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屍連ねる正義の道〜Justice Road〜
どこかでガラスの割れる音が聞こえた。しばらくして、道の向こうで追いかけっこをしている男たちが通り過ぎていく。
閉じた町に入ってすぐのところにあるクラシックバーに、セイルはいた。
窓の向こうに見える町は擬似太陽がとうに消灯してしまっているにも拘らず昼間と同様の、いや、昼間以上の賑わいを見せていた。人間というものはいつの時代も単純なもので、夜になるとテンションが上がる物らしい。時刻は午後9時42分、約束の時間まで、残り20分弱。
「…………はぁ……」
セイルはガラにも無くかなり早い時間に来てしまっていた。1杯だけ注文した果実酒は氷が溶けて水っぽくなってしまい、とくに暇潰しの方法も無くセイルは窓の外を眺めていた。
(カラードネイル……呼び出したって事は何か話してくれるんだよな……)
先月起こったテロリストのアリーナ襲撃事件のおりに再開した、過去に少年だったセイルを救ってくれたレイヴン……正直なところ、セイルは彼に憧れていた。
他の誰がなんと言おうと、彼の中ではヒーローのような存在だった。
(…………)
セイルはそこで考えるのを止めた。自分の……に対する憧れは変わっていない。多少心が揺れているような気もしたが、これだけは本当だと確かに言える。だが、
(問題はそこじゃないな。俺の考えが正しければ彼……あの人は…………)
先月の戦闘のときの、カラードネイルとキースの会話を思い出す。あの時の違和感は、ただ声が10年前と変わっていなかったからだけではなく………
「……」
その時、店の扉を開けて一人の客が入ってきた。大きめのコートにタイトなジーンズをはいている。ありふれた格好だが、腰まで届く長い白髪と目深にかぶった帽子の下の赤い目は、一目で目的の人物だとわかった。
セイルは体を起こして手を上げるが、その客はセイルを無視して奥の席に座ってしまった。注文をとりにきたウェイターに何か言って下がらせると、顔を伏せて足を組んだまま動かなくなった。
(気付いてないって事はないだろうし……こっちへ来いって事か?)
セイルは伝票をつかむと奥に向かって歩いていった。客は少なくないが、そう混んでいる訳ではない。邪魔にならないように移動すると、カラードネイルの向かい側に座った。
「どうも、この前は助かった。で、わざわざ端っこに座るって事は……」
「窓際は狙撃されやすい。特にこんな所でむやみに身を晒すな」
セイルは後ろを振り向き、自分の座っていた席を見る。窓の向こうは大通り、自分を狙える場所はいくらでもあった。
「あー……そう、か……スマン、浅慮だった」
「…………」
カラードネイルはため息をつくと運ばれてきた飲み物を口に運んだ。帽子の下の顔が見える。とても30歳を越えているとは思えない、端整で中性的な顔立ちをしている。グラスを持った左手の指は、付け爪をしているのか緑色だった。
「それで、呼び出した理由は?」
「……」
グラスの中身を半分ほど空け、カラードネイルは視線を戻す。
「言いたい事があるのはそっちだろう。わたしの事をまったく知らないわけではあるまい」
「……まぁ、あんたの事は疾風……あの時一緒にいたレイヴンから聞いた。家族を皆殺しにされた復……」
そこまで言いかけてセイルは口をつぐんだ。少なくとも言われて嬉しい事ではないだろう。しかし、
「復讐鬼……別に言ってくれてかまわない。本当のことだ」
カラードネイルは気にもかけないような口ぶりで、セイルが言いかけた言葉を口にした。
「あ……で、でも、だからって俺があんたを尊敬してることに変わりは無い。あの時も言ったけど、あんたが殺戮者だろうとPLUSだろうと……」
「……やめてくれ」
カラードネイルは小さく、しかしはっきりと言った。僅かに伏せられた顔には悲しさと苦しさが混じったような表情があった。
「わたしは、他人から賞賛を受ける資格なんて無い。わたしは、お前や、他のレイヴンが思っている以上に、残酷で、卑劣で、悪質だ」
セイルは目の前のレイヴンのあまりにもの暗い表情に、言葉を失った。僅かに耳に入ってくる店内のラジオではアリーナの実況中継が行われており、スキウレという名が聞こえた気がした。
………………同時刻、グローバル・コーテックスガレージ、レイヴン控え室
次々に襲い掛かるミサイルの群れを、パープルに塗られたフロートタイプのACがスラスラとかわしていく。左肩のエンブレムには僅かに開いた物語の本と、その隙間からあふれる蛇の群れが描かれている。
本の題名に書かれた機体名はフェアリーテール、セイルの知り合いでもある女レイヴン、スキウレの機体だった。対する逆間接型のACはイクスプロードの駆るブレイクショット、全身にミサイルを装備した高火力型である。
「へぇ……派手さと気合はウワサ通り……か」
コクピットの中で、スキウレは微笑を浮かべる。ブレイクショットは両腕とエクステンションから前方と上方にむけてミサイルの群れを吐き出していた。発射数が多く、高い追尾性能を持つミサイルはACの持つ代表的な重火器であり、直撃を食らい続ければ重量級ACすら一瞬にしてスクラップにされてしまう。しかし、
「でも、所詮は見掛け倒し。私には、遠く及ばないわね」
スキウレはフェアリーテールを後方にブーストダッシュさせ、四方から迫るミサイルの束を一つに纏めると、向きを変えつつ急停止をかけてミサイルをやり過ごした。同時に背部に装備されたカプセルから小型オービットを射出する。
それらは次々に放たれるミサイルの群れを掻い潜り、ブレイクショットに接近していく。それに気づいたのかブレイクショットはミサイルの発射を止め、オービットの補足から逃れようと回避運動に入るが、衛星のように機体の周りを飛び回るオービットから逃れきれず、至近距離から放たれるレーザーに装甲を削られていく。
「わたしのフェアリーからは逃れられないわよっ!」
焦りからか動きの鈍くなったブレイクショットにフェアリーテールが肉薄し、左腕部のブレードを振るう。ACの背丈ほどもある長い刀身は、レーザーの集中を受けて脆くなったエクステンションを切り裂いた。
スキウレの戦闘スタイルは、このようにオービットを主体にしたものである。
敵機を自動で補足でき、ACからの遠隔操作も可能なオービットによる攻撃は回避が困難であり、よほどの回避技術が無ければ避け続けることは困難である。攻撃をオービットに任せ、自機はフロートタイプの持つずば抜けた機動力を生かして逃げ回る。一見卑怯とも思える戦法だが、1対1のアリーナでの勝負では最も合理的な手段である。
スキウレはアリーナでの試合に主体を置いているレイヴンであり、ことオービットの扱いにかけてはトップランカー、キース・ランバートですら及ばないという。彼の機体ケルビムも同種のオービットキャノンを装備しているが、彼のものはあくまで補助的なものであり、複雑な遠隔操作も行わないという。
局部的ではあるがトップランカーをも凌ぐ技術によって、スキウレはアリーナにおいて比較的高い順位を維持していた。
オービットの攻撃に機体を焼かれつつも背部の垂直発射ミサイルで反撃に移るブレイクショットから、高速で離脱していくフェアリーテール。モニターに映るその姿を、2人の男が見守っていた。ケイローンとクライシスである。
「決まりだな。直ミサ連動ならともかく、あの状態じゃ」
「ふむ……」
ケイローンがモニターの電源を切り、ソファに腰掛ける。部屋には2人しかおらず、お互い話す事も無いのか口を開かない。部屋に沈黙が訪れる…………が、それはすぐにケイローンによって破られた。
「で?計算づくのズレない行動が身上のお前が、一体どうした?」
「……何でもない。戦闘に不測の事態は付き物だ」
部屋の隅の椅子に腰掛けたクライシスの左腕には包帯が巻かれ、首から釣られて固定されている。表情は心持ち不機嫌そうだった。
「不測の事態………ねぇ……」
ケイローンはソファの背もたれに頭と肘を乗せて天井を見上げた。
「セイルも一緒だったんだろ。あいつ、何かやらかしたんじゃねえか?」
「彼は関係ない。この傷は俺自身のミスだ」
「……ならいいんだが」
しかしケイローンはクライシスの表情が微妙に変わったのを見逃さなかった。
(セイルのせいじゃないのは本当らしいが、ハンパ無い対物反応速度を持つこいつがそう簡単に直撃を食らうはずも無い………何か言えないような外的要因でも有ったのか……)
「んで、傷はもういいのか?」
「骨はナノマシンで繋いである。今は固定しているだけだ。……ところで」
「あん?」
「セイル……彼は対AC戦が苦手なのか?」
「?……別にんなことぁ無いぞ。アリーナでの勝率は70%を切ってない。最近じゃマズルブレイカーなんて通称が出来てきたぐらいで…………なんだ?やっぱ何かあったのか?」
「……いや…………」
ポツリポツリと客が減り始め、ラジオも試合の終了とともに消されてしまった。もともと静かだった店内がよけい寂しくなる。そんな中、セイルの耳にはうつむいて話すカラードネイルの声がやけに大きく響いていた。
「もう何年前になるか……あのころは、自分の目的を遂行するのに何の疑問も持たなかった。とにかくヤツを、ゼロを殺したい。その思いだけで生きていたと言ってもいい。だが正しいと信じて突き進んだ道は、いざ行き詰まって振り返ってみれば血と死体に溢れていた」
カラードネイルが左手の付け爪を外し、手を差し出した。
「ゼロは陽動のためのテロ行為を依頼されていたらしい。そのせいで両親も祖父も、友人もほとんどが死んだ。わたしも瓦礫に左手を潰されて、1週間はベッドで唸っていたよ」
セイルは無言のまま差し出された手を見る。左手の爪は平たくつぶれ、黒く変色していた。手術で消せない傷ではないだろうが、おそらく意図的に残しておいたのだろう。
「動けるようになってすぐに、レイヴン試験を受けた。道楽でMTの免許を持っていてな、あのころは地上の開発競争が激化してきたこともあって、どの企業も戦力としてレイヴンを欲していた。コーテックスも、それに応じてレイヴンを増やそうとしてたんだな。テストなんて通過儀礼みたいな物で、病み上がりのわたしでも簡単に受かったよ」
カラードネイルはグラスの中身を飲み干し、大きくため息をつくと顔を上げた
「それから後はとにかくアリーナで上を目指した。日に何度も試合を繰り返してどんどん順位を上げた。勝てないときは脅迫や買収で負かしたし、レイヴンランクを上げるために依頼も困難なものから受けて行った。すぐに体が追いつかなくなったが、そのときは躊躇いもなく人間をやめた」
カラードネイルは目線を横に向けて自分の髪を見る。生体的な強化を受けると色素が欠落し、髪と肌は白く、目は血液が透けて赤くなるのだ。
「でも……そのころだって、PLUSになるレイヴンは珍しくなかったんじゃ……」
「始めてからほんの数ヶ月でなるやつはいない」
「数ヶ月……そんな………」
レイヴン歴数ヶ月の初心者では資金もそう多くなく、強化手術を受けるような覚悟も(一部の好戦的なレイヴンを除いては)無いはずである。
「一体何歳だったんだ?その時」
「さあな。詳しくは覚えてないが、今のお前よりは若かった気がするよ」
「なっ……」
セイルが現在20歳、ということは当時のカラードネイルは10代後半だった事になる。セイルは驚いて言葉を詰まらせた。
「そんな歳で、戦うために、体を作り変えるなんて…………さしずめ、女は強しってところか……」
カラードネイルの目が僅かに細くなる。
彼……いや、彼女は苦笑すると逸らせていた視線をセイルに戻した。
「なんだ……気づいてたのか。まだ会うのは3度目だというのに」
「アリーナで声を聞いたとき、違和感があったんだ。10年前と声が変わってないって言うのもだけどそれ以上に……なんていうか……ほかの男とは違う声だって、そう感じた」
「妙な奴だな。強化手術を受けたときに声は変えてたし、体だって鍛えてるうちに女っぽくなくなったのに。洞察力が鋭いっていうのは本当らしい」
カラードネイルは帽子をかぶりなおすと、テーブルに紙幣を置いて立ち上がった。
「そういうことだ。わたしはほんの十数年生きたくらいで、復讐のために人生を捨てるような軽薄な生き物なんだよ。話はそれだけだ。もういいだろう?」
「もういい、っておい、待てよ!」
セイルは立ち上がって、出口に向かっていくカラードネイルを呼び止めた。
「はぐらかすな!俺はあんたを尊敬してる。それが十ウン歳で人間やめる様な奴でもだ。あんたが今まで何人殺してても、何度汚いことをやって来てても、たとえテロリストまがいのことをしててもそんなことは関係ない。俺は………」
「黙れ」
セイルに背中を向けたまま、カラードネイルは叫んでいた。店中から視線が集まり、僅かに聞こえていた話し声が完全に途絶える。しばらくの沈黙の後、カラードネイルが振り向いて口を開いた。
「1つ確認しておく。その『セイル・クラウド』と言うのは、本名か?」
「……そうだ。レイヴンネームじゃない。でもそれが……」
カラードネイルの口元がゆがむ。大げさすぎるほどの苦笑。カラードネイルは振り向いていた顔を戻し、突き放す様に言った。
「だとしたら、あの日お前の両親を殺したのはわたしだ」
「っ!」
セイルの目が大きく見開かれる。カラードネイルは話を続けた。
「わたしはあの日、テロリストの排除を依頼されて来ていたが、戦闘中にまだ避難していない男女を見かけた。背の高い男と眼鏡の女で、セイル……お前の名前を叫んでいたよ」
セイルは震えていた。指の先が狂ったように振動し、足元がおぼつかない。
「2人は戦場を避けるように移動していたつもりだったんだろうが、どういうわけか戦闘の中心部に迷い込んでいた。それを見つけた敵のMTが二人にライフルを突きつけて、私に言ったよ、撤退しなければ2人を殺す、と。わたしは気にもかけずに引き金を引いたけどね。2人とも倒れたMTの下敷きになったよ」
セイルは震えが止まらなくなってきた。しまいに周りの物全てが震えているような錯覚に陥る。テーブルも、椅子も……目の前のカラードネイルの肩も。
「……本当に……妙な奴だよ。親を殺した仇を……尊敬していたなんて………」
カラードネイルは最後に上を向いてため息をつくと、早足で店を出て行った。セイルは困惑の表情を浮かべたまま、しばらく立ち尽くしていた。
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