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開設8か月の研究成果
2006.4.1
Ⅰ 分かったこと
【ブラン】所長、おじゃまします。
【富士三六】なんだ、ブランじゃないか。どうかしたかい。
【ブラン】当研究所も開設以来8か月経ったので、そろそろ研究成果をまとめて発表したいのですが。それで所長にいろいろ教えてもらいたいと思います。
【富士三六】いい心がけだね。
【ブラン】まず、これまで富士急行線を見てきて分かったこと、富士急行線の特徴は、どんなことがありますか?
【富士三六】そうだねー。第一に、富士急行線の起点駅で中央線と接続している大月市が、人口3万人足らずの小さな町、ということかな。もっとも、中央線へ乗り換えれば東京は比較的近いけどね。
【ブラン】そういえば、地方の私鉄は県庁のあるような大きな町から郊外へ伸びてますよね。
【富士三六】第二に、沿線人口も実勢10万人程度と少ない。
【ブラン】そうですね。沿線で一番大きい富士吉田市(写真)だって人口54000人くらいですからね。
【富士三六】よく知ってるね。
第三に、富士急行線は富士山と富士五湖という日本でも有数の観光地を抱えている。
【ブラン】これは富士急行線の自慢ですね。
【富士三六】これらの立地条件の下で、富士急行線の輸送密度は3000人を越えている。かなり利用されている方だといえる。
【ブラン】あれ。また難しい言葉がでてきたぞ。
【富士三六】ここでいう輸送密度は「一日1km平均通過人員」のことだけれど、「旅客輸送人キロ」(年間)を営業キロと年間営業日数(通常365)で割ったものだから、路線の長短にかかわらず、旅客輸送量の比較ができるんだ。
【ブラン】なんか分かったような気がするな。
【富士三六】富士急行線では、1日約80本の列車が走っているので、1列車に平均40人くらいの乗客がいることになる。
【ブラン】そういう数字でみると結構多いですね。それでは富士急行線は主にどんな人が利用しているのでしょう?
【富士三六】まず最初に、中央線を利用して八王子など東京方面へ乗り継ぐ人。通勤客や買い物客など、多くの人が富士急行線を利用している。
【ブラン】大月からは東京行きの赤電もあるしね。大月から八王子までは50分くらいで行けるんでしょ。
【富士三六】何かの本で「中央線は富士急線の生命線」と書いてあるのを見たことがあるけど、まさにその通りだね。東京に近い、というのは富士急行線の強みだ。
【ブラン】そうですね。
【富士三六】次にあげなければならないのは、富士急行線の線内利用者だな。
【プラン】高校生の通学利用は多いですよね。
【富士三六】いまや高校生は、全国の地方私鉄を支えているといってもいいくらいだ。
【ブラン】そういえば富士急行線でも、上大月(都留高校など最寄り)や赤坂(桂高校最寄り)、それに月江寺(富士学苑高校など最寄り)などの駅は、通学時間は随分にぎやかですね。
【富士三六】高校生のほかにも通勤や買い物などで富士急行線を利用する人も多い。
【ブラン】地元のお客さまは大切ですからね。
【富士三六】それからもちろん、富士山や富士五湖を訪れる観光客も大切だ。
【ブラン】もっとたくさんのお客さまに「フジサン特急」や「ホリデー快速」(写真)に乗ってきてもらいたいですね。
【富士三六】「フリーキップ」や「ハイランドセット券」など、お得なキップもいろいろあるからね。
Ⅱ 三つの要素
【富士三六】それでは先へ進んで、富士急行線を交通手段として選んでもらうための要素を3つにまとめて検討してみよう。
まず第一に利便性、第二に経済性、そして第三に快適性について考えてみよう。
① 利便性
【ブラン】利便性とはどういうことですか?
【富士三六】要約すれば、運転本数の多さと列車の速さということになるだろうね。
【ブラン】運転本数はどのくらいが理想でしょう?
【富士三六】利用者にとっては多いにこしたことはないけど、地方鉄道では30分に1本はほしいところだ。単線でも、隣の静岡県にある伊豆箱根鉄道駿豆線は1時間に4〜5本走っているし、遠州鉄道は早朝深夜以外12分間隔の運転だ。起点側の三島・沼津や浜松が大きな町で新幹線に接続している、などという有利な条件はあるけどね。
【ブラン】そうですね。30分に1本はほしいところですね。
ところで列車の速さについてはどうですか?
【富士三六】富士急行線の普通列車は大月・河口湖間を50分くらいで結んでいるけど、この場合、表定速度(停車時間を含めた平均速度)は時速約32kmだ。
【ブラン】それって速いの、遅いの?
【富士三六】先ほど名前のでた駿豆線の表定速度が時速約36km、遠州鉄道の表定速度が約33kmなので、急勾配・急曲線の線路条件を考えれば富士急行線は健闘しているといっていいと思うよ。
【ブラン】なるほどね。
【富士三六】富士急行線にはかなり時間がかかる普通列車もあるけど、理想を言えば表定速度30kmはクリアしたいところだな。
【ブラン】いろいろ条件があって、なかなか簡単にはいかないんでしょうけどね。
【富士三六】よく分かってるね。
「運行研究室」
でも話したように、すべて満点といかないところが辛いところだけどね。
【ブラン】ところで所長。JR山手線だって表定速度は33キロメートルくらいなんですよ。知ってました?
【富士三六】そうかい。もっと速そうに思えるけどなー。それは知らなかった。
【ブラン】ボクは中央線の特急(写真)と相互乗り入れがいいと思うんだけど・・・。東武鉄道もJR新宿と日光・鬼怒川間で相互乗り入れをはじめたでしょ。
【富士三六】昨年できた「都市鉄道等利便増進法」による具体的成果だな。
【ブラン】そんな難しいことはいいから富士急行線でもできないかなー。
【富士三六】う〜ん、できるといいけどね。
【ブラン】それはそれとして自家用車との競合はどうでしょう?
【富士三六】電車の利用者が減った最大の原因はもちろん自家用車の利用が増えたためだけど、大月市の中心部周辺は終日道路が混雑するし甲州街道は山岳道路だから、東京方面に行くには富士急行線で中央線へ乗り継ぐ人が多いんじゃないかな。高速道路の通勤割引なんかもあるにはあるけどね。
【ブラン】電車は時間が正確だからね。それに、もし遅れても上司に言い訳ができるものね。
【富士三六】お前、ちょっと考え方がずるくないか。
② 経済性
【ブラン】経済性とは何でしょう?
【富士三六】ほかに適当な言葉が見つからなかったので“経済性”としたんだけど、要するに運賃・料金のことだね。
【ブラン】富士急行線の運賃はJRより高いですよね。
【富士三六】それは地方私鉄だから仕方がないさ。JRのように大都会の通勤輸送や新幹線などで利益をあげる、というわけにはいかないからね。大手私鉄にいたっては乗客の多いところだけで営業しているからJRよりさらに安い。
【ブラン】なるほど、そう言われてみるとその通りですね。地方私鉄は厳しいわけだ。
【富士三六】ところで東京近郊の通勤路線でもかなり運賃の高いところがあって、例えば富士急行線の大月・谷村町(写真)間(切り上げ10営業キロ)は450円だけど、同じ距離でも千葉県の北総鉄道は500円、東葉高速鉄道は490円もする。
【ブラン】へー。それは知らなかったな。
【富士三六】それに初乗り運賃160円もけして高くないんだけど、ただ富士急行線の運賃は、あまり長距離逓減になっていないんで、乗車距離が長くなるほど他線と比べて割高になるんだ。
【ブラン】でも割引キップもいろいろありますよね。
【富士三六】さっきもちょっとふれたように富士五湖へ来る観光客のための割引キップはいろいろあるんだけどね。もちろん地元利用者向けにも定期券利用者休日割引などユニークな割引があるけど、JRのホリデーパス(2300円)発売日に1400〜1500円くらいの線内フリーキップを発売してくれれば、3700〜3800円で東京近郊を自由に乗り降りできるので、富士吉田や富士五湖周辺に住んでいる人にはかなりアピールすると思うけどね。
【ブラン】それはいいですね。駅には1日300円で車を置けるサービスがあるから利用者も増えるかもね。
【富士三六】JRの人気商品に便乗するようだけど、できれば富士急行線の駅でホリデーパスも売ってくれればなおさら便利なんだけどね。
③ 快適性
【ブラン】快適性というと車両の話ですか?
【富士三六】もちろん車両は快適性の重要な要素だね。
【ブラン】あれ。車両以外にも何かあるの?
