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幻想機構蠢き蝕み貶め侵す

 

 

『そう言う事なんだが……どう思うよ?』

「……そいつらが何者かって事か?」

セイルは薄暗いコクピットの中で無線越しにケイローンと話していた。チェックメイトはサジタリウスと共に輸送ヘリに吊るされており、時折大きく揺れる。外は風が強いようだ。

 

<ミッション:不法占拠集団排除>

 reward:35000C  missioncordHarvest Festival  criant:ミラージュ

 

ホイークロックス山中の旧施設に、正体不明の部隊が潜伏している。この地域は大破壊のころに破棄された基地や鉱山が乱立しており、軍事的にさして重要な場所ではない。

だが、我々の管轄する地域に武装集団を不法滞在させておくわけにも行かない。彼らの速やかな排除を依頼する。

 

『やっぱり、お前の追ってるテロリストの支援組織だと思うか?』

「多分ね……やっぱり、何処にも属してない施設が稼動し続けるのは無理があったんだろうな……」

 セイルはケイローンに援護を頼み、ミッションに出撃していた。作戦領域に移動中ケイローンは、以前セイルがクライシスと共に潜入したキサラギの旧の施設が、実は破棄されたものではなく、未だにキサラギの施設として登録されていた事を告げた。

それを聞いたセイルは、先日、旧世代文明の残した遺跡の調査に行ったときに見た幻覚のことを思い出した。

(やっぱり、あの日見たものは本当のことだったみたいだ。だとすると……)

 セイルが他に見たもの。クライシスはスキウレに何かを作らせようとしていて、それを自分に渡そうとしている。キース・ランバートは、この前のアリーナ襲撃が、実はレイヴンたちのACガレージを狙ったものだと言っていた。

(……キースは俺の追っている組織について、わりと深く知っているみたいだ。何とかして連絡を取りたいけど……どうする?アリーナに来た日に控え室で待つか……いや、キースはもうコーテックスのレイヴンじゃない。アリーナには特別措置で参加してるみたいだけど、修理までコーテックスのガレージでやるとは限らない。どうすれば……)

『どうしたセイル?急に黙り込んで……例の組織のことを考えてるのか?』

「ん?ああ、そんなところ。なぁケイローン、普段コーテックスに来ないレイヴンとコンタクトを取る方法ってあるか?」

『普段来ないやつ?クライシスか誰かか? ん〜……個人レイヴンや専属レイヴンは月一の定期連絡が義務付けられてるから、その日にコーテックスで張ってれば会えるかも知れねえが……なんだ?クライシスなら俺が個人的に連絡取れるぞ』

「いや、クライシスじゃないんだ…………トップランカーの、キース……ちょっと聞きたいことがあって……」

『あの、キース・ランバートにか!? ……そりゃ、難しいぞ。奴さんが戻ってきたのと同時に、コーテックスからオペレーターが一人退職しててな。そいつが実は昔奴さんを担当してたオペレーターで、奴さんのとこに転がり込んで、雇ってもらってるだの、永久就職しただのと、一部の古参レイヴンたちの間じゃ専らのウワサなんだが……』

「キースを担当してたオペレーター……たしか、エマ・シアーズとか言う……」

『何だ、知ってたのか?』

「ああ、ちょうどあの日、俺たちのオペレートを担当してくれてたんだよ………でさ、それ何の関係があんの?」

『だからよ、仕事のサポートとか身の回りの世話とかいろいろ担当してるらしいぜ。んで、定期連絡なんかわざわざ本人じゃなくてその姉ちゃんが行くだろ。だからコーテックスで張ってても無駄なわけだ。どうしても会いたいってんなら、その姉ちゃんに頼んでみるか、または現れそうな酒場で張るかのどっちかだが……どっちも確実じゃねえぞ』

