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ボロ屋敷見取り図はこちら

 私が引越してきた21世紀始めの日に出会い、どこにスーパーがあるかなどを教えてもらったレイカちゃんは、見取り図「10」の部屋の住人、6月からワーホリに来ている一つ年上の女の子だ。以前私の部屋の住人だった友達のサチコさんの情報によると、 レイカちゃんは、ボロ屋敷の住人、「6」の部屋に住むバングラディシュ人のトーハと、この家で出会って付き合いはじめ、ラブラブらしい。私が引越しして来た頃、リビングで二人仲良く手を繋いで座っている姿などを目撃したことはあったが、家の中であまり出会うことが無かった。 2月に入り、レイカちゃんの彼氏、トーハが国に1ヶ月ほど一時帰国することになり、いつもラブラブだったレイカちゃんは非常に落ち込み、寂しがっていて、それからよく話をするようになった。2月11日はレイカちゃんの誕生日ということで、サチコさん達とバーベキューをすることになった。 ボロ屋敷の住人で2月から「1」の部屋に住む、ワーホリのヨウコさんとオージーのダニーや、学校の友達アヤカちゃんも誘って、ハーバーブリッジの見えるバーベキュースペースで楽しくレイカちゃんの誕生日を祝う、とってもオーストラリアらしい誕生日に。

「写さないで!」と顔を隠す、
汚い部屋の持ち主レイカちゃん

レイカちゃんは、トーハのためにバングラディシュ料理をたくさん覚えており、カレーをよく作っている。その手さばきは見事なものだ。物欲しそうに見る私に、よくカレーをくれる、優しいレイカちゃん。バングラカレーは辛い。日本のカレーとは違った感じで、インドに行った時に食べたカレーに似ている。おいしい。 料理のできない私は、レイカちゃんに鍋でどのように米を炊くかなど、「そんなことも知らんの?」という初歩的な事をたくさん教えてもらった。こんな家庭的に見えるレイカちゃんだが、部屋はとても汚いものであった。彼女のおおざっぱさを表したかのような部屋で、さすがの私も完敗宣言をした。

 「4」の部屋の住人は、マリアという20代後半と思われるフィリピン女性だ。彼女は働いており、いつもムッとしている印象で話辛かったが、たまに私が下手な英語で話すと、聞き辛い顔をしながらも答えてくれる。 マリアは1月下旬に、国に帰ると言って、さわやかにボロ屋敷を去っていった。その後、「4」の部屋にはノボルというワーホリの日本人男性が入って来た。ノボルは学校に行っており、そこで知り合った彼女がこのボロ屋敷の近くに住んでおり、 彼女は毎日のようにボロ屋敷に来て共に夕食を作っていた。4月中頃まで、そんな毎日は続き、ノボルの出て行った後には、ソン君というワーホリの男の子が入って来た。ソン君は韓国籍だが、日本で育ったため日本語を話す。英語に対して前向きに取り組む姿勢に、私も自分を省みることになった。

 「1」の部屋には、私が入った頃、バングラディシュ人女性、やさしいムーンと綺麗なイロラが2人で住んでいたが、1月下旬に出て行き、ヨウコさんとダニーが入って来た。イロラは、「6」の部屋にレイカちゃんの彼氏、トーハと共に住むリアズと付き合っており、 ボロ屋敷を去った後も、たまに遊びに来ていた。

ボロ屋敷から駅へ向かう道

 そういうわけで、レイカちゃんの彼氏トーハがいない2月、この時期ボロ屋敷は大変なことになった。何が大変かというと、ラブラブで大変なのだ。 毎日のようにボロ屋敷に遊びに来るノボルの彼女とノボルは日本人では有り得ないほどのベタベタぶりをリビングで披露し、ヨウコさんとダニーもリビングでラブラブ、テレビを見るためにリビングにいる私は目のやり場に困り果てた。 イロラとリアズは部屋に篭っているのだが、たまに二人でキッチンに来てベタベタしている。トーハがいなくて寂しい思いをしているレイカちゃんは、これによって大きなストレスを溜めることになってしまう。 私とレイカちゃんは、このカップルハウス化したボロ屋敷のリビングに困り果てるしかなかった。(余談だが、レイカちゃんとトーハも、上のカップルに負けないぐらい、いやそれ以上に仲良しでラブラブだ。トーハは日本の大学に行ったこともあるらしく、日本語がペラペラだ。しかし、関西弁は理解できない部分があるらしく、私がトーハとしゃべる際、標準語をしゃべろうとしない私の 関西弁をレイカちゃんが標準語に通訳して、トーハに伝える場面もあった。二人はよく喧嘩をするが、ラブラブである。)

