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(1)コトデン発祥&根幹の路線琴平線を訪問して
「1」せっかく讃岐に来たから今年の初参りは「金比羅参り」だ!
今年の正月は、4年ぶりに日本での正月旅行・6年ぶりに元旦に日本国内で仕事が無くしかも海外旅行も無く居る事が出来ると言う極めて恵まれた状況に有り、その中で四国を旅行していたので、神仏を信じる私ではありませんが折角なので「有名神社仏閣で初参りをしよう」と考えました。松山〜高松と観光して廻る中でコトデンも効率よく見よう加えてその中で初参りとなると選択肢は限られてきます。松山〜高松間で一番有名な神社仏閣は琴平町の「金比羅宮」です。「こうなったら今年の初参りは金比羅さんだ!」と決意し、予讃本線での松山から高松の移動の途中寄り道して金比羅さんに向かう事にしました。
左:[1]金比羅さんの参道 右:[2]金比羅宮の本宮
左:[3]金比羅宮本営から見た琴平の街と讃岐平野 右:[4]古典的な交通手段?参道で使われている駕籠
予讃本線特急しおかぜ号から多度津で土讃本線特急南風号に乗り換えて琴平に着いたのは夕方でした。「これは急がないと」と思い駅からタクシーに乗ろうとすると運転手に「金比羅さんまでなら歩いた方が早いよ」と言われ、「そう言うなら直ぐ其処なんだろう」と思い歩く事にしました。
コトデン琴平駅前を通り過ぎ宿や商店が並ぶ参道を1km以上歩くと、有名な金比羅さんの参道の階段が立ちはだかっています。「これを暫く登ればもう金比羅さんだろう」と甘く考え、両脇にお土産屋が並ぶ参道を歩き出しますが、なかなか金比羅さんが見えてきません。段々しんどくなり数回挫折しそうになりながら幾つかの山門等を通り抜け階段を登り続ける事約30分、やっとこさ金比羅宮の本営に着く事ができました。
夕方とは言えども元旦だけ有り金比羅宮本営は流石に混雑しています。取りあえず御参りだけして休憩する為に端の方に行くと展望台の様になっていて讃岐平野が一望できます。此処まで石段を785段も登ってきたのですから、標高的にはそれなりに登っている事は間違い有りません。運動不足が日常的な私にはかなり堪えましたがそれでもこの景色を見るとその苦しさも忘れてしまいます。
御参りした後も帰る手段もひたすら石段を降りるしかないので参道を頑張って降りていると、御土産屋の並ぶ大門の下の辺りになると後ろから何かが迫ってくるので道を開けると何と人を乗せた「駕籠」が下りて来ました。古典的交通手段ですが石段にエスカレーターと言う訳にも行かない金比羅さんですから、バリアフリーの交通手段としてはローテクですが有効で有ると言えます。
左:[5]金比羅宮参道の讃岐うどんの店 右:[6]琴平で食べた讃岐うどん
流石に785段の階段を上下してくるとかなりカロリーを消費した?と自分では満足感を感じたので、空腹感を感じたことを良い事に「これだけカロリーを消費したら何か食べても良いだろう」と思い、「此処は御土産の試食を兼ねて讃岐うどんを食べよう」と(自己満足かつ正当化の為に)理由をつけて讃岐うどんの店を探す事にしました。
金比羅さんの参道は讃岐うどんの本場でしかも最大の観光地である事も有り、流石に幾つもの讃岐うどんの店は有りますがガイドブックも無い事も有り、良く店だけを見ても何処が美味しいのかは良く分かりません。その中でガレージにテントを張り参道に面した場所で讃岐うどんを切り茹でている店を見つけて早速入ることにしました。「本家本元」の讃岐うどんほどでは有りませんがかなりセルフに近い形態でトッピング・出汁は自分で入れる形態です。讃岐うどんに海老天・ワカメ・じゃこ天をトッピングしましたが、根っからの関東人にはチョット薄味でしたがなかなかの味です。
讃岐の名所に訪問して讃岐の名物を食べると言う行動で讃岐を満喫したので、この日の宿泊地高松へコトデンで向かう事にしました。
「2」1年で一番繁盛する日?の琴平線に乗って(琴電琴平17:42⇒瓦町18:36)
困難の多かった金比羅さんの初参りを無事終わらせ加えて讃岐うどんも食べたので、後は本日の宿泊地である高松に向うだけです。琴平〜高松間はJR経由とコトデン経由の2ルートが有りますが、本来なら特急いしづち&快速サンポートがあり利便性が高いJRを使うのが常道でしょうが、宿の最寄り駅がコトデン瓦町駅であり今回の讃岐訪問の目的の一つはコトデン乗車と言う事も有りますので、今回は琴平〜高松間をコトデンで移動する事にしました。
元々琴平の金比羅さんは全国から参拝客を集める一大観光地であり、琴平と讃岐の主要港であった丸亀・多度津・坂出と元城下町の県都高松を結ぶ鉄道は過去には合計4本(国鉄・高松琴平電鉄・琴平参宮電鉄・琴平急行電鉄)有りましたが、今や高松〜高知間幹線の一部として活躍しているJRと内陸部を走り高松〜琴平間を結ぶコトデンの2本が残るだけになっています。その内JRは高松都市圏輸送の一部として高松〜琴平間のメインルートとなっていますが、今回はサブルートとも言えるコトデンを利用して見ることにします。
左:[7]琴電琴平駅全景 右:[8]琴電琴平駅の駅舎
コトデン琴平駅は金倉川沿いにあり、丁度金比羅さんから見るとJRの駅より手前に有ります。しかし琴平の繁華街と言える金比羅さんの参道や参道前の商店街に達するには金倉川を渡らなければならず金比羅さんへのアクセスを考えると少々不便な立地に有ると言えます。讃岐⇔土佐間の地域間輸送の幹線で有る土讃線が延伸を考えて駅を金倉川の東岸に移した(大正12年)のは致し方有りませんが、コトデンが対高松輸送で有利になるために琴平参宮・琴平急行の様に利便性に優れた金倉川を渡った先に駅を設けなかったのは不思議と言えます。
金比羅さん参拝を終わり讃岐うどんを食べ終わり琴電琴平駅に着いたのは17:20過ぎでした。流石に周りが暗くなる時間であり金比羅さん参拝を終わらせ帰路に付く人がかなり多く琴電琴平駅・JR琴平駅に向う人はかなり多いのですが、JR駅とコトデン駅に向う比率は7:3位です。対高松で見ると距離的にはコトデンが近いですが所要時間・運賃はJRサンポート約46分830円:コトデン約58分610円と言う一長一短と言う状況なのでどちらを選んでも可笑しくはないですから、意外に鉄道利用客の目的地は高松ではなくJRがメインの多度津・丸亀・坂出の諸都市や本州方面から渋滞を避けて鉄道利用で来た人なのかもしれません。
左:[9]琴平の町並み
(正面左の建物は琴平参宮電鉄琴参琴平駅跡地に建つ「ことひら温泉琴参閣」 )
右:[10]今や琴電の主力1200形
(元京急700形)
琴電琴平駅に着くと電車は未だ入線してきて居ませんが、待合室に既に人が待っています。駅舎は和風の造りで駅施設の他に待合室・トイレ・コインロッカー以外は施設もない感じで簡素な感じがします。只観光地の駅と言う事を考えるともう少し施設を充実させても良いかな?と言う気はします。実際私は旅行の大荷物を持ちJR駅を降り帰り乗る予定のコトデン駅前を通り過ぎ785段の石段を往復して来ました。もしコトデン駅のコインロッカーが目立ってあれば荷物は置いていけたでしょう。一般観光客も荷物を置けば「帰りはコトデン」と考える可能性も有ります。その様な誘発効果の存在も考えると、「観光客に寄ってもらえる駅造り」も必要であると言えます。
暫くすると折り返しの電車が入ってきます。車両は当然と言えば当然ですが、京急からの大量導入で今やコトデンの主力となってきている1200形です。チョット前までのコトデンのボロ電車に比べればマシですが、初詣と言う観光からの帰りに数十分乗る車両と考えると寒色系の冷たい感じの内装・明らかに近距離用のロングシート座席・4つもドアがあり無駄に空いている感じのする乗降ドア等は中長距離利用を考えると今一の車両と言えます。旧型車に比べればマシだが今のレベルから考えるとレベルはイマイチと言う1200形は、「59点(可)の車両」と言う事ができるかもしれません。近距離輸送では良いですが少なくとも30分毎の琴平行きの長距離運用からは外して欲しい物です。
左:[11]高松築港行き車内(17:42琴平発 琴平出発時点) 右:[12]高松築港行き車内(17:42琴平発 瓦町到着時点)
列車が入線してから車内で発車を待っているとかなりの人が乗ってきて、1200形2両編成と言う短い編成と言う事も有りますが、10名/両程度の立ち客が出た状況で発車します。東京の初詣輸送の有る神社仏閣の周りの鉄道は初詣客がかなり乗っています。その状況と金比羅さんの全国的知名度を考えると今回の上記上記になったのかもしれません
コトデン自体は「高松⇔金比羅を結ぶ鉄道」と言う目的で作られていますが、この列車は四国最大の観光地への参拝鉄道ですが実体は「高松の近郊鉄道」との位置が一番強いようで、琴平から乗った客が途中駅で三々五々降りて行き一時期座席の半分以上が空くほど空席が目立つまで乗客が減り、その後高松が近づくと再び乗客が少しずつ増えていきます。今やコトデン琴平線には私が思う様な「金比羅さん参拝鉄道」と言う役割は少なくなってしまっているのかも知れません。
「3」初売りの日に朝の琴平線に乗車する(瓦町7:51⇒7:55高松築港8:00⇒8:16仏生山8:25⇒瓦町8:36)
金比羅さん初参りの翌日、
交通総合フォーラム
で御馴染みのとも様・KAZ様とコトデンを中心に高松周辺を見て廻る約束をしていて「9時にJR高松駅集合」と言う事になっており、それにあわせての移動を考えていましたが予定より早く起きてしまったので「このままホテルに居るのももったいない」と思い、取りあえず琴平線の近場を訪問して見ることにしました。
先ずは瓦町で来た電車に乗り高松の副都心サンポート最寄であり高松の観光名所のひとつ玉藻城の脇に有るの高松築港まで軽く往復した後、丁度高松の郊外住宅地でありコトデンの運転上の中心と言える工場・車庫の有る仏生山まへ向かう事にします。流石に下り列車は1月2日朝と言う事も有り1両に数名しか乗って居ません。栗林公園までの複線区間を走った後単線区間に入ると典型的な都市の郊外住宅地と言える地域を走ります。又途中の国道11号線踏切区間では鉄道の高架化工事が行われておりそれらが一層沿線の成熟さを印象付けます。
仏生山駅に付く直前に有った留置線には休車?状態に見える旧型電車が留置されていました。「コトデンに来たら一応旧型車位見ておかないと」と思い「工場にも旧型車が有るかな?」と期待して雨の仏生山の駅に降り立ち眼前に広がる工場・車庫を見てみましたが、何と車庫内には1200型と600型しか居なくて旧型車両は居ません。これには流石に驚きましたが、この事でコトデン車両の体質改善は急速に進んでいると言えます。
左:[13]仏生山工場(南工場) 右:[14]仏生山工場(北工場)
左:[15]新築された仏生山駅 右:[16]仏生山駅に有る保存車両
仏生山駅は近年駅舎の新築と駅前広場の整理を行っており、駅舎も非常に綺麗になっていると同時に駅舎内に駐輪場が整備されているのは「如何にも自転車が使われている高松的だな」と感じさせます。又駅前広場には今や絶滅寸前のコトデンの旧型車両が保存車両として展示されていました。此れもコトデンが生まれ変わりつつある象徴と言えるでしょう。
仏生山は乗降人数が約4000人/日で琴平線瓦町以南で最大の利用者が有る駅だけあり流石に駅前にもそれなりの規模の商店街等が出来ていて賑やかです。只駅前広場にバス停がない事から見るとバス交通によるフィーダーアクセス等は未整備のように感じました。その点は拠点駅としては物足りないとも言えます。
又昔は仏生山から「高松の奥座敷」と言われた塩江温泉まで塩江温泉鉄道(後の琴平電鉄塩江線)が分岐していました。塩江温泉鉄道自体は戦争中に不要不急路線として廃止されていますが、路線自体は国道139号線沿いに高松空港のそばを通り塩江温泉に通じていました。既に戦前から経営状況は苦しく存続自体が難しい鉄道で有ったのは事実ですが、もし今まで塩江温泉鉄道が残っていたら国道139号線沿いは比較的市街地化が進んでいる事・高松空港近くを通っていて空港アクセスにも使える路線と言う事を考えると面白い存在だったかも知れません。又もしこの路線が今まで残っていたら仏生山の駅は今以上に拠点性が高まっていたかも知れません。
左:[17]仏生山駅での朝の増結風景(1020形+1100形) 右:[18]朝の高松築港行き車内(増結一両目 仏生山発車時)
本当はもう少しゆっくり見て居たかったのですが、とも様・KAZ様との待ち合わせの時間も有り次の電車で瓦町へ折り返すことにしました。この区間は利用客が多いことも有り朝ラッシュ時は休日でも15分毎の頻度で運転がされています。この頻度は地方都市のローカル私鉄としては十分な頻度でしょう。これが平日になると7分半毎に倍増します。朝ラッシュ時に此れだけの運行頻度が有るという事はコトデンが高松都市圏で果たしていることを示しています。此れだけの地方私鉄となると数えるほどしかないでしょう。
駅のホームに入ると既に10名ぐらいの人が電車を待っています。この日が1月2日と言う事を考えるとかなりの利用が有ると見えます。既に2日から始まっている会社の通勤客なのか?瓦町の天満屋や丸亀町商店街の三越などの初売りに向う客なのか?分からないですが正月3ヶ日の朝からこんなに乗客が居ると言う事は驚きです。
暫くすると高松築港行きの列車が入ってきますが、その列車には立ち客が居てホームの後ろの方に止まると其処から徐に乗客が降りてきます。何かな?と思うと仏生山で前2両増結をするようで、増結車両での着席狙いで降車して来るようです。増結してからホームの客が納まると一番乗客が少ない増結車最前部でも座席が3分の1程度が埋まり後方はもっと座席が埋まり高松中心部に向い発車します。コトデンの朝ラッシュ時の利用率の高さは経営再建前の不人気ぶりから考えても信じられない程の恐ろしさです。
左:[19]瓦町駅での乗降風景 右:[20]コトデン瓦町駅ビル内の天満屋の初売りに並ぶ人々
仏生山を発車後、各停車駅で数名/両の乗客を拾いながら高松の都心部を目指します。琴平線栗林公園までは乗車がメインでしたが、高徳線を越え高松中心街に入ると乗客の流れは変り降車客がメインになります。高松市街地の3駅は瓦町→ターミナルデパート天満屋と商店街・片原町→丸亀町商店街と三越百貨店・高松築港→JR高松駅とサンポート高松と言う様に都心3駅に微妙に拠点が散らばっていて、しかも官庁街が商店街の先の徒歩範囲内の国道11号線沿いに有ると言う様にコトデン3駅が高松中心街を上手くカバーしていると言えます。その様な都心での利便性の高さもコトデンが利用される要因なのかもしれません。
今回は銀行(ATM)に寄る用事が有ったので瓦町で降りて官庁街の国道11線沿いまで一度出てからタクシーでJR高松駅へ向いましたが、瓦町で約半分の乗客が降りてしまいました。「降りたお客さんは何処へ行くのだろう?」と思いコンコースに上がると、ターミナル百貨店の天満屋の初売りの行列に消えて行く人が一番多い感じでした。
瓦町駅のコンコースは天満屋の初売りに並ぶ人が行列を作っています。今や「正月2日の百貨店の初売り行列」は大都市では良く見かける光景ですが、高松でしかも中国地方の地方百貨店の天満屋で未だ開店まで1時間以上有るというのに行列ができるというのは驚きで有ると言えます。高松でも郊外(もより駅は琴平線の三条駅)に「
ゆめタウン高松
」が出来てから、買い物客が郊外に流れ中心市街地の空洞化が進んでいると言えども瓦町の天満屋のこの賑わいを見ると「高松の中心市街地に未だ客が集まっているな」と感じさせます。その高松の中心市街地の強さもコトデンを支える大きな要因の一つなのでしょう。
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(2)改良・近代化が急速に進む長尾線・志度線を訪問して
へ続く 」
「
「破綻からの再生」が地域にもたらした効果とは?
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