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タイミング〜配られてもいないカード〜

 

切りかかってきたカイノスの左腕にこちらの左腕を合わせ、力任せに弾き飛ばす。転倒したカイノスの腹にブレードを差し入れ、セイルはほぅ、とため息をついた。

チェックメイトの機体を起こし、あたりを見渡してみる。近くに動くものはなく、未だ燻っているMTの残骸だけがあった。ここは地下世界レイヤードの一角、セイルは破棄された旧工業地区に潜んでいた不審集団を排除する以来を受けていた。

『敵反応消滅を確認。お疲れ様セイル、Cゲートから帰還して』

「OK。じゃ、お疲れ〜」

 セイルはヘルメットを脱いで汗をぬぐうと、チェックメイトを通常モードに切り替える。チェックメイトのボディを波のように光が走り、装甲表面を覆っていた防護スクリーンが消滅した。

 コクピットのディスプレイからもロックオンサイトと敵戦力メーターが消え、チェックメイトは最高位の兵器からただの人型装甲車へと変化する。セイルはチェックメイトをCゲートへと向かわせつつ、さっきまでの戦闘を反芻していた。

(また、ただの不審集団にしては装備と練度が段違いだった……ここも、やつらの息がかかってたのか……)

 工業地帯に潜んでいた不審者達は、予想よりもかなり多くの戦力を有していた。

 普通、不平市民によって結成された武装集団など自警団に毛が生えた程度のもので、持っているMTもよくてランスポーター程度である。しかし今回セイルが排除した集団が持っていたのは、企業軍が正式採用している戦術型MTカイノスやその改造機、しかもなかなかの数だった。しかも搭乗しているパイロットも初心者ではないらしく、動きにまったくぎこちなさが無い。

 無論ACの敵ではないのだが、いい加減数が多ければ攻撃をかわしきれなくなる。チェックメイトのボディも、深くはないもののあちこちに傷がついていた。

(やつらの計画……何なのかすらもわからないけど、それは着実に進行している。俺も関係ありそうな拠点をいくつか落としたし、この前ウィリアスの研究所を破壊したのは奴らにとってもかなりの痛手だったはずだけど、それでもまだ勢いが衰えていない。いったい何をするつもりなんだろう)

 セイルはゲートの開閉装置を操作しつつ、上を見上げてみる。遠くに見えるレイヤードの天井は、複雑な迷路のように見えた。

 

 ゲートを抜け、狭い通路を進んでいく。この先にはレイヴンが地上とレイヤードを行き来するのに使う大型エレベーターがある。このエレベーターは各複合都市に数箇所あり、レイヴンはこれを使ってレイヤードに降りた後、輸送車両に乗り継いでミッションエリアへ向かうことになっている。

 ただ今回のミッションエリアはこのエレベーターからそう離れていなかったため、セイルは直接ACで移動していた。隔壁を抜け、薄暗いエレベーターホールに入る。と、そこには二機のACが佇んでいた。五つあるエレベーターのうち、すでに三つは到着していたが、二機とも乗り込もうとはしない。足元をうろつく作業員たちも、どこかせわしないように見える

「何だ?どうかしたのか?」

 セイルが問いかけると、二機のうち一機、赤茶けた色のタンク型ACが振り返り、外部スピーカーで返答してきた。若い女性の声だった。

「エレベーターがまったく動かないの」

 女性は不思議そうにそう言うと、再び頭部パーツを動かしてホールの隅にあるコントロールルームのほうを向く。中ではつなぎを着た作業員達が数人、装置に向かってなにやら話し込んでいた。と、そのうちの一人がチェックメイトに気づき、ホール内のスピーカーで話しかけてきた。

「すみません、ちょっと上でトラブルがあったらしくて、エレベーターが動かないんです」

「分かりました。どこで待てばいいですか?」

「え〜……じゃ、第三エレベーターの前に並んでください」

 セイルは五つあるエレベーターのうち、中心にあるエレベーターの前にチェックメイトを進ませる。左にはさっきのタンクAC、そのさらに左にはもう一機の二脚ACが並んでいた。

 セイルは目を閉じ、シートに身を預ける。頭の中はまだ例の組織のことでいっぱいだった。各地のテロリストたちを援助している謎の集団。このところ各地のテロリストたちは目立った動きこそないものの、活動自体は活発化しているようだった。さっき戦った武装集団も、そうやって派手な動きをしたところをシティーガードに見つかったのだろう。

 早く帰って考えをまとめなければ……と、セイルがそう考えていた時、セイルはふと違和感を覚えた。さっきまでとは何かが変化している。セイルは身を起こし、ディスプレイを確認する。頭部パーツを動かして周囲を見わたしてみるが、特に異常は見られない。

(おかしいな。何も変わったところは……待てよ、違う。俺は目を閉じた状態で違和感に気づいたんだ。おかしい所は見えるものじゃない)

 セイルは目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませる。闇に包まれた世界の中、まるで自分一人が宇宙に浮かんでいるような感覚の中で、セイルは違和感の原因に気づいた。今自分が浮かんでいる宇宙が、周りの世界が震えている。まるで何かに怯えるように戦慄する世界。セイル自身も、いつの間にか体を震わせていた。

『聞こえているか?』

「…………え?」

 不意に無線から声が聞こえ、セイルは元の世界に引き戻される。ディスプレイに目をやると、左にいる二脚ACが頭部を動かしてこちらを見ていた。

「聞こえてるけど……どうかしたのか」

『何?どうかしたの?』

 タンクACのレイヴンも通信を聞いていたのか、頭部を動かして二脚ACを見た。

『二機とも通じているか…………いや、すまない。さっきから地上と無線が繋がらないのが気にかかってな』

『え?無線って……なぁ、レナ……!?

