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台湾新幹線の開業延期の問題点について考える


TAKA 2005年 9月 11日

 本年10月1日開業予定の日本発の海外進出新幹線である台湾新幹線の 開業が1年順延 になる事が先日発表されました。開業延期の原因は「機電システムの工程が遅れている(当初予定92%→60%)為に統合テスト・試運転が予定通り出来ない」と言う点にあるとの事です。
 私も日本の新幹線が海外でどのように運行されるのか?非常に興味があり、次の正月の中国旅行(昨年は上海・本年は北京)は台湾への「台湾新幹線試乗ツアー」で考えていたのですが、開業延期で再検討しなければならなくなりました。
 正直言って原因は日本連合受注の機電システムの遅れだけではないと思います。台湾高鉄が日・仏・独の間で激烈な受注合戦の上で日本連合逆転して受注した経緯があり、その間で色々な事が有ったとの話も聞いています。しかし日本初の高速新幹線システム輸出が思わぬ形で躓く事になってしまったので、その経緯について知ってる限りの情報を基に検討したいと思います。

 「参考サイト」  台湾高鉄公式HP(英文・中文)   台湾高鉄概要   今までの工事進捗状況

 「新幹線に関する台湾週報関連記事(一部)」
 ※中華民国政府系の報道であり、(イデオロギー以外は)一定の信用性はもてると見ています。 
  BOT方式による国家建設(98/3/12)         BOT方式による国家建設(98/3/19)  
  新幹線契約交渉振り出しに(98/7/16)       南北高速鉄道に日本新幹線技術導入か(98/7/30)
  南北高速鉄道(新幹線)建設始まる(99/4/15)    高速鉄道、日本企業連合か欧州連合か(99/6/10)
  高速鉄道の車両システム入札開始(99/7/1)      高速鉄道受注先12月末までに決定(99/12/16)
  高速鉄道、日本連合が優先交渉権獲得(00/1/20)   台湾高鉄は日本との正式契約交渉続行(00/2/3)
  高鉄、機電システムで日本と正式契約(00/12/28)   台湾高速鉄路の車両モデルが公開(02/5/16)
  高速鉄道、初のレール敷設が着工(03/8/7)      新幹線の来年十月開通は問題なし(04/5/20)
  新幹線車両の試運転に成功 (05/2/10)
  台湾新幹線の開業が来年10月に延期(05/9/9)


 (1)台湾新幹線は「木に竹をつないだ」高速鉄道?

 上記台湾週報の記事によると工事の進捗率は7月末現在、土木工事が100%、駅舎建設が92%、メンテナンス基地工事76.17%、機械電気システム工事が60.44%となっています。今が9月の中旬ですからもう少し出来高があがっているにしても、開業3ヶ月前の7月には習熟運転が行われていなければならない時期といえます。その時期の出来高としては特に機電システム関係の出来高が低いと感じます。やはり機電システム関係の工事の遅れが台湾高鉄の開業延期の原因であることは容易に推測できます。
 では台湾新幹線が今回予定通りの建設が進まなかった理由は何でしょうか?私は表題のように「木に竹を接いだ高速鉄道」と言うシステム選定の方法に原因があるのではないかと考えます。
 時系列的に見てみて起工式は99年4月なのに、その時点では欧州連盟のTGVか日本の新幹線かはまだ決まっていません。有利不利は有るにしてもまだ白紙の段階であると言えます。ほぼ日本の新幹線に決まる「優先交渉権獲得」が半年以上後の99年末で、正式決定はそれ以降後の2000年12月です。
 この事は起工式から1年半後まで、基本仕様は決まっていたにしても「どのようなシステムが導入され、どのような列車が走るか?」と言う事が何も決まらずに土木工事が進行していたことを意味します。
 当然ですがTGVと新幹線では根本的にシステムが異なります。ましてや最初は「TGV導入が有力」とされていた事業です。ですからインフラの仕様もTGVに近いもので考えられていた可能性は有ります。其処に新幹線のシステムを導入して走らすと言う事が果して最善の策だったのでしょうか?やはり「木に竹を接ぐ」と言う状況になったことは否めないと言えます。

 ましてや台湾高鉄で採用されている 規格は欧米規格 が主流です。世界に冠たる優れた技術である新幹線ですが、残念ながら日本国内のドメスティックな基準で作られたものであると言うことは否定できません。ある意味新幹線は、他規格の国際間乗入等が普通に行われている欧州で作られたTGVより、国際環境への適合性という点では劣ると言うことは考えられます。
 そのような国際的環境の中で、海外経験の乏しい日本の新幹線の機電システムを持って行き、短期間にうまく適合させ工事や納入を進めていくのは非常に難しいのかもしれません。
 確かに契約から開業予定までわずか5年半と言う短期間ですから、工程的にも無理があったのかもしれません。(ただ契約で「できる」と契約してしまったのだから仕方ない側面もあるが・・・)しかし「木に竹を接ぐ」規格を採用したと言う矛盾が今回この様な開業延長の裏にあるのかもしれません。


 (2)混成軍団での新幹線建設で上手くまとまるのか?
 
 もう一つ原因として考えられるのが「統一されたプロ集団が運営する事業でない」と言う点です。今回台湾新幹線はBOT方式で民間が運営する形態をとっています。いくら中華民国政府交通部が全面的に支援していても、台湾には民鉄がありませんので実際運営する民間には鉄道のプロが居ません。実際台湾高鉄の出資者は大陸工程・東元電機・太平洋電線電纜・長栄海運・富邦産物保険等のゼネコン・電気会社・通信会社・保険会社等で交通関係の会社は長栄海運(日本ではエバーグリーンという名で通っています)だけの状況です。
 実際に台湾には高速鉄道運営のが有る人が居なく、運営会社の母体にも鉄道経験者が乏しい状態の為も有って、かこのプロジェクトには20カ国以上の人が参加しているとの事です(ましてや入札で敗れた仏・独の人間も居る)。この様な状況で果たして上手く行くのでしょうか?大いに疑問です。
 ましてやメインのシステムは日本の新幹線です。新幹線は日本にしかなく海外には無いシステムなのですから、いくら日本からも色々な方が出向等で行かれてるといえども、20カ国からきた人々が混成で実現化していくというのは難しい話だと思います。その様な運営システムそのものに無理が有ったのではないかと考えます。

 この様な状況から考えて後知恵になりますが、今後高速鉄道の経験が無いような国に新幹線のシステムを輸出して高速鉄道を建設する場合、設計・インフラからすべて一括して建設して試運転・運営教育までして引き渡す「 ターンキー契約 」を採用するのが望ましいのではないかと考えます。
 そうすれば今日本にある新幹線の建設・運営のノウハウを導入する国にそのまま移転して行えば良い話であり、日本が主体となり導入国の人々に教えながら二人三脚で新幹線を建設していけば、「木に竹をつないだ」様な規格になることも無く、混成の欠点であるコミュニケーションの困難等も減少しますし、運営技術等の移行もスムーズに行くと思われます。
 具体的には今回の特定投資目的会社の「台湾新幹線㈱」の拡大版で、インフラ関係の設計・建設に関しては日本の新幹線建設でふんだんにノウハウを持っている「鉄道建設・運輸施設整備支援機構」が有りますし(独立行政法人であるが、海外への技術援助は専門家の派遣で実績があるし、営利事業はどうかと言う問題もあるが将来的に持っているノウハウを生かして営利事業を行うのは好ましいことであると考える。政府は大きくても(特権を振り回さず民間を圧迫しない範囲で)自分で収益を上げ税金使用を減らせば構わないと私は考える。)それに新幹線を運営しているJR三社をメインにして、サブでゼネコンと車両メーカーを加えた「特定目的会社」を作り、すべてを「ターンキー契約」で請負う形にするのが、今後の海外への新幹線販売の理想系ではないかと考えます。
 ただ単純に新幹線を売るだけでなく、もっと積極的にプランからノウハウから物まで一括して売るスキームをつくり収益を極大化する方向を作るべきであると思います。又そのような責任の明確になった体制で売り技術を移転することが導入する国へのメリットにもなると考えます。
 
 (3)もっと怖いのは「中国での高速化」への新幹線販売?
 
 正直言ってまだ台湾高鉄での今回の騒動はまだ序の口かもしれません。今回の一件を踏まえて実を言うと一番怖いのは中国への在来線高速化(第六次大提速)に伴う新幹線車両の販売です。
 私は前にフォーラムで「 中国の高速鉄道〜その後の展開 」で上記の新幹線車両の販売について触れていますが、クローズドシステムのインフラをつくり其処に新幹線車両を走らせる台湾の場合より、今の在来線に車両だけ高速の新幹線車両を走らせる中国のパターンのほうが、より困難に遭遇するリスクが高いと言えます。
 この様な状況で、今から「新幹線導入にはターンキー契約で」とか「新幹線は高速別線でクローズドシステムで運用」等の要求は、入札をしてしまった現状と中国の基本的なものの考え方を踏まえれば極めて難しいと言えます。
 それに台湾の場合今回の開業1年延期と言うトラブルに対しても、「 損害賠償を求める 」動きがあるのと同時に、台湾の謝行政院院長の「 台湾高鉄が日本側に損害賠償を求めるといった問題は起きないはずだ 」と言うコメントが出るような、冷静に考え常識で判断すると言う状況にありますが、中国の場合この様な冷静な行動は期待できません。もし中国側が悪くても認めることは今までの情勢を見る限り難しいですし、日中関係がギクシャクした現状を見ると中国が感情的になり小さな問題でも大問題に発展させる可能性も有ると言えます。
 この様な状況から考えると、 中国への新幹線車両の輸出 は日本の車両メーカーとJR東日本がやる気になっていますが、極めてリスクの高い事業になりつつあると言えます。そのことは今回の台湾の事を教訓に肝に銘じなければならないと思います。


 今回この様な形で台湾高鉄が台湾新幹線開業の1年延期を発表しましたが、考え方を変えれば拙速で開業するよりもここで時間をかけて調整して完成度を上げて万全の体制で開業する事ができる分、台湾新幹線にとってはプラスかもしれません。
 資金的に不安がある等の情報がありますが、台湾高鉄の大株主である長栄海運(エバーグリーン)は現政権与党の民進党の大支持者でありますし、台湾高鉄の殷琪理事長は一時期陳水扁総統の副総統候補に名前が挙がる有力者です。この事から陳水扁政権が台湾高鉄を見放すとは考えづらいですし、そのような背景があって謝長廷行政院長の「 会社経営が立ちゆかなくなれば、契約により我々が買い取ることができる 」と言うバックアップの発言をしたと考えられます。
 今は台湾新幹線の万全な工事完成へ向けて努力することが必要なことです。そうしなければ日本はアジアで「影の友好国」を一つ失うことになりかねません。その後に今回得た教訓を踏まえた今後の体制についても考えなければならないと感じました。



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