このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |
白昼夢〜闘技場を制するもの〜
『それで? 昨日はそのまま別れちゃったの?』
「ああ……どうも、な……」
薄暗いコクピットの中、セイルはレナと話していた。コクピットは定期的に小刻みに揺れている。チェックメイトはゆっくりと古い遺跡の中を歩いていた。
<ミッション:旧世代遺跡内部調査>
reward:20000C missioncord:prairie dog criant:キサラギ
わが社の管轄する領域内にある遺跡に調査に向かってほしい。
この遺跡は大破壊以前に建造されたと思われるが、以前行われた調査では特筆すべきものは見つからなかった。
しかし最近になって、その遺跡で頻繁に謎のエネルギー反応が観測されるようになった。おそらくどこかのテロリストが潜伏しているものと思われるが、以前の調査では発見できなかった旧世代の施設が発見される可能性もある。
内部を念入りに調査し、エネルギー反応の原因を突き止めてほしい。
遺跡は以前市街地だったらしい旧都市区の郊外にあった。
一見工場のようにも見えるが、もっと別のものかもしれない。セイルが到着したときには件のエネルギー反応は確認されなかったが、依頼通り内部の調査を開始した。
『ところで、そっちはどうなの?』
「………………」
『ねえ、ちょっとセイル?』
「ん……ああ、貰ったマップによればもうすぐレクテナ装置のある部屋だと……」
『もう、歯切れが悪いんだから。任務に集中しないと、死んでも知らないわよ』
「…………了解」
セイルはため息を吐きつつチェックメイトを進ませる。
先日のカラードネイルとの会話以来、あの時の事が頭から離れない。尊敬していた彼女が自分の両親を殺したのだと。正直セイルにはショックだった。
自分の信じていた価値観が崩れ去るということは世界の変革に近い。一瞬にして世界が変わったら、それはどんなに大変なことか。しかし、
(親父とお袋……もう顔も覚えてないけど、あの町には観光で来てただけのはず。親戚を尋ねて来たって可能性を除けば、二人の他に俺の名前を知っていて、なおかつ探してくれるような人がいるとは思えない……でも…………)
セイルは考え込む。
どうしても頭から離れないこと、それは両親を殺した彼女のことではない。あの日あった出来事の中にある疑問。それはいつもの違和感どころではない。決定的な矛盾がある。それは………………
『セイル!?』
「っ?」
不意にコクピットを衝撃が襲う。ディスプレイには一面に灰色の壁。チェックメイトは隔壁にぶつかって止まっていた。
『ちょっとセイル、いい加減にしてよ。いくらなんでも上の空すぎ、そんなんじゃほんとに死んじゃうんだから』
「ああ、悪い……本当だ、壁が迫ってるのも気づかないなんて」
セイルはチェックメイトを一歩下がらせてコンソールにアクセスし、隔壁を開いて中に進んでいく。
そこは上に向かって伸びる大きな縦穴になっており、中央には数十メートルはあろうかという巨大なレクテナ装置があった。おそらくは使用されるときのみ天井が開いて受信機が外に出る仕組みなのだろうが、今は天井は開かれたままで停止している。
原形はとどめているものの、すでに錆付いてぼろぼろになっており、装置の上部から真ん中あたりの高さまでは何かを押し付けて引きずったような跡がついていた。
「……デカイな」
『やっぱり大破壊以前のものね。ここまで大きなレクテナ装置は現在は使われていないわ』
「エネルギー反応は?」
『……無いわね。もう停止してから長いみたいだし』
「そうか………」
セイルはレクテナ装置を見上げた。何百年も前に存在した旧世代文明。その遺跡や遺物が、地上には多く残っている。
そのほとんどは管理者崩壊以後、地上の開発が始まると共に発見されたもので、レイヤードには記録すら残されていなかった。
その事については歴史研究者たちが調査しているものの、実際ほとんどの資料が、おそらくは管理者の手によって抹消されているため探りようが無かった。
もっとも、現在人民の統治を行っている企業にとって、必要なものは歴史そのものではなく旧世代文明が残したロストテクノロジーである以上、企業そのものが積極的に歴史の解明を行おうとするような事は無く、各地に残されている遺跡はデータの吸い出しが終わり次第不要なものとなってしまっていた。
「…………」
セイルは装置を見つめ続けるが、長い歴史を見てきたはずの知識の塔は黙して語ることは無く、空しくなったセイルは見上げるのをやめて視線を戻した。
「さて、次行こう。扉は……上か」
マップを確認し、セイルはブースターをふかして縦穴を登っていく。やがて最上部に到達し、扉を開く。もう一度朽ち果てた柱を一瞥すると、奥へ進んでいった。
『そんなにあの装置が気になるの?』
「いや、なんとなく……な。最近のレクテナ装置って、あそこまで大きくはならないだろ?」