 
ボロ屋敷の玄関から、外を眺める

そんな時でも、動じずリビングでテレビを見るのは、「5」の部屋の住人、アラケルだ。彼は、アルメニア(多分ヨーロッパ)出身で、オーストラリアに永住権を持つ40代前半と見られる謎のおっさんである。 アラケルは、テレビを見ている時、必ず緑色の半袖Tシャツを着ている。出かける時は、白いTシャツで、たまに黒いTシャツも着ていたが、それ以外の服は見たことがない。謎だ。そして、私は彼が料理を作っている所を見たことがない。いつもクッキーを食べるか、パンにトマトとチーズをはさんで食べていた。 非常に不健康な食生活だ。実際、顔色も悪かった。謎だ。一体、何をしている人なのかも謎だった。昼すぎに起きて、身支度を整えて出かけることがよくあったので働いていると思われるが、彼はすごい匂いの香水を付けており、身支度を整え終わった洗面所には強烈な香水の匂いが残る。リビングにいても香りが漂ってくるぐらいだった。 いつも難しい顔をしているが、挨拶をすると欧米人特有の素敵な作り笑顔で返す、紳士的と見られる面も持っているように感じた。レイカちゃん情報によると、アラケルは胸毛が濃いらしい。 私がボロ屋敷を出ていく頃になっても、アラケルの謎は解けず、そして今も謎のままボロ屋敷に住んでいるらしい。(2002,2,11現在)

 「3」の部屋には、オージーの19歳の女の子、キムが住んでいた。金髪のとても綺麗な女の子だったが、ほとんどと言っていいほど見かけることはなかった。1月末に出て行ったので尚更だ。トーハ情報によると、アラケルがキムを狙っていたらしい。どう考えてもアラケル、そりゃ無理だよ。 そして1月末からその部屋にヒロキというワーホリの日本人男性が入って来た。ヒロキはおもしろい大阪人で、私と同じ語学学校に通っていた。「1」の部屋に住むダニーは後に、その語学学校の先生の仕事を始めたため、ボロ屋敷の住人が3人も同じ学校にいるという奇妙なことになる。 ヒロキは3月上旬にピッキング(野菜の収穫の仕事)をするためシドニーを去った。その後にその部屋に入って来たのがワーホリに来たばかりの日本人女性だったが、すぐにジャパレス(日本食レストラン)で働き始めた彼女は、日本の雇用状況では考えられない時給やひど過ぎるバイトの扱い方に愕然とし、 1ヶ月もしないうちにシドニーを去った。その後、入って来たのは大きいオージー男性だった。明らかにおっさんだと思ったら、なんと年下の大学生だった。レイカちゃん情報によると、ある日の夜中に彼女が遊びに来てリビングで二人、灯りを消してローソクの炎を見ながら愛を語り合っていたという見かけに寄らず、臭いことをする 若者らしい。

ボロ屋敷の最寄駅「Roseville Staton」

 「8」の部屋にはジャクソンという台湾人大学生が住んでいたが、「9」の部屋のハワードが出ていくと同時に、ジャクソンはその部屋に移動した。ジャクソンは、挨拶をしても「お・・・」とモジモジ言うだけで、しゃべらない謎の人物だった。 キッチンで料理を作っても、スタスタスタと早足で自分の部屋に持ち込んで食べ、リビングにいることは決してなかった。しかし、ある日ボロ屋敷に帰って来た私は自分の目を疑った。 リビングでジャクソンが座って、テキストを持ってヨウコさんから日本語を学んでいるではないか。近づいていくと「こんにちわ」と笑顔で言う。それからの彼は人が変わったかのように積極的に私達、日本人に話かけ、日本語を学ぼうとしていた。 どうやら、学校で日本語の時間があるらしく、そのせいもあるのだろうが、突然の変貌に驚くしかなかった。
 ジャクソンが移動してから「8」の部屋には中国人の高校生の女の子が入って来た。背が高く、細く、スピードのヒロコに似ている彼女もまた、リビングにいることはなかった。 ある日、料理をする彼女に話かけると、なかなかいい子だった。

 「7」の部屋には、台湾人の高校生の男の子、ジョーが住んでいた。いつもニコニコして、かわいらしい男の子だったが、ある日、友達と夕食を食べにcityのジョージストリート沿いにあるレストランへ入ろうとしたら、その隣にある建物からジョーが出て来た。 その建物の看板を見上げると、「アダルトショップ」だった。こちらには気付かずコソコソと走り去るジョーの顔には、いつものかわいらしい笑顔はなかった。その後、ボロ屋敷で顔を合わせるたびに「アダルトショップ行ってた?」と聞こうかと思ったが、かわいい笑顔を曇らせる行為になることは目に見えていたので やめておいた。

 私が住んでいた5ヶ月の間のボロ屋敷の住人の移り変わりは、このように結構激しかった。カップルだらけになった時期、日本人だらけになった時期もあり、大きなネズミが天井を走る音が聞こえ、巨大ゴキブリがキッチンを這い回り、 巨大蜘蛛出現、巨大蛙出現事件もあった。汚かったけれど、すべての住人と深く関わり合えたわけではないけれど、私のシドニー生活の基盤となったこのボロ屋敷の存在、そこで出会えた人の顔は忘れることができない。そして、シドニーの半年間の生活は、このボロ屋敷を抜いては語れない。

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