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東アジア最大級の「鉄道での国境越え」を経験する

−九広直通列車と徒歩での国境越えが示す香港と華南経済圏間の輸送の状況−



TAKA  2008年03月02日


  

香港⇔広州間連絡の主役 左:香港鉄路(MTR)運営のKtt(九廣通) 右:中国運営の直通列車(準高速)



※一部中国の地名に関しては漢字にて表示がで無いため、漢字とカタカナ(英語読み)の併用にて表示しております。
※現在九広鉄路(KCRC)と香港地下鉄(MTR)は、2007年12月にKCRCの運営権のMTRへの譲渡が行われ「香港鉄路有限公司」が誕生して居ますが、本文中で便宜的に九広鉄路(KCRC)の名前も使っています。
※参考サイト wikipedia: 九広鉄路九広東鉄  中国情報局 基本情報: 広深鉄路公司  中国鉄道倶楽部: 香港直通列車
         返還10周年:「香港の中国化」と「中国の香港化」 (朝鮮日報)  【香港ポスト】広州—香港高速鉄道、09年着工へ (中国情報局)


 ☆ま え が き

 島国で有る日本に居ると「国境越え」という物を鉄道等の陸上交通機関でする事は殆ど有りません。日本の場合海外に出る人の大部分は飛行機を利用しますから「国境越え=空港でのパスポートコントロール」というイメージが強いです。
 その様な国境越えを世界を見回して色々見てみると、陸続きに国家がありその間に高速道路・高速鉄道網が発達して居る欧州では、「隣国に行くのに飛行機で移動するより鉄道や車の方が速い」という例も多く陸上での国境越えが一般化していますが、同じ様に大陸に複数の国家が存在するアジアの場合、欧州に比べて面積的に広く大都市が散らばって居る事に加えて鉄道・道路の高速交通網が未発達であるので、航空での移動・国境越えが主流になっており、アジアで「陸上での国境越え」は気軽な旅行ではナカナカ経験出来ない物となっています。

 私の場合、今までの旅行の目的地がアジア主流で有った為に(アジア以外にはアメリカに一回しか行った事がない)、陸上での国境越えを経験した事が有りませんでした(逆にいうと日本を出て複数の国を周遊した事も無い)。その中で今回08年の正月旅行では中国・香港を訪問し、飛行機で成田〜上海〜香港〜成田と廻ると同時に香港滞在中に香港から陸路で中国広東省の広州を訪問しました。
 広州訪問の最大の目的は「 広深鉄路有限公司のCRH型高速電車試乗 」だったのですが、香港から中国広東省へ向かうのに一番簡単な方法は香港九龍⇒中国広州を結ぶ国際列車です。
 香港⇔中国間の場合、大前提として「香港と中国は別の国か?」という問題が有りますが、確かに1997年に英国から中華人民共和国に返還された以降は国際的位置付けは「中華人民共和国の一特別行政区」であり、外交・防衛等に関して権利を有さない「実質的な自治区」の状態では有りますが、実際問題として中国⇔香港間にはパスポートコントロールが存在しますし、中国人も無制限に香港に入れる状況にはなっておらず、実質的には「一国両制下で中国の中の外国」という状態で有り国境が有る状況です。

 という訳で今回の旅行では、アジアで数少ない鉄道での国境越え(他はマレー鉄道、中国⇔ロシア・モンゴル・カザフスタン・ベトナム・北朝鮮位だろう)で、しかも一番簡単で流動が多い国境越えを経験する事が出来ました。又広州からの帰りは深センまでは広深鉄路のCRHに乗車してきましたが、深センでの撮影後に深セン地下鉄〜九広鉄路(以下KCRCと略す)の郊外電車を乗り継いで香港に戻り、「郊外電車で国境越え」という経験をする事が出来ました。
 その往復の国境越えをメインに、人口約697万人の香港と人口約713万人の広州を結ぶ国際列車の姿を書いてみる事にしました。


 ☆最初は九広直通列車で一気に広東省の中心広州市へ

 (試乗日・区間)1月1日AM T812列車 香港・九龍 ホンハム(Hung Hom)駅→広東省 広州東駅

 2008年の正月で有る1月1日、この日は午前中〜午後前半にかけて香港から日帰りで広州・深センを訪問する事にしていました。
 香港から中国広州に渡るには、一番簡単なのはKCRCホンハム駅から出る「九広直通列車」を使うか、KCRC東線に乗り羅湖駅から徒歩で国境越えをして広深鉄路深セン駅から列車に乗り換えるかの2つの方法が一般的です。まず行きはホンハム駅から直通列車で有る九広直通列車で直接広州東駅に向かう事にしました。

 その為ホテルを出て上環(ショウワン)と中環(セントラル)の中間に有る粥の専門店で朝食を取った後、九広直通列車に乗るためにKCRCのホンハム駅を目指します。しかし香港島から見るとホンハム駅は九龍に有るので海を渡らなければなりませんし、地下鉄(MTR)でアクセスしようとすると直接行く事は出来ず、中環(セントラル)からMTRチュンワン線に乗り尖沙咀駅から徒歩で東鉄線尖東(チムトン)駅に乗り換えて東鉄線に一駅乗りホンハム駅を目指します。近年東鉄線は尖東(チムトン)駅まで1駅延伸されてMTR線に接続する様になりましたが、それでも長距離列車ターミナルのホンハム駅にアクセスするのは結構不便です。
 やっとの思いでホンハム駅についてから、先ずは九広直通列車の切符を買わなければなりません。ホンハム駅は流石にKCRCのターミナルだった駅だけあり、東鉄線のコンコースを出るとマクドナルドを筆頭に色々な店舗が有り、その中に旅行会社が有り九広直通列車の切符を売っていたので、其処で次の広州方面の列車のチケットを購入します。
 切符を購入後、直通列車に乗るために駅コンコースの脇に有る直通列車専用の別の改札口から駅の構内に入ります。コンコースに入ると国際列車だけ有り出国審査の手続きを行うスペースが有り出国手続きを行いますが、流石に祝日だけ有り出国手続きはかなり空いていました。出国手続きを終わらせて国際線専用のホームに降ります。

  
左:香港側のターミナル ホンハム(Hung Hom)駅  右:ホンハム(Hung Hom)駅構内の九広直通列車専用改札

  
左:九広直通列車の内中国国鉄運営車両 DF11型ディーゼル機関車+25Z型客車  右:ホンハム(Hung Hom)駅構内で九広東線を平面交差で跨ぐ九広直通列車(左が九広直通列車専用ホーム)

 ホームに降りると、九広直通列車は既に入線していました。九広直通列車は中国国鉄と香港鉄路(MTR)が相互に自分の車両を使い運行をしています。私の乗った列車は中国国鉄の担当列車で、中国国内では一般的なDF11型ディーゼル機関車+25Z型客車がホームに停まっています。
 此れが香港鉄路(MTR)の担当列車は一番上に有るKtt(九廣通)になります。Kttは電気機関車+近畿車輛製2階建て車両の列車で、アコモディーションも高級の為ワンランク上の列車として別運賃で運転されています。只Kttは本数が少なく大部分は中国国鉄担当の列車(準高速)です。
 ホンハム駅では駅舎の中では近郊列車の東鉄線と九広直通列車の改札口も分かれて居ますが、ホームに降りた時には「出国審査後」という事も有りホームも分かれていて、近郊列車の東鉄線用の2面4線のホームの他に九広直通列車専用の1面2線のホームが有ります。しかしこのホームは問題が有り、東鉄線の本線と合流時に平面交差の為交差支障が必然的に発生する配線になっています。しかも支障する区間が100m近く有りディーゼル機関車列車で40km/hという低速で通過する為に、かなり激しく支障をするという事です。実際東鉄線は昼間でも数分間隔で運転されていますし、私が九広直通列車に乗った時にも東鉄線列車がホンハム駅へ入線待ちをしていました。この問題の解決には配線の変更か交差支障部分の立体交差化が必要です。日本でもJR東日本新宿駅で中央快速線と中央本線特急の交差支障解消の為に配線変更を行って居ますが、将来的に毎時1本程度の九広直通列車を今以上に増発する場合、この問題を解決させないと東鉄線を支障しない形での増発は困難で有るでしょう。

  
左・右:九広直通列車の車内

 写真を何枚か撮った後、九広直通列車の車内に乗り込みます。流石にKttに比べるとアコモディーションが劣る準高速列車といえども、流石に中国国鉄でも比較的新しい25Z型が用いられて居るだけ有りリクライニング付の転換クロスシートの車両で、日本国内の普通の特急列車並みのアコモディーションで不満の無いレベルです。
 又正月元旦と言う事も有り香港・中国でも祝日の日でしたが、九広直通列車は空席が疎らな状況で有りかなりの乗車率です。私は発車の約30分前にこの列車のチケットを買ったのですが、残り少ないチケットを上手くゲットできたのかもしれません。又車内の利用客層も「如何にも中国人」という人が大多数を占めていましたが、私の隣は黒人の方でしたし「中国人で無い如何にも外国人」という人がそれなりに乗っていました。流石に「世界の成長センター」といわれる華南の2大都市である香港と広州を結ぶ列車だけあります。
 出発後暫くすると、車内に服務員が廻ってきて中国の鉄道でお得意の「ペットボトルのミネラルウォーター」を配って廻ります。これは中国国内のCRH列車でも行われていたサービスですが、やはり車両は客車の準高速でも国際列車だけ有り中国国内の最高の列車のサービスと同じレベルのサービスが行われて居ます。
 ホンハム駅を出発すると、出国手続き済みの乗客を乗せた国際列車だけ有り次の停車駅は中国領内に入った東莞駅でその次は広州市内の広州東駅になります。その為東鉄線内は無停車なのですが、近郊列車に頭を押さえられて居る感じで60km/h程度の速度でゆっくりと走って行きます。途中東鉄線内で唯一待避線の有る沙田で近郊列車を追いこしますが、東鉄線はこの先新界の丘陵地帯を縫う様に走る為にやはり速度は上がらず「準高速」なのに60km/h程度の速度でずっと走り、香港と中国の境界で有る羅湖駅に到着します。

  
左:香港と中国の境界 深セン河  右:香港と中国の境界 深セン河に架かる鉄橋(奥は深セン駅)

  
左:広州市の玄関口の一つ広州東駅  右:広州東駅構内

 羅湖駅で一度停車した後、今度は20km/h程度の「人間が走る程度の速度」で香港と中国を隔てる深セン河を越えます。深セン河を越えて中国本土に入ると直ぐに深セン駅の構内になります。しかし深センの駅は低速で通過して行きます。多分直ぐ手前の羅湖の駅で深セン駅の構内が開通するのを待っていた可能性が高いです。多分香港鉄路と広深鉄路の管理の境界は深セン河の鉄橋という事になるのでしょう。昔は共産中国と資本主義の英国領香港の境界で「越すのも一苦労の国境」だった所を呆気なく越えてしまう事に、「時代の変化」を感じます。
 広深鉄路に入ると複々線の内高速線の方を走ります。DF11型機関車+25Z型客車は中国国鉄の「第五次大堤速」の主役になった機関車・車両だけあり、CRH型電車のように200km/hの速度は出なくてもかなりの高速を出す事が出来て、今までの香港鉄路東鉄線での走りが嘘のような速度を出します。やはり複々線の効果は大きいといえます。
 途中の停車駅東莞駅に停車後、再び広深鉄路の高速線を暫く走ると、急激に大都会に入り都市の中を少し走ると、広州東駅に到着します。広州東駅は広州駅に変わる深セン・香港方面へのターミナルとして新しく出来た駅で、広州地下鉄も乗入れるほどのターミナルとなっています。今回列車はこの先の肇慶行きでしたが、此処からCRH型高速電車に乗るために広州東駅で下車しました。
 広州東駅ではやはり降車客は特別な通路を通り、途中で荷物検査と中国入国のパスポートコントロールを受けた上で、中国入国を果たした上で広州東駅のコンコースに出る事が出来ました。香港側のホンハム駅でも中国側の広州東駅もそうでしたが、出入国のパスポートコントロールの施設に比べて乗客の数が疎らに感じました。列車の乗車率はかなりの物でしたから、将来の増発等に備えた施設が今の段階で造られて居るのかもしれません。香港及び広州の都市の規模・交流関係・直通列車の乗車率などを見ると今の状況では本数的には明らかに不十分といえます。結構毎時1本の直通列車の本数から見て、「広州⇔深セン間は中国国内列車〜羅湖で出入国〜香港鉄路東鉄線で香港都心へ移動」というルートを辿る人が多いのかもしれません。そう考えると今の直通列車の状況は不十分で有り、香港〜広州間直通列車の増発・車両更新等の対策が必要なのかもしれません。


 ☆今度は「中国⇔香港間移動のメインルートMTR東鉄線」徒歩での中国〜香港間の国境越えを体験する

 (試乗日・区間)1月2日PM (深セン市内) 深セン地下鉄国貿駅→羅湖駅⇒徒歩国境越え⇒(香港)香港鉄路羅湖駅→ホンハム(Hung Hom)駅

 最初は直通で広州まで一気に行ってしまいましたが、帰りは本来の目的の広深鉄路のCRH型電車に乗り深センに到着したので、此処からは徒歩で国境越え〜羅湖経由東鉄線普通電車で香港中心地を目指す事にしました。深センでは一度駅の外に出て深セン駅の広州寄りの高架線の区間で写真を取り(表題の写真の場所)、その後「怪しい呼び込み」を避ける為にわざわざ深セン地下鉄を国貿駅→羅湖駅と一駅乗り香港を目指します。
 深セン地下鉄羅湖駅で降りると・・・其処は広深鉄路の深セン駅の駅前です。地下鉄は対岸の香港の駅名と同じ羅湖駅ですが、幹線鉄道の駅名は深セン駅です。此れはチョット分かりづらいと感じます。しかし深セン地下鉄羅湖駅を降りて地上に出ると、其処には「香港」と大書きした看板が有ります。深センと言う街自体が元々香港を意識して作られた経済特区であり、深センの成長は香港の存在と表裏一体で有る事は間違い有りません。その事が「香港を意識した地下鉄の駅名」や「大書きされた案内看板」に現れています。

  
左:深セン駅前にある香港への徒歩通路入口  右:深センに有る中国出国審査場(行列が出来ているのは外国人窓口・中国人及び香港住民は奥の窓口で直ぐに通れる)

  
左:徒歩で深セン河を渡り香港へ入る  右:深セン河に架かる鉄橋と人道橋(昔はこの人道橋を渡っていた)

 「香港」と大書きされた案内看板と多くの人の流れに沿って、羅湖の出入国管理所を目指します。地下鉄駅からだと地下⇒地上3階まで上下移動をしなければなりませんが、実際は200〜300mの移動距離で済みます。今や羅湖は1日約252,000人が通過する「世界最大の通過量を誇る国境」だけあり、極めて多い人の流れが途切れる事が有りません。しかし外国人に関しては普通のパスポートコントロールが有りますが、香港人・中国人に関してはゲートの数も多く、しかも香港の住民証所有者用の無人電子出国台(eチャネル)等便利な手段がある為に、混雑もぜず非常にスムーズに流れていました。実際の所はこの様に香港人・中国人の手続きを簡易にしないとこの量は捌けないでしょう。
 その用な羅湖の出入国管理所の混雑が香港⇔中国間の流動の障害になりつつ有り、羅湖の変わりに落馬洲⇔福田にも新たな出入国管理所を造り、香港側では東鉄線落馬洲支線を延伸し、深セン側でも地下鉄4号線を皇崗駅まで延伸させ落馬洲・福田出入境口に接続させて、第二の国境通過ルートを形成させています。
 中国の出国手続きをした後、深セン河に掛かる橋を越えて香港に入ります。この国境の橋は香港と中国へ向かう流れに合わせて2階建て構造でフロア毎の一方通行になっています。橋から外を見ると広州に向かう時に渡った鉄道橋と昔国境越えに使っていた人道橋が見えます。深セン河に「竹のカーテン」が有り「ベルリンの壁」に近い状態で有った昔は、写真のような小さな橋で事が足りていたのです。そう思うと今の香港・中国間の国境の状況はは隔世の感が有ります。
 深セン河の橋を越えると香港側の入国手続きのカウンターが有り、香港人・中国人がスムーズに通る中で外国人の私は再び行列に並びます。只流石に共産圏と自由主義圏の差が有り、中国側に比べると香港側の方が職員にホスピタリティが有り待たされてから入国手続きを受けても嫌な感じはしません。香港への入国手続きを終えて手続きカウンターを過ぎると、其処は直ぐに香港鉄路東鉄線の羅湖駅です。私はオクトパスカードを持っているので切符も買わずに直ぐに構内に入り列車に乗る事が出来ます。この羅湖では「電車の乗換通路に出入国管理所がある」状態で、国境越えが日常の状態になっていて出入国管理所を「改札を通る気分」で通過出来ます。此れも香港⇔中国(広東省)間での移動が日常化している証拠かも知れません。

  
左:中国越境者専用の九広鉄道の羅湖ターミナル  右:九広鉄路東線電車の車内@羅湖

  
左:通勤車に有る一等車が国際連絡機能の証明? 九広鉄路東線電車の一等車 @羅湖 右:国際連絡鉄道と言えども通勤車両が行きかう姿は東京の中央線と変わらない?@沙田

 羅湖から香港中心部へのアクセスは香港鉄路(旧九広鉄路)東鉄線が唯一のアクセス手段なので、早速東鉄線の羅湖駅コンコースに入って行きます。羅湖駅は昔中国からの越境を阻止する為に設定された禁区(一般人立入禁止区域)内に位置して居るために、住民以外は中国への越境を目的とする人以外は乗降できなくなっています(これはもう一つの越境口で有る落馬洲も同じ)。その為羅湖駅利用者の大部分は中国との移動を目的とする人達です。
 羅湖からは12両編成の近郊型電車がかなりの頻度で運行されています。運行頻度・車両を見て居ると、とても「国際接続」列車には見えません。強いて言えば昔の英国時代の名残か?それとも国際連絡列車の面目か?1等車が1両連結されて居るのが「通勤列車より1グレード上」を主張しています。実際羅湖出発時には乗車率は10%程度で、香港都心部に近づくほど乗車率が上がって行く乗車状況です。その点から見ると「国際連絡列車」という役割はOneOfThemに過ぎないのかもしれません。
 実際東鉄線沿線は1982年に電化をしてから急速に香港のベットタウン化が進み、新駅建設などが進んでおり、特に発展が進んで居る沙田などは特に開発が進んでいます。この様な香港の郊外と香港都心を結ぶのが今の東鉄線のメインの役割になっており、今や普通列車を見る限りでは「国際連絡列車」の役割は薄れつつ有るのが実状です。実際香港に近づくにつれて羅湖出発時には空席の目立った車内に乗客が増えてきて、一度途中下車した沙田では見送った列車に立ち客が出るほどでした。
 この様に見ると、確かに東鉄線の終点に有る羅湖の出入国審査場は「世界最大の通過量を誇る国境」では有りますが、東鉄線全体から見ると羅湖連絡の対中国国際輸送はごく一部の存在と化しています。只一言で「中国」と言っても羅湖の出入国窓口のメインの相手は直ぐ隣にある人口約400万人の深セン市です。香港から見れば深センまでは羅湖経由で約1時間です。それが広州となると「深センでのCRH乗換」よりかも九広直通列車の方がメインとなります。其処から見ると香港鉄路東鉄線では羅湖乗換の香港〜深セン連絡客と香港〜広州間の九広直通列車二つで、香港と中国の間の連絡について其れなりの役割を果たして居る事が実感出来ました。


 ☆「世界経済の成長エンジン」である華南経済圏の中心である香港⇔広州を結ぶ鉄道が貧弱な実情は如何に?

 この様に今回私に取って始めての「鉄道での国境越え」を経験しましたが、確かに香港〜深セン〜広州間の、この路線を「国境越えの国際路線」と評すると少し違和感が有るかもしれません。
 実際名目論でいえば、香港は中華人民共和国の一特別行政区に過ぎず、香港特別行政区も広東省も同じ中華人民共和国に属します。ですから香港〜広東省間を結ぶ列車を「国際列車」と評する事は厳密にいえば正しく有りません。しかし実際は今回の訪問記で見たように、実際には(主に中国⇒香港の不法流入を規制する為に)出入国管理とパスポートコントロールが存在しており、国際的に承認された国家間での国境でありながら欧州の シェンゲン協定 加盟国間の様な「国境が有るのか無いのか分からない」状況と比べると、遥かに「国境越えをした」という感じがします。
 この中国〜香港間の境界自体、97年の香港返還時に中国と香港の格差を考慮して、中国からの香港への秩序の無い人間の流入を阻止する為に造られた物で有り、実質的に発展度の低い中国本土から香港を隔離するという意味で作られた「国内国境」です。中国では農村戸籍を持つ農民の都市流入が認められて居ない様に「国内移動の自由」が規制されて居る国で有り、ついこの前までは経済特区の深センへも許可が無いとは自由に入れない状況に有りました。この様な意味から見ても中国〜香港間の羅湖の出入国管理所は「国境」と評しても実質的には問題無いといえます。

 しかしこの中国〜香港間の境界は「中国人の香港への無秩序な流入を阻止する」という目的と同時に、「香港〜広東省間のスムーズな流動は広東省の成長に取り重要」という点から、違法な流動を阻止しつつ一般の流動は国境を感じさせない様にスムーズに流動させなければならないという、相反する条件を並立させなければならない事が求められています。
 その境界での「無秩序な流入を阻止」する役割が出入国管理所であるならば、「スムーズな流動を担う」役割が香港⇔広州間を直結している九広直通列車であり、もっと日常的でかつ「隣町間を結ぶ」ともいえる香港⇔深セン(深センから徒歩移動で羅湖乗車)間を結ぶMTR東鉄線です。そういう意味では香港⇔中国広東省間の国際連絡を担う九広直通列車とMTR東鉄線には、香港⇔広東省間の人的流動の手段という点で非常に重要な意味を持つ交通機関で有るといえます。

  
左:近郊列車ばかりが走る路線を走る九広直通列車@九龍塘  右:通勤列車を追いこす中国直通列車@沙田

 その様な事から今や非常に重要な役割を果たすようになった九広直通列車・MTR東鉄線を今回利用して香港⇔広東省(広州・深セン)間を移動したのですが、その中で感じた事が有ります。それが九広直通列車・MTR東鉄線の色々な意味での貧弱さです。

 先ず九広直通列車に関しては、現在MTRの車両で有るKttと中国受け持ちの車両で有るDF11型機関車+25Z型客車で運行されています。しかしどちらも「機関車+客車」編成で、中国国内の広州〜深セン間を結んで居るCRH1方の列車と比べて色々な意味で劣る存在で有るといえます。又Kttは未だ良いにしても25Z型客車のアコモディーションは(個人的好みが有るが)CRHシリーズに比べて優れて居るとはいえません。中国国内列車で有る広州〜深セン間のCRHと中国〜香港間の国際連絡列車の九広直通列車を見比べた場合、速度・アコモディーション等の面で国内列車の方が優れて居るのは首を傾げます。
 しかも香港・深セン・広州で比べれば、住民一人当りの所得は香港>深セン>広州となり、当然ですが香港住民が一番リッチです。常識的に考えれば一番リッチな顧客であれば、一番ハイグレードなサービスを投入してその対価として高い運賃を頂く事も可能になり、運賃収入の増収も図れます。実際広州〜深セン間のCRHの試乗時には2等車はほぼ満席でしたが1等車はガラガラでしたし、CRHと九広直通列車の乗客層を見比べると九広直通列車の方が乗客層が裕福そうに感じられました。その根本には「発着地の香港の所得の高さ」が有ると思います。その様な所得が高い人達を相手にする列車が、(Kttは必ずしも旧型とは言えないが)旧型車両で運行されて居るという状況を見ると、「現状が貧弱で有る」といわざる得ないと思います。

 加えてその貧弱さが強調されるのは、MTR東鉄線の状況です。 MTR東鉄線 は尖東〜羅湖間(全13駅)35.5kmの路線で、元々は「九広鉄路」といわれていただけ有り「香港と広東を結ぶ幹線鉄道」で有った路線が、1982年の沙田電化・翌年の羅湖電化完成で近郊型電車が運行されるようになってから、東鉄線沿線の郊外住宅化が急速に進み、それらの要因により東鉄線は急速に郊外電車化が進んでいます。今では羅湖行き・落馬洲行きの列車が昼までも合計10本/時以上走っていて、日本の東京のJR・私鉄線も顔負けの運行頻度です。
 その様な郊外電車であるMTR東鉄線ですが、現在ではその郊外電車の役割に国際列車としての役割が加えられています。郊外電車の行き先は香港⇔深セン間の出入国管理所で有る羅湖・落馬洲であり、香港のベットタウンで有る沙田区・大埔区への郊外電車としての役割と同時に、人口約700万人の香港と人口約400万人の中国深センを結ぶ国際都市間連絡列車としての役割も果たしています。其処に約毎時1本の客車での香港〜広州間の国際連絡列車が走って居ます。つまりMTR東鉄線は人口約700万人の香港と人口約8300万人の中国広東省を結ぶ大動脈となっています。
 けれども、そのMTR東鉄線のインフラは「国際連絡鉄道」として見ると必ずしも「立派なインフラ」とは御世辞にもいえません。MTR東鉄線は近郊列車と九広直通列車という速度も役割も客層も違う2つの種別の列車が走りながら、基本的に複線のままであり全列車が走るホンハム〜羅湖間で使える待避線が沙田にしか存在しないので、速度の違う列車を多数走らせられるインフラは整って居ません。しかも九広直通列車は加速度の劣る客車列車です。これでは幾ら需要が有っても九広直通列車が増発出来ません。
 この状況を見て頭に浮かんだのが、「東京の中央線に似ている状況だな」という事です。東京の中央線も東京都心〜多摩地域を結ぶ郊外電車の役割と東京〜甲府・松本を結ぶ都市間連絡列車が併走しています。しかも中央線は「通勤五方面作戦」が未完で終わった為複々線が三鷹までしか完成せず、三鷹以西では複線の中に毎時10本を越える郊外電車と毎時2本程度の都市間連絡列車が並存する状況になっています。運行面だけで見ればこの状況はMTR東鉄線の置かれて居る状況と似ているのでは?と感じました。
 しかし問題は中央線とMTR東鉄線の結んで居る「都市間連絡輸送」の重要性の差です。中央線は人口約1280万人の東京と人口約20万人の甲府・人口約22.7万人の松本を結ぶ路線ですが、MTR東鉄線は人口約700万人の香港と人口約400万人の中国深セン・人口約713万人の広州を結ぶ路線です。しかも香港・深セン・広州の重要性は非常に重く、関係都市の人口・全体の流動量から見れば日本の東京の中央線とMTR東鉄線で、都市間流動の多さ・重要さがどちらが上で有るかは明らかです。その中で1980年代の中国改革開放の進展に伴い香港・深セン・広州が都市として飛躍的に発達したのに、それを結ぶMTR東鉄線のインフラが1983年の全線電化完成以降殆どインフラにも手を加えられず現状のままで有るというのは、香港・広東省を中心とする華南経済圏全体の成長という点から見て好ましい話では有りません。

