このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

天位鑑賞〜美しく、神々しく、輝かしく、禍々しい〜

 

 

「ん……ああ………」

 カーテンの隙間から入り込んでくる光に目がくらみ、セイルは体を起こして目をこすった。寝ぼけ眼であたりを見渡し、未だぼやけている頭をはっきりさせようとする。ここはセイルの部屋、相変わらず床一面には物があふれ、デスクの上には雑誌やパソコンが散乱している。紛れも無い自分の部屋だが、その自分は何故か昨日の服装のままでベッドにいた。

「昨日……そうか、ケイローンの家から帰ってすぐ寝ちまったのか……」

 セイルはベッドから降りると、汗がしみこんだ衣服を着替える。顔を洗うと頭の中の靄も消え去ってくれた。

「我ながら微妙な時間に起きちまったもんだな……しばらくは仕事無いってのに」

 セイルは数日前のミッションのあと、しばらく休暇をとることにした。休暇といっても、元々仕事が不定期で11つの間が長いレイヴンには明確な休暇という物が無く、単純に斡旋される依頼を拒否し続けるだけである。

 その期間収入は無いが、もともと1度のミッションで数年は遊んで暮らせる位の収入があるのでそう問題ではない。現にレイヴンになって間もないセイルですら、一般人とは比べ物にならないほどの資産を蓄えていた。

「さて、せっかくの休みだし、何をするか……」

 セイルはベッドに腰掛けると今日の予定を考え始める。ここでセイルが真面目な人物だったならひたすらにちらかった部屋の掃除を考えるのだろうが、生憎そんな事は露ほども思わず、セイルは適当に考えた後とりあえず外出した。

 

コーテックスシティはレイヤードの上部に位置する複合都市のひとつである。

複合都市は広大なレイヤードの上部に、ちょうど地下水から湧き出た泉のような形で分布している。その中でもコーテックスシティは、人類が地上に進出する上での中継点として最初に作られた都市であり、最大の人口と面積を誇る。中心部にはコーテックスの本社ビルをはじめとするオフィス街があり、外周部にはそれをドーナツ状に取り囲むベッドタウン、そしてその間に挟まれるようにして繁華街やダウンタウンがある。

地下に降りればそのままレイヤードの中心部に繋がっており、他の複合都市との交通の便も良い。大破壊以前にあった『国家』と言う概念における『首都』のような物で、このコーテックスシティも、コーテックスが管轄する地区にある複合都市の中では主要な存在とされている。そしてその繁栄を支えているのが死神と謳われるレイヴンたちであることも周知の事実だった。

「で?」

 そのコーテックスシティのまさにド真ん中にあたる場所で、セイルは誰にとも無くつぶやいた。

「せっかくの休みだってのに俺はなんでこんな所に居るのか……」

 セイルは頭を掻きながらあたりを見渡してみる。仮設された大型テントの下に幾体ものACが並べられ、これまた仮設されたプレハブ小屋の間を車や作業員達がせわしなく動き回っている。ここはグローバルコーテックスのACガレージの隣にある仮設整備テントである。

 一月前のテロリストによるアリーナ襲撃の折に入り口が塞がれてしまったACガレージは、いまだに復旧のめどが立っていなかった。

 どうやら入り口を塞いでいる瓦礫の中にいくつもの不発弾があるらしく、下手に動かして1つでも爆発すれば周りの不発弾も誘爆を起こし、さらにガレージ内部にあるACの武器弾薬にまで引火すれば中心部をまるごと吹き飛ばしかねない大爆発が起こる。専門の業者でも簡単には撤去できないそうだ。

 その所為で襲撃からこっち、愛機を閉じ込められた多くのレイヴンが休業を余儀なくされ、幸運にもミッションやアリーナに出ていた者たちも機体をこんな掘っ立て小屋に押し込まれる羽目になったのだ。

「コイツも災難だよな。連戦の上にちゃんとした整備も出来ないなんて」

 セイルは立ち止まって上を見上げる。そこにはセイルの分身ともいえる愛機、チェックメイトの姿があった。ボディには損傷こそ無いものの、メタリックブルーとホワイトで彩られた美しいボディは所々塗装が剥がれ落ち、泥や埃で汚れていた。おまけに今はコンピューターの調整でもしているのか、頭部パーツが外されてしまっている。

「さしずめデュラハンだなこりゃ。とっとと首つけてくんねえかなあ……」

 セイルはチェックメイトから視線を戻し、また歩き出した。プレハブ小屋にかけられている時計を見た。2本の針は共に頂上を指そうとしている。ちゃんとした食事を取るには丁度いい頃だろう。

「……帰るか」

 セイルはチェックメイトに背を向けて歩き出した。と、その時

「あっ、お〜いセイル〜っ」

 後ろから声を掛けられ、セイルは振り返った。並べられたACの列の先、2〜30メートルほど離れたところに手を大きく振っているレナがいた。セイルは微笑むとレナのほうへ歩いていく。

「おはよ……ってもうお昼か。でもなんか会うの久しぶりな気がするね〜」

「ああ、ほんとだ。ミッションの時はいつも無線越しに話してるだけだったし、顔を合わせるのは久しぶりかもな」

 レナはタイトスカートにスーツを着ている。良く見ると始めて会ったときと同じ服だった。

(仕事の時はいつもこの服なのか?それにしちゃ皺や汚れが多いような……)

 自分の服を棚に上げて、セイルはそんな事を思った。

「?セイル、どうかしたの?」

「ああ、いやなんでも……そういえば、こんなところでオペレーターが何してんだ?」

「うん、仕事終わったから帰ろうと思ってたとこなんだけどさ、ちょっと……あ、そうだセイル、こっちこっち」

「え?あっ!ちょっレナ!?

 レナはセイルの手を引いて歩き出した。いきなり手を握られたセイルは戸惑うが、レナはかまわずにセイルをそばにあるプレハブ小屋の中に引っ張っていった。中には何人かの作業服の男が座り込み、隅に置かれたテレビを見ている。そのうちの一人が、レナとセイルに気付いて振り返った。

「おい姉ちゃん早く早く、もう始まっちまうぞ」

「はいはい。ほらセイル、早くあがってあがって」

「え?ああ……」

 セイルはレナに背中を押されるままに小屋の中に入っていく。ただでさえ狭いのに、ガタイのいい男達が隅っこのテレビに群がっている所為でよけいに暑苦しかった。

「ここ、整備の人たちの詰め所なんだけどね、近場で見れそうなのここしかなかったから……あ、セイル、テレビテレビ、始まるよ」

 セイルは整備員達の頭越しにテレビの画面を見る。どうやらアリーナの中継放送のようだった。実況によるお決まりの台詞が終わった後、登場するACの紹介が行われる。

「っ!!

その画面を見た途端、セイルは息を呑んだ。画面の左半分に映されていたACは、あのケルビムだったのだ。

「レナ……これって………」

「トップランカー、キース・ランバートの復帰後初試合よ。挑戦者はもちろん、ついこの前までトップランカーに収まっていた元チャンピオン、メビウスリング。もう今日はコーテックスじゅうがこの戦いに熱を上げているんだから」

 いつの間にかプレハブ小屋は人でいっぱいになっていた。大体は作業着を着た整備員たちだが、スーツ姿の事務員やオペレーター、はてはパイロットスーツを着たままのレイヴンらしき人も混じっている。入りきれずに窓や入り口から覗いている者もいた。ともすれば小屋の屋根を引っぺがして入ってきそうな勢いである。

 セイルはテレビ画面を凝視した。画面にはキースのケルビムとメビウスリングのムゲンが表示され、それぞれ機体性能を現すグラフと共に紹介が行われている。セイルは僅かに口元を歪めて笑った。

「サンキュ、レナ。こんな物を見逃すとこだったなんて、俺もどうかしてた」

「どういたしまして。ほら、始まるわよ」

 画面が切り替わり、アリーナが表示される。標準的なドーム型アリーナで、すでに両端にはケルビムとムゲンが控えていた。

Ready

 テレビからアナウンスが聞こえる。とたんにプレハブ小屋の中が一気に静かになった。誰一人口を開こうとはせず、小屋の外で動く重機の音も妙に遠く聞こえる。1秒が1時間のように感じられる張り詰めた時間の後

Go!!