「そうか……ありがとう」

『おう、ところでもう着くみたいだぜ』

 ヘリの速度が遅くなりはじめる。セイルはモニターを起動し、外の様子を見る。時間は午後8時を回ったころ。外は暗く、下にある山の輪郭が僅かに読み取れる程度だった。

『セイル、作戦開始だよ。谷に落ちたらACじゃ上がれないから気をつけてね』

 それまで気を利かせて無線を切っていたレナが回線を開いて話しかけてくる。セイルはわかったと答えると、チェックメイトの戦闘モードを起動する。

『投下するよ。準備は良い?』

「チェックメイト、準備完了」

『サジタリウス、OKだ』

 輸送ヘリのアームが開き、2体のACは闇の中へと吸い込まれていく。

『降下位置に注意して、各機修正を……セイル、もう少し前に。岩があるわよ』

「前? んと、このくらいか……うおっ!」

出っ張っていた岩にぶつかってチェックメイトが転倒する。谷には落ちなかったが、コクピットを激しい衝撃が襲った。

「な〜にやってんだよ。ちゃんとブーストして衝撃をおさえろ」

 ブースターをふかしながらゆっくりと降りてきたサジタリウスがチェックメイトの前に着地する。四本の脚はごつごつした岩場でもしっかりと接地し、機体を安定させていた。

「ちぇ、四脚の安定性能には敵わないか……」

 セイルは機体を起こし、ライトをつけた。ディスプレイにあたりの様子がはっきりと映し出される。いくつもの深い谷がさながら爪跡のように平行に並び、崖の所々に内部へのゲートが見える。

「この切れ目、けっこう大きいな」

「対岸まで約1キロ……何てデカさだ」

『大破壊以前からあるものだけど、地殻変動にしたら大きすぎるわよね。鉱山か何かだったのかしら』

 セイルは谷を覗き込む。ライトの光は底まで届かず、谷底を窺うことは出来ない。見ているうちに落ちていきそうな、侵されることの無い深く気高い黒。それはあの日、光の中に見た漆黒のACを連想させた。

(そういえば、あの機体は一体何だったんだろう。あの時見た事は、全部本当にあった事だとしても、あの機体が戦っていた所はあの時俺がいた施設だった。だとしたら、あれは……あの機体はいったい……)

「おい、どうするよ。こんな谷、サジタリウスじゃ渡れねえぞ」

 ケイローンの声に、セイルは我に返る。チェックメイトの視点を元に戻し、隣のサジタリウスを見た。たしかにOBを持たない機体でこの谷を渡るのは困難だろう。

「レナ、敵反応がある山はいくつ有る?」

『敵反応は……今いるその山と、谷を挟んだむこうがわの山よ。むこうの施設の中に入るには谷を渡らないといけないけど……どうする?この山だけケイローンさんに担当してもらって、向こう側をセイルがやろうか?』

「いや、どのみち狭い屋内じゃ、サジタリウスの性能を生かせないはずだ。レナ、向こうの山にも両側の崖にゲートが有るか?」

『んと……そうね。どちらにも進入可能なゲートがあるわ』

「よし、こうしよう。俺は向こう側のゲートから入って敵を追い立てるから、ケイローンはそいつらがこっち側のゲートから出てきたところを狙撃してくれればいい」

「な〜る。それならコイツの性能を生かせるってわけだ。よし、始めようぜ。狙撃地点を確保しとっから、セイルは向こう側行ってくれ」

 サジタリウスはゲートの正面に向かって動き出す。セイルは空中に飛び上がると、OBを起動した。後方への猛烈なGに抗いつつ、セイルはチェックメイトを操作して谷を渡りきる。さらに反対側の谷へと移動し、下を見た。1つだけランプのついているゲートがある。チェックメイトをゆっくりと降下させ、ゲートの前に立った。

「ゲートに着いた。そっち、どうだ?」

「ゲートに標準をロックしてる。いつでも来い」

「よし、行くぞ!」

 セイルはゲートを開き、チェックメイトを先に進ませる。中は舗装された金属の通路が続いていた。敵の進入に気づいたのか警報が鳴り響き、人が蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。通路の両側に寝かされていたMTが起き上がり始めていた。

「おっと、そうはいかねぇな」

 起き上がり始めた戦術型MTカイノスをチェックメイトのブレードが貫き、巻き起こる爆発がうす暗い通路を照らしあげる。

 セイルはMTが起動しないうちに破壊しつつ、奥へと進んでいく。果敢にも機銃で攻撃してくる人間をパルスライフルで追い払い、天井と壁面の砲台を破壊すると、前方の隔壁が閉まりかけているのが見えた。ブーストダッシュで近付いて腕を差し込み、力ずくでこじ開ける。