 この様に現状においては、「世界経済の成長エンジン」都までいえるほど成長している華南経済圏に置ける大動脈で有る香港〜深セン〜広州間の鉄道輸送に関しては、MTR東鉄線という「極めて貧弱なインフラ」と、客車の九広直通列車という「一時代前の車両」で結ばれているのが現状です。
 しかし香港・中国の両当局に関しても、今の現状については好ましいとは思っていない事は明らかです。
 九広連絡列車の走行区間の内中国側の深セン〜広州間に関しては、広深鉄路の開業・広深鉄路の複々線化と200km/h高速化・ターミナルとしての広州東駅建設など着々と改善が進んでいます。その為現在では深セン〜広州間では現在CRH型高速電車が最高速度200km/hで8両or16両編成で毎時2〜3本という頻度で運行されています。元々は1980年代初頭には電化による改善が進んだMTR東鉄線に対してこの時期には非電化の路線で有った広州〜深セン間の鉄道でしたが、今や電化・複々線化・高速電車化が一気に達成されMTR東鉄線に対して遥かに現代化されています。
 それに対し遅れて居る香港内の鉄道に関しては、中国側の広深鉄路と一体で高速鉄道を建設して一気に大改善を図ろうとする計画も有ります。実際香港政庁では「越境インフラプロジェクト」として香港〜広州間を1時間で結ぶ高速鉄道の建設を挙げており、その高速鉄道について香港政庁の曾蔭権行政長官が施政報告で「 来年中に計画内容と設計を完成させ、09年の着工を目指す。完成は2015年となる見込み 」を示しています。
 確かにこの高速鉄道が出来れば、香港〜深セン〜広州間の鉄道旅客輸送は、所要時間・輸送力・広州以遠の高速鉄道網との接続等の複数の面で、劇的に改善される事は間違い有りません。そうすれば現在の主役で有るMTR東鉄線は、香港近郊輸送と羅湖経由の一部の香港〜深セン都市間輸送を担えば良いだけになり、輸送に対して大幅に負担が減り健全化されるでしょう。
 しかしこの高速新線建設で「全て解決。万事OK」という訳では有りません。この高速新線は香港と華南地域ひいては中国全土を結ぶ大動脈になり、香港が「華南地域の玄関口」として逸走の発展をするための重要なツールになる事は間違い有りません。しかしこの開業見込みは2015年です。という事は今から約7年間現状のままです。この7年間を如何するかを先ず考えなければなりません。少なくとも7年間現状のままで運営し続けて良いはず有りません。
 実際香港では「 高速鉄道の建設が早ければ早いほど香港にとって有利だ。建設が遅れれば深センが2、3年のうちに香港を追い上げ、香港の港湾の主導的な地位が奪われる。 」という見方が有るように、香港において高速鉄道網の建設は「待った無し」の状況で有るといえます。しかし開業まであと7年掛かる状況は変える事が出来ません。
 その中で如何にして香港〜深セン〜広州間の輸送を改善するか?考えなければなりません。例えば現在広深鉄路で運行中のCRH1型高速電車を香港まで乗入れさせる事も選択肢として考えられます。広深鉄道で発揮している200km/hの高速性能で、香港〜広州間で今より数分の時間短縮も可能でしょうし、電車の高速性能があればMTR東鉄線内で近郊電車の邪魔になる可能性も下がり運行本数を増やす事も可能になるでしょうし、車内のアコモディーションのレベルも向上します。此れを「7年間の暫定措置」として考えれば悪い選択肢では有りません。その様な瀬策を含めて長期的には「高速新線の建設を目指す」という施策が有るにしても、短・中期的には何か暫定的施策を打たなければ、前に有るような「懸念」が現実となる可能性も有ります。とりあえず「香港パッシング」の危機を脱する為には、現状のまま7年間待つ事は好ましく有りません。効果が少なくても何か暫定的施策でも打つ事で「改善の意思を示す」事が、香港〜深セン〜広州間の輸送の事業主体に求められて居るのではないでしょうか?





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