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沿岸警備体制の強化を望む
〜国家防衛の基礎を見なおす〜

中島 健

1、はじめに
 3月23日、新潟県佐渡が島沖で北朝鮮(自称「朝鮮民主主義人民共和国」)のものと思われる不審船2隻が発見され、海上保安庁・海上自衛隊の追跡を振り切って逃走するという事件が発生した。報道されたところによると、不審船はそれぞれ「第二大和丸」、「第一大西丸」と名乗り、漁船の船型をしていたものの、船体には多数の電子アンテナが見られ、漁具を一切搭載していなかった(また、海上保安庁の調査により、両船とも偽名であることが判明した)。船尾に日章旗を掲揚して航行していた為、海上保安庁が国内法(漁業法)に基づいて立入検査を試みたものの、漁船は強力なエンジンを装備し、船底も見えない部分は高速航行に適したV字型であったためか、時速40ノット近い速度で逃走した。これに対して、追跡していた海上保安庁の中型巡視船は不審船の高速力に追いつけず、小型巡視船も燃料不足と速力不足により追跡を断念した。その後、運輸大臣(海上保安庁)の要請により、持ち回り閣議で海上自衛隊に対し戦後初の「海上警備行動」( 自衛隊法第82条 )が決定され、「情報収集」名目で出動していたイージス艦を含む大型護衛艦2隻が追跡を続行したが、結局航空自衛隊のADIZ(防空識別圏)を出たところで追跡を終了したという。なお、この過程で巡視船・護衛艦ともに威嚇射撃(警告射撃)を行い、また海上自衛隊のP-3C対潜哨戒機が警告の爆雷を投下した。
 この事件で政府は、即日に「海上警備行動」のハードルを越えるという従来見られなかったような素早い対応を行い、かつ、不審船の防空識別圏離脱後追跡を中止するという慎重さも兼ね備えた行動をとって、報道各社の反応も概ね好意的であった(とはいえ、一部の識者からは、「
ガイドライン関連法案 早期成立のために過剰反応したのではないか」といった批判も寄せられたが)。しかしまた、今回の事件では、我が国の領域(領海)を侵入者から守るための法律、特に、そうした沿岸警備の任務を負っている現場部隊の法的な権限の欠如、更には海上自衛隊と海上保安庁との連携の悪さ、海上保安庁の巡視船の性能が改めて浮き掘りになったのも事実である。そこで本稿では、今回の事件で明かになったそれらの問題について焦点をあて、領海警備の在り方について考えてみたい。

2、国内法では何ができるのか
 今回の事件で海上保安庁は、2隻の不審船を停船させる根拠法令として「
漁業法」(昭和24年法律第267号)を適用した。しかし、言うまでもないことだが「漁業法」は本来、漁業生産に関する基本的制度を定める法律であって(漁業法1条)、領海侵犯や不審船舶の停船・検査のために適用されるべきものではない。そもそも、「漁業法」の適用等というひねった対応をせずとも、実は既存の法律の中には、不審船舶に対してある程度の強制措置を認めるものが既にいくつか存在しているのである。例えば、「船舶法」では、第21条ノ2前段で標示に違反の疑いのある船舶を臨検することを認めているし(※注1)、更に、同法第22条は、今回の不審船のように日本船舶でないのに国旗等を掲揚した場合(※注2)は、「船長ヲ2年以下ノ懲役又ハ10万円以下ノ罰金ニ処ス」とし、更にその船舶の没収を認めている(※注3)。また、「 海上保安庁法 」(昭和23年法律第28号)は、海上保安官は、 警察官職務執行法 以上の武器使用こそできないものの、海上で犯罪に遭遇した場合(※注4)は「船舶の進行を開始させ、停止させ、又はその出発を差し止めること。 」「航路を変更させ、又は船舶を指定する場所に移動させること。」が出来るとしている(船の外観等が疑わしい場合も同様)。更に、「出入国管理及び難民認定法」(昭和26年政令第309号)第3条は、「有効な旅券を所持しない者」、「入国審査官から上陸許可の証印又は上陸の許可(以下「上陸の許可等」という。)を受けないで本邦に上陸する目的を有する者」(いずれも外国人)は、「本邦に入ってはならない」としており、違反した者は「3年以下の懲役若しくは禁錮若しくは30万円以下の罰金に処し、又はその懲役若しくは禁錮及び罰金を併科する」(入管法70条)。そして、入国審査官と入国警備官に武器の携帯を許されており(入管法61条の4①)、「その職務の執行に関し、その事態に応じ、合理的に必要と判断される限度において、武器を使用することができる」と定めている(入管法61条の4②)。しかも、武器の使用は、「 刑法第36条 又は 第37条 に該当するとき(正当防衛、緊急避難)」に加えて、より広い範囲で人に危害を与えることも許されている(※注5)(入管法61条の4②)。つまり、海上自衛官に入国警備官の資格を与えることによって、 警察官職務執行法 上の武器使用の壁は、とりあえずは越えることが出来るのである。今回のような不審船事件では、正に「他の手段がないと入国審査官又は入国警備官において信ずるに足りる相当の理由」に該当し、危害を与えることも許されよう。
 但し、である。以上に挙げた法令は、あくまで警察権の行使としての措置ばかりであって、武器の使用もその範囲内でのみ認められるものである(入国警備官の権限が多少とも拡大されているのは、それが純粋な警察権の行使ではなく、「国境警備」的な要素が含まれているからであろう)。警察権である以上、例えば「警察比例の原則」が適用されて、犯人の持つ実力以上の武器を使用することは許されないということになり、従って、自動小銃で武装した北朝鮮兵に対して護衛艦の速射砲を使用するのは許されないということになる。また、現行法上は、「海上警備行動」によって海上自衛隊を「海上保安庁化」する法的根拠はあっても、入国警備官と同等の権限を与える条文は存在しないのである。

 

▲不審船に対処した海上保安庁(左)と防衛庁(右)

 そもそも、国境線が海上にある我が国において、海上保安庁は単に陸上の警察と同様の治安維持組織なのではなく、交通規制や航路図の作成等の運輸省・建設省的役割、海洋汚染防止等の環境庁的役割、海難救助・消火等の消防庁的役割、法令励行や捜査等の警察庁的役割、そして領海警備等の自衛隊的(国境警備隊的)役割を担当している(※注6)。ところが、 同法第25条 は、「この法律のいかなる規定も海上保安庁又はその職員が軍隊として組織され、訓練され、又は軍隊の機能を営むことを認めるものとこれを解釈してはならない。」等と規定しており、準軍隊としての海上保安庁の性格を否定するかの如き規定を置いている。無論、この規定は、敗戦後比較的早期に設置されたという海上保安庁設置の時代的背景によるものだろうが、終戦から半世紀以上が経過し、国家として自衛力を持つことが容認された今日においてもなおこの規定が放置されているのは問題であろう。「軍隊の機能」という文言については様々な解釈が可能であるが、法改正をしないまま準軍隊として認めるのであれば、 第25条 は「軍隊の機能は認めていないが、準軍隊・自衛隊の機能は認めている」と解釈すべきであろう。

※注記
注1:「船舶法」(明治32年法律第46号)第21条ノ2前段:「管海官庁ハ船舶ノ総トン数、登録又ハ標示ニ関シ必要アリト認ムルトキハ何時ニテモ当該官吏ヲシテ船舶ニ臨検セシムルコトヲ得」
注2:「船舶法」第22条:「日本船舶ニ非ズシテ国籍ヲ詐ル目的ヲ以テ日本ノ国旗ヲ掲ゲ又ハ日本船舶ノ船舶国籍証書若クハ仮船舶国籍証書ヲ以テ航行シタルトキ」
注3:「船舶法」第22条:「此場合ニ於テ船長ノ所有又ハ占有ニ係ル其船舶ヲ没収スルコトヲ得」
注4:
海上保安庁法 」(昭和23年法律第28号) 第18条第1項 :「海上における犯罪が正に行われようとするのを認めた場合又は天災事変、海難、工作物の損壊、危険物の爆発等危険な事態がある場合であつて、人の生命若しくは身体に危険が及び、又は財産に重大な損害が及ぶおそれがあり、かつ、急を要するとき」
注5:「入管法」61条の4②:「収容令書又は退去強制令書の執行を受ける者がその者に対する入国審査官若しくは入国警備官の職務の執行に対して抵抗しようとする場合又は第三者がその者を逃がそうとして入国審査官若しくは入国警備官に抵抗する場合において、これを防止するために他の手段がないと入国審査官又は入国警備官において信ずるに足りる相当の理由があるとき」
注6:
海上保安庁法 第2条① :「海上保安庁は、法令の海上における励行、海難救助、海洋の汚染の防止、海上における犯罪の予防及び鎮圧、海上における犯人の捜査及び逮捕、海上における船舶交通に関する規制、水路、航路標識に関する事務その他海上の安全の確保に関する事務並びにこれらに附帯する事項に関する事務をつかさどることを任務とする。」