 しかしその瞬間、正面から飛んできたグレーネード弾が直撃した。揺さぶられる機体を押さえ込みつつ隔壁の向こうを見ると、2機のファイヤーベルクが待ち構えていた。

「痛ってえなこの野郎! 何しやがる」

 オートバランサーが働き、チェックメイトが安定を取り戻す。と、セイルはファイヤーベルクの後ろに、奥のゲートへと逃げていく何機かのカイノスと装甲車が見えた。

 しかしゲートが開いた瞬間、先頭のカイノスが爆発し、破片と装甲車が爆風に押されて転がってきた。それに驚いたのかファイヤーベルクが一瞬動きを止める。セイルはチェックメイトをジャンプさせてファイヤーベルクの上に乗り、ブレードを突き刺した。

 火花を上げて動かなくなるのを確認し、そのまま隣のファイヤーベルクにロケット砲を打ち込む。ファイヤーベルクは機銃で反撃してきたが、やがて動かなくなった。セイルは爆発があった通路を見る。ゲートの向こうは外に繋がっており、闇が広がっていた。チェックメイトを先に進め、ゲートの外の足場に出る。

「とと、危ねえな。間違えて撃つとこだったぞ」

 反対側の谷の上にはリニアキャノンを構えたサジタリウスがいた。砲身はぴたりとチェックメイトの位置を狙っている。

「ケイローン、そっちどうだった?って、見てた通りか」

「お前の予想通りだったぜ。何も知らずにのこのこと出てきやがった」

『敵反応、40%にダウン。セイル、敵の動きが慌しくなってるわ。逃げられる前にやっちゃって』

「よし。ケイローン、向こう側のゲートに回ってくれ。俺はこっちから侵入するから」

「あいよ、とっとと終わらせようぜ」

 サジタリウスは反対側へ向かっていく。セイルは向かいの崖にあるゲートに再びOBで渡ると中に進んでいった。またも装甲車やガードメカが一目散に逃げ出していく。踏みとどまって攻撃してくるものだけを撃破しつつ、セイルは奥に進んでいった。

「そういえばケイローン、ライト着けてなかったけど見えてるのか?」

「ああ、こいつの頭部は赤外線スコープがついてるからな。下手にライトつけると気づかれるだろ」

「へぇ、そんなの有るのか……俺も頭部パーツ換えようかな」

 などと気楽な話をしつつ、セイルはチェックメイトを先に進めていく。敵部隊は戦闘慣れしていないのか、それとも襲撃の連絡を受けて戦意を失ったのか、たいした抵抗もせずに逃げ出していく。しかしゲートから外のリフトに出た機体は悉く頭上から降り注ぐ徹甲弾によって貫かれていった。

「よし、終わったぜケイローン」

「うしっ、んじゃ帰還し……うああああっ!!」

 とつぜんケイローンが叫びを上げ、通信が途切れる。セイルはゲートから外に出ると谷を上り、サジタリウスの横に着地した。コアの装甲がへこみ、頭部からコアの上部は過熱して陽炎が立っていた。

「どうした! 無事かケイローン!!」

「っく……気をつけろセイル! ACだ!! 火炎放射器を持ってやがる。……くそっ、赤外線カメラがやられちまった!!」

 APはまだ残っているようだが、サジタリウスは動こうとしない。おそらく膨大な熱量によって赤外線カメラが焼きついてしまったのだろう。

 ふいに後方で物音がし、敵反応を示すメーターが跳ね上がる。セイルは光点のある方向にチェックメイトを振り向かせ、ライトの角度を変えてカメラをズームした。カメラが1体のACを捕らえる。赤と緑というコントラストの強いカラーの四脚型ACで、左肩には赤い蛇のエンブレムがあった。

『駄目だわ、機体を照合できない。未登録のレイヴンみたいだけど……これって………』

 そのACは、一言で言うと異様だった。装甲のあちこちがひび割れ、セメントのようなものに覆われている。

 四本ある足のうち前の二本は原型がわからないほど変形しており、両手両肩の武装にはまるで葉脈のようにセメントの線が入っていた。その線を見た途端、セイルは唐突に吐き気をもよおした。あわてて口を押さえようとするが、伸ばした手はヘルメットのバイザーに触れるだけだった。

(何でだ? なんでアレの事が思い浮かぶんだ? 相手はただの……普通とは違うけどACのはずだ。それが何で……)

