このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

テレビ、新聞は正義の味方

  麗江について、空港から市内に行くのにバスに乗った。すると旅行社の社員らしき人が乗り込んできて、中国人を盛んにツアー勧誘していた。私のことは日本人と分かったので勧誘しない様だった。何故日本人と分かったかというと、別の日本人親子がいて、その人達がバスにも乗らず迷っていたので、このバスで行くのが一番安いことを日本語で教えてあげたからである。

  私は麗江で観光をしたいと考えていたので、そのツアーがどこに行くのか、費用は幾らか聞き耳を立てた。経験的に知っていたのだが、中国人が交渉したのと同じ条件でツアーに参加できれば、絶対に安く行けると思ったからである。市内に入る頃、私もツアーに参加したいと申し出て、ホテルも他の中国人観光客が泊まるホテルと同じホテルに泊まることにした。


  早速その日の午後から、この近辺の有名な山、玉龍雪山まで行くツアーに参加した。そして4500mの所まで、ロープウェイで登った。空気が薄いということなので、酸素入りのズックの袋を貸していたが、滞在時間一時間くらいではその必要はなかった。それでもこの高度は私の今までの生涯で一番の高所であった。しかし麗江が既にかなりの高地で、2400mの高地である。空港からのバスの中の話では、ここは暑くはならないが太陽に近いので日差しが強く、日に焼けるとの話であった。

  この日の観光はマイクロバスで、客は5人位、その他にガイドと運転手のグループであった。ガイドはこの地方に多いナシ族の女性であった。この 女性ガイド はあまり化粧をしていなくて、確かに日に焼けていた。


  翌日は、同じガイドの女性と、客は私のほかに、成都の有線放送テレビ局に勤める人とその家族が一緒であった。その家族は夫婦と小さい女の子一人なので、乗り物は大型の乗用車となった。行った所は、虎跳峡と昔紅軍が金沙江を渡った所である。ガイドは観光案内のほかにナシ族の習慣などを話してくれた。ナシ族の男性は、だべってばかりいて働かないのだそうである。私が日本の男性は家事をあまりやらないと言ったところ、ガイドはそれではナシ族の男性と同じではないかと言った。
すると成都のテレビ局の男性は、それは違う、日本の男性は外で良く働くのだと説明してくれた。

  この男性はテレビ局に勤めているくらいだから、日本の事なども結構知っていて、退職したら自分の日本に旅行したいが、その頃には金が溜まるだろうかとも言っていた。その人の話では、成都では市民生活が上手くいっているとのことで、その理由はテレビが市民からの不満や苦情の投書を受け付け、それを直ぐに関係者の所へ持っていき、解決を迫るからだとのことである。テレビが市民の不満を解決してくれることはいいことである。確かに中国の中央テレビでも問題点をドキュメンタリー形式で報道して、それで問題の解決を迫る形式の報道も多くなった。

  しかしテレビへ投書することが、問題を解決する唯一の方法であったり、またテレビに投書して解決してもらう問題が、それだけ多いとするならば、それもやはり問題ではないかと思う。それにしても中国のマスコミと言うのは、正義の味方なのである。政府の御用新聞、テレビであるから、何となく教育的、勧善懲悪的なのである。悪いことをするとこうなると、お説教をしているようなところがある。

  中国のテレビは広告もある。そして報道に結構金銭が絡んでいるらしいのである。私が中国にいた頃、突然のことであるが、新聞記者があちっこちで一斉に公安に捕まった。その時期は金を貰って記事を書く記者の存在が問題になった。つまりその時だけは、金を貰わないで記事を書こうというチャンペーンが行なわれたらしい。今はどうなっているのかは分からないが、今年の春頃、朝日新聞に小さく載った記事によると、中国では新聞記者への新聞発表の際に、お金を包まないと来てくれないと書かれていた。

  それでも、マスコミが共産党の御用機間であっても、投書によって役所の不手際をあからさまに出来るようになったのであれば、これは良いことである。最後にツアーのオプションで、民族料理を食べさせる ナシ族の家庭 に行ったのだが、その費用は一緒に行った有線テレビ局の人が、全部出してくれた。それだから良い人と言うのではないが、気さくで人の良さそうな四川人であった。 四川人は丸顔 なのである。
この人とは空港からのバスの中で一緒になったのであるが、そのバスの中で、旅行会社の人と交渉している様子は、騒がしくて、この人とは一緒のツアーにはなりたくないと思った。しかし一緒にツアーに行き、話しているみると印象は変るものである。成都に来た時には、自分の勤めている新聞社に尋ねてきてくれと言って、電話番号を教えてくれた。自分も退職したら、日本に行きたのだけれど、その頃にはお金が貯まっているだろうかと心配をしていた。

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