このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

中国の墓

  韓国の人が書いた本によると、日本では、人が住んでいる近くに墓があると書かれたいた。日本では死んだ人の霊は生きている人にとって、それほど恐ろしいものではないとの感想であった様に思う。中国ではどうなのであろうか。中国人は人が死んだら鬼になるという言い方をするので、もしかしたら恐ろしいものになると言う考え方があるのかもしれない。中国の甘肅省では、平らな土漠の真中に、ぽつんと墓が見える。広々とした土漠に、離れ離れになってポツンポツンと石を積み上げただけの墓があった。この土漠の所有権や、埋葬許可などはどうなっているのだろうと、疑問が湧いてきた。

  それにしても中国には墓が極めて少ない。これだけの人口にしてはめったに墓が見えない。中国人に聞いてみると、都会では墓を作るのが許されていなくて、お墓のアパートみたいな殯儀館という所に収めるらしい。しかし農村部に行くと簡単な墓を見る事が出来る。山の中に離れ離れにあったり、畑の木の間にあるのは、汽車の窓から見えた。しかし許可された集団墓地ではない様で、何だか非合法に墓を作っているような感じである。

  以前貴州省の六盤水の人に聞いた話しであるが、こっそり土葬してところ、それが発覚して、死体を発掘して火葬にした上に、罰金を取られたと恐ろしい話しを聞いた。火葬にすれば、墓は作っても良いのかと聞いたところ、税金を払えば良いらしいと言っていた。これは金次第と言うことになのだろうか。しかし現実には大都会の近くには殆ど墓は無い。

  唯一、集団墓地みたいのを見たのは、甘肅省の蘭州の郊外であった。司馬遼太郎氏の「街道をゆく」という本の中に、昔の中国には「蘇州に住んで、蘭州で死にたい」という言葉があったと書かれていた。蘇州は美人の多いところ、蘭州は上等な棺材の取れるところであったらしい。蘭州に集団墓地があったのは、このことに関係があるのだろうか。お棺の立派なものは、湖南省で見たことがある。道端のお棺屋で製造していた。

  雲南省のモソ人のガイドに聞いたところ、死後は山のきれいなところに埋めると言っていたが、お金持ちの人だけが墓を作ると言っていた。同じく雲南省のチベット人の運転手に聞いたところでは、チベット族には四つくらいの埋葬方法があって、火葬も土葬も、水や風に流すのもあって、どの方法も今も行なわれているとのことであった。いずれも立派な墓を作るという感じではなく、自然に帰すといった様子であった。この地方では墓はあまり見かけなかった。

  いずれにしても、中国の墓は人口の割には極めて少なく、有ってもあまり立派のものはなくて、それも家族の墓ではなくて、個人としての墓のようであった。中国の様に家族関係が濃密なところでは、家の為の墓があるのではと考えていたのであるが、どうもそうではないらしい。それとも近代中国になってから習慣が変ってしまったのだろうか。

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