 赤と緑のACの姿が先日戦った巨大な生体兵器の姿と重なって見え、あの時と同じ、視界がぼんやりとかすんでいく感覚にとらわれる。

 しかし、かすんでいく赤と緑の影が不意に動き出したのを見てセイルは我に返り、チェックメイトを飛びのかせる。同時にぼやけていた視界もクリアになった。

 チェックメイトは肩装甲の一部が融解しており、機体温度の上昇をしめす警告が出ている。振り返った赤と緑のACは、左右の腕に付いている武装のようなものから赤と青の炎を吹き出させていた。

「レナ、あれは?」

『……攻撃性能から判断して、AC用腕部武装『KWGFTL600』と『KWGFTL450』だと思うけど、形が違いすぎるわ。まるでACの腕と一体化してるみたい』

 レナが困惑したような声を出す。ACの腕部パーツにも、腕そのものを武装にした、いわゆる武器腕と呼ばれる物が存在するが、目の前のACのそれは明らかに通常の物とは違っていた。注意深く見ればかろうじて銃のような物と、それを握っている手の形がわかるが、セメントの線によって繋がれてしまっている。

「——————!!」

「!!」

『っ!?』

 突如、赤と緑のACは外部スピーカーから地鳴りのような音を出す。それはさながら天に向かって咆哮する獣のようだ。赤と緑のACは両腕の武装から火炎を噴き出し、チェックメイトに向かって突っ込んでくる。

 セイルはチェックメイトを後退させつつパルスライフルを撃ち込んだ。しかし質量の軽いイオンの砲弾は炎の壁に遮られて敵には届かない。即座に武装をミサイルに切り替え発射するが、ほとんどが迎撃装置に叩き落され、僅かに肉薄したミサイルもやはり炎の壁に遮られた。

「なんて出力だ。これじゃ射撃が通らない」

『やっぱり正規のパーツじゃなかったみたいね。温度も密度も桁違いだわ』

「レナ、コイツ放っぽって逃げるのは無しか?」

『そうね。依頼目標の敵部隊はもう全滅してるから無理に戦わなくても………っ……駄目だわ、このままじゃヘリが接近できない。倒してからじゃないと逃げ切れないわ』

「嘘だろおい!」

 セイルはロケット砲を撃ちながらさらに後退する。さすがにロケット砲は炎では防げないのか、敵機は蛇行して回避する。速度はこちらが勝っているので追いつかれることは無いだろうが、ロケットの弾数はもう僅かしかない。じきにこちらの攻撃は届かなくなる。セイルはレーダーを確認するが、サジタリウスが動く様子は無い。

「くそっ!ケイローン、どうにかならないのか?」

「すまねえ。サブカメラまでイっちまったみてえだ。くそっ!視界が回復しねぇ」

サジタリウスの装甲は頭部からコアに掛けてひどく融解しており、各部のセンサーはチリチリと火花を上げている。心なしか、ケイローンも息が上がっている様だった。

(スナイパーのケイローンがあそこまで接近されるなんて……やっぱりレイヴンとしてもう限界なんじゃ……)

 ディスプレイの端に映ったサジタリウスを横目で見つつ、セイルは攻撃を再開した。上下左右に激しく動きつつ射撃することで炎の壁を掻い潜ろうとするが、やはりほとんどの弾は炎の壁に遮られてしまう。

 それでも時折到達する弾丸は確実に敵ACの装甲を削っていった。反対に機動力で勝るチェックメイトに火炎放射器の炎は届かず、APにもまだ余裕がある。敵ACは翻弄されていることに憤ったのか、さらに炎の勢いを強くして迫ってくる。相変わらず外部スピーカーからは獣の咆哮のような声が響いていた。

「…………———!!」

「よし、このまま行けば…………くっ!?」

 しかし突然コクピットを衝撃が襲い、機体が横倒しになる。激しく動きすぎたために岩に足を取られてしまったのだ。

「くっそ、またこんな時に……っ!!」

 セイルは急いで機体を立て直そうとするが、ディスプレイには目前まで迫った炎の壁が映されていた。

「こん……のおおおおおおお!!」

 セイルは強引にブースターをふかし、炎の壁に突っ込んでいく。灼熱の炎をうけた機体が悲鳴のように警告音を鳴らし、サンドノイズの走るディスプレイにはすでに炎しか映らない。

 しかし、かまわずにセイルは突っ込んでブレードを突き出した。画面いっぱいの炎の中にレーザーブレードの軌跡が一直線に走り、その先にわずかに、しかしはっきりとエネルギーが拡散した光が見えた。

