このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

敦煌の街の厚底靴

   敦煌 の街は、西域の町、シルクロードの街であるわけであるが、ここにも変わったものが流行していた。若い女の子の足元を見てみたら、日本で見た厚底靴を穿いている人が多いのである。形はいろいろの種類があるわけではなく。一種類のようであったが、どう見ても日本から伝わった流行であるらしい。目端の利く中国人が日本の流行を見て、中国でも売れると考えて作ったのかもしれない。若い女性の流行はどこでもすばやく伝わるものらしい。その後、嘉峪関や酒泉にも回ったが、同じく厚底靴が見られた。

  そのほかにも砂漠(本当は土漠)に囲まれた街にも新しい物が結構見られた。例えば私営のパソコンの教室が沢山あったり、また写真の現像所が沢山あった。以前の中国ではその場で現像焼付けをしてくれる店はそんなに無かったが、いまでは中国のいたるところで見られるようになった。ただかなり中国的だと思ったのは、そう言った店が一箇所に固まって営業している事であった、これはかなり中国的である
  
  敦煌は中国の一部であるから、中国の沿岸部の流行が伝わるのは当たり前とも思えるが、やはり中国の中心部とはかなり離れていて、遠いのである。西安からでさえ、汽車で2泊3日もの距離である。と言うことは中国では全国で同じ時刻を使用しているので、朝がとても遅いのである。私が行った四月の始めは、7時になってもまだ薄暗かった。日中の気温の上昇の仕方も何か違うのである。午前中はセーターの上にコートが必要なくらいなのに、午後になると突然暑いくらいになる、これがこの地方の気候の特徴らしい。
そうして夜になっても、なかなか暗くならなのいので、10時頃になっても子供が外で遊びまわっていた。

このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください