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遂 に 海 を 越 え た 新 幹 線

-登場以来43年。遂に海外進出を果たした新幹線を中華民国に追う-



TAKA  2007年08月17日




台湾高速鉄道出発進行!@台北駅



※本記事は「 TAKAの交通論の部屋 」「 交通総合フォーラム 」のシェアコンテンツとさせて頂きます。
※本文中に置いて「中国語の地名・社名等の固有名詞」は表記出来る物と出来ない物がある為、略字・簡体字等複数の字体が混じっております。予めご了解ください。

 「新幹線」と言えば世界最初の200km/hoverの高速鉄道であり、日本が世界に誇る最高水準の鉄道技術です。今でこそ世界では色々な国で高速鉄道が採用され新幹線は高速鉄道の中で「OneOfThem」に過ぎなくなって居ますが、それでも世界の高速鉄道技術は大本を辿れば「日本の新幹線・フランスのTGV・ドイツのICE」の3つに辿り着く事になり、ある意味「世界の3大高速鉄道技術の一つ」と言える世界に冠たる技術です。
 又新幹線の技術としての凄さは高速鉄道としての300km/hoverの高速性能もそうですが、それ以上に「高速度・高密度・大量輸送」を安全に行う事が出来る事に有ると言えます。確かに高速性能を単純に言えばフランスのTGVが「頭一つ」出ているのは事実です。しかし高速・安全・高密度・大量輸送と言う4項目をバランス良く兼ね備えているとなると、一番優れているのは「日本の新幹線」である事は明らかです。ドイツのICEは 1998年に車輪の欠陥に起因する死者100名を越える事故 を起こしていて「安全性の実績」に疑問符が付きますし、輸送量的にはTGVより新幹線の方が高密度大量輸送を行って居ます。(新幹線→営業キロ2389.1km・輸送人キロ746.7億人キロ: TGV→営業キロ1758km・輸送人キロ396億人キロ )。これが営業キロで5割程度だが輸送人キロの8割近くを占めて毎日50万人以上の人を運んでいる東海道・山陽新幹線の場合、その大量輸送システムとしての素晴らしさはより明らかになると言えます。
 この様に見れば新幹線・TGV・ICEはどれも優れた技術を持っている事は事実です。その中で冷静に比較してみても新幹線は「トータルのシステムとしての高速度・高密度・大量輸送を実現するシステム」を作り上げたと言う点で、他の2つの高速鉄道に対し優れた技術を持っている事は否定する事が出来ません。

 しかし「世界の三大高速鉄道技術」の一つである新幹線ですが、この様に技術的に優れた側面を多く持つにも拘らず、海外進出は大きく遅れていたのが実情です。
 (見方で色々と変わってきますが)世界中で200km/hを越える高速車輌で営業運行をしている国は「日本・韓国・中華民国(台湾)・中国・アメリカ・フランス・ドイツ・スゥェーデン・イギリス・スペイン・イタリア・フィンランド・ベルギー・オランダ・ノルゥエー・ポルトガル・ロシア」の17カ国になりますが、この中で胸を張って「完全自国開発で(実用性の有る)高速鉄道を作り上げました」と言えるのは日本(新幹線)・フランス(TGV)・ドイツ(ICE)・イタリア(ETRシリーズ)・スゥェーデン(X2000)の5カ国位でしょう。その内ドイツのICEは中国・オランダ・スペインに輸出され、スゥェーデンのX2000は中国の広深鉄道とスカンジナビアの国際列車Linxに使用され、イタリアのETR460は振り子技術を生かして色々な形に改造の上フィンランド・スペイン・ポルトガル・イギリスに輸出され、フランスのTGVはアメリカ・韓国・イギリス・ベルギー・スペイン・オランダ等の海外各国で大活躍しています。
 しかしこの中で日本の新幹線は近年 中国への車輌輸出 と台湾新幹線での車輌・信号システム等の採用が決まっているだけで、海外の先進高速鉄道技術に対して「海外進出」と言う点で、極めて残念ながら大幅に遅れを取っていると言わざる得ません。
 その様に海外進出が遅れていた新幹線に、やっと海外雄飛の機会がやって来ました。それが本年1月5日に開業した「台湾新幹線(以下正式名称の略称「台湾高鉄」と略す)」です。近年積極的に海外進出を狙っていた新幹線ですが、韓国ではTGVに敗れ(これに対しては「嫌日感情」という説もあるが、私は「在来線り入れが可能なシステムの柔軟性」と「技術移転の提案の差」で有ったと考える。)本格的海外進出の出鼻を挫かれ、加えて台湾でも欧州連合に一度負け厳しい所に追い込まれながら、ここ数年で売り込みで逆転を果たし台湾高鉄の車両・信号システムを新幹線システムで日本連合が受注し、中国在来線高速化での車両受注と合わせて新幹線技術の海外進出の大きな足掛かりを掴みました。

 そのように新幹線がついに海外進出をするのです。私も今まで新幹線の海外進出に関しては「 台湾新幹線の開業延期の問題点について考える (交通総合フォーラム)」「 新幹線は輸出できるのか? (TAKAの交通論の部屋)」と言う様な論述を書いて来た事も有り、しかも中国・台湾に関しては大学時代のゼミの専攻で勉強して以来非常に興味も有り中国の交通に関しても「 上海トランスラピッドと中国の高速鉄道 」「 中国北京訪問記 」「 重慶モノレール訪問記 」等々、「 TAKAの交通論の部屋 」や「 交通総合フォーラム 」で色々書いており私の「ライフワーク」と成っています。
 これは一度現地を見に行かなければ私も気が落ち着きません。しかし台湾高鉄は当初05年10月開業予定だったのが各種問題で1年間開業延期になり、その一年後の06年10月の開業も12月にずれ込み最終的には07年1月5日に板橋〜左営間での暫定開業・3月2日の台北〜板橋間の開業での全線開業と言う様に何回も開業がずれ込みました。私も07年の正月ツアーは「台湾」と決め込んで準備していたのですが12月15日過ぎても開業が決まらず訪台を諦め(1月5日では流石に仕事が絡んで行けない・・・)、GWにはチケットまで確保した物の訪台3日前に叔父が急逝し泣く泣く訪台を諦め、今回夏休みを利用して「3度目の正直」の訪台が実現する事になりました。これでやっと台湾高鉄を私の実際の目で見る事が出来ました。
 東海道新幹線の開業以来43年日本国内で独自のシステムとして育てられてきた「新幹線」という高速鉄道システムが、海外で如何に活躍しているか?今回はその点に注目しながら台湾高鉄の姿を見てみたいと思います。

 ☆台湾高鉄関係参考サイト
 (参考文献)     ・国鉄改革の真実(葛西敬之 著) ・最新 世界の鉄道(社団法人海外鉄道技術協力協会)
            ・台湾高速鉄道 全線開業〜営業運転開始から3ヶ月 最近の状況〜(廣瀬雄介 著・鉄道車両と技術NO127号)
            ・鉄道ダイヤ情報2006年11月号及び2007年7月号
            ・鉄道ジャーナル2007年7月号「世界の鉄道めぐり 台湾高速鉄道の開業」(秋山芳弘 著)
 (公式サイト)    ・ 台湾高鉄HP  ・ 台湾政府観光局HP
            ・中華民国政府交通部高速鉄路工程局HP( 中国語英語
            ・ 台北中日経済文化代表処HP
 (TAKA執筆の過去の記事)台湾新幹線の開業延期の問題点について考える (交通総合フォーラム)
            ・ 新幹線は輸出できるのか? (TAKAの交通論の部屋)
 (台湾週報の関連記事) ・ 台湾週報HP  ・ 台湾週報台湾新幹線関連記事
            ※交通総合フォーラム「 台湾新幹線の開業延期の問題点について考える 」にも新幹線に関する台湾週報記事が有ります。
 (その他)      ・ 台湾高速鉄道(THSRC)2007年3月正式開業 (IHCCホームページ)
            ・ 中国情報局-物流・運輸-
            ・中華民国 民主進歩党(以下「民進党」と略す)HP
            ・ 第22回 運輸政策セミナー「台湾高速鉄道プロジェクトの現況」
            ・日本李登輝友の会 日本が誇る技術が始めて海外へ〜台湾新幹線〜
            ・ 台湾高速鉄道 (wikipedia)

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(1)中華民国と台湾高鉄の状況について

 台湾の高速鉄道プロジェクト(以下事業主体の名前から取り台湾高鉄と略す)を語るにあたり、先ず最初に建設された中華民国と言う国と事業主体の台湾高鉄の成り立ち、概要について触れたいと思います。
 今回始めて海外に渡った新幹線ですが、海外には日本に無い特殊な事情が存在します。それは中華民国とて例外ではありません。逆に言えば台湾高鉄はきわめて特殊な中華民国の情勢下で造られたと言う事が出来ます。世の中「政治がすべて」では有りませんが、これだけ大きなプロジェクトになると流石に政治の関与は発生してきます。台湾高鉄プロジェクトが動き出した此処15年は中華民国に取り「激動の時代」であった事は間違いありません。
 その中で台湾高鉄プロジェクトがどの様にして決まり今の開業までを辿ったか?訪問記や状況分析の前に、訪問や分析の前提としての中華民国と台湾高鉄の政治情勢と現状について分析したいと思います。

 ●中華民国とは果たしてどんな国?

 今回私の訪れた「 台湾 」ですが、日本から見れば「与那国島の隣にある国」であり、我々は良く「台湾」と呼んで居ますが正式な名称は「中華民国」と言います。しかしスポーツの国際大会等では「中華台北」と言う名前などが使われており、日本人の我々にとって非常に姿が見えづらい国であると言えます。
 実際問題中華民国を「国」と読んで良いのでしょうか?良くは有りません。我々の住んでいる日本は「一つの中国」の原則の下で1972年以降台湾に有る「中華民国」を国家として認めておらず、今日本と中華民国の間は国交が有りません。実際 年間112万人の人が台湾を訪問し年間131万人の人が日本を訪れる関係 で有り、経済的には 2002年の日台貿易は輸出入総額で386億ドルの規模 であり、日本から見た二国間関係でも無視できない関係にあります。
 しかしそれだけの関係が有りながら、日本は中華民国を「国」として認めて居ないと言うのが実情です。それは現在世界で唯一「分断国家ながら相手を認め合って居ない関係」である中華人民共和国と中華民国の関係、所謂「二つの中国」問題が存在しているからです。過去に世界には東西ドイツ・南北朝鮮等分断国家は存在していました。しかしどちらの分断関係も最終的には両方の国が国連に加盟して「二つの分断国家間関係」を追認して居ましたが、中華人民共和国・中華民国共に相手を認め合わず、未だに「名目的内戦状態」にある「異常な関係」であると言えます。
 加えて中華民国内部には二大政党である中国国民党と民進党の間で「台湾はあくまで中国の一部とする国民党」VS「台湾は独立した国とする民進党」の間で主張の対立が有り余計関係を複雑にしています。実際中国大陸と台湾の間にも「直接の交流(所謂「三通」)」は無い物の日本に次ぐアジアの経済発展地域NISEの一員としての台湾の経済力と12億の人口を抱える中華人民共和国と言う状況下できわめて深い経済関係が結ばれており、その様な政治・経済が深く絡み有った上で、全中国を代表すると主張し中国本土を支配する中国共産党・全中国を代表するとしながら一地域の台湾に有る中国国民党・台湾は独立国だとする民進党の「三つ巴の関係」が存在する事で、台湾を取り巻く関係に深い影を落として居ます。
 この「歪な三つ巴の関係」は中華民国国内に政治・経済等の色々な側面で深い影を落として居ます。それが中華民国の台湾としての独立に関する問題であり、「外省人vs本省人」と言う対立です。元々外省人は1949年に蒋介石が国民党・国民政府を率いて台湾に逃れてきた時につれてきて台湾に定住した人たちで中国本土への復帰意識(スローガンとしての「光複大陸・大陸奪還」)が強く台湾独立には非寛容的であります。それに対し1949年前から台湾に居た人達(中国人でも1949年以前から居れば本省人)は台湾独立に関する志向が強く、その人達が外省人=国民党vs本省人=民進党と言う中華民国内の政治対立を生み出しています。その様な中で台湾高鉄は「台湾初の高速鉄道」として建設されました。

 ●台湾高鉄のプロジェクトの経過とは?

 中華民国はNISEの一員に数えられ、アジアでは韓国・香港・シンガポールと並んで「日本に次ぐ経済発展を遂げた国」と言う位置を獲得しています。その為かなりインフラは充実しています。その中華民国のインフラを決定的に発展させたのが国民党蒋経国総統時代に行われた「 十大建設 」でした。特に中華民国(台湾)内の交通インフラはこの「十大建設」で「桃園国際空港建設・西部幹線(基隆〜高雄)電化・北廻線(蘇澳〜花蓮)建設・台中港建設・蘇澳港建設・中山高速公路(基隆〜高雄)建設」など大幅なインフラ改善が図られ、今の中華民国の交通インフラの基礎が築かれました。
 しかし「台湾のベルト地帯」と言える台北(人口2,626,291人)〜台中(人口1,0451,455人)〜高雄(人口1,513,204人)を結ぶ 台湾鉄道管理局 西部幹線は電化・複線化がなされている物の、中華民国(台湾)の2大都市である台北〜高雄間を結ぶ交通機関と最短3時間59分で結んで居て航空路線も数多くあり太いパイプが存在していますが、その都市間流動に対し在来電化鉄道・高速道路・航空路の「3本セット」では「少々カード不足」と言う状態でした。

 其処で建設が計画されたのが「台湾新幹線」です。「台湾新幹線」は総額で日本円で1兆6千億円を越える巨大プロジェクトですが、BOT方式でプロジェクトが行われ、「世界最大級のBOTプロジェクト」となっています。このBOTプロジェクトには「英仏GECアルストムや独シーメンスなどを中心とする欧州企業連合と連携した台湾高速鉄路公司」「三井物産や三菱重工業など日本企業連合と連携した中華高速鉄路聯盟」と言う2つの企業連合が名乗りをあげ、最終的は「台湾高速鉄路公司」が事業権を獲得し「台湾高速鉄道株式有限会社」を設立して高速鉄道建設を行っています。この企業連合は「民進党のスポンサー」と言われる「世界最大級の海運会社・台湾第二の航空会社」を中核とするエバーグリーングループ等の企業を中心に企業連合が構成されており、(BOT落札時は国民党李登輝政権だったので一概には言えないが)今の段階では台湾高鉄に対して政治が好意的で有るのは、2000年総統選で中華民国初の政権交代を実現させて以来今まで政権を握っている民進党の陳水扁政権の政治的意図も見え隠れします。
 又此れだけのプロジェクトに対し民間企業グループを中心に1000億元以上(日本円で3500億円以上)の資本金を集め、「世界最大級のBOTプロジェクト」を成立させた事からも、NISEの筆頭と言える中華民国経済の成熟振り・資本蓄積の厚さを感じる事が出来ます。(日本の新幹線建設で幾度と「資本調達」が問題となり、今では国設民営状態になっている事から見ても、民間での高速鉄道建設には極めて厚い資本蓄積が必要な事は明らかで有る)

 しかし台湾国内の錚々たる企業から巨額の資金を集めて台湾経済界の力を動員してスタートした台湾高速鉄道プロジェクトは、実質的なスタートであるBOTプロジェクトとしての実施主体を選択した1997年以降今まで「迷走と混乱の歴史」を辿る事になります。
 その混乱の根本の原因は、政府が財政負担を嫌いBOTによる民活方式を導入し、素人に高速鉄道建設を担当させた事、当初はTGVシステムの採用に決まりながら、事業主体が変わらないのに採用システムが途中からTGVシステムから新幹線システムへ導入するシステムを変更した事に有ります。
 そもそも交通部の所管下にある国有鉄道である台湾鉄路管理局は国内航空路・高速道路・自動車等の競争にさらされた結果1978年以来赤字に転落しています。この時期台湾鉄路管理局は「十大建設」の一つである西部幹線電化を目前に控えた時期であり、逆に言えば近代化が遅れて競争力を失い赤字に転落したと言えます。その後現在でも台湾鉄路管理局は赤字であり「赤字の台湾鉄路管理局に高速鉄道建設費を負担出来ない」と言う状況であり、しかも政府は「 交通インフラ建設が需要に追いつかないという現状は、すでに国民生活に影響を及ぼしている。しかし、交通インフラ建設には膨大な資金が必要で、政府の財政には限りがあり、従来の政府予算にのみ頼る方式では、もはや実際の需要に対応することはできない 」と言う考えの下で投資資金を生み出す「打ち出の小槌」として考え出されたのが「BOT方式による高速新線建設」であったと言えます。
 しかしそれが高速鉄道の運営主体となった台湾高鉄と鉄道事業の経験者でありしかも並行在来線を保有する台湾鉄路管理局の間で「断絶」と言える関係を生み出し、BOT運営主体を認可した時の総統である李登輝氏に「 あそこには鉄道の専門家はいないのだよ 」と言わせる状況にさせてしまっています。
 しかも事業主体を決めてインフラ工事に着手した約8ヵ月後に、根幹である運行システムを仏のTGVのシステムから日本の新幹線のシステムへ変更します。これが台湾高鉄の今まで続く混乱を決定的にさせます。
 この変更に関しては一部では「政治的意図」「国際関係に配慮」等々の説がありますが、その様な「謀略史観」的な話で無く、実際問題として「TGVを導入する事にしたが、実際は想定していた輸送形態に合わなかった」と言う問題が根本にあったという事が出来るでしょう。その上でTGVへの不安を増長させる形で「ICEの事故」「台湾大震災」と言う問題が出てきたのであり、根本では「最初にシステム選択を間違えた」と言う事が有ったと言えます。
 しかも100%切り替えられたわけでなく、既に土木系のインフラは設計を終わり工事に着手している状況であり、1997年9月のTGVシステムを押した台湾高鉄が優先交渉権獲得をしてから1999年4月の工事起工までの間に「TGVで行う」と言う前提でインフラの設計が行われ、実際その後も1年近くTGVが走る前提でインフラが建設されていました。加えて日本連合が優先交渉権を獲得した後も欧州連合が完全撤退したわけでなく色々な点で口を出してきて事業の進捗にマイナスの側面を与えてきた事が尾を引く事になります。
 このような事が祟りに祟ってその結果が「何回にもなる開業延期」であり、当初は2005年10月だったのが2006年10月になり2006年12月になり最終的には2007年1月5日開業まで遅れる事になります。これらのプロジェクト混乱はひとえに「台湾高鉄の経験不足」と「採用システムの混乱と混合」と言う点に原因がると言えます。それでも何とか2007年1月5日板橋〜左營暫定開業、3月2日完全開業を迎えて台湾高鉄は運営を開始する事が出来たのです。

☆台湾での高速鉄道建設に関する歴史的経緯(要約)
年・月・日内     容
1990年7月中華民国政府交通部に「高速鉄路工程準備準備所(高速鉄路工程局の前身)」が設立される
1990年7月高速鉄道の総合計画策定に当り、仏→総合コンサルタント、日・独→特別コンサルタントに決定(92年1月に総合計画最終報告書完成)
1993年7月中華民国立法院で高速鉄道建設案が通過・BOT案件としての建設が決まる(94年12月「民間による交通建設参入奨励条例」成立)
1995年5月用地買収・詳細設計に関する予算が立法院で承認される(事実上の事業スタート)
1996年10月中華民国交通部がBOT形式で建設運営すべく事業者を募集(欧州連合と組んだ台湾高速鉄路連盟と日本連合と組んだ中華高速鉄路連盟が最終的に応募)
1997年9月25日BOT事業の入札で台湾高速鉄路連盟が優先交渉権を獲得。この段階で台湾高速鉄道は欧州方式で行う方向で決定
1998年6月3日ドイツ・エシェデ近郊でICE脱線事故 (新幹線方式採用への第一のターニングポイント)
1998年7月台湾高速鉄路連盟(優先交渉権後は台湾高速鉄路株式有限公司)が事業権契約を締結
1999年4月5日嘉義で台湾高速鉄道の起工式が行われる
1999年4月8日台湾高鉄が日本連合・欧州連合に対し車両・電気設備に関する提案書の提出を求める(日本連合は12月3日に提案書提出)
1999年9月21日台湾大地震の発生(新幹線方式採用への第二のターニングポイント)
1999年12月28日(運営主体は台湾高鉄のまま)日本連合が採用システムに関する優先交渉権を獲得
2000年3月中華民国総統選挙が実施 民主進歩党陳水扁氏が総統に当選 政権交代が実現
2000年12月・2001年3月日本連合が車輌等、機械・電力コアシステムを契約し、3月には車輌を正式受注
2004年1月31日日本連合作成の700T型が落成・5月24日には高雄港に陸揚げ
2004年3月20日台湾総統選挙実施 民主進歩党陳水扁氏が総統再選
2005年1月27日台南〜高雄間で始めての試運転が実施される
2005年9月28日開業時期を2006年10月に延期する事を発表
2005年10月30日試運転で今まで最高の315km/hを達成(台湾高鉄の最高速度記録)
2005年11月6日700T型30編成全編成の納入が完了
2006年10月24日台中駅竣工で式典を挙行。この後板橋〜左營間各駅が順次竣工
2007年1月5日板橋〜左營間で台湾高鉄暫定開業(一日上下17往復運転。この後3月31日・6月1日・?27日のダイヤ改正で増発。現在上下計37往復)
2007年3月2日台北〜板橋間開業 台湾新幹線全線開業

☆台湾高鉄会社概要
会社名:台湾高速鉄道株式有限会社設立:1998/5/11理事長:殷琪・執行長:欧晋徳
従業員数:1679人(民国95年4月30日現在)資本金:105,100,565,000元(約3794億円)事業内容:高速鉄道の運営(契約後35年間)
大株主:大陸工程公司(ゼネコン)・太平洋電線電纜(通信)・長榮グループ(海運・航空)・東元電機(電機)・新光産物保険(金融コングロマリット) 他

☆台湾高鉄台北〜左営間概要
全長:345.2km駅数:8駅(07年4月現在)電気・信号:交流25kv/60HZ電化・デジタルATC(日本製)
軌道:高架及び橋梁73%・トンネル18%・切通及び路床9%(約342kmがスラフ軌道)各駅前後+130km・278km地点に渡り線を配置→列車単線双方向が運行
軌間1435mm:最高(設計)速度300(350)km/h:最急勾配25‰(特例35‰):最小曲線R=6250m(特例R=5500m):軌道中心間隔4.5m:軌道60kgレール:トンネル断面積90㎡
総事業費:インフラ建設費4621億台湾元(約1.6兆円)内訳:軌道約6000億円・運行システム約2700億円(1km当り46.3億円)
700T型概要 ・サイズ:27000mm(L:先頭車)25000mm(L:中間車)3380mm(W)3650mm(H) ・最高運転速度:300km/h ・起動加速度:2.0km/h/s ・製作数:30編成
・1編成量数:12両編成(9M3T) ・空車重量:503t/編成 ・編成定格出力10260kw(285×9×4) ・定員(一般)923人(ビジネス)66人(計)989人



(2)台湾高鉄&関連路線試乗記(07年8月11日・12日)

 ●台湾高鉄試乗記

 ※試乗列車
 8月11日 403列車 台北7:30〜左營9:30(嘉義で105列車に抜かれる唯一の非待避列車)
      410列車 左営10:00〜新竹11:26・411列車 新竹12:04〜台中12:27(商務車)
 8月12日 105列車 台北7:42〜左營9:18(途中板橋・台中のみ停車の速達列車)

 さて今回の「台湾旅行」に関しては、先ず絶対の目的が「絶対に台湾高鉄に石に噛り付いても試乗する」と言う事でした。過去台湾高鉄には2回振られて居ますし大学時代には「ゼミの合宿で台湾人(国民党員)の大学院生と取っ組み合いの大喧嘩」をする等「中華民国」と言う国にはイマイチ「因縁の有る国」になっていました。(旅行の直前に偶々大学時代のゼミの指導教授に合って「夏休みは台湾旅行です」と言ったら「お前は台湾相性悪いんじゃないの?」と言われた程でした・・・)
 今回も旅行直前の「幾多の苦難」(ホテルが取れない・飛行機が取れない・仕事の打合せが入る等)を乗り越えて台北に入りホテルについたのが10日の18時過ぎで、そこから台湾高鉄に乗るためにチケットを押さえる必要が有りました。その為「鼎泰豊」で食事をするために街に出る次いでに台北駅に行き明日の台湾高鉄のチケットと明後日の台湾鉄路管理局線の台湾1週ツアーのチケットを買う事にしました。
 宿のもより駅からMRT(捷運)淡水線に乗り捷運台北駅に向かい台湾高鉄台北駅のチケット売り場を探すと・・・、小さい物の捷運改札口の直ぐ傍に台湾高鉄と台湾鉄路管理局のチケット売り場がありました。チケット売り場には自動券売機と窓口の二つがありましたが「中国語が殆ど話せない」私は券売機に並びチケットを買います。台湾高鉄の券売機は4台ありましたが1台は故障中で3台で販売してましたが10名/台程度の行列が出来て混雑していました。大部分の人は機械の操作に慣れて居ないのか1人職員が居て分からない人に説明をしてました。私は時間が並んで掛かりましたが所定のチケットを買う事が出来ました。しかし他の人が買うのを見ているとタッチパネル式の券売機に迷う人が多く(タッチパネルの反応が遅かった)、又現金でチケットを買う人よりカードで買う人が圧倒的に多く「日本とは違うな」と感じさせられました。

 (Ⅰ)403列車 台北7:30〜左營9:30

 翌日ホテルで朝食後、早速捷運淡水線で台北駅に向かい「悲願の台湾高鉄」に乗る事にします。7:30発の列車に乗る為に7時過ぎに前日チケットを買った券売機のとなりに有る改札に向かうと、如何も台北駅では列車毎の改札をしている様で改札外で待たされてしまいます。
 台湾高鉄台北駅は「狭軌仕様での元台湾鉄路管理局ホーム2面4線分を新幹線用に転用したホーム」の為非常に狭くなって居ます。しかもインフラは狭軌限界で作られていた土木構造物を新幹線限界に作りかえられている為クリアランスを確保する為に軌道はコンクリート直結軌道で特殊な施工をする等、かなり苦労して台北駅に新幹線を乗り入れさせて居ます。この辺りの苦労が「板橋〜左營暫定開業」の理由の一つであったと言えます。

  
左:台湾高鉄台北駅改札口  右:台湾高鉄台北駅ホーム(隣は台湾鉄路管理局ホーム)

  
左:403列車車内@板橋  右:国際空港最寄の桃園駅での乗車風景

 発車約15分前になると改札を開始します。自動改札を通りホームに入ると既に電車は入線しています。しかし他にも入り口があるのですが其処から降りてくる人を合わせても1編成約900人定員の列車の改札にしては寂しい感じがします。少なくとも隣のホームに停まっている台湾鉄路管理局高雄行き自強号の方が混んで居る感じです。しかしこの列車は各駅停車でしかも嘉義で台北を12分後に出る105列車に抜かれる列車で左營には105列車が先着します。その様な事が混雑率に影響しているのかもしれません。
 台北を約40%程度の乗車率で出発した403列車ですが、捷運板南線・台湾鉄路管理局縦貫線と接続する板橋駅でも乗車が有り乗車率60%程度の感じで南下していく事のなります。チョット乗車率が寂しいな?とは思っていたのですが、その感じは次の桃園駅で覆される事になります。次の桃園駅ではホームに人の行列が出来て居ます。此処でほぼ満席に近くなりました。元々私の席はB席を売られたので「空いているのにB席(3列シートの真ん中)を売るなよ!」と思っていたのですが、実際は満席にかなり近かったのが実情なのかもしれません。何処から人が集まるのかな?と思いましたが桃園駅は桃園国際空港の最寄駅です。国際空港からだと台湾鉄道管理局駅より台湾高速駅の方が近い事が大きな利用を引き寄せて居るようです。実際ガイドブックでは「高雄泊の場合台湾高鉄桃園駅経由で空港に行けば昼便でも間に合う」と案内していました。「国際空港と高速鉄道のリンク」は欧州では良く有る話ですが、アジアでも検討に値する内容かもしれません。
 桃園を出ると、駅間も広がり郊外区間にでます。その為今までの区間より明らかに速度が上がり走行音もうるさくなります。車内の電光掲示板にスピードが出る様になり285km/h・290km/hとどんどん上がって行き、ついには300km/hの表示が出ます。今や300km/h運転は新幹線でも500系・N700系で恒常的に行われている為珍しくは無いと言えますが、「海外で新幹線型車両が300km/h運転をする」と言う事にはやはり感慨深いものがあります。但し日本での500系300km/h運転に乗った事がありますが(その時はグリーン車でしたが)その時より音・振動共にチョット大きいかな?と言う感じでした。車窓を見る限り地上(地下・トンネルを除く)走行中の3分の2以上は「どこかに家が見える」状態であり見た目の人口密集は東海道新幹線並みorそれ以上であると言えます。その点騒音・振動問題は台湾高鉄でも重要になる事は間違いないですが、台湾高鉄は環境対応に優れた新幹線技術を採用した事で、今の新幹線並みに騒音は押さえられ「環境にやさしい高速鉄道」になったと思います。これは大きな意味が有ると言えるでしょう。

  
左:403列車車内@桃園  右:最高速度の300km/hで走行中の案内

  
左:403列車乗降風景@台南  右:403列車降車風景@左營

 桃園の次の新竹からは降車が多くなります。台北〜新竹と言えば距離的には66.3kmであり「新幹線で移動」と言う距離では有りませんが、桃園で乗ってきた人も降りる状況から見ると各駅が台湾鉄路管理局線と離れている為、上手く需要が分かれて居るとも考えられます。
 この列車は新竹でトラブルが有った様で約10分程停車して遅れてしまったのですが、それでも台中・嘉義・台南とコンスタントに降車が有り、加えて驚く事に新竹・嘉義・台南等でも乗車も有り区間乗車と思しき人が既に居た事です。乗った台湾高鉄列車が各駅停車と言う事も有るのでしょうが、台湾高鉄は開業未だ約半年ですが、それなりに地域に根付いた「ゲタ電」的な利用もされている感じがしました。
 この列車は台北〜左營では105列車の方が先着と言う事も有り、流石に途中駅の利用客の方が多い感じがしました。その為左營駅に到着した時には最混雑区間の桃園〜新竹間のほぼ満員の状態から乗客は大幅に減っており定員の3分の1弱になっていました。やはり途中で抜かれた速達列車に流れていたのでしょうか?明日はこの速達列車に乗るつもりです。果たしてどの様な感じなのか?比較が楽しみと言えます。

 (Ⅱ)410列車 左營10:00〜新竹11:26・411列車 新竹12:04〜台中12:27(商務車)

 左營駅は台湾鉄路管理局新左營駅と連絡しており、台湾鉄道管理局線を使えば高雄駅に行く事が可能です。(将来的にはMRTが台湾高鉄左營駅に乗り入れの予定があるが・・・今は台湾鉄路管理局線しか無い)その様な「南の玄関口」である駅と言う事も有り、同時に都市中心街を外した新左營をターミナルとした事で、広大な駅舎に3面6線の巨大な構内に加えて左營の車両基地を近くに置く事が出来て、「大都市高雄へのアクセス」以外はほぼ満点のターミナルを作る事が出来ました。
 しかし左營駅は広大なコンコースが有りますがコンコースに有る待合スペースは椅子が結構空いていて巨大な設備を持て余して居る感じです。デザイン的には広大な空間を上手く使い広々と見せて居る感じですがこれだけスペースが有るのなら「もっと駅ナカ店舗とか入れてスペースを商業利用したら?」と私は感じてしまうのですが・・・。そんなケチな発想は私だけでしょうか?(この様な話に目敏い中国人なら抱きそうな発想ですが・・・)
 早速トイレ休憩と飲み物補給をして一通り施設を見た後、今度は10:00発の列車に乗って新竹へ戻る事にします。この列車は時間的には「ビジネスタイム」と言うには遅い時間で加えてこの日は土曜日と言う事も有り基本的に観光利用や私用での利用と言う乗客が多い感じです。

  
左:広い吹き抜けが特徴の左營駅駅車  右:左營の台湾高鉄車輌基地

  
左:410列車乗降風景@嘉義  右:410列車乗降風景@新竹

 この列車も各駅停車のタイプの新幹線です。やはり左營発車時点での乗車率は30%程度で下り列車は左營を発車していきます。今度は上り列車と言う事も有りさっきの下り403列車の逆のパターンで台南・嘉義・台中・新竹等で多くの客が乗って来て、新竹でほぼ満席になりました。この2本の列車を見る限り「台湾新幹線は良く乗っている」と言えます。只比較的利用者の乗車距離が短い(=客単価が低い)と言う事は経営的にマイナスになる事なので「良く乗っている」と一概に喜ぶ訳には行きません。
 左營発車時点で急に雨が降り出して「スコール」状態になりました。左營は北回帰線の南側にあり正しく「熱帯」です。だから突然「スコール」の様な大雨が降るのでしょう。しかし此の頃日本でもスコール並みの大にわか雨が降りますが、雨の多い日本にある鉄道は「雨への対応力」と言う点では少雨地域の欧州に比べて優れているとは言えると思います。日本と台湾島では比較的気候が似ていると言えます。まして日本でも比較的多雨多湿高温の九州でも九州新幹線が何も問題なく走っている事を考えると、気候への対応の基本は土木インフラ設備なのでしょうが総合システムとしての対応力も重要です。今回不幸にも台湾新幹線で3回「スコール」に当たりましたが「ホームに雨が吹き込む」事は有れどそれ以外の「雨に対する不満・不安」は感じませんでした。その点は大きいと思います。

  
左:新竹駅に進入してくる411列車  右:411列車商務車(グリーン車)車内

  
左:台中駅でのドア扱い風景  右:台中駅を出発する411列車

 410列車を新竹で降りて開発が徐々に進んでいる新竹駅周辺を見て回った後、新竹駅のコンコースに有るモスバーガーで昼食を取り、新竹は在来線への乗換が不便なため台湾鉄路管理局線と接続している台中へ移動する事にします。此処は一駅だけの利用ですが今まで全部普通車なので、此処は一念発起して奮発し商務車(グリーン車)を使用して見る事にしました。
 商務席は普通席の2+3席に対して2+2席で余裕はあります。只これは日本の新幹線と同じ座席配置であると言えます。しかし座席は普通席は「日本の新幹線と変わらないレベルだな」とは思いましたが、台湾高鉄の商務席は日本のグリーン車に比べると「座席が少々チープだな」とは感じました。日本で「デザイン重視」で評判の高い 九州新幹線800系つばめ号 に比べるとデザインや座席のレベルは劣る感じがします。しかしグリーン車には専門の女性が居て座席に座り暫くするとビスケットと飲み物とおしぼりを持ってきてくれます。
 又私の場合座席を間違えて私の予約席にビジネスマンが座っていて「如何しよう?」と言う感じでチケットを見せて車掌に(目で)訴えると、車掌は切符を見た上で中国語が分からない私に気遣ってカタコトの英語(それに関しては非難できない)で「ThisSeatPlease」と隣の列の窓側の空席を示して此方に座るように言いました。本来ならビジネスマンを退かすのが正しいですが空いている事も有り、ビジネスマンにも配慮してしかも私の気分を損ねない上手い対応だと言えます。他にも自動改札等で色々細かいサービス面のトラブルに遭いましたが、その時々に応じて色々な点で職員が上手く対応していた事に感心しました。ホスピタリティと言う点では、台湾高鉄は台湾鉄路管理局はおろか日本の鉄道にも負けない高いレベルに有ると言えます。
 しかし問題は余りにも空いている事です。商務車に関しては「通り抜け禁止」と言う案内が車内で何回もされていた為に他の時には中を見る事が出来ませんでしたが、私が乗った411列車は私を含めてわずか5〜6名程度の乗車率でした。これでは余りに寂しすぎます。東海道新幹線こだま号グリーン車でももう少し乗っているでしょう。台湾高鉄の 運賃表 を見ると商務車と普通車で運賃で約60%〜100%UPで大幅に違います。台北〜左營簡で950元高いとチョット気が引けるのかもしれません。日本円→台湾元の交換レートは4:1ですが、タクシーの初乗りで比較(70元:660円)する実際レートは10:1位です。そうなると台北〜左營間96分・約345kmで商務車と普通車で日本の実感覚で1万円違うとなると商務車がガラガラと言うのは分かる気がします。サービスに不満は無いですが価格がチョット高すぎるでしょう。

 (Ⅲ)105列車 台北7:42〜左營9:18

 台湾高鉄のハシゴ乗りの締めは、翌日の12日に速達列車である105列車に乗り台湾一週旅行の一環で台北→左營間で利用しました。この列車は一番最初に乗った403列車を途中嘉義で追いこして対左營先着と言う列車で、今の台湾高鉄で唯一の「追いこしを行う列車」です。多分平日のビジネス利用を考えたのなら有効時間帯で輸送力を厚くする為に此処に速達列車を入れたのでしょう。果たしてその効果はどれくらいか?楽しみに乗る事にしました。
 実を言うとこの日台北駅には7時25分位に着いていたのですが、飲み物を買いにコンビニに行っている間に時間が経ち、台北駅の自動改札口に行った時には既に7:40で改札に切符を入れると弾かれてしまいます。「あれ?」と思っていると係員が来て切符を見た瞬間脇のドアを空けて一言「HarryUp」此処で拙いと思い階段を駆け下りるとドアの所で女性係員が手招きしています。慌てて駆け込んで何とか事無きを得ましたが、やはり此処は海外、日本とは違うのだな?と改めて感じさせられました。
 慌てて駆け込み乗車をしたので、編成の真ん中ぐらいで乗ってしまい私の座席「1号車5C席」まで4〜5両歩く事になってしまい仕方なく歩いていると、何と・・・歩いている車両殆どが完全に空席で1両丸ごと誰も乗って居ない車両が複数あります。2号車になると前の方に乗客がチラホラ居て1号車は窓側が埋まり通路側がそれなりに乗って居る感じです。私はこのチケットを10日夜に買ったのですが、如何も買った順番に1号車から座席を割り振って居る感じです。この後板橋駅でも前方からホームを見ているとチラホラしか乗客が乗ってきません。台湾高鉄の座席の売り方が如何なっているかは知りませんが、「前から売っている」と言う見立てが間違えて居ないのなら後ろは殆ど空車の筈です。これは幾ら日曜日と言えども深刻な乗車率です。日本の新幹線では幾ら東北の先の方や東海道・山陽新幹線のこだまでもこの様なガラガラの状態は殆ど見かけません。一体如何したのでしょうか?

  
左:速達の105列車の乗降風景@板橋  右:「速達列車なのに寂しい?」105列車車内@板橋

  
左:日本の新幹線には無い車内設備① 座席を潰して置かれたトランク置き場  右:日本の新幹線には無い車内設備② 非常口と窓ガラスを割るハンマー

 この列車は板橋を出ると台中に停まるだけです。ましてC席で窓は遠く外は雨が降っている状態なので、此処は諦めて車内の施設を見てみる事にしました。台湾高鉄700T型はやはりJR東海・西日本の700系のマイナーチェンジ版だけあり、先頭車の形状と座席のシートなど内装の一部を除き700系と殆ど変わりません。しかし車内を良く見ると日本の700系とチョット違う所が散見されます。その一番違うのがトランク置き場と非常時脱出用の脱出口とガラスを割るハンマーです。非常口&ハンマーはミステリードラマにつかえそうなアイテムですが確かに「非常時にはあれば有用」かもしれません。只最速で96分の台湾高鉄でトランク置き場が必要か?と言う気はしました。確かに桃園経由桃園国際空港から海外と言うルートを視野に入れると必要なのかもしれませんが、私が利用していた時に「トランク」等のトランク置き場が必要な荷物を持ち乗って来てトランク置き場を使った人は居ませんでした。そう考えると各車でこの置き場を座席にして販売すれば20席以上多く販売出来ます。その方が有用な気がしました。

  
左:車内で専属でゴミを回収して回る清掃員  右:速達列車なのに途中駅台中から多く乗り込み先頭は其れなりの乗車率に?@左營での降車風景

 もう一つ各列車で必ず見たのは専属のゴミ回収の清掃員です。各列車に1名必ず乗っていて何時もゴミ回収の袋を持って車内を往復してゴミをこまめに回収していました。在来線の自強号でも1回位は回ってきましたし日本でもこの様なゴミ回収のシステムが有る事があります。只各列車に乗っていてこれだけこまめに回ってゴミを回収と言う事はなかなか有りません。その点で言えば「快適な車内空間を作る為」に台湾高鉄が行っているサービスはかなり高いと言う事が出来ます。只裏返して言えばこの様なゴミ回収清掃員はコストが掛かる事です。幾ら人件費が日本より安い中華民国でもそのコスト負担は馬鹿にならないでしょう。中国の上海トランスラピッド試乗時に「ホームドアがロープで専属の係員がロープの開け閉めだけをしていた」と言う例も見ましたが其れと同じ位「人件費コストの無駄遣い」と言えます。これは最後の一駅間でゴミを回収すれば良い話です。車内の美化維持の為には非常に良いサービスですが過剰すぎる気がします。もう少しコスト体質を考えた方が良いのでは無いでしょうか?
 今回の新幹線は停車駅も少なく窓際席でなく雨が降っていた事も有り、台中駅停車時にチョット目が覚めた以外左營駅到着直前まで眠ってしまいました。左營駅では乗換までの時間の間写真を撮るために先頭に立って降りると、丁度乗客の降車風景が見る事が出来ました。台北・板橋出発時点では寂しい限りの乗車率でしたが、左營到着時点では多少まともになった用で前部車両はかなり混んでいました。台中駅でかなりの人がホームに居たのは見ましたが、如何もこの列車では「台北+板橋<台中」位の乗客が居たようです。この点から見ても台湾高鉄は有る程度利用はされて居るものの、未だコアとなる乗客層が未だ固まって居ないのだな?特にコアになってほしい台北〜左營簡の最長距離客が未だ根付いて居ないな?と改めて感じました。

 ●台湾鉄路管理局縦貫線(西部幹線)試乗記

 ※試乗列車 自強1016列車 台中13:29〜台北15:42

 11日午前中に実質的な台湾高鉄試乗を終わらせた後、次の予定の為には16時15分には台北駅に戻る必要が有りました。実際は新幹線で戻るのが一番良いのですが、既に途中駅の新竹は訪問していますし桃園駅に寄り台湾高鉄の走行写真を撮ると言う選択もあったのですが、費用倹約と経路に変化を加えると言う両面から、台湾高鉄台中駅から乗換の台湾鉄路管理局新鳥日駅へ移動しそこから区間車(普通)で台中駅へ移動し、台中からは自強号(特急)で台北に向かう事にします。
 台中駅は台湾鉄道管理局西部幹線の軸で有る縦貫線の丁度中間に近いところに位置し、都市圏人口が100万人を越える台中市の丁度都心に位置する玄関口の駅です。又縦貫線は彰花〜竹南間で山線・海線に分かれますが、メインである山線の中心的な駅です。駅舎は日本統治時代に造られた駅舎がそのまま使われており駅舎・ホーム共に非常に風情のある駅です。只駅舎にはいると有るのは「台湾鉄道管理局のキヨスク」であるセブンイレブンとモスバーガーで「此処は日本か?」と間違えさせられます。又2・3番線に向かう地下道にはエレベーター・エスカレーターが有りません。台北・高雄駅にはある設備ですが、それ以外の駅では見かけませんでした。中華民国も先進国ですから其れ位は整備しても良いのでは?とは感じさせられました。

  
左:歴史的建造物の台湾鉄路管理局台中駅  右:台中駅に入線する特急自強号花蓮行き

 しばらくコンコースで待っていると電車到着5分前位から改札が始まり、続々と人がホームに入って行きます。最終的には見た感じで100名い人がホームで自強号を待っている感じでした。台中駅は台中→台北を結ぶ自強号だけで25本も走る駅です。それでしかも時間が土曜日の昼と言うビジネス客の居ない時間でした。それでこれだけ乗ると言うのは驚きです。「自強号で近距離利用」と言う人が多いのも事実ですが、少なくとも高速鉄道の台湾高鉄に向こうを張って活躍中と言うのはまちがいないと言えます。
 しかし台中では降車客も多く、私の乗った前から3両目では降車と乗車がほぼ同数で「座席がほぼ満席」と言う状況で収まります。この後私の乗った自強号は豊原・苗栗・新竹と言う沿線の大・中規模の都市に停車して行きますが、豊原・苗栗では乗降均等と言う感じで大都市の新竹で乗車が上回り立ち客(多分自願無座客だろう)が出る状況になります。
 台中を出た後暫くすると流石に「山線」と言われるだけ有り山の中を走ります。しかし勾配は厳しそうでしたがトンネルも多く「曲線連続」と言う感じにはチョット違うと言える感じで、実質的プッシュプルトレインであるM+12T+Mと言う偏った編成であるE1000系でも其れなりの速さで走れる感じです。台湾鉄路管理局には客車的な「M車比の低い電車」が比較的多く自強号に使われて来ました。それでも十分機能したのはその様な事が有るのかも知れません。

  
左:自強号車内の状況@新竹  右:自強号は東部幹線花蓮へ直通の為 乗降客でごった返す台北駅ホーム

 新竹で立ち客が出た車内ですが、此処からは区間車の運転も多く実質的な「台北近郊区間」と言える地域ですが、自強号運賃が比較的安い事も有り短距離で自強号を利用する人も多いのが実情で(大駅以外では列車毎改札をしているが、検札が来ない事も有り普通運賃で乗っている人も多いのかも?)新竹発車時より立ち客が増え、台北の副都心とも言えるMRT乗換駅の板橋到着時には通路に立ち客多数と言う状況でした。少なくとも区間車:自強号での遠近分離が上手く行っていない感じがしました。
 台北駅に到着すると私を含め大多数の乗客が降車します。しかしこの列車は台湾島を4分の3週する超長距離列車であり此処から先東海岸最大の街花蓮へ向かう事になります。只実際問題として「西部幹線高雄〜台北間」「東部幹線台北〜花蓮」間の列車が1本になっているだけと言えます。実際は殆どの乗客が台北で入れ替わり又満席で花蓮に向かい出発して行きます。しかし列車の乗客の大部分が入れ替わるのに台北での停車時間は4分しかなく、結果として乗降でごった返しホームは大混雑になってしまいます。
 これは台湾高鉄の開業が大きく影響しています。元々今の台北駅は1989年に地下化されて出来た物でその時には4面9線有り十分折り返しも出来て、台北駅に加えて西部幹線方面用にサブターミナルとして東側に松山駅が有り上手く機能していたのですが、台湾高鉄開業に伴い台北駅の半分に当たる2面4線を台湾高鉄台北駅乗り入れ用に供出してしまい、今の台湾鉄路管理局台北駅は2面5線と言う当初の半分規模になってしまっています。その為西部幹線用に松山・東部幹線用に樹林の駅が折り返し用サブターミナルとして使われ、台北駅は殆どの列車がスルーして行きます。(現在松山駅が地下化工事で2面3線に減っているのも影響として大きく台北地区その物のスルー運転が多くなっている)その究極の形が乗った列車の「高雄発花蓮行」と言う長距離列車になっています。こう言う所で台湾高鉄の開業の影響が出ていると言えます。


(3)台湾高鉄&台湾鉄路管理局縦貫線に乗って感じた事とは?

 今回の台湾訪問で8月11日と12日の2日間に渡り台湾高鉄の台北〜新左営間と平行する台湾鉄路管理局縦貫線の台中〜台北間を利用し、同時に台湾で色々な事を見聞きして来た事で、台湾高鉄に関して日本に居てはなかなか分からない事が分かり、台湾高鉄の抱えている問題点が改めて浮き彫りになったと感じます。
 此処では上記の訪問記を踏まえて、「運営主体の抱える問題」「新幹線のルートと駅の立地の問題」「台湾高鉄の安全運行に関する問題」の3点に関して、今回の訪問で体験し感じた事について述べたいと思います。

 ●新幹線の「台湾高鉄」と在来線の「台湾鉄路管理局縦貫線」の運営主体が異なる矛盾と弊害とは?

 日本で「新幹線の運営体制」を見慣れている私達にとって一番驚かされる事は『新幹線の「台湾高鉄」と在来線の「台湾鉄路管理局縦貫線」の関係』です。日本人的考え方で見た場合、普通で有れば新幹線が出来た場合「中長距離輸送は高速性の高い新幹線に転移」して在来線は「近距離輸送と貨物輸送に特化する」と言う事が行われる筈です。実際東海道・山陽・東北・上越新幹線開業時にはこの様な棲み分けが行われ在来線は都市圏輸送・ローカル輸送・貨物輸送が主体になり、都市圏・ローカル・貨物輸送のパイが少ない長野・九州新幹線では存続させる在来線の運営に関して如何するかと言う問題つまり「平行在来線問題」が発生します。しかし台湾の場合この棲み分けとはチョット異なります。
 台湾の場合新幹線の「台湾高鉄」は台湾西海岸の人口密集地帯に連なる台北・新竹・台北・嘉義・台南・高雄と言う大都市間の「都市間輸送」を主に運営していますが、平行在来線の「台湾鉄路管理局縦貫線」は貨物輸送と区間車によるローカル・都市圏輸送の他に特急列車自強号による都市間輸送が開業前とほぼ同じ状況で行われています。

  
左:台湾高鉄の新幹線  右:台湾鉄路管理局縦貫線の特急自強号


  
左:台湾鉄路管理局縦貫線の区間列車  右:台湾鉄路管理局縦貫線の貨物列車

 つまり台北〜高雄間の「台湾最大の需要区間」で台湾高鉄の新幹線と台湾鉄路管理局の縦貫線が需要を取り合い競っているのが今の状況です。実際問題訪問記で見た様に台湾高鉄も(特定の場合を除いて)それなりに利用はされて居ますが、台湾鉄路管理局縦貫線はそれ以上に利用されている感じです。特に自強号は基本編成がEL+12両編成客車+ELのEMU1000系が基本的に運用されていますが、11日に台北駅で見た7:30発高雄行き自強号(台中・彰花・台南停車の最速列車)も60%〜70%程度の利用率でしたし、私が訪問記で書いた台中〜台北間の自強号1016列車は区間利用が多い物の私が乗った車両で台中でほぼ100%・新竹で立ち客が出る状況で利用率は非常に高かったと言う状況でした。
 確かに台湾鉄道管理局縦貫線の自強号は特急運賃で立席乗車(自願無座)が可能と言う事も有り短・中距離輸送にも良く使われている事情は有りますが、其れを割り引いても自強号の対台北輸送に使われる比率は多く、台湾高鉄と台湾鉄道管理局縦貫線の日本的棲み分けは上手く機能していないと言うことが出来ます。
 これには「運賃差」「台湾高鉄の駅が都心から不便」と言う理由も存在しているとは思いますが、それ以上に問題なのは「台湾高鉄と台湾鉄路管理局が全く別の運営主体である」と言う点がこの様な「二重の都市間輸送」を行わせていると言えます。台湾鉄路管理局にとって西部幹線の主軸である縦貫線は東部幹線台北〜花蓮間と並ぶ高収益路線です。只ですら台湾鉄路管理局は駅ナカビジネス等を見ると国有鉄道でありながら「本当に国有鉄道?」と言いたくなるほど積極的な営業を行っています。その様な台湾鉄路管理局が収益源である縦貫線で他の運営主体である台湾高鉄にみすみす乗客を明け渡す筈が有りません。その競争意識がこの様な都市間輸送での競争を生み出していると言えます。
 この状況は日本で例えれば「東海道本線東京〜名古屋間をJR東日本が運営して新幹線に向こうを張って高速特急を頻発運転」と言う様な状況です。確かにこうすれば新幹線の駅が無い中小都市では便利になりますが、「東海道線静岡圏で新幹線こだまが便利なのに快速を走らせる」と言う無駄と同じ様な無駄が発生していることになります。無駄な競争や二重運営や似た役割の物を2つ行うと言う事は決して好ましい事では有りません。日本では東海道新幹線の場合はJR東海と言う同じ運営主体で運営されていて、第三セクターの平行在来線もローカル輸送と貨物輸送と新幹線には出来ない夜行等の長距離輸送に特化している事でこの様な無駄を省いています。台湾高鉄と台湾鉄路管理局の関係では其れができていない事が問題なのです。

 確かに利用者には「運賃」「駅へのアクセス」で不利に立つ台湾高鉄ではなく台湾鉄路管理局縦貫線の自強号を利用したいと言うニーズは存在している事は確かです。ですから「主要駅が在来線と併設している」東海道新幹線と一概に比較は出来ませんが、しかし本来便利な筈の台湾高鉄が1兆6000億円の費用を投じて建設されながら、在来線との無駄な競争に曝されて本来の機能を発揮できず経営的にも苦しい立場に立つと言うのは好ましい話では有りません。
 現実は台湾鉄路管理局は台湾高鉄の開業に合わせて、縦貫線の輸送体系を都市間輸送から都市圏輸送に転換させる「縦貫線の捷運(MRT)化」を打ち出していて、近郊用の新型車両EMU700型を8両*20編成=160両投入するなど捷運化への施策を行っていますが、今まで逼迫していた縦貫線線路容量の大きなウエイトを占める自強号が未だに毎時2本程度+α運転されている状況では捷運化は掛け声倒れになりかねません。
 実際今以上に自強号を削減する事は台湾鉄路管理局にしてみれば「敵に塩を送る」事になりますし、利用者のニーズにも合わない事になります。ですから捷運化を謳いつつ今の輸送形態を維持すると言う事に理解をする事は出来ます。しかし其れは台湾高鉄を含めた台湾の交通体系全体を見ると好ましい状況では有りません。
 本来なら同じ鉄道なのですから、「上手く役割分担をしてどちらも最善の役割を果たせる様にする」バランスが大切で有ると言えます。その点から考えれば台湾鉄路管理局の「縦貫線の捷運化」は交通体系から見れば好ましい施策ですし、太平洋ベルト地帯並みの人口集積の有る台北〜高雄間であれば其れが成立し地域全体にも良い効果をもたらすと言えます。しかし其れが上手くは行って居ません。
 「歴史にIFは無い」と言いますが、もし台湾高鉄と台湾鉄路管理局が同じ経営主体で有った場合如何なるでしょうか?もう少し新幹線と在来線の運行バランスを考える事も出来たでしょうし、台北駅だけでなく新左営〜高雄間でも縦貫線に併設させて高雄乗入を果たす事も出来たかも知れません(少なくとも直上高架or平行線(但し踏切対策が必要)を作るスペース的余裕は有るし、高雄駅にも駅舎建替えの結果2面4線程度のホーム設置余裕は有る)。正直言って高雄乗入だけでも効果は大きかったでしょうし、もし今の状況でも高雄〜新左営間でもう少し区間運転を増発してアクセス改善等を図る事が出来たかもしれません。
 その様に考えると『新幹線の「台湾高鉄」と在来線の「台湾鉄路管理局縦貫線」の運営主体が異なる』と言う『矛盾と弊害』は非常に大きかったと言う事が出来ます。確かに事業体を分けて多額の投資が必要な新幹線に国費を投入せずBOTで対応すると言うのは一見すると「税金投入も無く民間活力を活用でき効率的」に見えますが、実際の状況を見ると必ずしも「好ましい形態」で有るとは言えません。今の台湾高鉄と台湾鉄路管理局の関係は事業体が異なることによる「競争による矛盾と弊害」が表面に出てしまっていると感じます。

 しかもこの競争に関しては台湾高鉄の運営の根本に当たるBOT契約の最初の段階で大きな「抜け穴」が存在します。それはBOT契約に対してその特許権の内の独占権に関して「 独占権とは、政府が建設運営契約発効から起算して三十年以内は、台北−高雄間に平行する高速鉄道の建設を許可しないことを保証するものである(ただし台湾鉄路管理局管轄の現行鉄道幹線の高速鉄道化は含まない) 」と規定している事です。つまりはBOTの運営主体である台湾高鉄にとって、最大のライバルの一つとなりえる「台湾鉄路管理局西部幹線縦貫線」に関しては「高速化による競争力増強は制約されない存在」と言う事になり、新たな並行路線を作る存在が現実として考えられない中で、BOT契約上の「独占権」はライバルから自分の身を守る存在にならない「ザル権利」とも言える意味の無い権利になってしまって居ます。
 実際問題独占権に関しての(斜字で表示した)「ただし台湾鉄路管理局管轄の現行鉄道幹線の高速鉄道化は含まない」と言う言葉が「台湾高鉄並行路線は除く」とか「台湾鉄路管理局の台湾高鉄並行路線の長距離輸送に関しては、完全並行の高速輸送は空白地域に必要な最低限まで削減させる物とする」等の「台湾鉄路管理局」の行動をもっと制約する条文が入って居れば良かったのです。しかし其れが無かった為に台北〜高雄等の比較的長距離輸送は別にして、台北〜新竹・台中等の中距離輸送に関しては台湾高鉄の高速新線と台湾鉄路管理局の自強号が実質的に乗客を取り有っているのが実情です。要は「独占権」事項が形骸化していると言う事です。
 確かに今台湾鉄路管理局は西部幹線の捷運(MRT)化と言うスローガンを掲げ、中短距離輸送に力を入れて台湾高鉄との住み分けを図ろうとしています。これは今の「東海道新幹線と東海道本線の関係」に近い関係を目指していると言え、これは台湾高鉄に取り競争をなくして住み分けを図ると言う点で好ましい関係になると言えます。
 しかしこの台湾鉄路管理局の現在の姿勢が台湾高鉄の競争への将来の安全を保障すると思うのは楽観視しすぎと言えます。まして台湾鉄路管理局にかんしては今「民営化」の動きが出て居ます。そうなるともし民営化された場合、(その民営会社が台湾鉄路管理局の継承組織と認定されれば)最大の需要の存在地である西部幹線縦貫線で高速化を図る事で台湾高鉄に競争を挑む事は必定です。そうなると「台湾高鉄の独占権」は正しく風前の灯となってしまいます。
 台湾高鉄にとって経営安定のため、先ずはこの「独占権」規定の例外と台湾高鉄と台湾鉄路管理局の関係について改めて考え直し再規定する必要が有ると言えます。

 ●台湾高鉄の各駅は何処も「岐阜羽島or安中榛名」状態?

 今回台湾高鉄全線を一通り乗り廻って感じた事は「駅前には本当に何も無いのか?」と言う事です。駅名を聞く限り、ハイテク工業団地で有名な新竹・台湾中部最大の都市台中・阿理山鉄道の起点嘉義・日本統治時代から航空隊基地等が置かれて開けていた台南(台南航空隊と言えば「大空のサムライ」の著者坂井三郎が居たので有名である)・基隆と並ぶ中華民国海軍基地でしかも中華民国第二の都市高雄に近い左営と言う様に、台湾の中でも非常に知名度の有る都市が多く並んでいます。
 しかし実際に駅から外を見てみると・・・。駅名に有る「都市」と言うのとは大違いで驚くほどの田舎に各駅は置かれています。都市の中に駅が有るのは既存の縦貫線の同名駅に実際に隣接している台北・板橋だけで、未だ縦貫線との乗り換え駅の有る台中(接続駅は新鳥日で縦貫線台中駅までは3駅)と新左営(縦貫線高雄駅までは2駅)は多少駅前が賑やかな物の、それ以外の(桃園は地下駅のため見れず)新竹・嘉義・台南はどちらも中心街の縦貫線の駅までバスで接続で所要時間数十分と言う状態で、正しく田舎の中に立っている感じです。

 今回途中下車として、その「野の中の3駅」の内新竹駅に降りましたが、駅前は区画整理こそ完成して駅前広場・駐車場等は有る物のそれ以外は「野原」と「建設中のマンション」しかない状態で、駅の中に「セブンイレブン」「スターバックス」「モスバーガー」と言う「都会の店」が「駅ナカ店舗」として有るだけでそれ以外は「店はゼロ」と言う状態です。

  
左:台湾高鉄 新竹駅駅舎  右:マンションが立ちだした新竹駅周辺の状況


  
左:台湾鉄路管理局縦貫線と接続している台中駅  右:空き地だらけの台南駅周辺の状況

 駅前西口には「高鉄探索館」と言う台湾高鉄の建設状況や車両等のアピールをする施設が有りますが、2006年10月29日で一旦閉鎖の上「鉄道記念館」に改装の上オープンとの事で、現在は閉鎖されている様で西口にはマンション建設現場が稼動しているだけで殆ど人の気配が有りません。又東口もタクシー乗り場に多くのタクシーが有り賑やかそうに見える物のそれ以外には人の気配も疎らです。
 しかし駅広場が有る物の「有る」と言われていた連絡バスも見えず、有るのはタクシーだけです。どうも新竹駅から工場地帯等へのアクセス手段にはタクシーが頼りの様であり、駅の位置・周辺の状況から見て不便極まりない状態で有ると言えます。逆に言えば「これで利用者が有り駅のコンコースには人が居る」と言うのが不思議です。駅の玄関でウロウロしていて目立った不動産屋のチラシ配りと同じ様に「高鉄利用目的」でない人ばかりが駅に居るのかも知れません。

 この様な状況を見て思い出したのが岐阜羽島・安中榛名と言う二つの駅を思い出しました。どちらも日本の新幹線の駅としては珍しく「開業当初は駅の周りは野原状態」であり、「こんな駅利用する人が居るのか?」と言われていた駅です。どちらも経路取りの関係上周辺の大都市や平行在来線駅に隣接して駅を作る事が出来なく「野原の中」に造られ、「何のために造った駅なのか?」「政治家の圧力で出来た駅」と影口を叩かれた駅です。
 日本の新幹線の場合岐阜羽島・安中榛名共に線形の都合上「あそこしか駅が造れなかった」と言うのが実際の所ですが、台湾高鉄の場合如何だったのでしょうか?台湾高鉄は台湾鉄路管理局と資本・運営上の関係が無いため、縦貫線の都市の玄関口の駅に隣接して作り辛い事が有った上に都市に路線を引く事による「コストアップ」を避けるために今の位置に各駅を作ったと言うのが実際の所であると言えます。その点から見ると「敢て外した」とも言えます。
 しかし開業直後の今の状況では不動産開発を事業に主軸には出来ない為、台湾高鉄の収益上は駅の立地の不便さが足枷になる可能性は大きいと言えます。果たして台湾高鉄の「岐阜羽島or安中榛名」が今後どの様になるのか、劇的に開発が進み利用客増で「田舎に駅を造ったメリット」を受ける事が出来るのか?土地開発でのメリットを他に持って行かれ「台湾高鉄の一人負け」になっているのか?これが台湾高鉄の将来を大きく左右すると言えます。
 実際は台湾高鉄に関しては「桃園、新竹、台中、嘉義、台南の5カ所に「高速鉄道専用区」」が設けられており、都市計画で「新幹線の駅および他の交通機関との乗り換え施設、駐車場などからなる駅ゾーンと、ホテル、会議・展示ホール、レストラン、レジャー施設、ショッピングモール、金融・通信サービス、オフィスビルなどの商業ゾーンから構成」されており、駅ゾーンは台湾高鉄が開発担当をしていて使用期限35年間、商業ゾーンは内政部・交通部高速鉄路工程局が開発担当していて使用期限50年間と定められ開発が進んで居ます。この写真に有る 新竹駅前の開発は企業誘致が進んでおり 内政部・高速鉄路工程局の開発は他の地域と比べると比較的順調に進んでいると言えます。
 けれども開発に関しては、鉄道開発に必要なゾーンとして台湾高鉄が主体となって開発をした 駅ゾーン(駅専用区) は開業までの間に開発が進んでいて駅ナカビジネス等で限定的でも収益を確保できますが、商業ゾーンは土地の手当ては高速鉄路管理局が行い、台湾高鉄は「 土地開発および付属事業の経営によって収益を得るとともに、その利益を交通関連のインフラ建設に投入することができる。しかし、あくまで交通運輸業を本業とし、土地開発や付属事業の経営が本業の運営やサービスに影響を与えることがあってはならない 」と定義の中での周辺開発事業のため、実際は大幅な利益確保が保障されている訳ではなく駅ゾーン・商業ゾーンを含めての鉄道関連施設・交通関連施設・関連付帯収益施設しか置く事が出来ない為、台湾高鉄にとっては実際は大きなメリットが有る訳ではなく、資金回収に大幅なプラスになる物では有りません。その点でも台湾高鉄から見れば「市街地を外した所に路線を建設した事によるメリット」は無く、そのメリットは鉄道用地を土地を確保した政府のコストダウンと周辺開発区の開発で都市改造が図れると言う点でメリットは政府に集中されるようになっています。これは大きな問題であると言えます。