 同時に入力しておいたOBが発動し、チェックメイトは傾いた姿勢のまま弾かれるように横に飛ぶ。ゴツゴツした地面を削りつつ停止したチェックメイトの装甲は防護スクリーンがあらかた消滅し、融解した金属装甲がケロイドのように垂れ下がっていた。

「どうだぁ!ちっとは効いただろ!!」

「———……———……」

 回復したディスプレイに映ったのは、コアに大穴を空けた敵ACの姿だった。機体ががくがくと振動し、あちこちから火花を上げている。

「っ……コクピットに直撃したか……これじゃパイロットは……! ……」

 コクピットを貫かれたACは、しかしまだ動いていた。腕部を痙攣したように振動させながら、かがみこむように四本の脚を折り曲げる。セイルはチェックメイトを僅かに後退させたが、次の瞬間、敵ACは予想もしない行動に出た。折り曲げた四本の脚を一気に伸ばし、チェックメイトに飛び掛ってきたのだ。

「なっ!」

 即座にセイルはチェックメイトを飛びのかせ、ACを避ける。敵ACは着地するとゆっくりとチェックメイトのほうに向き直った。

(コクピットを貫かれてまだ?……まさか、また無人機なのか?)

 セイルの脳裏に、今まで現れた無人兵器のことが思い浮かぶ。

(じゃあ……この地区に潜伏していた。不審集団は……)

 再び飛び掛ってきたACを横に飛んでかわす。今度はわずかに距離を詰めてきていた。

(あいつらは……俺の追っている組織だってのか!?)

 敵ACは、またもチェックメイトに飛び掛ってくる。セイルはさらにチェックメイトを後退させるが、チェックメイトのボディが宙に浮いた瞬間、突如敵ACの脚部パーツが激しく震えた。原型がわからないほど変形していた前二本の脚が長く伸び、チェックメイトの肩に絡みつく。

「何っ!?」

 突然の出来事に不意を突かれたセイルは、攻撃に対応できないまま敵ACに組み伏せられる。後ろ二本の脚がチェックメイトの脚部を押さえ込み、肩に巻きついた前二本の脚はまるで触手のように締め付けてくる。そう、まるであの生体兵器のように。

「くそっ!この……っ!」

 セイルは必死で振りほどこうとするが、熱で劣化したフレームにその力は無かった。チェックメイトのコアに向けて二本の黒い銃身が向けられ、今まさに炎を吹き出そうとした時、

 右腕の黒い銃が破裂するかのように吹き飛んだ。敵ACはぎこちなく首を動かして右の方を向く。セイルもつられて同じ方を見ると、サジタリウスの背部にあるコクピットハッチの上に巨大な銃を構えたケイローンがいた。敵ACはチェックメイトの拘束を解き、サジタリウスの方に向き直る。瞬間、今度は敵ACの左腕が吹き飛ばされた。

「——————!!」

 怒り狂ったように咆哮し、サジタリウスのほうに向かおうとする敵AC、その頭部を、青白いレーザーブレードの光が貫いていた。ぶるぶると体を震わせ、敵ACが崩れ落ちる。それを見たセイルはほぅ、と息を吐いた。

「助かったぜ、ケイローン……てか、何そのデカイ銃」

「パワードスーツ用のアンチマテリアルライフルだ。こっちこそ助かった。まさかあそこまで接近されるたぁな。レーダーはちゃんと見てたんだが……またノイズメーカーでも撒いてやがったのか?」

「ノイズメーカー? ……いや、そんな筈は無い。レーダーはちゃんと……待てよ………」

セイルは戦闘中にちらりとレーダーを見たときのことを思い出す。あの時レーダーにはちゃんとサジタリウスが……

「そうだ……レーダーにはサジタリウスしか映ってなかった……

「あん?どういうことだ? アイツだけがレーダーから消えてたってのか? ステルスが付いてたようには……って、その前にまともなACじゃ無かったか」

「ああ、一体何なんだあのACは、まるで……」

『はいはい、おしゃべりはそこまで。もうすぐ迎えが来ますよ。ケイローンさん、機体は動かせます?』

「ん? ああ、なんとか見える程度にはなった。大丈夫だ」

迎えの輸送ヘリが現れ、チェックメイトとサジタリウスが固定される。ヘリが飛び立つと、二人はまた会話を再開した。

『何!? あれが生体兵器かもしれないだと!?』

「例の、キサラギ社が破棄した施設に調査に行ったとき、デカい生体兵器と戦ったんだ。さっきの奴には、アレと同じ物を感じた」

『た、たしかに生体兵器ならレーダーに映らないが……』

「ああ、チェックメイトには簡単な生体認識プログラムがついているからロックオンは出来るんだ。でも逆にそのせいで、あれが生体兵器だと気づかなかった」

『だ、だがアレは明らかにコブラワインドだったぞ。生体兵器のわけが……』

「え? ちょっとケイローン、今なんて……」

『あん? コブラワインドがどうかしたか?あいつは多分、元レイヴンだったスネイクチャーマーの機体、コブラワインドだ。サイレントライン事件のころに死んだと思われてたが、まだレイヴンやってたとは……』

「待てよ、レナは未登録だって言ってたぞ」

『死んだって言ったろ。その時にコーテックスのコンピューターから抹消されてるハズだ』

「……あれが、元レイヴンの機体? 確かにACの形はしてたけど……」

『まるでカビが生えたような奴だったな。いったい……』

『二人とも!ディスプレイをONにして!』

 突然レナが会話に割り込んできた。予想外の事態でも起きたのか、普段からは考えられないほど焦っている。

「……何かあったのか?」

『いいからつけて。早く!!』

 セイルは不思議に思いながらもモニターをつける。直ぐ前にはボロボロになったサジタリウスの背中があり、その向こうには闇に沈んだ大地と、それに丸く穴を開けるように輝いているいくつかの複合都市の夜景があった。左に目を向ければ、軌道エレベーター『ラプチャー00』の天に向かって伸びる光の列が見える。しかし

「な、何だ?」

 前方に見えていた1つの複合都市の夜景が、まるで塗りつぶされるかのように光を失っていった。闇は巨大な都市の周囲から中心部へ、侵蝕するかのように夜景を食いつぶしていく。

「どういう事だよ、複合都市がまるまる一つ停電なんて」

『ありゃあ、確かアヴァロンの方だ。ミラージュの管理地区だぞ』

『ついさっき、ミラージュの発電施設がクレスト社の襲撃を受けたらしいの。直前に駆けつけたレイヴンも状況不利で撤退して、施設は敵部隊が占領。市街地への電力供給が絶たれてしまったみたい』

「そんな……」

 セイルは光の消えた町を見やる。所々に非常灯らしき物が点灯しているが、いまだ停電からは回復しない。あの闇の中で一体何人の人が傷つき、苦しんでいるのだろうか。

『それで、ミラージュ社から緊急の依頼が来てるの。内容は占領された施設の奪還なんだけど……二人とも被害が大きいし、これ以上の戦闘は無理よね。拒否しておくわ』

「待ってくれ、施設を奪還すれば電力供給は戻るのか?」

『ええ、発電装置自体の被害は少なくて、施設内部の制御装置を停止させられたみたい。奪還すればじきに回復すると思うけど……』

「俺が行く! まだAPは大丈夫だ」

『馬鹿野郎! 何言ってやがる!! APはともかく、内部のフレームとコンピューターは熱でボロボロの筈だ。相手はレイヴンを撤退させられるほどの戦力だぞ。そんな状態で行っても返り討ちにされるだけだ』

「でも、こうしてるうちにもあの町は……」

『そいつらの為にお前が死んだら意味無いだろうが!!』

ケイローンの突然の大声にセイルはたじろぎ、言おうとしていた事を飲み込んでしまった。

『お前は全てのテロリストを壊滅させるんだろ?そのお前が今死んだら、お前が始末するはずだったテロリストのせいで何人の人が死ぬと思う。そのくらい考えろ!!』

「……」

『……心配するな。あれだけの大型都市ならそれなりの災害対策もしてある筈だ。被害は決して大きくはならない』

「……わかった。ごめん、ケイローン。つい取り乱して」

『ああ……俺も大声出して悪かった。セイル、もう少し自分の命を大切にしろ。こんなことを言うのは卑怯だが、複合都市にいる何億人の命よりも、お前一人の命を大切に思っている奴がいるはずだ。そいつらのためにも、お前は軽々しく死ぬな』

セイルの頭の中に、先日のハヤテとの会話が浮かんでくる。帰ってくるかもわからない新人レイヴンの帰還を、ずっと待ち続けるケイローンの事を。

(そうだな……俺にはもう家族はいないけど、俺の帰りを待っている奴はいるんだよな。それに……)