【富士三六】駅の手入れが行き届いていることや、何より駅員さんや車掌さんの応対も乗客の印象を大きく左右する大事な要素だ。
【ブラン】そうかー。さすがに所長は言うことが違うな。
【富士三六】お世辞を言うんじゃない。
【ブラン】長野電鉄では去年小田急ロマンスカーを譲り受けたという話を聞いたんだけど。
【富士三六】10000形ロマンスカー(写真)は50000形が登場したので、小田急が長野電鉄へ譲渡したんだけどね。
【ブラン】フジサン特急にライバルあらわる、ですね。でも富士急行線へもロマンスカーが来ないかなー。富士吉田の駅にフジサン特急とロマンスカーが並んだところを想像するだけでもワクワクするな。
【富士三六】ブランはロマンスカーが好きだからな。でも10000形は連接車で台車が少ないから富士急行線ではどうかな。
【ブラン】長野電鉄だって湯田中に近づくと40‰の坂もあるし、200Rのカーブもあるんだよ。
【富士三六】ブラン、お前いつの間にそんなこと調べたんだ?
【ブラン】それより今度、暖かくなったら長野へ行きましょう。
【富士三六】そうだな、それもいいな。
Ⅲ 何よりも安全に
【ブラン】ところで最近気になることで、鉄道の事故が多いような気がしますが、富士急行線の安全対策はどうでしょうか?
【富士三六】富士急行線でも1971年(昭46)に踏切でトラックが電車の側面に衝突して電車の空気溜などが破損し、ブレーキが効かないまま下り勾配を暴走してカーブで脱線転覆したことがある。この時はたしか14人が亡くなったんだけど、その後フェールセーフの改良を進めて安全性を高めているんだ。
【ブラン】ほらまた難しい言葉を使う。
【富士三六】フェールセーフというのは1985年(昭60)の日航機事故のときよく使われた言葉なんだけど、故障や操作ミスなどで障害が起きたとき機器が安全側に働き、被害を最小限にとどめるような設計システムのことだ。電車のブレーキに関しては多重化により、主ブレーキが故障しても他のブレーキが作動して安全に止まれるようにすることだな。
【ブラン】交通機関は何よりも安全が第一ですからね。
【富士三六】富士急行線では、1993年(平5)に1000系車両の導入に合わせてATSを設置したし、また1997年(平9)には1968年(昭43)以来使用してきたCTC(列車集中制御装置)をPRC(自動進路制御装置)へ変更するなど、保安度の向上と体質改善を図っている。
【ブラン】いろいろやっているんですね。
【富士三六】鉄道会社は、こういう設備も全部自前でやらなければならないから大変なんだよな。
Ⅳ 厳しい環境
【ブラン】それでは、まとめに入る前に地方鉄道と富士急行線の現状についておさらいしてみたいんですが。
【富士三六】全国の鉄道利用者は年々減少している。先ほど輸送密度の話をしたけど、富士急行線でも1993年に4160人あった輸送密度がこの10年間で19.4%減少して、2003年度には3352人になっている。
【ブラン】えっ!そんなに減っているの。
【富士三六】少子化の時代だからね。でも、この減少率も他線と比べて特に大きいわけでもなくて平均よりはよい方だ。それだけ地方の私鉄経営は厳しいということだろうね。特に自家用車普及の影響が大きいな。群馬の私鉄2社(上信電鉄・上毛電気鉄道)なんかは、同じ期間にいずれも40%前後乗客が減って、中核都市(高崎市・前橋市)を拠点としているにもかかわらず、今では富士急行線より輸送密度が低い(2003年度=上信電鉄2747人、上毛電鉄2182人)。
【ブラン】それは深刻だなー。
【富士三六】一方で先ほど名前の出た遠州鉄道の場合は、同じ10年間に5.8%しか減っていない。しかも輸送密度は今でも10824人だ。伊豆箱根鉄道(写真)は2線(駿豆線・大雄山線)平均で18.5%減ったけど、それでも13769人の輸送密度がある。
【ブラン】路線によって随分違いが大きいんだな。
【富士三六】遠鉄も伊豆箱根も「待たずに乗れる」ということで、地域の交通機関として定着しているからね。
【ブラン】学ぶところはありますね。
【富士三六】最近でも地方鉄道廃止の話が相次いでいて本当に残念なんだけどね。鉄道が廃止になった町は間違いなく衰退が加速している。鉄道は大切な社会基盤で地域の財産と考えなければならないんだ。
【ブラン】富士急行線のない富士北麓なんて考えられないですよね。でも最近、鉄道を守ろうという話も聞きますね。
【富士三六】例えば南海電鉄の貴志川線は、今年4月に和歌山電鉄として再生したけど、鉄道を守ろうとする地域の力も大きかったんだ。いざ廃止ということになると、今まで鉄道の果たしてきた役割の大きさに改めて気が付くのかも知れないね。
【ブラン】貴志川線はNHKテレビの「ご近所の底力」でもとりあげられたりしてね。
Ⅴ これからのこと
【ブラン】それでは、話を前向きの方角へ向けて、富士急行線への追風はありませんか?
【富士三六】なかなかないんだけどね。強いて言えば、第一に飲酒運転の取り締まりが強化されていることかな。確かに山梨県は飲酒運転が多かったけど最近ではだいぶ意識が変わってきたからね。
【ブラン】飲酒運転に対しては処分が厳しいですからね。電車で帰れば家族も安心だしね。
【富士三六】第二に来年から県立高校が全県1学区になるんだけど、これで電車通学が増えるということも考えられる。
【ブラン】なるほど。富士吉田の高校へ遠くから電車通学する生徒も出てくるかもね。
【富士三六】第三に高齢化社会が進んで公共交通機関を利用するお年寄りが増える。
【ブラン】それもありそうだな。でも全体的にインパクトが弱くないですか。
【富士三六】ブランもなかなか厳しいね・・・。確かに、流れにまかせないで鉄道利用を促進させるような策を考える必要はあるな。
【ブラン】そうですね。
【富士三六】多少長い目で見て考えたいんだけど、来年から大量に退職する団塊の世代を何とかしたいね。
【ブラン】それは目のつけどころがいいですね。でも具体的にどうします?
【富士三六】この年代は若いときに鉄道旅行をしているので電車好きが多い。ツアーの中にフジサン特急での移動を組み込むとか・・・。待てよ、そうなるとJRとの連携も必要になるな。
【ブラン】何を一人でブツブツ言ってるんですか。
【富士三六】そうだ!全国の地方私鉄が共通のフリーキップを発売したらどうだろう。JRのフルムーンパスとセットで販売すれば、観光地に向かう熟年カップルの鉄道利用が増えるんじゃないか・・・。例えば、津軽鉄道で太宰治記念館へ行ったり富山地方鉄道で宇奈月温泉へ行ったり、もちろん富士急行線で富士五湖を訪ねたりと。私鉄は沿線に良い観光地をたくさんもっているからね。
【ブラン】話がだんだん広がってきて、一人で盛り上がっているなぁ。
【富士三六】でもこれからは鉄道各社が協力することも大切だと思うんだ。
【ブラン】所長にそう言われると実現できそうな気がするな。
【富士三六】駅の機能強化も大切だな。今や地方都市の中心部の空洞化は深刻な問題で、政府も「まちづくり3法」の見直しを考えているようだからね。
【ブラン】富士吉田のターミナルビル(写真)もオープンしましたよね。Q−STAって言うんでしょ。
【富士三六】なかでもクリニックモールができるたのは素晴らしいな。駅なら高齢者も電車やバスで通うことができる。
【ブラン】今はお年寄りだけの世帯や一人暮らしのお年寄りも多いですからね。
【富士三六】拡散してしまった町の機能を中心部に集めること。高齢化社会の到来とともにコンパクトな町づくりはこれからの流れになるから、駅はそのために重要な役割を担うことになると思うよ。
【ブラン】富士吉田以外の町でも駅を中心に賑やかになるといいけどね。河口湖の駅も完成が近いし、都留文科大学前も、駅ができてからすごく変わったよね。
【富士三六】富士急行線では、小さな駅でも「ママさん駅長」が頑張っているしね。
【ブラン】話は変わりますが、富士急行線では今度、貸切列車を運行することになりましたね。3月4日には運転士さんの結婚祝宴列車(写真)が運転されたよね。
【富士三六】結婚式や同窓会や、いろいろなことに利用すれば楽しいよね。鉄道の活性化のためには良いことじゃないかな。もともと鉄道のサービスというのは、鉄道会社が多数の顧客を対象に均一に提供するものだからね。利用者の要望で列車を走らせることができる、というのは画期的なことだ。
【ブラン】言われてみればそうだなー。ところで、ボクがやってもらいたい列車があるんだけど。
【富士三六】ほー。なんだい。
【ブラン】「ワンワン大集合列車」。ボクらの場合、小さい友だちは電車に乗れるし、プレゼントももらえるけど、ボクのように大きいのはダメだから、貸切で乗れないかと思って・・・。そうすれば、ゴロウとケンタとパピーちゃんと、それにサスケとユキちゃんにも声をかけて・・・。
【富士三六】おいおい、もうその気でいるのかい。
【ブラン】いよいよ楽しみになってきたぞ。
気分が良くなったところで、そろそろ終わりたいと思いますが。何か話がまとまらないですね。
【富士三六】それをまとめるのが秘書の仕事だろ。
【ブラン】あれ。また、うまくやられちゃった。
(※)文中、輸送密度は「年鑑・日本の鉄道」(鉄道ジャーナル社)による。
下吉田駅にて
所長インタビュー
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