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老兵の夜〜戦友と硝煙と出撃記録〜

 

 

夜の帳が下りた町にはあちらこちらに明かりが灯り、闇を明々と照らしあげている。コーテックスシティの繁華街は間もなく変わる日付に追いつこうとするかのように賑わいを増していた。

管理者崩壊以後、現在においても激化を続ける企業間闘争によって、すでにまともな秩序など存在しないこの時代において、民衆は以前にもまして刹那的な愉しみを求めるようになっていった。

夜ごと繁華街にくりだし、その日の稼ぎをその日のうちに使い切ってしまうような勢いで酒場や風俗店をはしごする。

今日一日を無事に生き抜ける保障が余りにも少ないこの時代においては、それがむしろ賢い手段のように思えてしまう程だった。そしてそれを肯定するかのように派手なネオンサインが軒を連ね、行きかう人々も負けじと声とテンションを張り上げる。

そしてここにも男が一人、呂律の回らないだみ声を張り上げていた。

「てんめぇらわぁガってんのクァん?こんぬおれがあンきょりでま〜けるほうがおがじィっだてんおうえ」

 繁華街からわき道にそれた薄暗い路地を、顔を真っ赤にしたケイローンが両脇を支えられて歩いていた。白髪交じりの短い金髪が生えた頭はグラングランと揺れてあらぬ方向に重心を傾け、そのたびに両脇を支えているセイルとハヤテが体制を崩す。

「いったいどんだけ飲んだらこうなるんだよ、もう人格が変わってきてるぞ」

「知らねえよ、オレが店に来た時にはもうこうなってたんだって。とと、おいセイル、もうちっと安定させろよ」

 ふらふらと千鳥足で歩く、しかも2m近い身長を持つケイローンを支えるのは至難の業だった。ときおり壁にぶつかりそうになりながら、セイルとハヤテは繁華街を離れていく。

「でいだいあんおえやろうぐクォかにんえんってえがわ〜りんだおなマいでいやガエってんがこおオあんぬう」

「っせえなジジィ。んじゃ自分も強化人間なりゃいいじゃねえか」

「……ハヤテ、何で言ってること分かるんだ?」

「オレもこのジジィにケツを拭いてもらった身だからな。これでも付き合いは長いんだよ」

「……おまえさ、もうちょっと上品な言い方しろよ。でさ、一体何が原因でこうなったんだ?生身で戦うとかどうとか」

「今日アリーナで、ライバルにギリ負けしたんだとさ。知ってるか?B−4……今日のでB−3か?ホーンテッドの『ブラックスナイパー』って」

 セイルは頭の中で検索をかけてみるが、聞き覚えはあるものの詳細は浮かんでこなかった。

「名前は聞いたことあったような気がするけど……どんなやつだ?」

「ジジイと似たようなアセンブルでな。お互い目の敵にしてたんだとさ」

「それに負けてヤケ酒したってのか?何からしくないな……ところで、どこまで運ぶんだ?いい加減重たいんだけど……」

「すぐそこが家だ。もうちっと踏ん張れ。……この………くああっ、酒臭えっ!」

 

ケイローンの家は繁華街の丁度裏にあたる場所にあった。そう距離は離れていないはずだが、繁華街の喧騒が遠く聞こえる。

小さな一軒家で、使い込まれて年季が入っているように見えた。ハヤテはケイローンを脇に下ろすと扉を開けにいった。扉のところには表札らしきものがかかっている。

「アルバーン……って、誰だこれ?」

「ジジイの本名だよ。『ステング・アルバーン』……知らなかったか?」

 レイヴンは保身のためにプロフィールを隠蔽するのが常である。ケイローンも普段こそ『ケイローン』という名前を使っているが、親から貰った名前は今聞いた物なのだろう。こちらの方も実は偽名という可能性もあるが、セイルはなんとなくこれが本名なのだと感じた。

