このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

  TOP  >  西鉄バス方向幕&幕車特集!  > 筑豊地区特急・急行編


 

 

筑豊の主要都市、飯塚・直方・田川。

これらの都市と、福岡や北九州、久留米を結ぶ優等系統の数々。

 

廃止路線も多数ありますが、今でも日中15分ヘッドで運行される筑豊特急など、

山を越えて走る、幹線優等系統が町と町とを結んでいます。

 

ここでは、筑豊地区発着の高速・特急・急行路線の方向幕をご紹介します。

 

※背景色が桜色の箇所について、追加いたしました(筑豊特急、31-C、コスモス号等/2014.7.5)

 

 

●更新日 :2014年7月5日

 ●掲載地区:筑豊地区結ぶ優等系統

 ●担 当 :飯塚、田川(旧:後藤寺)、直方

 ●地域特性:地方都市、峠越え、旧産炭地

 ●沿線要所:篠栗南蔵院、伊藤伝衛門邸など

▼もくじ(ページ内にジャンプします)

 

 

▼直方高速(福岡天神〜直方)

 

▼直方・宮田高速(博多駅〜宮田〜直方)

 

▼筑豊特急(福岡〜飯塚〜田川)

・飯塚担当

・上山田系統

 

 

▼筑豊急行(福岡〜飯塚〜田川)

・八木山バイパス、篠栗北経由(現行)

・八木山バイパス、篠栗駅経由時代

・八木山峠、篠栗駅経由時代

・40番(飯塚〜後藤寺)

・太宰府急行

・旧バイパス急行

 

▼31-C 急行(天神〜篠栗〜八木山峠〜飯塚)

 

▼コスモス号(飯塚〜直方〜小倉)

 

▼冷水特急(飯塚〜冷水バイパス〜久留米)

 

 

筑豊特急の方向幕

 

 

直方高速 (福岡天神〜九州自動車道〜直方) 

直方高速バス

西鉄高速バス、直方

筑豊の主要都市、直方と福岡を結ぶ高速バス。

JR線が飯塚を経由する南回りであるのに対して、高速バスは直方市の北にある八幡インターから九州自動車道を経由します。

なお、西鉄高速バスの中では一番最初にS型→B高への使用車輌の切り替えが完了した路線です。

(その後S型が復活した時期もありますが・・)

 

(左)標準の直方〜福岡高速の幕に、ドーム臨時のコマが加えられたバージョンです。

 

(右)アルファベット無しの古めな幕です。昭和60年前後に存在した、天神経由福岡空港行きのコマでしょうか??

 

あえて経由地の福岡空港を目立たせた、博多駅行きの幕。

直方の続きで1コマだけ切り接ぎで入っていました。不勉強に付き、どんな路線で使われていたのか分かりません。

 

宮田・直方高速  (博多駅〜福丸〜宮田〜直方)

西鉄高速バスの廃止路線、直方高速

 

1990年頃に、JR九州と共同運行を行ったものの、短命で姿を消した宮田経由の直方高速。

若宮インター(現:宮若インター)を降りて、福丸・宮田とJRの拠点を経由して直方へと向かいます。

 

・・小倉砂津での幕販売開始前に、冗談で「出ますよ!」と言い合っていた路線。

本当に出品されるとは思いませんでした。

 

筑豊特急  (福岡〜八木山バイパス〜飯塚〜田川後藤寺)

筑豊特急、博多駅

西鉄バス、田川営業所の方向幕

福岡と筑豊を結ぶ大幹線。並行するJR線が電化された後も高頻度運行がキープされている路線です。

主流は「ノンストップ特急」「篠栗北特急」

これに1990年代後半までは「篠栗駅特急」を加えた3系統でした(坂の下系統新設のタイミングで廃止でしたか?)

その後、深夜便を除き篠栗駅経由特急の廃止、2009年の烏尾トンネル開通に伴い「バイパス直行(飯塚市街通過)」が新設され、現在に至ります。

 

■福岡(天神・博多駅)

■福岡(天神)

1990年代後半までは、天神・渡辺通経由で博多駅発着でした。今では全便が天神止です。

西鉄バス、飯塚バスセンター

筑豊特急

 

 

■飯塚(バスセンター)

■飯塚(新飯塚)

 

飯塚地区終点のコマです。

 

現在は飯塚バスセンターから先、JR新飯塚駅が終点となっています。

西鉄バス、近畿大学

田川後藤寺

 

■飯塚(近畿大学)

■田川(後藤寺)

 

(左)日中を中心に、近畿大学発着便も運行されています。

 

(右)終点、田川後藤寺のコマです。

 

筑豊特急/飯塚担当のバリエーション

筑豊特急

西鉄特急

筑豊特急を担当するのは、田川営業所と飯塚営業所。

両営業所とも共通の方向幕を装備・・ではなく、田川持ちと飯塚持ちで内容や表記に細かな違いがあります。

 

飯塚持ちの車の方向幕について、上記でご紹介した田川持ちとの違いをご説明します。

 

■福岡(天神・博多駅)

■福岡(天神)

「飯塚持ちと田川持ちでは、表記が異なる」とご教授頂きました。確かに田川の幕と見比べると、経由地に「飯塚」の記載が無く、シンプルです。

西鉄バス、坂の下

西鉄バス坂の下、手書きの方向幕

 

 

■飯塚(坂の下)

1999年10月のダイヤ改正で新設された、坂の下便。

文字通り、八木山峠に向かう坂の麓にあります。

 

飯塚BCから先は各駅停車で運行され、福岡への直通需要のほかにも地域の足としても活躍しています。

 

(左)印刷バージョン

(右)1999年以前に作られた幕については、バスセンターを消して、手書きで坂の下と書いたものもありました。

深夜バス、飯塚

西鉄バス、筑豊特急の深夜バス

 

■福岡ドーム

■深夜バス 篠栗駅経由 新飯塚駅

イベント時の、飯塚発ドーム臨時用の幕です。

 

深夜バスは新飯塚駅止のため、飯塚持ちの車にしか搭載されていません。篠栗駅経由の筑豊特急・筑豊急行が無くなった今、篠栗駅から飯塚へ直通できる唯一の手段です。

篠栗駅、特急

 

また、基本的にノンストップ系統は田川直通で運行されるため、

飯塚持ちの車にはノンストップをコマの最後の方に、「おまけ」的に搭載した車もあります。

 

筑豊特急/上山田系統  (福岡〜八木山バイパス〜飯塚〜上山田)

西鉄バス、上山田

筑豊特急、上山田

 

■上山田

 

嘉麻市に合併するまでは、日本最小クラスの市として有名だった山田市。1990年代後半には、日祝日限定で山田市の中心部で西鉄バスの営業所があった、上山田発着の筑豊特急が短い期間運行されていました。

朝の天神行きと、夕方の上山田行き。飯塚〜上山田館の区間利用も可能だったようです。

所要時間や運賃も、後藤寺までを上回っていましたが、利用が定着しなかったのか、さほど長い期間運行されることなく廃止になってしまいました。

 

(左)の手書タイプに加え、(右)の印刷タイプもありました。

 

筑豊急行  (福岡〜八木山〜飯塚〜田川後藤寺)

  筑豊急行  (八木山バイパス・篠栗北経由 現行)

筑豊急行、バイパス急行

 

2000年代半ばより経路変更により登場した、篠栗北・八木山バイパス経由の筑豊急行の方向幕です。

 

篠栗駅を経由していたそれまでとはイメージを一新し、

青の色幕となりました。

 

運行開始当時は全便が博多駅〜田川直通だったため、飯塚止めのコマがありません。

 

  筑豊急行  (八木山バイパス・篠栗駅経由 時代)

西鉄急行

筑豊急行

2003年の西鉄バス路線廃止計画で、筑豊急行の八木山峠の区間が廃止候補リストに上がります。

 

それを受け、翌年の2004年春改正では峠経由からバイパス経由に経路を変更。八木山峠の区間には、篠栗日の浦口〜飯塚の無番各駅停車系統が新設され、カバーされることになりました。

 

比較的短期間で姿を消した幕です。

 

(左)2004年の運行開始時の幕です。

(右)こちらは「バイパス」が青文字標記のタイプです。

 

  筑豊急行  (八木山峠経由 時代)

筑豊急行

西鉄バスの筑豊急行、方向幕

特急の補完系統、筑豊急行です。

2004年春までは、全便が八木山峠経由で運行されていました。

福岡と筑豊を結ぶ補完系統以外に、八木山地区の生活の足としても活躍していました。

 

(左)ノーマルのタイプです。

2004年までは、天神発博多駅経由でした。飯塚〜篠栗間は峠経由でしたが、毎時2〜3本とまとまった本数が走っていました。

 

(右)区間便として、飯塚BC〜田川後藤寺間の区間便も運行されていました。

筑豊急行、八木山峠

西鉄バス、廃止路線

古めの筑豊急行の横幕サイズの幕です。

 

 (中)筑豊急行が「空港を経由しなかった」時代の幕です。飯塚行きはバスセンター止めです。

 

 

(右)飯塚〜田川の区間便用。経由地の「仁保」は、この区間便だけで見られる表記です。40番は、ラッシュ時に数便走っていた各駅停車便です。

 

 

  筑豊急行 (40番 飯塚〜田川)

西鉄バス、40番

西鉄バス、田川

朝ラッシュ時のみ、飯塚〜田川間の各駅停車便「40番」が、S型高速車で運行されていました。

 

急行が止まらず、この40番だけが停まるバス停は、烏尾峠などごく僅か。90年代半ばには廃止されています。

 

  筑豊急行  (太宰府急行)

太宰府急行

筑豊急行、太宰府

正月・受験シーズンには、太宰府急行が運行されていました。(いつ頃から運行されなくなったのでしょうか・・?)

ポイントは運行路線。飯塚から進路を南に向け、桂川から米山峠を経由し、太宰府市の吉木へ抜けるコースでした。

飯塚発着・後藤寺発着・直方発着がありました。

 

 

(左)田川営業所の幕です。・・なお、左の一番市のコマは、2004年春改正まで運行されていた、八木山峠→北本町→(空港通過)→博多駅・天神の系統のコマ。最終2本程度は空港に入らずそのまま博多駅へ向かっていました。

 

(右)直方営業所の幕です。

 

  バイパス急行

西鉄、バイパス急行

空港経由と空港通過便で系統が分かれていた時代、1990年頃?の幕です。

筑豊急行と言えば「八木山峠経由」でしたが、八木山バイパス経由の急行も走っている時期がありました。種別も「バイパス急行」。福岡空港を強調したり、バイパスが青文字にになっていたりと、特徴的な幕です。

(注:2004年のダイヤ改正で、減便の上、全便がバイパス経由となってしまいました。末期については、 当ページ でも紹介しております)

 

・・この幕、入手した時点で既にボロボロの瀕死状態。巻くどころか、触っただけで木っ端微塵!セメダインテープで補修も試みましたが、テープを貼ったすぐ横から新たな亀裂が入っていく始末。一度写真を撮った後で、修復不可能な状態に陥っていたバイパス急行と急行(全体の2分の1ほど)を切除し、残った部分だけをコレクションせざるを得ない状態でした。

 

・・販売会から持ち帰ってすぐにこの状況。このまま保管しても崩壊は時間の問題。

切除するか否かでかなり悩みましたが、「最後に我が家にやって来てくれてありがとう」というココロで、覚悟を決め、処分となりました。

 

31−C 急行  (福岡〜篠栗(二瀬川)〜八木山峠〜飯塚)

西鉄バス、31-C

西鉄バス、八木山峠

福岡と篠栗町を結ぶ31番。

2000年前後まで、篠栗から先、八木山峠を越えて飯塚まで運行される早朝1往復の存在を記憶されているファンの方も多いかと思います。

 

その31番の都市高速経由、31-C番

市内線の番号が付与されていながら、飯塚営業所S型高速車で運用されていたようです。90年代半ばには姿を消していたかと思います。

 

・・48代〜49代の飯塚担当の筑豊特急車に残っていたこのコマ。もっと前に無くなっていたような気もしますが、時代考証をするだけの資料もありません。

 

(左)S型前幕です。都市高速は緑字です。

(右)S型横幕です。色分け初期の路線車の横幕と同じく、行先番号が抜き文字になっていません。

 

コスモス号 ・ 飯塚〜直方〜小倉特急

西鉄バス、コスモス

 

 

飯塚から直方を経由し、小倉を結んでいた伝統ある優等系統です。

筑豊と北九州を結ぶ点ではJRと競合関係にあった路線です。

 

コスモス号は、同系統の速達便。

飯塚市内のほか、直方の中心部に立ち寄らず国道200号線をそのまま快走します。

朝の片道のみしか運行されていなかった時期が長かったのですが、2007年頃に夕方の下りも復活していた時期があります。

 

○2011年春に直方〜飯塚間とコスモス号が廃止され、直方〜小倉特急となってしまいました。

 

(左)高速道路を経由しない特急系統のため、種別は深緑色です。

最初から「特急」で刷り上がっているパターンです。

特急 コスモス

西鉄バス 方向幕

 

 

 

(右)以前の種別は「高速」を、「特急」に手書きで修正したパターンです。

 

北九州道路が都市高速(自動車専用道路)に変わり、高速道路を通行しなくなったことから、「特急」の種別に代わりました。

写真では見にくいですが、よく見ると下に高速の文字がウッスラ見えます。手書きの特急文字!職人技に拍手です。

 

冷水特急  (飯塚〜冷水バイパス〜久留米)

西鉄バスの冷水特急

西鉄の地方都市連絡特急の一つ、久留米と飯塚を冷水(みやみず)経由で結んでいた、通称「冷水特急」です。2003年3月末で廃止されています。

 

西鉄の中では、いわばB級の特急路線だったレアさの上に、コマメに沿線をまわる独特の風情や

山間部を爆走する爽快さもあいまり、バスファンの中では非常に人気の高い路線だったように感じます。

また、久留米持ちの運用については「させぼ」落としの3列シート車に乗れたのも魅力でした。

 

青文字の「冷水バイパス」。懐かしさ思いがこみ上げる、念願の幕を手にすることが出来ました。

 

 

 

筑豊特急&急行。

本数が多い割りに景色も良好で、試乗や小旅行には最適です。

 

また、春夏秋冬、昼と夜、晴天時と悪天候時で、車窓が一変・・!

 

筆者としては何度乗っても飽きが来ないオススメ路線です。

西工S型のフロントグリル.JPG

 バイパス直行できます。

西鉄バス、飯塚営業所、筑豊特急 

 

・・余談ですが、地下鉄七隈線が開業する以前には、「飯塚〜福岡大学入試臨時特急」なるものが運行されており、

S型高速車が城南区七隈キャンパスまで走ってきていました(さすがに方向幕はなく、白幕でしたが・・)。

 

 

このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください