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する者とされる者〜きっと、たぶん、おそらく〜

 

 

 ぶつかり合う装甲と装甲。干渉し合った防護スクリーンが火花を散らし、負荷をかけられた関節部が激しく軋む。さらにそれらが離れる一瞬の隙間を縫って青白い光が交錯し、2機のACは互いに傷を負いつつ距離をとった。

 しかし、いったん離れた2機のACは申し合わせたかのように前に飛び、ブレード発振機の取り付けられた左腕をぶつけ合う。

「っ!」

 再び距離が離れたとき、セイルは衝撃にうめき声を漏らしながらチェックメイトの体勢を立て直し、傍らにあった大木の影に隠れさせた。チェックメイトの装甲はあちこちが深く抉られ、最終装甲版が露出している所もある。

 酷使した左腕部の関節はボロボロで、激しく火花が散っていた。

「くっそ……強いとは思ってたけど、まさかこれほどとは……」

 セイルは荒い息を整えつつ、木の陰からカメラを覗かせて様子を伺う。同じような大木が林立する森林地帯。降りしきる霧雨の向こうには、スカイブルーに塗られたボディに長銃身のハイレーザーライフルを持つ細身のAC、アメノカザナギの姿があった。

 搭乗しているのはセイルの友人でもあるレイヴン、ハヤテである。昨日まで友人だったはずの2人は、今この戦場において、倒すべき敵として存在していた。

「どうしたセイル、この前とはえらく感じが違うじゃねぇか。お前の実力はそんなモンじゃねぇだろ」

 ハヤテが外部スピーカーで話しかけてくる。視界の利かない場所で身を隠しているとはいえ、むこうもレーダーでこちらの位置は把握しているはずだ。しかしアメノカザナギは攻撃を行うことなく、チェックメイトの方を見据えたまま動かないでいる。

「何言ってんだ馬鹿野郎!こんな状況で実力出せるわけないだろ。こんな………っ!!

 セイルが言葉を言い終わらないうちに、チェックメイトの隠れていた大木の幹が吹き飛ばされた。ディスプレイに映っているアメノカザナギはこちらに向かってハイレーザーライフルの銃口を向けている。

「お前こそ何寝ぼけてやがる。このくらいの事で戸惑ってるようじゃ、この先レイヴンとしてやってけねぇぞっ!!

 ハヤテの叫びとともにアメノカザナギがレーザーブレードを発生させ、チェックメイトに向かって突っ込んでくる。セイルも即座にブレードを展開し、アメノカザナギを迎え撃つべく構えを取った。

 アメノカザナギが横薙ぎに振るうレーザーブレードに対し、チェックメイトはそれを受け止めるようにブレードを振るう。確固とした実体を持たないレーザーブレードは、他のブレードと交差すると同時に相互干渉で拡散し、一瞬後に再構成された。

 このように、互いにレーザーブレードを装備した状態での接近戦は、互いのブレードを打ち消しあいながら闘うことになる。操縦者の技術はもちろん、腕部パーツの性能も勝敗に大きく関わってくるため、中量腕部のチェックメイトと軽量腕部のアメノカザナギでは、前者のほうが膂力の面で有利ということになる。しかし、それにも関わらず、チェックメイトはわずかに体勢を崩しつつあった。

(くそっ、出力ではこっちが上のはずなのに……)

 セイルはじりじりと押されている愛機の腕部を睨み付けながら思った。ハヤテがどうやって性能の差を埋めているのかはわからないが、このままではいずれ押し切られてしまう。ならば、

「こんのぉぉっ!」

「うおっ……」

 セイルはチェックメイトのブースターと脚力をフルに使って後ろに跳びのいた。アメノカザナギのブレードはチェックメイトの疲弊したコアの装甲を浅く裂きながら大きく振りぬかれ、アメノカザナギはつんのめるように大きくバランスを崩す。

 即座にセイルはブースターを強引に噴かせて前に跳んだ。やはり疲弊していたブースターが悲鳴を上げるが、かまわずセイルはアメノカザナギに向かってブレードを突き出した。勢い余って転倒しそうになっているアメノカザナギの頭部に向かって、チェックメイトのブレードが迫る。しかし

「……ぉぉおおりゃああああああっ!!

 アメノカザナギは振りぬいてしまった左腕の代わりに右腕に装備されていたハイレーザーライフルの銃身でチェックメイトの左腕を受け流し、地面に両手がつきそうなほどの低い姿勢のままでブーストダッシュしたかと思うと、一瞬でチェックメイトの右側に回りこんでいた。

 そのままブースターで強引に機体を持ち上げつつ、ブレードを切り上げる。チェックメイトは右背部のロケット砲ごとコアの後部を切り裂かれた。セイルはとっさにロケット砲をパージするが間に合わず、爆発を起こしたロケット砲はチェックメイトのボロボロの装甲に容赦なく破片を叩きつける。

「うああああああっ!

 コクピットが激しく揺さぶられ、計器から火花が散った。さらにブレードに切り裂かれた装甲の裂け目から紫電が迸り、チェックメイトがぐらりと姿勢を崩す。そのボディを縦一直線に、アメノカザナギのブレードが一閃した。チェックメイトの装甲のあちこちで爆発が起こり、機体が炎に包まれる。そして、

『チェックメイト撃破ーっ!流石はサムライハヤテ、わずか3分でACをスクラップに変えたーっ!!

 実況の叫び声と共にブザーが鳴り、試合の終了が告げられた。同時にチェックメイトに向かって数台の装甲車が走り寄り、四方から消火液を浴びせかける。セイルは限界まで荒くなった息を整えながらシートにぐったりと体を預けた。

 

「ったくよぉ、マジで本気出すことないだろ。こっちは慣れないステージで戸惑ってるってのに。火花で火傷したんだぞ、ほらココ!」

 セイルは自販機のスイッチを押しながら袖をまくり、腕についた小さな火傷の痕を見せる。隣にいるハヤテは缶のプルトップを開けながら答えた。

「そんな火傷くらいでギャーギャー言うなって。大体慣れないステージって、ただ霧がかかってて周りが見えにくいだけだろうが。お前もあれ位の状況変化に対応できねぇと、ほんとにレイヴンやってけねぇぞ」

「その霧のせいでパルスライフルが拡散して使い物にならなかったんだよ、ロケットもろくに当たらなねぇし、あんな状況でどうやって実力を出せってんだよ」

 セイルは文句を言いつつ自販機から缶ジュースを取り出すとソファに座った。ハヤテもその隣に腰を下ろす。控え室には2人以外にも何人かレイヴンがいたが、特に知った顔はいなかった。

「パルスライフルが拡散?あ、そうか、そういう事もあんのか」

「いや、気づいてなかったのかよ!お前もレーザーライフル持ってるだろうが」

「オレは射撃のことは気にしねぇの。あのレーザーライフルも、接近戦に持ち込むためのただの布石だしな」

「……」

 セイルはハヤテのいい加減さにあきれつつ、缶ジュースを口に運んだ。

「そう言えば……よ、セイル」

 不意にハヤテがシリアスな声を出した。セイルは缶に口をつけたまま目線をハヤテのほうに向ける。

「お前、この前ジジィと一緒にミッション行ったんだろ。どうだった?」

 この「どうだった」とは、つまりケイローンの調子のことを指しているのだろう。セイルは缶から口を離すと、周りのレイヴンたちに注意しながら小声で言った。

「……良くはなかったな。不意打ちを食らって一時行動不能にまで追い込まれた。敵もまともなやつじゃなかったけど、やっぱり最近のケイローンは危なっかしい感じがする」

「そうか……」

 ハヤテはため息をつくと立ち上がり、缶をゴミ箱に放り込んだ。

「先、帰るわ。じゃな」

 ハヤテの広い背中がドアの向こうに消えていくのを見送ると、セイルはソファに背中をもたげ、天井を見上げた。ケイローンは、生身のレイヴンとしてはもう引退してもおかしくない年だった。実際、ケイローンのアリーナでの戦果を調べてみると、ここ数年でがくりと勝率が落ちていた。