 ●有るトラブルから感じた事「台湾高鉄に鉄道を運転する資格は無い!」

 今回台湾高鉄に試乗して一番問題だったのは403列車に乗り嘉義駅で発生したトラブルです。

 「トラブルの内容」
・403列車は新竹駅に長時間停車して新竹発車時点で約10分遅れていた(説明放送は有ったが中国語&英語の為何故遅れたかは不明)
・正規ダイヤでは403列車は嘉義駅or台南駅で後続の105列車を待避するダイヤだった。(時刻表でも待避は分かる)
・403列車が嘉義駅で客扱い後直ぐベルを鳴らしドアを閉めた(撮影の為外に出ていた私は慌てて新幹線に乗った)
・403列車ドアを閉めた後直ぐに発車、動き出した直後に非常ブレーキと思われる制動が掛り直ぐに再停車する。
・停車後ドアを再開閉せず停車中、暫く(多分1〜2分)すると柵の向こうの通過線を105列車が通過した。(衝撃と音が伝わり頭も見えた)
・105列車通過後暫くしてから、何事も無かった様に403列車は嘉義駅を出発し台南駅に向った。(その間説明放送は無し)

 この状況を見て皆さんどの様に感じますか?私はその場面に直面して「105列車が通過線を通過していった段階」でこの起きた一連の事に驚くと共に愕然としました。その段階でこの起きたトラブルの内容の重さと深刻さに気が付いたからです。
 では何が起きたのでしょうか?この事象の中で鍵は「発車後非常ブレーキと思われる制動が掛り直ぐに最停車」「ドアの再開閉をせずに停車」「暫くすると通過線を105列車が通過」と言う3つの事です。基本的に「発車直後に急停車」と言う場合3つの事が考えられます。それは「①ドアに物・人が挟まったまま発車」「②人・物が車両に触ったor人や物がホーム〜車両間に挟まった」「③赤信号で発車してATCが非常制動を掛けた」の3つです。この内ドアの再開閉が無かった為①は有り得ません。又ベルを鳴らしドアを閉め動き出した以上運転手・車掌に「発車の意思」が有った事になります。其れなのに「暫くすると通過線を105列車が通過」と言う事が直ぐ起きたという事はこの急制動の原因は明白③つまり「403列車車掌は信号を確認せずドアを閉め、403列車運転手は信号を確認せず発車させた」と言う事です。要は「403列車運転手が信号無視をした」と言う事です。
 今回の場合(当然だが)幸いにしてATCが正常に作動して急停車したため、403列車が本線上に進出せず事故になる事は防がれましたが「ヒヤリ・ハット」と言うレベルのミスでは有りません。「信号を無視する」と言う頃は絶対に行ってはならない事で基本中の基本です。鉄道の運転は「閉塞と信号」を守る事が「絶対の大原則」であり其れが守られる事で「衝突」と言う事故が防がれています。今回は台湾高鉄の運転手がその「絶対の大原則」を破った事になります。この意味は非常に重いと言えます。

 何故この様な「基本を忘れたトラブル」が発生するのか?それは「台湾高鉄構成員に鉄道事業の経験者が居ない」と言う点です。今回の事業に関し「中華民国政府交通部」は事業の一番最初のプランナー&監督官庁として関与していますが、中華民国内で鉄道事業を運営している「台湾鉄路管理局」「台北捷運公司」の2社ですが、どちらも台湾高鉄プロジェクトには関与しておらずこのプロジェクトの発起人は「ゼネコン・海運航空会社・通信会社・保険会社等々」となっていて、鉄道事業者は全く関与して居ません。
 その為台湾高鉄開業時には鉄道経験者が少なく、当初から「TGVと新幹線で採用システムが右往左往」した上で「日・仏・独の混合技術」で採用された「新幹線もどき」の技術の為、JR東海が「安全を保証できない」と運転手教育を断わり、最終的には「運転手を採用の上フランス人が教育」「開業当初の運転手不足分はフランス人が行う」と言う「泥縄」的な施策が取られる事になりました。
 果たしてこの様な状況で上手く行くのでしょうか?私は過去に「 台湾新幹線の開業延期の問題点について考える 」で「木に竹を繋いだ様なやり方ではダメだ」と言いましたが、台湾高鉄に関してはやり方が「木に竹を繋いだ上に泥縄的」と言う感じです。新幹線が世界初の「200km/hOVER高速鉄道」として開業した時に、国鉄は慎重に慣らしの間引き運転をした上に職員は在来線の精鋭を引き抜き万全の備えをした上で事業を成功させています。しかし台湾高鉄にはその様な「配慮」が感じられません。

 本来ならば鉄道運行者は万国共通で「信号は守る」「確認を行う」と言うルールが有ります。それはフランスも同じ筈です。ならばフランス人から教育を受けた台湾高鉄の運転手も「信号の厳守」「確認の励行」は教えられている筈です。しかし其れが出来ていないのが現実です。だからこそ「確率論」で言えば今回の様な事で事故になるのは確率的に、最低でも「駅職員が通過列車通過を確認したうえで出発合図を送る・車掌が通過列車通過を確認せずドアを締める・運転手が通過列車通過を確認せず電車を発車させる・運転手が信号を無視する・ATCが故障する」の5つのミスやトラブルが重ならない限り事故までには行きません。ですから今回は最後のATCが砦になってくれましたしその様な事から考えれば事故になる確率は低いのが現実です。
 しかし今回のトラブルは地震の様な「人間の努力では如何ともし難い」事象では有りません。機械のバックアップと人間の注意力で防げる事です。其れも「基本中の基本」であり決して難しい事では有りません。それが出来ないのであれば「高速鉄道を運転する資格」は有りません。高速鉄道は「ドイツのICE事故」を見れば明らかな様に一度事故が起きれば大惨事になる可能性が高い交通機関です。その様な交通機関を運営する以上「細心の上に細心を重ねる安全意識」が無いと運営できません。しかし私が体験したトラブルを見れば台湾高鉄に其れが欠けている事は明らかです。
 今回台湾高鉄を利用して、このトラブル以外に「不安を感じる事」は一度も有りませんでしたし、接した従業員の人たちも殆ど言葉の喋れない私に対しても非常に親切で、ホスピタリティと言う点でも決して劣っているとは言えません。その様な点で見れば台湾高鉄より劣っている日本の鉄道会社多数有ります。その点で見れば「合格点」と言える台湾高鉄も、一番根幹になる「安全輸送」と言う点で問題が有るのでは安全意識の不足が「堤の蟻の一穴」になり兼ねません。その点に関しては「事故を未然に防ぐ」と言う点からも再度徹底をする必要が有るといえます。
 其れが行われず、今回のようなトラブルが放置されるのであれば、正直言って「台湾高鉄に高速鉄道を運転する資格は無い」と言う事にもなりますし、日本で一部危惧が有る様な「新幹線の安全神話が台湾で崩壊する」と言う事になり兼ねません。ですから台湾高鉄には「安全」と「高速鉄道運営の基礎」を再度徹底して再確認・再教育して欲しい物だと思いますし、其れが必須で有ると言えます。

 ※8月12日に地元紙「林檎日報(ゴシップ記事の多い新聞らしいが・・・)」1面に11日に起きた台湾高鉄のトラブルが出ていました。

「記事の要旨」(中国語の知識に乏しい私が読んで要約したので、間違い等が有る可能性は多いが・・・)
・台北行き502列車が台中〜新竹間で車軸に異常を感知し停車。苗栗(駅建設予定地で待避線が有る)で検査をして90分遅れた。
・12本の列車に遅れ等の影響が出て7千人以上の人が影響を受け約1140人に払戻しをした(30分以上遅延→半額・1時間以上遅延→全額)
・台湾高鉄では開業以来「異常振動」「転轍機異常」等の初期故障が発生している。
・53人居る外国籍職員(主にフランス人運転手?)の内既に10名が台湾を離れ営業運転に苦境が生じている。

 このトラブル自体は特に問題が有るとは言えません。この様なトラブルは日本でも多く発生しているもので特に珍しく有りませんし、「本線から近くの待避線に引き込んで検査をする」と言う対応も決して間違えているとは思えません。
 又幾ら開業を一年延期して走り込んでいる台湾高鉄でも、未だ実際の開業から半年強でありしかも実績の無い「多国籍混合技術」ですから初期トラブルが発生するのも致し方ないでしょう。車両に関しては日本で実績の有る技術ですからそんなに初期トラブルが起きるとは思えませんが、他の所でトラブルが起きるのは「可能性」としては有り得る話です(まして転轍機はドイツ製の技術だから・・・)。その様なトラブルが大きくなる前に台湾高鉄は対応出来ているのですから、その点に関して林檎日報は大袈裟な報道で私は台湾高鉄を評価しても良いと思います。
 しかし問題は「53人居る外国籍職員の内既に10名が台湾を離れ営業運転に苦境が生じている」と言う点です。林檎日報にはその記事の脇にホームに居る台湾人職員と車内に居る欧米人職員がドアの所で話している写真が有りますが、当初台湾高鉄は運転手不足で運転手教育を担当していたフランス人が新幹線を運転していたという話を聞いています。そのフランス人が台湾を離れ運転に支障が出ていると言うのは大きな問題です。私が乗った日に起きた「赤信号無視発車」と言う事例もこの様な事が影響しているのかも知れません。
 けれども「開業後僅か半年」で未だに「ダイヤ改正を繰り返し徐々に運行本数を増やしている」慣らし運転の段階で既に2割以上の外国人顧問・運転手が台湾を離れてしまうと言う事は問題が有りますし無責任で有ると言えます。この問題は「慣らし運転なのに帰ってしまった外国人」が原因か「台湾高鉄が何かしらの理由で外国人を返した事」が原因かは分かりません。しかしどちらにしてもこの状態で事故が起きた場合国際問題になると同時にプロジェクトに噛んだ外国企業集団の信用問題に直結する問題であり看過する訳には行かなくなります。そうなると初期の段階で『「安全を保証できない」と運転手教育を断わり未然に撤退した』JR東海の判断が正しかったのでは無いか?と考えてしまいます。
 いずれにしても日本にはこれらの台湾高鉄のトラブルはなかなか聞こえてきませんが、今の状況で運営体制に「時限爆弾」を抱えたまま高速鉄道を運営し続けると言うのは非常に危険では無いか?と私は感じます。ましてやっと海外に進出した新幹線技術が売りの筈の「安全」にアキレス腱を抱えたままで運転されているという今の姿は好ましい物では有りません。早急に台湾高鉄の運行体勢について全面的に見直して「安全に万全を期する」事が必要であると感じました。


(4)(結論に変えて)台湾高鉄を見て感じた「事業成功に必要な物とは?」

 この様に色々な問題を抱えている台湾高鉄ですが、台湾全土の交通体系から見て台湾高鉄が社会的に必要な事は間違い有りません。今は未だ100%の力量を発揮は出来て居ませんが台北〜新左営間を96分で結ぶ高速性は台湾の交通体系に革命をもたらす物で有る事は間違い無いと言えます。実際翌日私は「台湾1週鉄道の旅」を行いましたが、本来新幹線開業前は「朝一番で台北を出て夜最終で台北に帰ってくる」がやっとだった「台湾1週の旅」も今回は手違いで「台東で2時間半列車待ち」をしても7:36に台北を出発し21:25に台北に帰ってくることが出来ました(実際7:00発の新幹線で出ると19:36に台北に戻る事が可能)。これも「台湾新幹線のもたらした一つの効果」と言う事が出来ます。
 その点から言っても台湾の人口の大部分が集まる西部地域を南北に連なる「台湾高鉄の成功」は、台湾の国土と交通体系の発展にとって必要不可欠の物で有る事は間違い有りません。しかし開業僅か半年強ですが「台湾高鉄」は「事業成功に向けて大きな障害」を抱えている事は間違い有りませんし、僅か半年強で「危機に立たされている」とも言う事が出来る状態になってしまっています。
 台湾高鉄は何故この様になってしまったのか?この様な状態で台湾高鉄は如何にすべきなのか?同時に台湾高鉄がその事業成功に必要な物は何なのか?此処で結論に変えて台湾高鉄の事業として抱えている問題とその打開策を考えて見たいと思います。

 ●台湾高鉄は「木に竹を接いだ技術のバッドミックス?」にメスを入れる事が必要

 先ずは台湾高鉄その物のシステムに関しての問題です。これは「問題なし」とはお世辞にも言えないでしょう。私は上記のようなトラブルを体験した上に地元紙で取り上げたトラブルの話も見聞きしてしまいました。それに加えて今まで抱いていた危惧等を合わせて考えると、残念ながら「台湾新幹線の今の運行システムには問題あり」と言う事になります。
 では今の運行システムの何処に問題があるのか?それはやはり「多国籍で進めたプロジェクトで良い所取り」をした筈が裏目に出てしまったと言う点に問題が有ると思います。その為に私が見聞きした様なトラブルが発生してしまったのでしょう。

 私が遭遇したトラブルに関しては上記の感想で詳細に述べているので繰り返す事はしませんが、この様なトラブルが発生する原因はやはり「木に竹を繋いだ今の台湾高鉄のプロジェクト運営形態」と言う事になると思います。一概に「木に竹を繋いだ」と言っても、では実際の所何処に問題があるのでしょうか?其れは最初の段階から、このプロジェクトを如何にして進めるかについて、プロジェクトの計画の段階から有ったボタンの掛け違いにあると言えます。
 そもそもの所この台湾高速鉄道プロジェクトに関しては、当初の段階で交通部高速鉄路行程準備処が高速鉄道の総合計画策定に当り「仏→総合コンサルタント、日・独→特別コンサルタント」と言う体制でプランを進める事が決定し、実際92年1月にこの体制で最終報告書が書かれています。この段階では中華民国交通部は「フランスのシステムで高速交通を作ろう」と考えていた事は間違い有りません。90年代初頭のこの時期中華民国はフランスとの間で関係は良好で高速鉄道だけでなく多数の兵器購入(ミラージュ2000戦闘機・ラファイエット級フリゲイト等)を行うなど、比較的良好な関係を維持しています。まして欧州諸国の企業は日本企業に比べて海外での商売の売り込みは非常に上手いです(なんせフランスは中華民国・中華人民共和国に二股掛けて兵器を売りまわる国ですから・・・)。その様な中華民国と外国との微妙な関係も「高速鉄道でフランスが主導権を握る」体制を生み出した要因で有ると言えます。
 その「フランスを中心にすえる」体制は95年の「用地買収・詳細設計予算承認」や96年のBOT事業者募集・97年のBOT事業者決定の時にも貫かれていたと思います。ですから李登輝政権時代の97年のBOT事業者決定時に台湾高鉄は「フランスと組んでいたから選ばれた」と言うのが実情であろうと思います。そうでなければ民進党よりのエバーグリーングループが入っている台湾高鉄を幾ら民進党に理解が有ったと言えども国民党の李登輝政権が選ぶはずがありません。その様な事が有ってこの段階まではスムーズに「TGVを走らせる事を前提にした」高速鉄道が作られていたと言う事が出来ます。
 しかしBOTの事業主体決定後に「実際TGVシステムが台湾の最終的な提示条件(台北〜高雄を台中停車で90分運転・300km/h運転・最小3分間隔運転・1編成定員800名)の内運転間隔の条件を満たすのが困難だった」と言う欧州連合の失点に加え、「 資金面で日本が優位な提案を行った 」と言う事が有り、99年の車両・電気設備に関する提案書提出を求めた段階ですでに日本連合と欧州連合どちらのシステムを採用するか迷っていた段階で「ICE事故・台湾大地震」等の欧州連合システムの安全性に疑問を投げかける事故が起きて、欧州のTGVを基幹にしたシステムに不安を感じ最終的に日本の新幹線を基幹にしたシステムを採用したと言うのが実情であろうと思います。
 しかし「逆転は必然であった」と言える日本連合の新幹線を基幹にしたシステム採用ですが、これは仕事を失注した欧州連合にとってだけでなく日本連合にとっても「悲劇」を引き起こしたと言えます。(欧州連合はよほど悔しかったのか国際商業会議所に損害賠償を提訴し実質勝訴している)実際受注した日本連合も総合コンサルタントとして残ったフランス・ドイツ人と衝突し日本の提案がコンサルタントのフランス・ドイツ人に却下され、その為工事は上手く行かず当初開業予定に間に合わないと言う最悪の結果を引き起こしたと言えます。これが台湾側が引き起こしてしまった「ボタンの掛け違い」が引き起こした結果であると言えます。

 その「ボタンの掛け違い」のもたらした結果とは極めて深刻なものであると言えます。それは「開業時期の1年延期」と言う結果もそうですが、それ以上に「台湾高鉄」と言う1つの路線で「欧州仕様のインフラ設計」の上を「日本の電気設備」を据えて「日本の車両」が走り、しかも「フランス式の運行システム」であり加えて「フランス人が教育した運転手」が運転すると言う、何でも有りのシステムを作ってしまった事です。
 台湾高鉄はこれを「技術のベストミックス」と言っていますが、本当にそうでしょうか?それは素人ならば言える話ですが有る程度鉄道について知っている人間ならばその様な事が「通用する事が無い事」であるのは分かる筈です。正しく私が台湾高鉄を表現した時に何回も使っている表現ですが「木に竹を接ぐ」と言うレベルの技術の混在の状況です。
 この様な状況は「開業の1年延期」と言う自体だけには留まらず、現在でも深く尾を引いている事は残念ながら間違いありません。その象徴が上で述べた様な私が巻き込まれたトラブルと報道されている様なトラブルです。少なくとも運転手の教育が上手く行っていれば「赤信号で発車する運転手」などは出来ないはずですし、台湾高鉄とコンサルタントの関係が上手く行っていれば「お抱え外国人運転手」が自国に帰ってしまう様な事は無いと言えます。又コンサルタントと導入技術主体がフランスと日本でバラバラになったため日本の企業で協力を躊躇う企業(「絶対的な安全を保障出来ない」として運転手教育から撤退したJR東海等)が出てきて、後ろで支える海外技術集団もバラバラになってしまいました。このもたらす悲劇は非常に重いと言えます。
 しかも前にも触れた通り今では運行主体となっている「台湾高鉄」は、中華民国で数少ない鉄道運営組織である「台湾鉄路管理局」とも「台北捷運公司」とも殆ど関係がなく実際の所「台湾高鉄」は鉄道運営者としては「まったくの素人の集団」と言う事になります。これは中華民国国内でも認める人がいますが(BOT認可の最高責任者李登輝前総統がコメントしている)、普通の国の常識では「鉄道を何も知らない人達が世界最高水準の300km/hを運行する」などとても考えられません。
 実際の所鉄道技術導入に海外のお抱え外国人を呼んで技術指導をしてもらいそれにより鉄道を作り上げたと言うのは世界中沢山例が有ります。実際日本とて明治の時代最初に鉄道を作った時はそうでした。しかし「いきなり世界最高水準の技術を何も知らない人が技術導入で作り成功させる」と言う例は、私の知る限り殆ど有りません。鉄道とは技術とノウハウの蓄積が大切な物です。其れを無視して世界最高水準の300km/hの高速鉄道を作ると言うのは無謀な話です。しかも導入した技術は欧州流と日本流の「ごちゃ混ぜ」です。幾ら台湾高鉄が「ベストミックス」と強気で言っても無理が有ります。この様な経験未熟の状態で技術をごちゃ混ぜにして「ベストミックス」を作れる筈がありません。やはり技術の「バッドミックス」を台湾高鉄は行ってしまったと言えます。

 けれども幾らこの様な事を言っても現実問題として台湾高鉄は今日も300km/hで走っています。今の状態では将来にわたり安全に継続的に高速鉄道を運転する事が出来るか?残念ながら保障は出来ない状況であると言えます。有る意味1月5日の開業以来今まで安全に運転できた事は「僥倖」であると言う事が出来ます。この約半年で台湾高鉄は確かに高速鉄道運転の経験を積んだのは間違いありません。しかしその様な「半年間の運営経験」で十分なノウハウの蓄積が出来たとは思えません。やはり今の状態を根本的に替えるような方策を打つ必要が有ると言えます。
 それには「先ずは今の台湾高鉄の要員に加えて、鉄道の運営ノウハウを持つ台湾鉄路管理局と上手く提携の上要員の融通を図り「鉄道を知る人」を多く確保する事」と同時に、「欧州と日本二股裂きになっている顧問団をどちらかに統一する事」でコンサルティング先である台湾高鉄に対し「万全の支援を行えるようにする事」が重要であると言えます。
 しかしこれには今の高速鉄道運営主体の交通部高速鉄路工程局と台湾高鉄が今の運営体制にメスを入れて今の体制を根本的に見直して、真に好ましい運営体制を自分たちが主体的になり作り出す事が絶対的に必要であると言えます。そうする事で今の問題の有る運営体制にメスを入れてより好ましい体制を作り、台湾高鉄が安定して高速鉄道を運営できる体制を主体的に作り出す事が必要でしょう。
 実際問題今後の「増発・利用者増に対応する要員」及び今後の「鉄道に関してノウハウのある専門集団」問題に関しては台湾高鉄と台湾鉄路管理局の間で総合的な側面で、今後の両組織のあり方を含めて考える必要が有ると言えます。実際両組織の西部地域での競合問題や台湾鉄路管理局の民営化問題等、両組織の間では調整しなければならない問題が多数存在していると言う事が出来ます。これを解決しながら台湾高鉄に優れた人材を集め高速鉄道の増発等の要員を確保する事が必要であると考えます。
 又今存在しているコンサルタントに関しては欧州から日本へ切り替える事が必要で有ると言えます。幾ら「基本設計は欧州連合がした」と言っても、実際の車両・運行システムは日本の新幹線を基礎にしたシステムです。このシステムを運営するのであればやはり新幹線のシステムに熟知した日本の台湾プロジェクトの為に作られた特定目的会社「台湾新幹線株式会社」にコンサルタントを全面的に移管するべきであると思います。同時に日本でももう一度「オールジャパン」で台湾高鉄を支える体制を作りなおし(特に大切なのはJRグループの全面的協力の取り付け)を行い、台湾高鉄を全面的に再度サポートする体制を作りなおす事が重要であると言えます。
 少なくとも今から台湾高鉄のインフラ・車両に手を入れる訳には行きません。其れは流石に手遅れです。其れならば運営開始後に一番大切なソフト面で「安全に運転できる体制作り」を行う事が一番大切で有ると言えます。それには事故が起きていない今が最後のチャンスで有ると言えます。事故が起きてしまえばリスクを感じ海外からは誰も援助の手を出さなくなります。その前に海外勢に対し「美味しい餌」を吊るしながら上手く呼び寄せると同時に、今いる機能していない人達にはうまく引き継いでご退場して頂くように立ち回り、その結果として「安全な高速鉄道運営体制」を作る事が必要であると言えます。それが今の台湾高鉄が「バッドミックスの技術でも上手く対応する」体制を作るのに重要ではないかと思います。

 ●台湾高鉄が抱える「BOT契約の構造的落とし穴?」問題を解決する事が必要

 加えて今回採用されたBOT方式と言う民活方式に関して、根本的な欠陥が存在しているのでは?それが台湾高鉄に取り決定的なアキレス腱になるのではないか?と言う事について考えさせられる事がこの旅行中に有りました。
 それは今回台湾旅行に際して「飛行機の時間つぶし」の為に本を1冊持って行きましたが、その本の内容についてです。それが先日買ったJR東海の葛西敬之会長が書かれた「国鉄改革の真実」でした。生き帰りの飛行機で全部読んでしまいましたが、行きに前編の部分に当たる「国鉄改革」に関しての労務関係を主体に書かれていた部分を読んでいた時にはそんなに感じませんでしたが、帰りの飛行機の中で後半に当たる「国鉄資産分割・JR東海の経営」に関しての部分を読んでいて、ハッと感じさせられるものが有りました。それは国鉄改革の最終段階での「新幹線保有機構」の話が出てきて、その組織の構造的欠陥について話が出てきた時です。

新幹線保有機構によるリース制度は新幹線設備を維持更新する為の内部留保が何処にも行われないと言う類例を見ない欠陥制度であった。その結果、8.5兆円と言う実力以上に多額の国鉄債務が三〇年で完済されるかのごとく映る事になる。

しかし、その背後では新幹線網の実体資産の食い潰しが進行し、いずれかの時点で、新幹線サービスの荒廃劣化が顕在化するのは避けられない。

開業後既に23年を経た東海道新幹線の場合は、借金の増加を覚悟で新幹線地上設備の予備的な維持更新投資を行うか(この投資はJR東海の資産にならず減価償却費も計上できない)、設備投資を押さえる事により設備を食いつぶして当面の利益を確保し問題を先送りするか、開業初年度から迫られる事になったのである。

「国鉄改革の真実」(葛西敬之)P222〜P223 より     ※本文中の()は筆者が加筆

 何かどこかで有るような話では有りませんか?これはBOT契約にも当てはまらないでしょうか?BOT契約とは「民間企業が設備を建設(Build)、運営(Operate)し、事業期間終了後に相手国に設備を譲渡(Transfer)する契約」です。実際台湾高鉄に関しては「 トランスファーについては建設期間5年および営業期間30年,合計35年の後に政府に返還 」と言う事になっており、其れまでの間に台湾高鉄は1兆6000億円に及ぶ投資資金を回収して政府に譲渡しなければなりません。
 そうなると台湾高鉄は契約で確実に「30年後には自分の物で無くなる」資産に対し再調達の為に内部留保を貯める事をするのでしょうか?投資資金回収のために血眼にはなるでしょうが再調達の為の内部留保つまりは減価償却費を積み立てる事をするでしょうか?大いに疑問です。実際の所は収益を極大化するために設備を酷使して金を稼ぐだけ稼いで抜け殻を譲渡すると言う事が発生するのではないでしょうか?
 正しくこれは上記の新幹線保有機構に関しての葛西氏の危惧が台湾高鉄に当てはまる事になるのでは無いでしょうか?上記の文の「国鉄債務」を「台湾高鉄建設費」に改め数字を変えれば正しく「台湾高鉄の行きつく先」を示しているのではないでしょうか?
 JR東海に関しては「今の段階で資産劣化が進んでいた」「30年後もJR東海が運営する事が決まっていた」からこそ、将来の金のなる卵に対し「借金での(資産計上できないと言う点で譲渡的意味合いもある)予防的投資」を行い同時に新幹線保有機構解体と東海道新幹線施設の買い取りを迫り、新幹線事業の安全な確保を図ったのでしょうが、台湾高鉄の場合「30年後は譲渡」となって居ます。期限が決まり譲渡する資産に設備投資する人は居るでしょうか?私は居ないと思います。そうなると将来起こる事は「設備維持投資の減少」による台湾高鉄実体資産の食い潰しです。
 又「借金返済(or利益・資金追求)の為の実体資産食い潰し」と言う事は過去にも実際発生しています。それは国鉄末期の東海道新幹線です。

しかし、国鉄時代経営が全国的に悪化して全国二万一000キロの鉄道網のほとんどが、赤字線に転落する中で、東海道新幹線は全国の国有鉄道網に対する内部補助の供給源として、その卓越した収益力のほとんどすべてを吸い取られてきた。必要最低限の安全対策投資、維持改善投資を除けば、自らの技術革新、設備強化、サービス改善に充当する投資の余地はほとんど与えられなかったと言ってよい。

その圧倒的なサービス優位のゆえに黒字を維持していたが、運賃は極限まで値上げされ、開業以来二三年の間に、設備の疲弊・陳腐化が進行する有様で、サービス優位は侵食されつつあると言わざるえない状態だった。

国鉄時代の一九七五年に電力供給設備や軌道の疲弊による故障が頻発し、列車の混乱が生じた。その際に、東海道新幹線の「若返り工事」として重軌条化(60kg化)や重架線化等が行われた以外は、開業後二十三年間の間にインフラ面での基本的な増強はまったくなされない状況であり・・・。

「国鉄改革の真実」(葛西敬之)P259〜P260 より     ※本文中の()は筆者が加筆

 確かに国鉄末期の東海道新幹線は「唯一に近い現金収入元」であり「収益源」であり、此処で稼いだ金で他の路線に金を回すと言う事は恒常的に行われていた事は、当時の国鉄の状況から考えて容易に想像出来ます。確かに「国鉄は赤字で再投資など贅沢な事は言って居られない」「他の路線を生かすために必要だった」と言うのは事実です。
 しかし「投資資金を回収する為には金を稼がなければならない」と言うのは台湾高鉄も一緒です。「借金返済に金が必要」と言う事に置いては実を言えば旧国鉄も台湾高鉄も変わりません。そうなると旧国鉄が東海道新幹線に取った作戦「投資せず取れるだけの収益力を取りこむ」作戦を台湾高鉄が1兆6000億円の借金返済の為に取る可能性が有る事は容易に想像出来ます。まして「30年経てば取りあげられる資産」です。台湾高鉄が再生産の為の投資より現金回収を選択し、上記に引用したような東海道新幹線の惨状に近い状態に台湾高鉄が落ちてしまう可能性も否定できません。これは中華民国の交通に取り好ましい将来では有りません。

 では如何するべきか?私は根本問題としてBOT契約そのものを考え直す事が必要であると考えます。少なくとも前に取り上げた「台湾高鉄と台湾鉄路管理局の競合関係」と言う問題の整理と合わせて一度政府・台湾高鉄・台湾鉄路管理局の間で、今後の資産所有と運営形態のあり方について根本的側面から検討して再構築をする必要が有ると言えます。
 例えば一策として「台湾高鉄の会社自体を投資金額で台湾鉄路管理局が買い取る→資金は政府が出して金利は政府負担で元本は返済する→BOT契約終了後も台湾鉄路管理局が台湾高鉄の運営権と土地使用権とインフラ・車両等設備の保有権を持つ事を政府に保証させる」と言う台湾高鉄買取策も有ると思いますし、台湾鉄路管理局の民営化を逆手に取り「台湾鉄路管理局西部幹線(台北〜高雄間全線と其れに接続する線路)を台湾高鉄に土地以外の資産を売り渡し、高速線・在来線両線に関して台湾高鉄に永久運営権を認める。(但し所与の土地代は政府に払う)」と言う選択肢も考えられると思います。どちらにしても「条件付(一番穏健なのは30年後に権利料を幾らか政府に払い、それ以外は土地代のみ払う)で30年後の譲渡はしなくて良い。その代わり責任を持ち投資をして安全に運営しろ」と言う方策を考え出すのが、この様な問題を回避する一つの方策で有ると言えます。
 しかしその様な「台湾高鉄の運営体系の再検討」に対して最大の障害になるのは「政治の問題」でしょう。中華民国の場合今や国民党vs民進党の二大政党制でありその政権は総統選挙で大きく変わり、中華民国に取りそのターニングポイントたる総統選挙が2008年に迫っています。その為政権末期の民進党の陳水扁政権は今や 支持率17% の末期症状を示しており、大きな政策を実施する力はもはや持ち合わせていないと言う事が出来ます。では2008年の総統選挙はどうなるか?と言うと国民党の 馬英九前台北市長 vs 民進党の謝長廷・元行政院長 の戦いになる事は確実で、その選挙も下馬評は「馬英九氏有利」と言われており、スキャンダルの 横領事件も無罪 を勝ち取り、馬英九氏有利は崩れず政権交代が実現すると言われています。
 そうなると政権交代となると、幾ら国民党の李登輝政権が認可したBOT事業と言えども、実体は陳水扁政権に極めて近い人達が運営していたBOT事業に対し、有利的な政策変更を図る事を国民党外省人の馬英九氏が行うとは思えません(しかも陳水扁総統が台北市長時代に選挙で陳水扁総統を破り馬英九氏が台北市長に座ったと言う因縁もある)。こうなってしまうと台湾高鉄のBOT事業のスキームを政治的に転換する事は不可能になり、まして国民党馬英九政権から民進党系の台湾高鉄が冷遇・弾圧等を受けた場合(台湾高鉄の主要株主のエバーグリーングループの顧問弁護士を陳水扁総統が一時勤めて居た等台湾高鉄と陳水扁総統の関係は深い以上、趣旨返しの弾圧を受ける可能性は有る)の、資金回収の為の焦土戦略と言える「実体資産の食い潰し」が進む可能性も有ります。
 この様な状況になってしまうと、残念ながらもう食い止める手段はありません。台湾高速鉄道その物に取り「最悪のシナリオ」へまっしぐらと言う可能性も否定できなくなると言えます。今やこの様な危惧が現実にならない様に「祈る」しかないのかもしれません。


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 今回悲願の台湾高鉄を訪問して、正直言って台湾から帰国以来ずっと考えさせられてきました。ある意味半分は想像して居ましたが「本当にこのままの運営体制で大丈夫なのか?」と深刻に考えさせられました。
 やはり台湾高鉄は「海外で新幹線の車両が走っている」ものの、残念ながら「新幹線とは違うな〜」とは感じさせられました。致し方ない側面があるのでしょうが、路線設定・駅の場所設定・インフラ・施設等を見ても如何も「日本の新幹線とは違うな〜」と考えさせられました。これはインフラ設計時に「TGVが走っても大丈夫」な過大なインフラを作った為に、日本の新幹線に比べればインフラの規模が一回り大きく感じるのも有るでしょうが、その様な物を除いても人口密集地を遭えて避けた路線設定や沿線住民への配慮の為の防音壁等の騒音・振動対策の不足等、人口密集地を走る高速鉄道として相応しくない感じは今回沿線の色々なところを見て感じました。
 確かに日本は中華民国に取り「隣国」であると同時に、経済的に深い結びつきが有ると同時に、(日本が堅持する「一つの中国」と言う問題が有るが)将来の対中国政策を取るに当り両者で上手く補完・補助の関係を結べる間柄に有る関係に有り、今でこそ国交は無い物の近中期的将来のレベルで考えると非常に重要な2国間関係になる可能性がある関係で有ると言えます。
 しかしその様な「国際政治の関係」を除いても、今から見れば中華民国交通部と台湾高鉄は、似た様な国土状況・自然環境・人口密度等にある隣国日本にもっと積極的にアプローチして、上手く日本の鉄道技術を導入するべきではなかったか?と思います。
 台湾島には日本の九州程度の島に人口約2270万人が居り人口密度は626人/k㎡と言う世界屈指の人口密度であり、その人口のかなりの部分は平野が多い西部地域に集中しており、台北〜高雄間の沿線人口は1000万人に達すると言われています。こんな人口密度のある地域で高速鉄道を運営しているのは日本だけであり、しかも台湾の鉄道のインフラの根本を作ったのは植民地時代の宗主国日本であり加えて在来線狭軌で高速新線は標準軌で完全なクローズドシステムになり、しかも需要が多い為に高密度運転が必要と言う条件に適合するノウハウを持つのは日本だけであると言えます。平野の真ん中を突っ走る欧州の高速鉄道ではこの様な環境に適合するのは非常に難しいでしょう。
 その点から見ても、台湾高鉄は「痛恨の失敗」をしたと思いますし、明らかに「遠回りをした」と思っています。やはり台湾高鉄は「最初から全面的に日本の新幹線システムを採用すべきだった」と思います。この失敗の弊害は今にも渡り台湾高鉄に深い影を落としています

 実の所を言えば「台湾には新幹線システムがベストチョイスであった」と言う事は台湾の人口密度・都市の状況・鉄道輸送の状況等々を見れば、誰もが疑うところではありません。植栽や景色は違いますが人口密集度や都市の状況や国民の所得状況を見れば日本の都市地域と非常に似ていると言えます。

よく「日本の新幹線は世界一である」と言う評価を耳にする事がある。それは「東京−大阪型の旅客流動に対して」と言う条件付で正しい特殊解であって、世界のどこにでも普遍的に当てはまる一般解ではない。それは同じ日本国内の新幹線同士(東海道新幹線と山陽新幹線と東北・上越新幹線)を比較してすら、この事は明白である。

「国鉄改革の真実」(葛西敬之)P330 より     ※本文中の()は筆者が加筆

 これはJR東海葛西会長のコメントですが、私もまったくの同感で有ると言えます。葛西会長は客の流れが巨大で均等に流れている東海道新幹線の輸送形態を「運河型」(山陽新幹線も旅客密度は低いが「運河型」と規定している)、色々な所の枝から客が集まり大宮〜東京間で集まる東北・上越新幹線の輸送形態を「利根川型」と規定していますが、台湾高鉄の場合東京〜名古屋〜大阪間の旅客密度には達しないでしょうが、沿線人口1000万人と言うレベルで見ればこれに近い「運河型」の輸送形態になる事は間違い無いと言えます。
 この葛西会長の記述と台湾の状況を合わせて見て考えると、実を言うと「台湾高鉄」は数少ない「新幹線が当てはまる特殊解」であった事は明白であると言えます。この事を見抜く事が出来ずに最初の段階の総合計画策定に際して「仏→総合コンサルタント、日・独→特別コンサルタント」と規定してしまった事が、台湾高鉄に悲劇をもたらしたと言えます。確かに「何処か一国に頼るリスク」と言うものが存在するのは事実です。国際関係で孤立と苦労をしている中華民国の場合そのリスクに敏感になりリスク分散の為に複数の国を巻き込むのは理に適っている事です。しかし其処でフランスを総合コンサルタントに指名した事は「大いなる間違い」だったと思います。この時に日本とフランスの立場を入れ替えるべきだったと思います。
 この事は「プロジェクトを行う時に如何にしてパートナーを選ぶか?」と言う事が非常に難しいと同時に、其れがプロジェクトの根幹で有ると言う事を如実に示していると言えます。よく「国家百年の大計」と言う言葉を使いますが、長期に渡り使うインフラである鉄道のシステム選択に関してもやはり「百年先を考えて選択をする必要性」が非常に重要で有るなと今回台湾高鉄を見て改めて感じさせられました。
 又同時に「統合的な巨大システムを海外に売り込むためには何が必要なのか?」と言う事も台湾高鉄プロジェクトの選定経緯をみて改めて考えさせられました。今回台湾高鉄に関して色々な問題が有った事は今まで見てきた様に明らかですが、新幹線の海外進出に対して政府を含めた「オールジャパン」で取り組む体制が無かった日本の新幹線海外進出の体制不備も明らかになったと思います。
 「戦争に必要なものは戦術ではなく戦略」と言うのは確かに正しい物事の考え方だと思いますが、今回の場合中華民国政府にも台湾高鉄にも日本側にも「戦略」が無かった事が今の状況を引き起こしたと言う事が出来ます。プロジェクトを行うに対しては「戦略」を練り万全の体制で挑む事が絶対に必要で有る事を改めて感じさせられました。
 しかしながら何を言っても台湾高鉄は「始めて海外を走った新幹線」である事は、否定の仕様の無い事実で有る事は間違い有りません。幾ら問題があるとは言えども私も「日本の鉄道を愛する日本人」です。ですからその成功を私も願わずにはいられません。それこそ未だ台湾高鉄の問題は「人間の叡智で解決できる問題」だけですんでいます。この問題を解消して「始めて海外に出た新幹線」として相応しい成功を収めて欲しいと願わずには居られません。ですから『頑張れ台湾新幹線!!』と言う激励を込めた一事で今回のレポートを締めたいと思います。



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