 割れるような歓声と共に、戦いの火蓋が切って落とされた。

2体のACは開始と同時に前方、自らの敵に向かってダッシュする。普通なら開始直後の攻撃を警戒して左右に動くところを、2機は申し合わせたかのようにお互いの距離を詰めはじめた。

「さすがね。あの2人にとっては10年くらいのブランクはなんでもないって事か。お互いにあの距離からじゃ攻撃が当たらない事が分かってるわ」

 セイルの後ろにいた女性がそう呟く。なるほど、とセイルは納得した。たしかに開始直後に長射程の武装を放ってくるレイヴンは少なくない。セイル自身も、それを警戒して見通しのいいアリーナでは即座に左にかわすのが癖になっていた。

「って何でいるんだよスキウレ!」

「あら、私がいちゃいけない?こんな名勝負見逃せって方が無理でしょ」

「帰ってから見りゃいいじゃんか」

「家まで軽く2時間かかるの。帰ってる間に終わっちゃうわ」

「ふ〜ん……」

 セイルは少し訝しげな顔をした。レイヴンは急な依頼に対応できるよう、だいたい中心部からそう遠くないところに住んでいる。セイルのアパートはベッドタウンの入り口近くだし、昨日見たケイローンの家はダウンタウンのそばだった。共にコーテックスの本社まで交通機関を利用して30分とかからない。

(スキウレはアリーナをメインに活動してるって言うし、そんなに問題じゃないんだろうか……)

 セイルはまだ少し腑に落ちなかったが、すぐに画面内で繰り広げられる戦闘から目を離せなくなった。上下左右に激しく動き回り、レーザーライフルとミサイルを撃ち出していくムゲン。並みのACではろくな抵抗も出来ずにスクラップにされてしまうであろう暴力の波に、しかしケルビムは一歩も引く事無く応戦していた。

 迫り来るレーザーを直撃する寸前に腕部の装甲で防ぎ、オービットを放ってミサイルを迎撃する。機体の末端を狙った攻撃は重量二脚には有り得ないほどの速度でかわし、一瞬刹那のスキをついてロケットやプラズマライフルを叩き込んでいく。

 ムゲンが嵐ならケルビムは城壁。絶える事無き暴風雨の前に、智天使の城は揺らぎもしない。事実、戦闘が始まってから今まで、ケルビムのAPはほとんど減少していなかった。

「どうなってるんだ?あんなに細い腕で攻撃を受けてるのに、APの減りが余りにも遅い」

「あの腕部パーツ、『MALGALE』は、防護スクリーンを強化することで対エネルギー防御を高めた腕部パーツなの。だから、軽量腕部の中でもトップクラスの軽さを持ちながら、高い防御力を維持出来るわけ」

 隣にいるレナが、まるで解説者のように答えてくる。さらに、後ろのスキウレもそれに続いて説明する。

「加えて、キース・ランバート本人の能力もね。セイルなら見えてるかしら、ケルビムの上腕部が、被弾する直前に青白く光ってるのが」

 セイルはそう言われて、画面を注視する。目を凝らして良く見ると、たしかにムゲンのレーザーライフルがヒットする直前、被弾しようとしている腕の肩近くが青い光を放ち、被弾すると同時に消えている。

「見えた。確かに肩が青く光ってる」

「そう。あの光はエクステンションのエネルギーシールドよ。対エネルギー防御力の高い腕部に、さらにシールドの防御力をプラスしているの。おまけに、普通は常時展開しておく筈のシールドを、被弾する瞬間のみ展開することで、エネルギーの消費を抑えてる。同じように、ブースターも被弾する直前、敵弾を紙一重でかわすのに必要な分の移動にしか使わない」

「だから、あれだけエネルギー消費の激しいパーツばかり使っていても、まともに動けるわけ。はっきり言って常人に扱える機体じゃない。彼がレイヴンになってから、ごく短期間でトップに登り詰めることができた理由(ワケ)、他のレイヴンの追随を許さない、圧倒的な行動予測力が無ければできない芸当よ」

 二人はまるで台詞あわせでもしていたかのようにスラスラと喋っている。セイルは二人が後ろでがっちりと腕を組んでいるのが見えるような気がした。

 

………………同時刻、第6アリーナ

 激しくぶつかり合う2体の巨人、激しく動きつつ攻撃をくわえる黄土色の巨人を、もう一方の黄金の巨人は弾き、いなし、かわしていく。しかし決して防戦一方ということは無く、一瞬のスキを突いて攻撃に転じるそのたびに、黄土色の巨人は装甲を抉られる。爆音と金属音が氾濫するアリーナの中で、光弾や榴弾を飛ばしあう2体のACは、同時に決まった周波数の電波を送っていた。

『どうした?たった10年でそこまで鈍ったか』

『…………』

『フッ、だんまりだけは元のままか。それとももう喋る余裕もなくなったかキースッ!?

 光点につつまれた薄暗いコクピットの中で、一人のレイヴンが声を張り上げていた。その口元は常にうすく開かれ、笑みの表情を浮かべている。彼こそが、トップランカー、キース・ランバートと実力を二分する元トップランカー、メビウスリングである。 

 試合が始まって既に15分、一般人から見れば短く思える時間だが、ACを駆るレイヴンにとってはすでにこの時間は長期戦の域にある。基本的に防御力より攻撃力が上回っているAC同士の戦いなど、実力が拮抗している者でも10分とかかるまい。それを15分、並みのレイヴンならとうに体力が尽きているだろう時間において、2機は衰えなど微塵も見せず、逆に速度を上げているようにも感じる。

 特にメビウスリングは息も荒げず、汗すらかいていない。しかしそれは至極当然の事。彼、メビウスリングは体を機械化したPLUSなのである。脳以外のほぼ全ての器官をサイボーグ化し、生物としての一切の制約を取り払うことで何のペナルティも無くACの性能を限界まで引き出すことが出来る、まさにレイヴンたちのトップに立つにふさわしい存在である。そしてその彼を生身の体で上回っているキースもまた然りであった。

『攻撃精度、機体制御、肝心の防御行動まで甘い!まさか私を相手に手を抜いているわけでは無かろうな』

 さらに攻撃を激しくするメビウスリングの顔には、僅かに憤りの表情があった。無理も無い。10年前、幾度か矛を交えたその度に、ムゲンのAPがケルビムのそれを上回る事は無かった。もともと両機のAPに大きな差があるのはもちろん、そのうえ初戦を除いてムゲンの攻撃がケルビムの防御を突き崩すことなど無かったのだ。

 しかし現在、ケルビムAP『3369』、ムゲンAP『4101』。決定的ではないにしろ、ムゲンは大きくリードしていた。自分が幾度と無く敗れ、10年間再来を待ち続けた最強の敵が、いま自分に押されている。勝利を前にした歓喜以上に、相手への憤怒の方が大きかった。

『…………分からないか』

『何?』

『フッ…………やはりお前では……俺に及ばないな』

『っ!…………クッ……クハハハハハハハ!そうだ。それでこそ俺の上に立つもの、俺が永遠に求める強さだ!さあ、このAP差をどうひっくり返すキース・ランバートォッ!!

 口元を大きくゆがませて叫びつつ、メビウスリングは己が分身を使役する。それに答えて空中に飛び上がったムゲンは、左肩の大口径グレネードランチャーを展開した。

 その威力は軽量級ACなら一撃で吹き飛ばせるほどである。最強のブレード、MOONLIGHTと双璧を成す暴力の化身が、黒光りする砲身をケルビムのコアに向ける。同時にムゲンの背部から、OBのスタンバイを示す紫色のプラズマ粒子が漏れ始めた。そしてそれに応じるかのように、キースは自分の半身に指示を出す。

 その口元は相手と同じく笑みにゆがみ、瞳は鋭く輝いている。ケルビムはムゲンから距離を置くと動きを止め、腰を落として重心を安定させた。左腕を腰に当てて右腕で支え、上半身は僅かに前傾姿勢をとる。さらに左腕に付けられたレーザーブレードの発振機から高密度のエネルギーを噴出させ、短い刃を形作った。直後、ムゲンがOBを発動させ、ケルビムに向かって突っ込んでいく。2機のACは、お互いの必殺の武装をまっすぐに突きつけ…………

 

 グレネードランチャーを展開したムゲンが、後方からプラズマの粒子を散らせている。同時に動きを止めたケルビムは、足を曲げ、低い姿勢を取る。

『出たーっ!ムゲンの必殺技ブレイズ・オブ・インフィニティ!!この10年間、一度たりとも抜かれなかった伝家の宝刀が今、最強の敵に向けて放たれようとしているっ!!

 実況の放つ大声が耳に響く。しかしセイルはそれ以上に、対峙する2機の動きに目を奪われていた。

「おおっと、B・Iキタ━━━(゜゜)━━━!!

「なるほど、いまここでそれを使うか……」

「スキウレ、それっていったい?……あとレナ口調おかしいぞ」

「ムゲンの必殺技みたいなものよ。名前はアリーナ運営局が客寄せのために付けたやつだからどうでもいいけど、威力は絶大。メビウスリングはこの技を使ってあの位置までのし上がったのよ」

「あれは、弾速の遅さゆえに回避されやすいグレネードをOB使用中に発射することで速度を上乗せし、命中率を高めた物なの。同時に強い方向慣性も付加されるうえに、状況の許す限り距離を詰めて放つから、ハンパな装甲なんか無意味。たとえケルビムでも、直撃すればただではすまないでしょうね。でも……」

 スキウレの解説を補足していたレナが僅かに言いよどむ。セイルは目を画面に向けたまま、耳だけを隣のレナに集中させた。

「あのキース・ランバートが、この状況で直撃を受けるなんてありえない。百歩譲って直撃させたとしてもケルビムの装甲なら十分耐え切れるし、逆にブレードで反撃されたら終わりよ。あのブレードはCLBLS−3771。刀身を短くすることでエネルギーの密度を高め、ムーンライト以上の攻撃力を得た物よ。ムゲンの装甲じゃひとたまりも無い。あれだけのAP差も、一瞬で覆されてしまうわ」

「それはメビウスリングだって分かってる筈よ。そう、この状況であれを放つことがどれだけ無意味か、彼にわからないはずがない。それでも撃たずにはいられないの。あの2人の間には、愛や友情なんて綺麗なだけの言葉とは違う深い繋がりがある。勝ち負けなんてどうでもよくなるような、好敵手(ライバル)としての信念が。だからこそ、メビウスリングはここに来てあれを撃つの。勝つためじゃなく、自分の信念を貫くために。結果が敗北しかないとしても、何の悔いも残らない筈。そして対するキース・ランバートも、もし自分が同じ状況になれば、同じ事をした筈よ」

今度はスキウレが言葉を付け加える。セイルは相変わらず画面から目を離さなかったが、2人がまた手を組みあっているのが分かった。

「信念……か……」

 セイルは自分にしか聞こえない声で小さくつぶやく。その瞬間自らの心の中に、かすかに、しかしはっきりと、光る星が煌いた気がした。

 そして同時に、それまでOBをタメていたムゲンが、コアから激しい光をほとばしらせてケルビムに向かって突進した。周りから一切の音が消え、2機の動きがスローモーションのようにゆっくりと見える。ムゲンの砲身からグレネードが放たれ、ケルビムがブレードを発生させた腕を突き出す。豪弾と光剣が交差した、その瞬間

(あれ?)

 セイルは、ケルビムのコアに光が走ったのを見たような気がした。

 

 次の瞬間、グレネードの爆風が2機を包み込み、アリーナに爆音が響き渡る。同時に試合終了を告げるブザーが鳴り響いた。観客は全員喋り方を忘れたかのように沈黙し、セイルの周りにいる人々も呼吸を止めている。やがて煙が晴れ、アリーナの中心で縺れ合うようにして立っている2機のACと、壁面に掲げられたAPを示す2つのメーターが見えた。そこには、

「………………0……」

 2つのメーターは全く同じ、0の数値を示している。同時に縺れ合っていた2機のACがバランスを崩して倒れこんだ。静まり返ったアリーナに、金属が崩壊する音が響く。次の瞬間、それまでの沈黙を吹き飛ばすかのように、アリーナは割れるような歓声と拍手に包まれた。

 観客達は総立ちになり、セイルの周りでも耳が痛くなるほどの声が響いている。その歓声にまぎれるようにして実況の声が、2機の撃破が全くの同時であり、勝敗が付けがたい物であることを告げた。

「すごい!!こんな勝負見たことないわ」

「10年のブランクは小さくなかったみたいだけど、それでも完全に引き分けるなんて……さすがは最強のレイヴン。私たちとは格が違うわね」

「ああ、俺も年甲斐も無く興奮しちまった。これが……トップランカーの戦い……!!

 セイルは先程の疑問も忘れて感激し、腕を組んで喜びあっているレナとスキウレに抱きついた。周りの整備員や他のレイヴンたちも思い思いに感動を表し、プレハブ小屋はまるで嵐のような喧騒に包まれた。

 

 

『全力か……成程、確かに嘘ではなかったな』

『……手を抜いた状態でお前と分けられるほど……俺は強くない』

『……いいだろう。場所は?』

『……明日午後11時……閉じた町の最下層……パブ、ゴリアテ』

『……よし』

 

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