親切な運転手

**親切な運転手**
宝鶏の金台観へ行く為にタクシーを捕まえ、何時もの様に値段を交渉して乗り込んだ。そこへ行く途中で、若者の運転手から一日観光しないかと勧められ、一日１５０元でいいと言う。見たところ悪そうな感じでもないので、どうせ一日タクシーに乗るのだからと、一日丸々チャーターした方が安いと考えて、頼むことにした。それにしても一日１５０元ととは、今までのタクシーよりかなり安い。　　金台観を始めとして、青銅器博物館、人民公園、その後食事を共にして、古代の関所跡、太公望で有名な釣魚台などを回った。このタクシーの運転手は方言しか喋らないのであるが、私に中国語が通じないのもあまり苦にならないらしく、次々と語りかけてきた。一人でおしゃべりするのではなく、私が分からないと言うと、繰り返してくれたり、言い換えてくれたりした。そうこうしているうちに話しが結構通じてしまうものである。しかしこの青年は自分が方言しか喋れないのを、あまり意に介さないようであった。　　例によって身上調査の様に、給料は幾らかとか家族は居るのかとか、何故奥さんは一緒ではないのか、退職しているのに生活費はどうしているのかとか、いろりろ聞かれたが、その運転手の家庭のことも良く分かった。お姉さんは結婚して家を出ているが、お姉さんが親の職場を引き継いだので、自分は別の道を探すしかなかったと言っていた。　　中国では親の職場を引き継ぐ制度があるらしく、両親は電球工場に勤めていたが、運転手の親の職場では一人だけは親の職場に就職できるらしい。公営の電球工場では、今中国で問題になっている、非能率で整理の対象になっている工場かもしれない。工場の給料も低い様であった。結婚したらどこに住むのかと聞いたところ、親の家に住めるとのことなので、その点は問題が無いと言っていた。嫁さんと自分の親と喧嘩しないかと、聞いたところ、やはり問題は起こりそうとだ言っていた。しかしそうは言っても、住宅の問題は選択の余地の無い問題のようであった。　　こんなことを話しながら、一日中観光したが、長距離のタクシーの中でも飽きることはなかった。ただお互いにすんなりと話しが通じ合えることでは無いので、頭の中は結構疲れた。私の中国語も相当凄いけれど、ここ陝西省は宝鶏の方言もかなり凄い。でもこちらのことをいろいろと気遣ってくれて気持ちのいい青年であった。分かれるときにあまりに安いので、チップとして５０元を追加した。　　夜になって、翌日出発する長距離バスの発着所を捜したが、分からないので困ってしまった。そこで翌日の朝、例の運転手に電話して、連れていってくれるよう頼んだ。そうしたら未だ寝ていたが、迎えに来て発着所に乗せて行ってくれた。このタクシー代は要らないと言って受け取らなかった。前日にチップをあげなかったとしても、この青年は、この日のタクシー代を受け取らなかったのではないかと思う。中国人と名前や電話番号を教え合うようになると、友達のような関係に近づいてきたことになるのかもしれない。