3、沿岸警備のために
 以上見てきたように、現行法上不審船舶に有効に対応できるのは、せいぜい入管法上の入国審査官・警備官くらいのものであり、領海警備のための法制度は事実上無いに等しく、「海上警備行動」が発令された海上自衛隊といえども陸上の警察官と同等の権限しか認められていない(その点で、一部の報道に見られた「初の実戦」等という表現は不適当である)。結果、報道されたように、追跡する保安庁・自衛隊の隊員は、「 警察官職務執行法第7条 の規定にしばられ、長期3年以上の重大な犯罪の疑いがなければ人に危害を加えることが出来ず、ために不審船を取り逃がさざるを得なかったのである。恐らく、現場にいた隊員としても、法的根拠が曖昧なまま北朝鮮特殊部隊が乗っていると思われる不審船の臨検は、法的にも感情的にも困難だったに違いない(生命の危険どころか、逆に殺人罪で告訴される可能性すらもあったのだから当然であろう)。 海上保安庁法 を改正し、海上保安官に入国審査官・入国警備官と同等かそれ以上の武器使用権限を与えると同時に、 自衛隊法 を改正して、一定の事態(不審船に遭遇した場合や運輸大臣からの要請があった場合)には海上自衛官及び航空自衛官(領空侵犯に対処しなければならないため)にもそれと同様の権限を与えるべきであろう。

▲ヘリコプター2機搭載巡視船「しきしま」

 また、法制度の整備と並んで実務上重要なのが、海上自衛隊と海上保安庁との連携の強化である。
 報道によると、現在に至っても自衛隊と保安庁との間には共通の無線周波数や訓練協定すら無く、指揮系統も曖昧(海上自衛隊の警備区と海上保安庁の管区の差異等)で、むしろ感情的な縄張り争いをしているという。これは、恐らく元々海上自衛隊が海上保安庁の下の一組織であったにも係わらず、今日ではむしろ海上保安庁を凌駕する一大組織となっているからだろうが(※注1)、加えて、(一部の報道によれば)冷戦後の海上自衛隊が存在意義を維持するために保安庁の所管事項に入ってくることに対する反発や、歴史的な対立があるという(※注2)。現に、そうした矛盾や「一国平和主義」の思潮に対する政治的な制約から、1992年、我が国の保有するプルトニウムの日仏間の海上輸送の護衛に、6500総トンの大型巡視船「しきしま」が建造され、これに152億円が支出されたという事件があった(※注3)。軍艦構造をとるこの巡視船はしかし、大型の船体に中型ヘリコプター2機を格納出来る他はわずかに35ミリ連装機銃2基、20ミリ・ガトリング機銃2基を搭載するのみであり、アメリカ沿岸警備隊のハミルトン級大型カッターや韓国海洋警察庁の巡視船(いずれも76ミリ速射砲や短魚雷を装備)にも見劣りするもので(冷戦時代、米沿岸警備隊は対艦ミサイル「ハープーン」も搭載していた:写真)、既存の護衛艦と比較してその有効性や建造までの経緯は多いに疑問視されている(護衛艦を派遣すれば、新造コストは0であった)。また、現在、海上自衛隊の護衛艦と海上保安庁の巡視船艇で同じ名前のものが41組もあるというが、これも両者の連携の弱さと対立の根深さ故のことである。逆に、海上保安庁には、警察の特殊急襲隊(SAT)に相当する特殊警備隊(SST)があり、今回の不審船事件でも巡視船に同乗していたことが判明しているが、海上自衛隊にはこうした特殊部隊や装備は無く、不審船の臨検には一般の海上自衛官があたらなければならないという弊害もある。

▲ハープーン艦対艦巡航ミサイル

 国家予算の赤字抑制という大目標があり、今後、海上自衛隊・海上保安庁とも艦船数の増加は見込めない中で、東アジア第一位の海軍力と世界第一位の海洋哨戒飛行隊を持つ海上自衛隊と、同じく世界第一位の巡視船艇を持つ海上保安庁が連携しない等というのは正に国税の一大浪費であって、許されるべきことではない。従って、今後は、護衛艦・対潜哨戒機と巡視船との通信装備や管轄海域の見なおし、大型護衛艦への機関銃搭載、更には巡視船と護衛艦の共通構造の採用(モジュール化等)が求められるだろうし(※注4)、海上自衛隊幹部と海上保安庁幹部の相互交流、教育課程の相互乗り入れも必要であろう(※注5)
 もっとも、前述したように、海上保安庁は海における総合行政機関的なところがあり、必ずしも警備救難だけがその任務ではない。だが、実際のところ、船舶の数と用途(警備救難船、灯台業務船、測量船)からしても、海上保安庁の主たる任務はやはり警備救難なのであって、もし、他の業務が領海警備体制の強化にとって不都合となるのであれば、海上保安庁の中に更に準軍隊たる「海上警備隊」の如き組織を新設し(司令官は現在の警備救難監)、訓練体系を一般の職員と分離し、警備救難用船舶はそちらに移動させるべきであろう。
 いずれにせよ、我が国の領土領海を守るこれらの2つの組織が、歴史的、感情的なセクショナリズムによって互いに疎遠となり、ために国益を損ねる等という事態は、行政機関として許されないことであろう。

※注記
注1:
昭和27年法律第97号「
海上保安庁法 の一部を改正する法律」により「海上警備隊」が設置され、同年法律第265号「保安庁法」・第278号により総理府保安庁警備隊、昭和27年法律第165号「 自衛隊法 」により海上自衛隊となった。
注2:海戦史研究家の吉田昭彦氏によれば、海上保安庁設立当初、海上保安官となった者の多くは高等商船学校出身者で(海軍軍人は追放中)、戦時中予備士官として召集された時の体験から海軍軍人に対して反発が強かったという。また、海上警備隊発足後、運輸官僚、旧海軍軍人、商船出身者の間で勢力争いとなり、保安庁設置と同時に海上保安庁全体を「海上公安局」として保安庁の内部部局とする(昭和27年法律第267号「海上公安局法」)構想が対立を一層根深いものとしたという(海上公安局法は、施行期日を明記しないまま公布され、防衛庁・自衛隊発足と共に消滅した)。更に、海上自衛官も海難事故では海上保安庁の取調べを受けるといったシステム(軍法会議が無いため)も対立を深めているとされる。
注3:阪神大震災直後に議論された「病院船構想」でも、同じような海自と海保の対立が見られたし、最近の行政改革論議では、橋本政権が海上保安庁と警察庁とを国家公安委員会の下に一元化しようと提案したのに対して、運輸省側からの強い反発で一元化は見送られている。
注4:例えば、ヘリコプターを搭載する大型巡視船は、護衛艦と共通の船体で武装を軽くした設計としたり、逆に中型巡視船は、有事の際対艦ミサイルが搭載できるように考慮したりすることが出来る。また、現在海上保安庁が保有する巡視船艇で最も高速なものは35ノットが限界であるが、海上自衛隊が計画している200トン型ミサイル艇は40ノット以上、現在保有している「ミサイル艇1号」型(排水量50トン、20ミリ機銃1基、90式艦対艦ミサイル4発搭載)は46ノットを発揮する高速艇であり、海上保安庁としても(ミサイルは外すとしても)購入を検討するに値するように思われる。
注5:事実、軍人の集団である海上自衛隊と行政官の集団である海上保安庁とでは、その「文化」が大きく異なるように思われる。例えば、運輸大臣や海上保安庁長官が巡視船に乗船する際掲揚される「運輸大臣旗」や「海上保安庁長官旗」は、旧海軍の「大将旗」「中将旗」等と同じ形状で区分法も似ているが、海上自衛隊の「海上幕僚長旗」「海将旗」等はアメリカ海軍の将旗のデザインに倣っている。

 中島 健(なかじま・たけし) 大学生


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