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東京冬の陣・第1部『いざ 有明』

枕噺
またこの季節がやってきた。
今冬も懲りもせず年末の有明へ行くことにする。
盆暮れの有明へは今回で出撃4回目。出撃回数を重ねる度に目当てが増えて買い込む量も多くなる。
もはや私の年中行事の一環に組み込まれてしまっているようである。
たとえ恐怖の大王が来てもそれは変わらないのか…?

さて、例年になく猛威を振るう感冒により私の身体は出発前から痛めつけられていた。
そこで病院に行き一通りの検査、投薬をして貰い急場を凌いだものの、体調に関してはまさに最悪に近い
状況であった。旅行前にこのような事態になるのは初めてである。今回は年末という事もありなんとしても
旅先で行き倒れになるのは避けねばならない。
そこで今回持参したのはドリンク4本、頭痛薬、感冒薬、ビタミン剤、抗生物質、鎮痛剤、胃腸薬
かつてない重装備。(薬に関しては)…後はこれらが活躍しないことをただただ祈るだけであった。
果たしてその成果は生かされるのか否か…?

1998年12月27日
(函館駅で撮影)
毎度恒例の深夜の快速ミッドナイト。さすがに年末という事で帰省客が多い。
話を聞いていると本州方面への乗り継ぎ客が結構多いようだ。(なんと有明行きの自衛官も…(^^; )
車両は2号車のカーペットカー。しかし登場から既に10年以上経過し多少の陳腐化も否めない。
それでも寝ていけるだけまだ快適なのだが。
今回は増結車に「赤座敷(キハ400-500番台/キハ56の一部・上写真)」がいたことからその格差
は一層引き立っている。ミッドナイトに限っては遅めに指定席を確保した方がいいかも知れないようだ。
2号車は8割方の乗車率。2330、相も変わらず豪勢なヂーゼル音で札幌駅を出発していく。
私は窓の景色を眺めることもなく明日からの激闘に備え早々に横になり体力温存に努める。

1998年12月28日
寒い… 早朝、寒さで目が覚める。
頭のそばにあるヒーターに触ると冷たくなっている。
どうやら暖房が入っていないらしい。この冬の北海道で暖房なしの客車は冷蔵庫も同然である。
仕方ないので毛布にくるまりじっと耐える。

630函館到着。
函館駅はもう正月の雰囲気である。(撮影は1/3)

今回もほぼ前回(97年12月28日)と同じ行程なので気楽である。
函館からは海峡4号のカーペットカーに横になり一眠りを決め込む。
ドラえもんの声で案内が入るようになった青函トンネルは中学時代から幾度もくぐってるせいか
今更ながらに感慨はない。むしろゆったりできた連絡船時代の方が気楽だったかも知れない。
木古内、蟹田でお客が乗って来ると車内はたちまち混雑。
いつまでも横になってるわけにも行かず場所を明け渡さざるを得ない。
まぁ、さすがに同じ行程を3度も通ってると勝手知ったる何とやら…要領も判ってくる。

夏よりドラえもん5割り増し。子供受けはいいのだが…
北東北にのさばる簡易電車701系。奥は583系はつかり。

青森からこれまた恒例の701系電車「走ルンです」でごとごと揺られる道中のほとんどは居眠りタイムである。
晴れ上がった天気、快調に走る電車。体調もとりあえず落ち着いてなんの心配もない…はずだった。

…はずだったのである。
そう。あの車内放送が有るまでは。
「只今線路の置き石により列車運行停止しております。
安全が確保されるまで暫くお待ち下さいませ」

秋田ではわずか4分の接続時間しかない。
どこぞやのクソガキが線路に置き石をしたそうだ。この鉄道隘路の奥羽本線で。
その度胸にテポドン100発のお礼でもしたいくらいである。ヽ(`⌒´#)ノ

…2分 まだ動かない
モーターの止まった車内は異様なまでに静かなままである。

…4分 静まった車内に防護無線の音だけが響く
車掌は運転指令との連絡で大わらわである。一部の乗客の焦りが感じられる。
それは私も同じだ。長時間の遅れなら18きっぷでは取り返しが付かないことになる。

…6分 ようやく動き始めた。
予想より早かったようだ。車内に安堵の空気が流れる。

北金岡駅構内でのこの「事件」で遅れた列車は遅れを取り戻すべく猛然とモーターのうなりを上げて
雪煙を立てて疾走し始めた。あの『走ルンです』が、どこにそんな力があったのかと思うくらいのスピードで。

日が落ちてすっかり暗くなった秋田には3分遅れで到着。
乗り継ぎ客は一斉にゲートから放たれた競馬馬の如く跨線橋に向かって疾走し始めた。
私もまた同様に走る。秋田新幹線のお陰でここの駅は複雑怪奇な構造になってしまっている…

秋田からの快速は最初の頃こそ混んではいたが、さすがにだんだん客が少なくなっていく。
酒田近くなると「走るンです」のロングシートにぽつぽつと残るぐらいまでに減っている。
そんな数少ない乗客の中、函館からずっと一緒に同じ行程の親子がいた。子供は4才ぐらいの男の子だろうか。
函館から10時間近くたったにもかかわらず元気である。
酒田でさらに乗り継いだこの親子はこの先関西方面へ行くという。何とも元気なことだ。
私もこういう家族であったならまた違った汽車旅の姿があったかも知れないと感じたのである。

退屈になりがちな一人旅だが、こういう出会いが彩りを添え、面白くしていく要素になっていくのであろう。
その後もその男の子は車内で元気いっぱいはしゃいでいたのである。
さすがに特急ではこんな傍若無人な振る舞いはまわりから咎められるのであろうが、鈍行ならまわりも
何も言わない。温かい目で見てくれている。

酒田駅で乗り継ぎ待合いの間に夕食。
夜の待合室はほとんどがMLえちご乗り継ぎ客のようだ。大体ルートは同じなのでもう何時間も一緒の行程
の人達がほとんどである。皆大荷物だ。
酒田駅前のそば屋。夕食は毎回ここでお世話になってます。
村上行き発車前

村上駅で地下通路を抜け、階段を上がるといつものようにムーンライトえちごが待っててくれていた。
18族にはありがたい存在。これぞ「ムーンライト伝説」(笑)

村上に着いた列車から降り、狭い地下通路をくぐる瞬間、東京への扉が開くような、そんな感慨を覚える。
階段を上がるとほのかに明るいホームで待っていてくれる「ムーンライトえちご」。
この列車に乗る度に夜汽車独特の感慨があるが、特にこの列車は「新宿行き」という都へ向かう列車だから
だろうか…その感が一層強く感じられる。

しかし、車内は何とも換気がよろしくすきま風が吹き込んでくる車両である。
年末年始の増結車は予備車もフル回転だが、たまにはこんなのも混じっているのである。
夏なら気にもならないのだが、いかんせん今は冬である。お飾り程度の暖房ではこのすきま風は
防ぎきれない。雪の吹きすさぶ上越路を寒さに震えながらこの晩は新宿到着までコートを着込み、
持参の毛布をかぶり手袋をして寒さを凌いだのである。

第2部  東京冬の陣

第3部  北帰行・再び

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