『そうね……そう考えると、旧世代文明の技術って言うのも、まだまだ未完成だったのかもしれないわね……』
もう一つ扉を抜ける。そこはガラス張りの長い廊下で、ガラスの向こう側は何かの工場のようにハンガーが並んでいた。
「丁度ACが入りそうな大きさだな」
『そうね。大破壊以前もACは使われてたみたいだし。もとはその工場だったのかもね』
セイルは割れたガラス越しにハンガーの列を見渡してみる。ふと、セイルはドックの中にある残骸のようなものが目に入った。
おそらくはドックに入っていたACの物だろう。熱で飴のように曲がっており、どのパーツなのかもわからなかったが、表面には僅かに赤い塗装が施されていた。その色が、やけに気になって………………
「…………」
『ここにも反応は無いわね。セイル、先に進んで』
「え? ああ次に、と……あれ?」
『どしたの?』
「いや、これは……」
セイルはブーストダッシュで廊下の端まで進む。そこの隔壁は溶けてゆがんでしまっていた。セイルはチェックメイトのマニピュレーターで隔壁を叩いてみるが、音は反響しない。
「駄目だな。施設破壊用の爆弾でも持ってこないと、ACじゃ入れそうに無い」
『ちょっとまって……うん、完全にふさがってるみたいね。どうする? 施設の周辺から回りこめないか探してみようか』
「いや、止めとこう。この施設、山の斜面に食い込むように作られてるんだ。このへんから先はたぶん地下のはず。入り口を探すとしたら山全体を探さないと」
『そっか……仕方ないわね。報酬減らされるかもしれないけど、帰還しましょう。それにしても、内部で爆発でもあったのかしら。この隔壁もそうだけど、あの装置やハンガーも熱で融解した跡があったし……』
セイルはチェックメイトにもと来た道を戻らせる。レクテナ装置のところに来たとき、開いた天井から空が見えた。いつのまにか、空は黒い雲で覆われている。
「朝っぱらからヤな天気だな。雷でも落ちてきそうだ」
『ほんとだ。こっちも曇ってきてる。でもACは大丈夫よ、電気は表面を通って地面に逃げるから。まぁ、防護スクリーンや通信系等はやられるかもしれないけど……』
「ふ〜ん……ま、それならいいけどさ、なんか歯まで痛くなってき……」
セイルがそう言いかけた時、空が一瞬まばゆく輝き、雷鳴が轟いた。
その刹那、セイルはチェックメイトの背後にただならぬ気配を感じ、振り向いてパルスライフルを向ける。しかしそこにはただ錆付いた扉があるだけだった。
気のせいかと思い銃をおろす。きっとカラードネイルの事で悩んでいるせいだろう。この施設に入ったころからずっと、なんでもないようなものに違和感を覚えるようになっている。
「…………っ!」
しばらくはミッションを受けるのを控えようか、とため息を吐いたとき、再び轟音が響き渡り、あたり一面が光に包まれた。レクテナ装置に雷が落ちたのだ。しかし頭がそれを理解する前に、セイルはホワイトアウトしたディスプレイの中に、ありえないものを見た。
それは、レクテナ装置をバックに空中でレーザーブレードを振り合っている、真紅のACと漆黒のACだった。瞬間、セイルの脳に、膨大な量の何かが流れ込んできた。見えないはずの光景、聞こえないはずの声、感じないはずの感触、それらが一気に五感を占領し………………
「………………………………ナインボール……アナイアレイター……」
セイルの意識は、闇へ落ちる事無く白く染め上げられて行った。
ゆっくりと視界が戻っていく。そこは色のついていない、薄暗い部屋。四角いテーブルを挟んで向かい合う形で2つのソファが置かれ、一組の男女が向かい合って座っている。
「正気なの?あなた、本気でこんなものを……」
「せめて本気なのかと聞いて欲しいが……そちらの技術力でも十分可能な筈だろう?」
聞き覚えのある声だった。クライシスとスキウレ。顔ははっきりと見えないが、二人であることははっきりと分かった。
「技術の問題じゃないの。いくらなんでもアレを私の一存で売り渡すわけにはいかないわ。第一あんなものをACに搭載できるはずが……」
「ならそれは俺が調達しよう。ACへの搭載については……このとおりだ」
クライシスはテーブルに1枚のメモリを投げ出した。スキウレはそれを手に取ると携帯端末にセットし、開いてみる。画面は何か設計図のようなものが映った。スキウレはしばらくそれを見ていたが、不意に表情を変えた。
「すごい……あなた、よくこんな物を………」
「その使用なら現状のACにも搭載可能だ。これで問題あるまい」
「いいえ、だとしたらなおさらよ。こんな危険な兵器を世に放つわけには行かないわ」
「正しい判断が出来るものが使用すればいい」
「っ!……それがどれだけ困難なことか……」
「無論わかっている。問題ない。暴走した武力の恐ろしさを身をもって理解しているやつならば、使い方を間違うことはあるまい」
「…………それは?……」