(勝手な言い分だけど、やっぱりケイローンには死んでほしくない。金は腐るほどあるんだろうし、引退してのんびり暮らす選択肢もあるはずだ。戦い方も、人付き合いも、まだまだ教えてほしいことがあるのに……)

「お前……セイル・クラウドだよな?」

 不意に声をかけられ、セイルは思考の世界から我に返った。姿勢を戻すと、目の前に一人のレイヴンが立っている。明るいオレンジの髪と目をした、ハンサムな男だった。

「誰?……いや、待てよ……」

 セイルは男の顔を見上げながら記憶を探り出す。彼には以前、どこかで会ったような気がするのだ。

(顔は見たことがない……会った事はある……どうやって?……話……声……声?)

「もしかして……カロンブライブ?」

 セイルは立ち上がって男の顔を見た。聞き覚えのあるはつらつとした声は、レイヴン試験の監督をしていた男のものだった。

「当たりだ。よく分かったな」

 カロンブライブはにこやかに笑いかけると、ソファに腰を下ろした。セイルもそれに習って座りなおす。

「久しぶりだな。なかなか上手くやってるようじゃないか。『銃口つぶし』と言えば、ランカー達の間でもちょっとした名前になってるぞ」

「それほどでもないって、さっきの試合では負けちまったしな」

「謙遜するな。あの剣術馬鹿に接近戦で負けたからって恥じることはないさ。俺もあいつとの接近戦は願い下げだ」

 カロンブライブは苦笑すると、頭の後ろで腕を組んでソファに背を預けた。

「しかし、最近どうも妙なことが立て続けに起こるな。テロリストの活性化に、アリーナ襲撃事件。あのキース・ランバートは帰ってくるし、この前はどっかの山が地下施設ごと吹っ飛んだかと思えば今度はアヴァロン・バレーの大停電。そう言えば……」

 カロンブライブは天井を見上げながら話を続ける。山を吹き飛ばしたことについて身に覚えのあるセイルは乾いた笑顔を浮かべながら聞いていたが、カロンブライブの言った一言に不意に表情を固まらせた。

「カロンブ……今なんて?」

「だから、クレストが襲撃したミラージュの発電施設を守っていたのが、専属レイヴンのクライシスらしいって噂だ。あの男も中々の実力者らしいが、どうやらクレスト社は量産型ACの実用化に…………どうした?」

 セイルはあの日レナが言っていたことを思い出す。駆けつけたレイヴンは、状況不利で撤退したと。

(クライシス……無事なのか…………)

 セイルは最近できたばかりの緋い目の戦友のことを案じ、窓から外を見た。間もなく昼になるコーテックスシティの空は、誰かの気分とは裏腹に明るく輝いていた。

 

………………同時刻、閉じた町某所

「ほれ、終わりじゃ」

「…………」

 背中を叩かれたクライシスは椅子から立ち上がると傍らの籠に放り込んでおいた服を着る。その体は筋肉質ではあるが、レイヴンにしては恐ろしく細身だった。

「左手はもう問題無いわい。じゃが相変わらず体のあちこちが悲鳴を上げとるからな。近いうちに休養とって人間ドックに入ったほうがええぞ」

 白衣を着た老人はカルテを見ながらクライシスに話しかける。服を着終わったクライシスは無言でポケットからカードを取り出すと机の上に置き、再び椅子に座りなおした。老人はカードを傍らのリーダーに突っ込むとパチパチとボタンをいじる。やがて吐き出されてきたカードと領収書をクライシスに渡すと、机に積まれた書類の山を漁り始めた。

「……また随分と持っていったな」

 クライシスは不機嫌そうな顔で領収書を見ながら言った。

「たわけ、日ごろの無茶を一発で帳消しにしてやってるんじゃ。安いもんだと思え。それにどうせお前さんの財産からすりゃ雀の涙だろうが」

「…………」

 クライシスはカードと領収書をポケットにしまうと間仕切りのカーテンを開けて出て行った。やがて扉を開閉する音が聞こえ、足音が遠ざかっていく。

「……〜〜…」

 老人は溜め息を吐くと、書類の山から折れ曲がったファイルを引っ張り出し、さっきまで書いていたカルテと見比べ始めた。

「また落ちとる。若いもんが無理しおって……いくら火星人だからとてじきに体を壊すわ」

 老人はファイルとカルテを投げ出すと椅子にもたれかかり、腕を組んでため息をついた。

 

外に出たクライシスは、出口のエレベーターに向かってゆっくりと歩き出した。先日のミッションで受けた肉体的なダメージはほぼ無くなり、体は問題なく動かせる。戦闘で中破した機体も既に修復されているだろう。

しかし、彼の胸の内にあるヘドロのようなわだかまりは、確実に己の身を侵蝕していた。大停電による死者は数十万人、現在もどんどんその数を増やしているだろう。

「ぃよう……なぁにやってんだこんなトコで」

「……………………」

 背後からかけられた不快な声に、クライシスは後ろを振り返る。そこには口元をゆがませた長髪の男が立っていた。ベルトの多い皮の服を着込んだ男は卑下た笑いを浮かべながら下目使いにクライシスをみていた。

 その目は一見普通だが、よく見ると何枚ものレンズが重なった無機質な目であることが分かる。機械強化を施されたPLUSだった。

「あれだけの惨事を引き起こしておいて、よぉくも表を歩けたもんダナ」

「………………」

 クライシスはかまわずに視線を戻すと歩みを再開した。しかし男はクライシスの右から左から、しつこく話しかけてくる。

「先日のウィリアスでの失態に、あの大敗退……ミラージュ軍の切り札、『戦慄の銃口』クライシスもここまでってかぁ?」

「…………」

 クライシスは男を無視したまま歩き続けた。無意識のうちに人ごみの中へ入っていたが、それでも男はついてきていた。

「ンな乳臭い体じゃいつまでもACに乗ってらんねぇんだろ?いままでは機体の性能が引っ張ってくれてたんだろうが、い〜かげんボロが出てきたんだろぅ?アん?」

「……」

 人ごみを通り抜けると、エレベーターのある町の出入り口が見えてきた。さすがに人目の無い密室になるエレベーターの中までは追ってこないだろう。相手もそれをわかっているのか、エレベーターに着くまでに出来る限りなじろうとしている様だ。男はクライシスの肩に手を回し、さらに嫌みったらしい声で話しかけてくる。

「まぁあ、気にする事はねえって、ミラージュ軍の事はこの俺がちゃぁんと守ってやっからよ、テメェみたいな役立たずはとっとと帰って、ママのオッパイでもしゃぶってやがれ。そう、この俺。ミラージュ企業軍最強の専属レイヴン『アレ……」

 瞬間、男の体が宙を舞い、地面に仰向けに叩き付けられる。大口を開けて喋っていた口には黒光りする銃身がねじ込まれていた。クライシスは男の体を足で押さえつけて大型の自動拳銃を突きつけている。眼鏡越しに見える緋い目は、まるで氷のように冷ややかだった。

「貴様如きが……その名前を……」

「へへっ、怖い怖い……わ〜ったよ。今日のところは退散してやらぁ」

喉の奥にある発声装置から男の声が聞こえ、クライシスは銃を引き抜いた。同時に男の姿が霞んだかと思うと、男の姿はすでに数メートル離れたところにあった。

「そうそう、急がなくともじきにテメェは終わりだ。ミラージュはもうテメェの……っ!」

 クライシスの放った銃弾が男の左腕を吹き飛ばし、男は慌てて人ごみの中に消えていった。通行人のうち何人かは何事かと振り返るが、いつもの事だとすぐに通り過ぎていく。

「…………チッ……」

 クライシスは苦々しげに舌打ちすると銃をしまい、エレベーターに向かって歩き出した。

 

 

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