。
ベッドの上に転がって、冬弥は天気予報を見たくてテレビのリモコンを握った。
ブン・・・。
テレビの電源が入る。ニュースを探してチャンネルを変えたが、目に入ってきたのはニュースではなく、CMだった。
適当にチャンネルを変えるが、天気予報はどこもやっていなかった。
まだ読んでいなかった夕刊を掴み、天気欄に目をやった。
「理奈ちゃん・・・」
その時だった。理奈のニューシングルのビデオクリップが映し出された。いまなおヒットしている曲だった。
そして理奈よりも時間は短いが、続いて由綺の映像も流れた。
受話器の向こうで聞きたかった声。それがテレビのスピーカーから聞こえてくる。
理奈の曲に比べてスローテンポでしっとりとした曲を、由綺が歌っている。
「由綺。今日は忙しいのか?」



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