このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |
昔なつかしい旧国鉄の終着駅 | |||||||||||||||
昭和時代後期の1987年(昭和62)4月1日に行われた国鉄分割民営化以前の旧国鉄時代には、地方のローカル線がたくさんありました。その中には、盲腸線などと揶揄されていた短距離の行き止まり路線も結構あったのです。そこには、小さな終着駅があって、哀愁が漂よっていて、カメラの被写体としても面白いものでした。 | |||||||||||||||
☆美濃神海駅(樽見線) 1984年の8月28日「いい旅チャレンジ20,000㎞」での樽見線(岐阜県の大垣駅−美濃神海駅 24.0㎞)乗りつぶしのために真夏の美濃神海駅を訪れました。当日は天気も良く、冷房のきかない車窓を大きく開いて、のどかな風景を楽しんだものです。その後第三セクターの樽見鉄道となり、現在では樽見駅まで延伸されて、この駅は終着駅ではなくなってしまいました。
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☆武豊駅(武豊線) 1984年の9月16日、これも「いい旅チャレンジ20,000㎞」での武豊線(愛知県の大府駅−武豊駅 19.3㎞)乗りつぶしのために出かけていって、終点の武豊駅に到着しました。この線は名古屋近郊の通勤、通学線ともなっていて、今日でもJR東海に引き継がれて運行されています。中部新国際空港が出来たときには延伸されて、その連絡ルートとすることも検討されていましたが、とん挫したままになっているようです。
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☆東赤谷駅(赤谷線)
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☆神岡駅(神岡線) 1984年の9月2日、これも「いい旅チャレンジ20,000㎞」での神岡線(富山県の猪谷駅−岐阜県の神岡駅 20.3㎞)乗りつぶしと神岡の町を見てみたいと思って出かけて行き神岡駅に至りました。当時は神岡鉱山の鉱石運搬や化学薬品輸送の産業用鉄道としての需要が高かったのですが………。その後、第三セクター神岡鉄道として引き継がれたものの、2006年(平成18)12月1日に廃線になってしまいました。
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☆九頭竜湖駅(越美北線)
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☆信楽駅(信楽線) 1986年の8月4日「いい旅チャレンジ20,000㎞」での信楽線(滋賀県の貴生川駅−信楽駅 14.8㎞)乗りつぶしのために真夏の信楽駅を訪れました。駅前には、ユニークな信楽焼のタヌキが置いてあり、ぶらぶらと信楽焼の窯を巡ったりもしたのですが.....。その後、第三セクターの信楽高原鉄道として引き継がれ、今日に至っています。
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