上昇して逃げる赤いACと、それを追う黒いAC。赤いACが放ったパルスライフルを黒いACは空中で難なく躱し、赤いACのボディをレクテナ装置に叩きつけた。
「おい、今言った事は本当なのか?」
「嘘は言っていないわ。これでも仕事なの、情報に偽りは無いわ」
さっきとは違う、見覚えのある場所だった。閉じた町の一角にある情報屋の応接間。やはり色は無く、ここでも一組の男女が話をしていた。情報屋の女店主と……ケイローンが。
「どういうことだ? あそこはとっくにキサラギが破棄してたはず……」
「そんなはずないわ。データだけ見れば、あそこはサイレントライン事件の前からずっとキサラギの……」
「畜生、何で気づかなかったんだ。セイルのヤツに知らせてやらねえと……」
ケイローンは壁にかけてあったコートを掴むと、テーブルに紙幣の束を置いて飛び出していった。残された店主はため息を吐くと、テーブルを片付け始めた。部屋の扉が開き、眼鏡の少女が入ってくる。
「…………」
「そう、あの子に知らせてあげるって言ってたけど、何をあんなに慌てて……あっ、やっぱり。そんなことだろうと思ったわ、あのジジイ慌てた振りして料金誤魔化してやがる。今度来たら料金倍にしてやるんだから」
「…………」
「え? 分かってるわよ。そのうちあの子の方から聞きに来るわ」
失語症の少女は一言も喋っていないが、何故か会話が成立している。筆談でもしているのだろうかとセイルは目を凝らすが、見えてきたのは別の情景だった。
黒いACの放ったレーザーに、赤いACが貫かれて爆発する。その爆風の中を、もう一体の赤いACが突き抜けてきた。赤いACは空中に飛び上がるとグレネードランチャーを展開し……
再び覚えの無い部屋。大きなベッドに1組の男女が腰掛けている。閉じられたカーテンの隙間から差し込む光に眼を細めながら、男がしゃべっていた。案の定その光景には色が無く、二人とも知らない顔だったが、やはり声には覚えがある。キース・ランバートとエマ・シアーズだった。
「では、最近頻発しているテロ行為には全て……」
「サイレントラインの技術が使われている。間違いない」
「先月の、アリーナへの襲撃も?」
「あの2機の黒いACは、共に俺がサイレントラインで交戦、撃破したはずの機体だった」
「ならテロリスト達を支援しているの組織はサイレントラインの技術を利用して……」
「何かを企んでいる。あのアリーナへの襲撃も、その一環だ」
「アリーナのメインコンピューター……登録されている全レイヴンのデータですか? そういえば、あなたもそれを守ろうとして……」
「違う」
キースはベッドから立ち上がると、窓のところまで歩いていき、窓に取り付けられたブラインドを確認する。
「レイヴンたちのデータはついでだ。本当の目的は別にある。カラードネイルにはその阻止を依頼していたが、失敗したようだ。このことは奴らにとって大きなプラスになる」
「別の目的……それは………」
とてつもなく広い空間。その中央で、黒いACは巨大な翼を持つ赤いACのようなものと対峙していた。不意に黒いACは左腕から、赤いACは両腕からレーザーブレードを発生させる。2機は、申し合わせたかのように互いに向かって突進していき………………
「セイル・クラウド。テロで家族を失った彼ならば、正しい使い方がわかるはずだ」
「キサラギのウィリアス植物研究所……書類上では、まだ破棄なんかされてないはずなのよ……」
「陽動に見せかけてACガレージの入り口を破壊し、レイヴンの動きを制限することだ」
2機が激突した瞬間、再び強い光と共にセイルは我に返った。体中がぐっしょりと汗をかいており、息も荒い。心臓も、まるで今まで全力疾走していたかのように拍動している。
『ザッ……ザザッ……セ、イル? あ、やっと回復した。セイル、大丈夫だった?雷、近くに落ちたみたいだけど』
「あ……ああ、大丈夫。こっちは問題ない……」
無線から聞こえるレナの声にセイルはなんとか落ち着きを取り戻す。今しがた自分が見ていたものはなんだったのか。落雷が見せた幻覚、それとも夢。あるいは……
(わかる。今見たものは、すべて実際にあった。いや、一部はあの瞬間行われていた事だ)
セイルはチェックメイトに縦穴を降下させつつ考える。
(でも、いったい何がどうなったんだ? 遠くの情景が目に浮かぶなん……痛っ!……)
セイルはヘルメット越しに頬を押さえる。チェックメイトが着地した時、なぜか歯の治療痕がズキズキと痛んだ。
(…………遠く離れたところでの会話が……雷雲から漏れ出した静電気を振動させて電波を発生させ……落雷によって一時的に機能が回復したレクテナ装置がその電波を収束し……同時に俺の奥歯にフタをしている金属がアンテナとしてそれを受信した……)
一瞬脳裏に浮かんだ取りとめの無い思考。セイルは馬鹿馬鹿しいとそれをかき消すと、出口に向かって進んでいった。
このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |