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■実習船沈没は国家的危機(クライシス)といえるか
宇和島水産高校の実習船「えひめ」丸、ハワイ・オアフ島沖で米原潜と衝突・沈没(2月10日)
報道によると、宇和島水産高校の実習船「えひめ」丸が10日、ハワイ・オアフ島沖で米太平洋艦隊所属の原潜「グリーンビル」と衝突・沈没する事故が発生したという。
ところで、今回の事件に関して、森首相の対応が批判を浴びている。報道されたところによれば、森首相は事故発生当時神奈川県のゴルフ場で友人らとゴルフを楽しんでおり(その後の報道によれば、このゴルフ場会員権はその友人から事実上無償で譲渡されたものだったという)、一報が入ってからもプレーを続行。結局、政府の初動対応としては官邸の安倍晋三官房副長官と伊吹文明危機管理担当大臣、及び外務省が動いただけであったため、「危機が起きているのにゴルフを続行するとは何事か」との批判が与野党から出ているというのである。
しかし、「危機管理」とは、基本的には国家の存亡や主権に関わる重大な事項(有事、不審船の領海侵犯、国家的誘拐、在外公館襲撃)や大規模・広域の災害(地震、津波)、政府関係者が巻き込まれた事件・事故(キルギス人質事件)、海外における在留邦人が被害者となった重大な事故、その他通常の治安・警察機関では対応しきれない政治的判断を要求されるもの(ハイジャック事件等)の「クライシス」に対処するということであって、漁船の遭難や交通事故等、通常の行政機関で十分対応できる問題について、一々内閣総理大臣の関与が求められるわけではない。無論、今回の事件は海外における外国軍艦との事故であるから、通常の遭難事件と全く同等ではないが、原因究明をうやむやにしてしまう可能性のある他国ならともかく、相手国は我が国の同盟国であるアメリカであり、外交当局の他に「政治」が即時に動かなければならなかった事件とまでは言えないのではないだろうか。加えて、電話回線すらも不足するあの「重要文化財」たる首相官邸に居れば「危機管理が万全」というわけでもない。現に、阪神大震災当時は、首相官邸に居た当時の村山富市首相は、有効な対策をうつことなく救援体制の立ち上げが遅れた(更に、一説によると、当時の兵庫県知事は反自衛隊感情を持っていたために最初は自衛隊出動を考慮せず、ために県の災害派遣要請が遅れたという)が、それでさえ当時は、そのことを厳しく糾弾するメディアは少なかった。少なくとも、東西冷戦時代に「危機管理」が「有事法制」更には「戦争」に繋がるとして反対していたような一部メディアが、今更「官邸の危機管理不足」を批判するなどというのは片腹痛いという他ない。
なお、この事件について、アメリカ政府は、良好な日米関係に悪影響を与えないように誠実に対応しているが、逆に言えば、我々もまたこの事件に固執して無闇に対米関係を悪化させてはならない。無論、民主制の下では外交政策も又国民の民意を十分汲むべきであるが、一時の感情で半世紀近い日米関係を阻害するというのは戦前と同じ過ちを繰り返すことになる。また、報道の一部には、当時米原潜に民間人が体験航海のため添乗し、一部の機器類を操作していたことを問題視するむきもあるが、民主主義国家である以上その国民に軍備の一端を公開するのは当然であるし、また潜水艦の操作は航空機等と違ってその一部の動作をかわりにさせても危険が生じるというものではない。恐らく、今回の事故は、「えひめ丸」を避けて緊急浮上したつもりが、潮流や「えひめ丸」自体の針路変更によって衝突コースに入ってしまったというのが真相であろう。■後継総理を予測する
与党、森内閣退陣に向けた動きへ(2月19日)
報道によると、「えひめ丸」沈没事件への対応を巡って批判を受けている森善朗首相の進退をめぐり、与党内では19日、平成13年度予算案が衆議院を通過し成立の目途が立つ(予算案は衆議院で成立すれば30日で自然成立する)3月2日の直前に、森首相が自発的に辞意を表明すべきだとの声が、特に自民党橋本派や公明党を中心に強まっている。こうした動きに対し、自民党森派は同日、会長の小泉純一郎・元厚相らが緊急に協議を行ない、首相を支えて予算成立に全力を挙げる方針を確認した。「小泉首相」にむけた橋本派・公明党との条件闘争のための時間稼ぎとみられるが、支持率が軒並み1ケタ台(「朝日新聞」世論調査で9%)と低迷するなかで、退陣は避けられない情勢となっているという。更に、来たる3月13日は自民党の党大会もあり、「森おろし」に向けた動きが加速するものと見られる。
政治家がある種の人気職業であり、その時々の国民の不満を一手にぶつけられるような存在であることは昔から変わらない。よって、戦争に負ければ戦時中の東条英機首相は「戦犯」となり、景気が低迷すれば「森おろし」がはじまるというのもやむを得ないわけだが、民主制国家である以上、だからといってその「人気」の度合いを軽視するわけにはいかない。また、昨年の内閣発足当初の森内閣の支持率の低さは、突然の登板にまだ組閣を終わったばかりだったということである程度大目に見ることも出来るが、それから一定の時間がたった今回は、もはや言い訳は出来ないだろう。例えば、森首相が盛んに主張していた「教育基本法の改正」は、「教育改革国民会議」の最終答申も得てそれなりに着実に前進してはいるが、なお改正までの道のりは遠く、1999年の小渕内閣当時の「ガイドライン国会」(自自連立内閣で重要法案を次々と可決・成立させた)とは比べものにならない。今国会冒頭の施政方針演説では「有事法制の整備」に言及したが、昨今の世論の動向からしても首相の発言は遅きに失した感があり(今では野党の民主党ですら、「有事法制整備」を党内で検討しているのである)、目新しいものではない。それでも森首相が首相を辞めないというのは、まるで「逆ヒットラー的独裁」(ヒットラーは、ドイツ国民の圧倒的支持を得て独裁体制を敷いたが、森首相は国民の圧倒的不支持の中でなお首相の座に留まっている、ということ)であろう。
ところで、今回の「森おろし」にあたり、速くも後継総理候補の名前が二、三取り沙汰されているが、最大人気の小泉純一郎・森派会長は「沈黙は金」「解党的出直しが必要」等と述べており、政策転換も含めた政権交代を主張しているため、橋本派や公明党・保守党のウケが悪いとされる。また、党内の実力者・野中広務前幹事長は、公明党とのパイプがあるので実力者になっているものの、高齢な上当選回数も7回で、「永田町の論理」としては首相登板はあり得ないとされている(ハト派であり日朝国交正常化に積極的な点で、保守層からもウケがよくない)。その他、報道では河野洋平外務大臣、高村正彦法務大臣(前外務大臣)、橋本龍太郎行政改革担当大臣、扇 千景国土交通大臣(保守党党首)の名前も挙がっているが、河野氏は外務省機密費流用疑惑で「連座」している上に「集団的自衛権を認めない」と発言する等保守層からは極めて不人気、高村氏も前の外務大臣である上に知名度が少なく、橋本氏は前の参議院選挙敗北の責任者だけに登板は困難と見られている。更に、国民的人気がある田中真紀子元科学技術庁長官も、無派閥で永田町のウケはよくない上に、過激な発言が目立って実際の政治的手腕は未知数と言われている。
となると、内実を変えずに頭だけすげかえるには、扇国土交通大臣(我が国初の女性首相にもなる)が永田町ではもっとも好まれるのではないだろうか。■「正当化」したのは「(アジアの)国の首脳」、その他の部分も極めて妥当ではないか
野呂田衆議院予算委員長、時局講演会で「問題発言」(2月19日)
報道によると、野呂田芳成・衆議院予算委員長(秋田2区、自由民主党・元防衛庁長官)は18日、秋田県鷹巣町で開催された時局講演で教育改革問題に触れ、「大東亜戦争で植民地主義が終わり、日本のおかげで独立できたという国の首脳もたくさんいる」「それは別として戦(いくさ)で負けてしまったのは政策の誤りであって、日本の文化、歴史、伝統が悪いと反省してしまったのは本当に大きな誤りだった。それは連合国の政策、占領政策の一環で、今日の日本が混乱してしまった大きな原因だと思う」との趣旨の発言をしたが、これに対して野党側が、「太平洋戦争を正当化した」「植民地が独立できたのは日本のおかげといわんばかりだ」等として反発。公聴会の日程を職権で決定したことと併せて委員長の解任を求めているという。
委員会の議長が自分の職権で物事を決めるのが解任事由にあたるというのも「永田町の論理」の奇妙なところだが、野党側が問題視している野呂田氏の発言は、果たして問題であろうか。
まず注意すべきは、「戦争で植民地主義が終わった」と発言したのは野呂田氏本人ではなく、「他国の首脳」であり、野呂田氏はその発言を紹介しただけだということである。即ち、ここで野呂田氏は、過去の戦争について、「戦後、アジアの植民地のかなりは民族に目覚めて独立国になった。それについて外国には『太平洋戦争が契機になった』という人もおり、それを紹介した」に過ぎず、戦争一つとっても実に多面的な見方が存在することを説明したかったのであろう。我々が先の大戦で学んだことは、正にこうした「多面的なものの見方を持って外交を見る」ことではなかったのか。「大東亜戦争」なる用語を使った、あるいは「戦争を美化した」というレッテルを貼って言論を弾圧する浅ましい性根こそ、我々が昭和戦前期の失敗として葬り去ったはずの態度ではなかったのだろうか。
では野呂田氏本人は何と言ったのかというと、「戦(いくさ)で負けてしまったのは政策の誤りであって、日本の文化、歴史、伝統が悪いと反省してしまったのは本当に大きな誤りだった。」ということであって、(「和を以って貴となす」思想の弊害として、戦前も戦後も「異端」を弾圧する風潮は反省されていないが)というこれは極めて健全な主張である。現に、大戦直後の我が国においては、「猿蟹合戦は軍国主義的だ」として発禁処分を受けたり、憲法改正作業ではGHQ当局が「日本語それ自体に問題がある」と発言したりといったことがあり、その悪弊が現在も残っているところがある。この問題では、野呂田氏・自民党は、野党側の解任要求に毅然とした態度で臨むべきである。■教科書への政治不介入は当然だ
政府、「つくる会」教科書も検定合格へ(2月21日)
報道によると、「自虐史観」を批判してきた「新しい歴史教科書をつくる会」の主導で編集され、文部科学省で検定中の平成14年度版の中学校歴史教科書に韓国や中国などから批判が出ている問題で、政府は、この教科書の検定にあたって対外的な配慮からの政治介入はしない方針を固めた。これは、仮に戦前の対外政策を必ずしも否定的にとらえない内容があったとしても、歴史的な事実関係の記述に誤りがない限り検定合格とすることを意味しており、個別の記述の修正に応じれば、この教科書が検定に合格する可能性が高まったという。政府のこうした対応は、昨年、教科書検定審議会に参加していた野田英二郎・元駐インド大使が、他の委員に「つくる会」の教科書を不合格にするよう政治的な多数派工作をしていた問題が発覚し、外務省の組織的な関与と介入が批判された事件を踏まえてのことと思われる。
こうした我が国の対応に対して、中国・韓国マスコミでは「右傾化だ」「日本の過去の韓国支配を正当化し、侵略戦争を美化し、歪曲に満ちたもの」「良心的勢力からも批判されている」等と報じているという。しかし、ある国の歴史認識を他国が完全に共有することは出来ないし、また当時の国際情勢(植民地主義全盛時代)からしても、我が国の海外進出が(無論、それは韓国人を犠牲・踏み台にした上でのことだが)一つの有効な)選択肢として存在し、かつ、我が国がそれを選びとった(というよりそれ以外に選択肢が乏しかった)ことについてまで非難するというのは妥当でない。無論、今日において我が国は、過去に対する真摯な反省に立って、如何なる外国の主権・領土も侵奪しようとしておらず、またそうした政策を支持することはない。また、実際に過去に韓国人が蒙った被害や苦痛については、共感を禁じえない(我々自身、7年にわたる米占領下の時代を経て、異人種・他国民による支配が如何に「苦痛」かは体験済みである)。しかし、そうしたことと、当時における政策の選択とは別の問題であり、「つくる会」の教科書もそうした点を強調しているのであって、批判はあたらない。
政府は、「つくる会」の教科書が検定合格した場合に予想される近隣諸国からの反発に対しては「日本の検定の仕組みを説明して理解を求めていく」方針で臨むというが、全く妥当な対処である。少なくとも、そのために外務省が、更には外交機密費というものが存在しているのではないだろうか。外交的軋轢が高まる危険性があるとしても、隣国の不当な要求には断固とした態度をとるべきなのである。無論、「つくる会」の教科書と言えども万能ではないが、如何なる教科書が歴史観として妥当であるかは、「思想の自由市場」に委ねられるべきであろう。
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