「ああ、レイヴンって本名隠すもんだろ?」

「そう言うお前は本名丸出しじゃねえか」

「あ……いや、付けようとは思ってたんだけどさ。どうもいいのが思いつかなくて……まぁ、そのうち考えて付けるさ」

「もう遅えって。お前もけっこう名が売れ始めてるからな。お前に恨みを持つ奴が出てきてるとすれば、とっくに知られちまってるよ。気ぃつけたほうがいいぜ」

「ああ……そうする」

「……そうだ、もうこの際だから名前教えちまうか。お前なら問題無ぇだろ。オレの本名は『ユキタカ・ナガミネ』字は多分知らねぇと思うからパスな」

「ああ、いまさらだけどよろしく」

「あと、この酔っ払いジジイが、さっきも言ったように『ステング・アルバーン』。ついでにスキウレの野郎が『シルヴィ・ステファン』だ」

「おいおい、いいのか?スキウレのまで喋って。あと女は野郎言わない」

「いいんだよ。あのアマはちょっとぐらい命狙われたくらいじゃ死なねえって」

「ったく、どうなっても知らないからな…………ところで鍵は?」

「たいてい開けっぱなしだよ。閉まってても殴れば開く」

「………」

 

「ックション!」

「風邪か?」

「いいえ、おおかたハヤテでしょ」

「?……それで、状況はどうだ」

「順調に進んでいるわ。もう一ヶ月ちょっとで完成すると思うけど……」

 多くの人々で溢れかえったとある酒場、その隅のテーブルで、喧騒にまぎれるようにして1組の男女が話をしていた。ウェーブが掛かったブラウンの髪の女性と、青いレンズの眼鏡をかけた灰色の髪の青年。スキウレとクライシスだった。

「一ヶ月か……微妙な所だな」

「何?作業を早めろとか言うんじゃないでしょうね。言っとくけどこれ以上急いだら精度の低下に繋がるわよ。本当なら無重力下で作業したほうがいいほどデリケートなんだから。とくにあなたの考案したあのパーツ。いつ事故が起こるか……」

「無理をさせているのは重々承知だスキウレ。だからここまで頼み込んでいるし、相応の対価も用意してある」

「対価……ねぇ。もう1つ言っておくけど、」

「お前が金で動くような女じゃないのも理解している。生憎こちらも余計な金は無いのでな。金で支払うのは開発費用だけで、報酬は他にある…………情報だ」

「へぇ……アレだけの物を作らせておいて、報酬が情報1つ?ちゃんと相応の価値がある物なんでしょうね」

 クライシスは目だけを動かしてあたりに気を配ると、口を開いた。

「……5日後、ミラージュがクレストの管理区画C18に侵攻すると言ったら?」

「っ!!」

 スキウレは椅子を荒々しく蹴倒して立ち上がり、険しい口調でクライシスに問い返した。

「どういうこと!?市街地のど真ん中じゃないの!なんでそんな所に……」

 クライシスはスキウレを宥めて座らせると質問に答えた。

「郊外に小さな軍需工場があるだろう。そこが目的だ。表向きはな」

「……表向き?」

「あの区画には、ミラージュに反感を持つ民衆が終結して自警団じみたものを作っているだろう。ミラージュ軍は基本的には一般人に危害は加えないが、むこうから攻撃してくれば容赦なく『自己防衛』を行う。おそらくその工場まで、これ見よがしにACやMTを行進させる気だろうな」

「それで挑発に乗った人々が攻撃してきたところを叩き潰すというの?なんて事をする気なの!!これがミラージュのやり方!? あんまりだわ!!」

 興奮して声を荒げるスキウレをクライシスが宥める。周りの客が何人か振り返るが、大体は痴話げんかかと思って気にも留めない。スキウレは座りなおすと、テーブルに拳を置いてうつむいた。

「この店を選んで正解だったな。下手に静かな店に行けば全員に丸聞こえだったぞ」

「……いつもいつも……損をするのは民衆のほうだわ……企業の官僚達は……自分達の利益しか考えないで……」

「生憎決定事項だ。俺の権限では止められない。せめてその自警団と工場の職員を他所へ避難させてやれ。……俺が言える事は以上だ」

 クライシスはポケットから取り出した懐中時計にチラリと目をやると、出口に向かっていく。その背中に向けて、スキウレは言い放った。

「……クレストは……必ず報復に出るわよ」

 クライシスは立ち止まると、ため息をついて答えた。

「その相手をするのは俺だ」

 

 ハヤテの言うとおり鍵は開けっぱなしで、セイルとハヤテは再びケイローンを担いで中に入っていった。明かりをつけてリビングにケイローンを下ろすと、セイルは周りを見る余裕が出来た。中は多少散らかっていたが、生活観がある程度で、セイルの部屋よりは遥かにきれいだった。

「へえ……意外と片付いてんだな」

「時おりルーキーレイヴン達の駆け込み寺になるからな。汚ねぇとアレだろ」

「……何だそれ?カケコミデラって」

「困ったときに相談しに来るって事だよ。そうか、お前は来たこと無かったんだな。おいジジィ、家着いたぞ起きろ」

 ハヤテはいつの間にかいびきをかいていたケイローンを蹴り飛ばす。するとケイローンは年上を何とかとぼやきつつ、低めのテーブルに挟まれた毛布の下にのろのろと這って行った。

「炬燵まで付けっぱなしかよ。電気代どうなっても知らねえからな」

「コタツって何だ?」

「布団挟んである机があるだろ。下にホットカーペットがあって中を温かく保てるようになってるんだよ。オレの生まれた地方じゃよく見たんだがな」

 ハヤテはテレビを着けると奥にあるキッチンのほうに歩いていった。

「おい。良いのか?かってに上がりこんで」

「いいんだよ。ここまで運んでやったんだから。それにさっきも言ったけど、いつ客が来てもいいようになってんだよこの家は」

 キッチンのほうからお茶を淹れる音が聞こえてくる。セイルは上着を脱いでホットカーペットの上に腰を下ろすと、(コタツには興味があったが、ケイローンが潜り込んでいるところに入り込む気にはなれなかった)テレビのニュースに目を向けた。

『先程、新興工業地区にあるミラージュ社の研究施設から、保管されていた物資が持ち出されていたのが判明しました。戦闘が行われた様子は無く、内部のものによる犯行の可能性が強いと思われています。不可解なことに、持ち出されていたのはコンテナが1つのみであり、他に何らかの妨害工作が行われた様子も無いことから、コンテナの中身に何らかの重要性があった物と………』

「ほれ」

 セイルの目の前に緑茶の入ったカップが差し出される。セイルはそれを受け取って一口飲むと、ほうと息を吐いた。ハヤテも隣に座り、カップに口をつける。

「ああ゛〜っ……やっと酔いがさめたぜ。悪かったなセイル。運ぶのつき合わせちまって。正直オレもまっすぐ歩けるか心配でな」

「かまわないよ、あれくらいは。でも本当に珍しいな。ケイローンがここまで荒れるなんて。そんなに負けたのが悔しかったのか?」

「それプラス、呑みに行った店にドランカードがいやがった」

「あはは………そりゃ、酒が進みそうだな」

 ドランカードはレイヴンたちの間でも有名な酒豪で、稼ぎのほとんどを酒とタバコにつぎ込む豪快な男だった。おまけに弾薬費や修理費がかさむ機体を使用しており、常に借金に追われているという噂だった。