セイルは顔を上げる。頻発するテロリスト、裏でそれを操る謎の組織、そしてカラードネイル。

(俺にはまだやる事がある。決して些細な事じゃないけれど、ここで死ぬわけには行かないんだ)

セイルはもう一度光の消えた町のほうを見ると、目を閉じて軽く頭を下げる。町はやがてディスプレイの範囲から消え、二機のACを載せたヘリは鴉たちの町へと飛んでいった。

 

………………数分前、オルキス集光施設

 オルキス集光施設は、中央の管理棟と、それを挟み込む形で設置されているいくつものソーラーパネルで形成されている。

 今はその上空を武装ヘリや飛行MTが飛び交い、地上ではいくつもの影が動き回っていた。そんな中、中央の管理棟の上では一機の灰色のACが奮闘している。ACは上空から降り注ぐミサイルとロケットの雨を紙一重でかわし、右腕部のエネルギーショットガンを撃ちこんでいく。

 広範囲に拡散する光の粒子に射抜かれたヘリやMTは蝿のように墜ちていくが、灰色のACは背後からの銃撃を受けて姿勢を崩し、動きを止めた。ヘリのライトに照らされたその肩には、仮面を着けた灰色の天使が描かれている。クライシスの機体、アブソリュートだった。

 アブソリュートは銃撃のあったほうに向き直りエネルギーショットガンを向けるが、銃撃してきた影は即座にソーラーパネルの合間に逃れてしまい、安易にトリガーを引くことが出来ない。その隙に後方から接近してきた別の影が至近距離から銃撃を浴びせるが、クライシスは即座に反応して銃撃を避け、至近距離からエネルギーショットガンを撃ち込んだ。

 大量の散弾を一点に浴びた影は爆発を起こし、バラバラに吹き飛んだ影の残骸は、管理棟の上に散乱した。見ると、同じような残骸があと2つ分転がっている。

「……チッ」

 クライシスは舌打ちするとコクピットの戦術画面を見る。APはすでに余裕が無く、ほとんどの武装は弾切れ。むやみに放てないエネルギーショットガンの弾数だけが無駄に多く残っていた。

「……予想はしていたが……まさかここまで押されるとは…………」

 荒い息を吐きながらクライシスはディスプレイを見やる。林立するソーラーパネルの合間を縫うように動いていた3つの影が動きを止めたかと思うと、同時に飛び上がってアブソリュートに両腕部のマシンガンを叩きこんでくる。

 アブソリュートは即座に後ろに飛ぶが、かわし損ねて脚部に被弾してしまった。バランスを崩して転倒し、管理棟から落下するアブソリュート。それを管理棟の上から見下ろす3つの影。武器腕のマシンガンを装備し、頭部のカメラアイを赤く光らせるその機体は…………

「クレストの……量産型AC…………もう、これほどの数を……」

 量産型AC。本来、さまざまな戦法や局面に対応するために考え出されたパーツの組み換えを、整備や補修を簡略化するためのシステムとして利用する物である。通常のACに比べ、基本性能で大きく劣るものの、コストの低さと、要求される操縦技術の低さから、ミラージュ、クレスト両社で開発が進められていた。

 クライシスも知っていた事だったが、先に量産ラインに乗せたのはクレストだったようだ。機体を立て直したクライシスに、3機の量産型ACが6つの銃口を向ける。吐き出される嵐のような銃弾をすんでの所でかわし、アブソリュートはその場を離脱した。背部からOBの光を吹き出し、高速で施設から離れていく。コンピューターが領域離脱を警告するが、クライシスはかまわずにアブソリュートを走らせた。

ジェネレーターのエネルギーが尽きるのと同時にアブソリュートは停止し、戦闘モードを解除した。クライシスはコクピットから出て施設の方を見やる。遠目には何事もないように見えるが、今頃は内部に部隊が侵入しているだろう。職員は事前に避難していた筈だが、施設は破壊、よくても占領される。それはミラージュが管轄する多くの地区への電力供給が長期間絶たれてしまうことを意味していた。

「作戦失敗……か。しかし、これはまた…………」

 施設とは反対の方角、遠くに見える夜景が、端のほうから次々と光を失っていく。

「随分と大きな地雷を……踏んでしまったな……」

 クライシスは諦めたように自嘲すると、再びシートに身を沈めた。

 

 

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