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自衛隊に海外在留邦人の救出任務を
〜在外同胞の救出は国家的義務だ〜

中島 健

 平成9年7月、東南アジア・カンボジア王国(首都プノンペン)において、フン・セン第二首相派の政府軍と、同国のシアヌーク国王の皇太子で第一首相のラナリット殿下派の一部軍部隊との間で、武力衝突事件が発生。これに伴い、プノンペンの治安状況も悪化したため、当時プノンペンに在住していた多くの外国人は、一斉に国外へと避難を開始。この時、これらの外国人の脱出を支援する為、隣国タイをはじめ、オーストラリアを含む多くの諸国が空軍機(輸送機)を派遣、NEO(非戦闘員退避)作戦を展開し、自国民脱出の便をはかった(当時、プノンペン空港は戦闘のため閉鎖されており、民間機での脱出は不可能であった。なお、状況が沈静化した後は、専ら民間チャーター機が運行されて脱出が続けられた)。しかし、これに対して、我が国の対応は甚だ緩慢であり、事態が収束しはじめた7月12日になって、橋本龍太郎首相の指示でようやく航空自衛隊のC-130型輸送機が、隣国タイのウタパオ海軍基地へ派遣された。だが、遂にプノンペンまで飛行することはなく、結局我が国国内の報道や、閣外協力を行っている社会民主党等の反対によって、自衛隊機の派遣は無駄足に終わってしまったのである。

▲首相官邸

 我が国は現在世界第2位の経済大国であり、国民の活動領域は広く世界中のほとんどの地域に及んでいる。換言すれば、多少とも紛争や戦争の危険がある地域にも、我が国の国民は渡航しているのであり、世界中のどこかで戦闘が始まれば、必ずやその地には脱出を希望する日本国民の姿がある、ということである。しかし、そのような状況があるにも関わらず、現在の我が国政府の在留邦人の救出に係る政策は、極めて消極的なものであると言わざるを得ない。
 本来、我々の同胞であるところの在留邦人が、外国地域において発生した武力紛争に巻き込まれた場合(そして当該地域に、当該地域の住人の安全を確保する責任ある政府や統治団体が存在しない場合)、これを救助するのは国家の当然の任務である。しかし我が国では、「邦人保護」を目的に出兵し、戦争を拡大した先の大戦の反省と、国際紛争を解決するための武力行使を禁じた 憲法 の拘束から、これまで邦人の待避活動については何等有効な政策が実施されて来なかった(僅かに、海外にある我が国の大使館・総領事館が、在留邦人の保護活動を担当している)。最近になってようやく 自衛隊法 (昭和29年法律第165号)が改正され、 第100条の8 に「自衛隊機」、つまり航空機による救出活動が規定されたが、カンボジアのような在留邦人数の少ない国ならともかく、多数の日本人が生活している国における待避活動に、航空機のみの使用では収容人数が不足するのは自明である。そして、自衛隊艦船の使用や同乗する警備担当の隊員の武器使用を巡る問題で、我が国国内では未だに先の大戦の教訓を理由にこれに反対する一部の勢力の意見が強く、一向に改善の兆しが見えないのである。
 確かに、先の大戦に至る我が国外交の中で、海外在住の邦人保護を名目にしたなし崩し的な海外派兵が実施され、結果として大戦争の発端となってしまったことは事実である。しかしながら、同じ邦人保護と言っても、戦前のそれが、邦人を現地で陸軍兵力によって保護しようという性格のものであったのに対し、今日議論されている「邦人保護」は、あくまで自衛隊機・自衛隊艦船を一時的に武力紛争地域に派遣し、現地からの退避が完了したら部隊も直ちに撤退するものであり、たとえそれが一時的に武力紛争の渦中に自衛隊部隊を派遣することになっても、 憲法 上禁止されている侵略戦争(国際紛争解決の手段としての武力行使。自衛隊の部隊が我が国の領域外に出て活動することが、直ちに憲法違反となるわけではない)では全く無いのである。第一、現在の我が国の外交、経済からすれば、政府が「邦人保護」を名目とした海外領土獲得のための軍事行動に走る等という事態を想定することは、全く考えられない。
 海外在留邦人の救出には、自衛隊機だけでなく自衛隊艦船の派遣も可能になるよう、現行の 自衛隊法第100条の8 を改正し、あわせて、(派遣のタイミングを逸することの無いよう)たとえ武力衝突の渦中であっても自衛隊部隊の派遣が可能であり、かつ、かかる派遣は憲法違反とはならないことを政府見解として(政治の責任として)明らかにしておくべきである。また、現在の新しい「防衛計画の大綱」の中に、防衛力の役割として在留邦人の待避活動を明記することも提案したい。そして、添乗する警護要員の武器使用についても、改正PKO協力法を準用して、部隊長の命令で可能なように自衛隊法に明記すると共に、交戦規定(ROE。自衛隊では「部隊行動基準」と呼んでいる)を制定して現場隊員の武器使用基準を明確にすべきである。
 我が国の国際的地位からして、海外在留邦人を切り捨てるような行動は、結果として我が国の国際的信用を傷つけてしまうであろう。

中島 健(なかじま・たけし) 大学生


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