 おそらくケイローンも彼につられて飲みすぎたのだろう。

「俺が店に入ったときにはもうベロンベロンだっんだけどな、それからまた1時間は付き合わされた。あ〜頭痛てぇ」

 ハヤテがカップを置いてカーペットに寝転び、目を閉じた。テーブルの下からは、いびきに混じって「らアグゥ〜もういッケんいごやァ」と寝言が聞こえてきた。

「ラーグ……か。また昔の夢でも見てんのか」

「だからなんで言ってること分かるんだ?後ラーグって誰?」

「昔どこぞの特殊部隊にいたときの仲間だってよ。今は『閉じた町』で何か店やってるらしいんだが……会ったことは無ぇな」

「昔……か。ケイローンって、もう20年はレイヴンやってるんだよな」

 ケイローンは今年で50歳にもなるらしい。生身のレイヴンとしてはすでに引退していてもおかしくない年齢であるが、彼はいまだに止める気配が無かった。

「シティーガードでMT乗ってたのもいれると30年以上……か。一体なんでそんなにレイヴンを続けたいんだろう」

「………」

 ハヤテはふいに黙り込み、ケイローンが潜り込んでいる炬燵を見やる。そこからは相変わらず寝言交じりのいびきが聞こえてくる。ハヤテは前に向き直ると、ゆっくりと話し始めた。

「ジジィ……ケイローンは、多分レイヴンとしてやりたい事はもう無いんだと思う」

 いつに無くシリアスなハヤテの口調に、セイルはカップから口を離してハヤテのほうを見た。

「この家、一人暮らしにはちとでか過ぎるだろ」

「ああ、それは俺も気になってたけど」

 ケイローンの家はそれなりの大きさがある一戸建てで、高さからすれば二階分あった。

「元々は、家族と一緒に住んでたらしい。でも早くにカミサン亡くして、男手一つで育てた子供は、やっと手が掛からなくなったころに6年前のSL事件で死んだらしい」

 6年前、セイルがテロに巻き込まれて家族を失ったのも6年前だった。セイルが瓦礫の中を逃げ回っていたころ、ケイローンは家族に先立たれた悲しみに打ちひしがれていたのだろうか。

「ケイローンの子供が生きてたら、丁度オレ達ぐらいなんだとさ。だから多分、ケイローンはオレ達とその子供を重ねて見てるんだろうな。だからどうしても世話を焼きたくなるし、かまってやりたくなる。家族を失ってから今までの6年間、新人レイヴンたちの父親代わりでいることが、ケイローンの生きがいだったんだろうさ」

 セイルはケイローンとの出来事を思い出してみる。控え室のドアの前でうなっていた時、まだミッションに慣れずに不安だった時、突然のテロリストの襲撃に混乱した時、ケイローンはいつも自分を助けてくれた。

 1つ1つは些細なことだったかもしれないが、セイルにとってはこれ以上無いほどありがたいことだった。

「そうか……ケイローンが夜中になっても控え室にいたのは……」

「新人レイヴン達が全員帰還するまで、残っていたかったんだろうな」

 セイルはため息をついて炬燵を見る。いつの間にか寝言は止み、規則正しい寝息だけが聞こえていた。

 新人レイヴン達がミッションに行っている間、ケイローンはずっとあの部屋で待っていたのだろう。そして、出撃して行ったレイヴンの全員が帰ってくるわけではない。ましてやルーキーならなおさらである。

 帰ってくるかどうか分からない相手を待ち続けるのは、何もオペレーターや整備員だけではなかったのだ。

「ケイローン、最近出撃の回数減ってたよな」

「アリーナのほうもそうらしい。オレはあんましこっちに来ねぇから詳しくは知らねぇけどな、スキウレがそう言ってやがった」

「………」

「………」

「………」

「………さて、湿っぽいのはこんくらいにしとこうぜ、いつやめか分かんねんなら、なおさら今のうちに頼っとかないとな」

ハヤテはテレビを消すと立ち上がり、カップをキッチンに運んでいった。

「そろそろ帰ろうぜ。もういい時間だ」

 セイルは上着を羽織ると部屋の明かりを消して玄関のほうに向かう。ハヤテの言った「やめる」と言う言葉に、一体どれほどの意味があるのか。戻ってきたハヤテに続いて玄関に向かいながら、セイルは暗くなった部屋のほうに振り向いた。

「………ありがとう」

セイルは最後にそう言うと、外に出て玄関の扉を閉めた。

 

 

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