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日本国国家憲章私案とは?
〜憲法改正私案の作成にあたって〜

第1版作成にあたって
 我が国において、現行「 日本国憲法 」に対する批判は、実にその制定の段階からあったといえるだろう。特に、(通説的解釈によれば)戦力放棄を定め、自衛隊のような国防軍隊を違憲とする憲法第9条については、後にはその規定を作らせたGHQ自身ですら後悔するようになったといわれている。この、 憲法第9条 をはじめとする改憲議論はしかし、東西冷戦時代の我が国においては、非武装平和主義と左翼イデオロギーが結合してその議論すら全く否定される状況にあったためにほとんど前進せず、結果、ほぼ半世紀もの間、我が国は外国軍隊の占領下に強制的に制定された憲法を使うことを余儀なくされたのであった。
 しかし、東西冷戦がアメリカをはじめとする西側自由主義陣営の勝利で終結し、社会主義イデオロギーが衰退すると、それ迄タブー視されてきた改憲論議が一気に花開くことになる。例えば、慶應義塾大学の小林節教授(憲法)は、1992年、自衛隊を合憲とする規定を盛り込んだ独自の憲法改正案を公表したし、また大手報道機関でも、1994年には、「自衛のための組織」を認め非武装平和主義を否定した読売新聞社憲法問題研究会の「読売憲法改正試案」が公表された。冷戦時代においては、改憲を口にすることすら「保守反動」であると糾弾され、改憲を口にする国務大臣は即座に罷免されるような状況があっただけに、一連の憲法改正案の積極的な策定・公開は、憲法論議に一層の拍車をかけ、我が国政界にも前向きな影響を与えたといえよう。そして現在では、超党派の国会議員で作る「憲法議連」が憲法改正を審議する常設委員会の設置を求めて日夜精力的に活動しており、また与野党を問わず、憲法改正議論(「論憲」)に積極的な政党が過半数を占めている。
 ところで、我々が「憲法改正」を主張するとき、それを「どのように改正するのか」の議論は、最も重要なポイントである。そこで私は、単に現行憲法を批判し改正を唱えるだけでなく、「実際にどのような憲法を制定すべきなのか」についての独自の立場を鮮明にするため、以下のような 日本国国家憲章私案 という私擬憲法を作成し、公表することとした(個人的には、1995年7月から制定作業をはじめていた)。
 無論、この私案は、素人が参考書を見つつ作成したものゆえ、法律や政治の専門家から見れば、その構造は稚拙な、不完全なものに映るであろうことは否めない。また、現行憲法の実質的問題を実際に解決するのには、やはり全条文の改正は政治的に困難で、実際に有り得る改正案は、 前文 の一部と 現行憲法第9条第2項 の削除であろう。その点においても、私のこの憲法草案には現実性が欠如していると言えなくも無い(※注)。しかし、私は、だからといって全面改正案を作成するのが全く無意味であるとも思わない。何故ならば、こうした全面改正案は、国民的な憲法論議をする際の前提として、その作成者の憲法に対する思想や主義主張がよく表れるものであり、議論の土台となり得るからである。実際に、明治時代の先人達は、官側の福地源一郎から急進民権派の植木枝盛まで、来るべき近代立憲政治にむけて数々の私擬憲法草案を作成していたのであり、その数は94種類にも上る(町田市自由民権資料館の調査による)が、これらの草案が我が国憲政史が果たした役割は小さくない。無論、現在の私は、明治時代の思想家達とは比べものにならないほど小さな存在に過ぎない。しかしながら、その存在の小ささを以って発言を避けるべき理由にはならない。私はここに、小さいは小さいなりに、何がしかの役割を果たしたいと思う。
 御一読頂き、皆様よりご意見・ご感想を頂戴することができれば幸いである。

※注記
 憲法改正論者の中にも、現行憲法との一体性や連続性を維持するという観点から、必要最小限の修正のみでよいとする主張が提示されている。それはそれとして一つの政治的戦略ではあるが、現行憲法との一体性に固執しすぎるのもやや疑問である。中には「9条や13条のように、条文番号自体に強い意味を持つものもあるから、条数をいじるべきではない」との主張もあるが、私は、こうした数字に固執することが却って現行憲法を「不磨の大典」視する原因となり、憲法に対する不健全な態度を助長するように思えてならないので、その主張には賛同し難い。むしろ、「9条」や「13条」といえども憲法が改正されれば相対化されるものであることを明かにしたほうがよいように思われる。

第2版策定(第82次修正)にあたって
 この 日本国国家憲章私案 は、元々私がまだ高校生であった1995年7月21日に作成を開始し、それ以来、問題意識の変遷や憲法学の知識の導入にともなって、これまで81回の修正を加えて来た。ただ、これまでの修正はあくまでも文言の微調整に留まり、憲法の構造そのものを変えるものではなかった。
 しかし、第1版制定から既に5年が経過し、この間私自身も高校生から大学生へと環境が変わり、それに伴って第1版の改正私案の一部を抜本的に修正しようと考えるに至った。そこで、この第82次修正を以って憲法私案全体を第2版へと移行させることとした。「抜本的な改正」とは、それまで「天皇」を「君主」「文化的代表」とし、「大統領」を「元首」「政治的代表」として、言わば二人の「共同代表取締役」を置き、それぞれに国家の「代表権」を付与していたのを改め、「大統領」を「総理大臣(※注意)とし、「天皇」を「元首」と規定しなおすことである。但し、「大統領」はその職名が「総理大臣」に変わったのみで、その役割は変わらないのであり、行政権は「総理大臣」1人に属する(「(内閣)総理大臣」は現行制度のように「内閣の筆頭の構成員」ではなく、独任制の執行機関とした)。また「総理大臣」は国民の直接選挙で選出されること、厳格な三権分立制度を採用したことも変わらない。
 なお、第1版との変更点のうち、重要なものについては旧版の規定も併記した。

※注記
 本当は、「総理大臣」が「内閣の構成員」ではなくそれ自身、独任制の機関であることを明示するために新しい職名を考えようとしたが、律令時代の伝統的な「太政大臣」というのも古風に過ぎ、「首長」は中東の「首長国」と紛らわしく、「総統」は「大統領」とほとんど同じ意味なので、結局従来の「内閣総理大臣」から「内閣」を削除した「総理大臣」とした。

第2版修正(第83次修正)にあたって
 この度、「 日本国国家憲章私案 」の内、 第5章「立法府」 を一部改正し、衆議院と参議院の優越権について見直し、第83次修正として改正しました(2002年1月18日)。
 従来案では、衆議院は予算案について、参議院は条約案についてそれぞれ優越権を与えていましたが、今回の修正では、参議院に対して外交・防衛・金融・教育・社会福祉・労働・環境といった国家的課題に関して優越権を与え、「利権」からなるべく遠ざけて「良識の府」としての機能を期待しています。なお、衆議院と参議院で議決が異なった際は参議院が総議員数の過半数の再議決で成立させられる他、優越権の所在についても両院協議会(参議院から21人、衆議院から20人の出席者で構成)で決定するようになっています。一方、衆議院にはその他の経済関係の法案について優越権を与えていますが、これらの事項はいずれも地方に分権できるものです。

※注意事項
1、この国家憲章の規定は
随時修正される可能性があります。
2、この国家憲章では算用数字を使っていますが、実際には
漢数字を使用します。

中島 健(なかじま・たけし) 大学生


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