 セイルは一瞬言葉を失った。レナとの連絡に使っている周波数に合わせたとたん、耳が痛くなるほどのノイズが聞こえたのだ。

「なんだこれ?……磁気嵐でも起こって…………っ!」

 セイルは再び言葉を失った。さっきまで感じていた世界の震え。その振動と同じものを、この無線に感じたのだ。嵐のような激しいノイズの中に、自分の最も恐れるものが潜んでいる。絶えない爆発音、立ち昇る黒煙、この世の地獄と称するにふさわしい、破壊しつくされた日常が。

その時、ホール内にサイレンが響き渡り、セイルははっとして顔をあげた。そこかしこで赤いランプが点滅し、作業員の動きが一層慌しくなっている。

「どうした?何が?」

「第五エレベーターシャフトに侵入者!……ACです!!

 セイルはとっさに戦闘モードを起動し、第五エレベーターの前に立ってパルスライフルを構えた。他のAC達も個々に戦闘体制をとり、各々の武装をエレベーターに向ける。その瞬間エレベーターのドアがまっぷたつに割れ、中からACが現れた。

「な……なんだこいつ」

 現れたACは、今までセイルが見たACとは違ったものだった。茶色がかってくすんだ様に見える白いボディに、重厚的で左右非対称な手足とコア。さらには右腕部に装備している、自分の身長ほどもある巨大な砲が、そのACの異様さを醸し出していた

「っ!……こいつは……」

「嘘でしょ……何でまた……」

「え?……二人とも、この機体に見覚えが……うおっ!」

 白いACは右背部に装備されたグレネードランチャーを放ってくる。セイルは横に飛んでかわすとパルスライフルで攻撃した。しかし放たれた光弾は白いACの装甲に当たる直前に、何かに弾かれたように拡散してしまう。

「ちっ、防護スクリーンもタンク並か。しかも立ったままグレネード撃ってたよな。ってことはまたPLUS……」

「こいつは無人機だ。頭部を狙え!」

「っ!……」

 二脚ACから放たれた声に、セイルはロケット砲を白いACの頭部めがけて撃ち込んだ。しかし白いACは重量級にはあるまじき速度で回避すると、膝立ちになって右腕部に持っていた巨砲を両手で構えた。

(立ったままグレネードを撃てるような奴が構えを取って、しかも両手で腰だめに保持するような武装……こいつは!)

 セイルはブースターを吹かし、天井の隅ぎりぎりへと飛びのいた。そのすぐ後ろを、白く輝く光弾が五つ、続けざまに通り過ぎていく。光弾を受けたホールの天井は大きくえぐられ、融解していた。

「なんつう威力だ。並のACじゃない……あんた達、このACの事知ってるんだろ?一体こいつは何なんだ?」

「あなた知らないの?こいつは十年前、サイレントラインから現れて付近の施設を襲撃していた機体よ」

「サイレントラインの中枢、もう一つの管理者が保有していた無人兵器の一つだ。サイレントラインの崩壊と同時に、機能を停止したはずだが……」

 セイルの問いかけに、二機のACたちはそれぞれ答えを返す。SL事件当時に暗躍していた無人AC。既存の技術では再現不可能な高度なAIを装備したそれは、ランカーACに匹敵する戦力を誇ったと言う。

「それが……何でこんなところに……」

「わからない。だが今は……」

 白いACが放ったグレネードをショットガンの弾幕で撃ち落とし、二脚ACはチェックメイトの隣に着地する。ホールの隅から砲撃を加えていたタンク型ACも、頭部を動かして視線を向けてきた。

「こいつを始末するのが先だ。君は、マズルブレイカーのセイル・クラウドだな?俺が前に出て動きを止めるから、その隙に頭部を狙えるか?」

「わかった、やってみる。ところで、ここの作業員たちは?」

「とっくに避難してるさ、行くぞ。カラミティ、援護頼む」

「OK!行くわよ」

 タンクACが背部の投擲砲を放つと同時に、二脚ACは白いACに向かって跳んだ。速い。400kmは裕に超えているだろうか。一瞬で白いACを飛び越えて背後に回った二脚ACはロケット砲を発射し、白いACを攻撃する。

 白いACはグレネードとミサイルで反撃するが、至近距離で縦横無尽に動き回る二脚ACにはかすりもしない。さらにブレードを発生させて斬りかかるが、即座に反応した二脚ACは一瞬で間合いから離れていた。

「当たれ!」

 ブレードを振りぬいて硬直する白いACに、二機のEOを展開したタンク型ACが一斉砲撃を加える。投擲砲がグレネードを吹き飛ばし、EOの放ったレーザーがブレードを破壊する。さらに左腕部の投擲銃が放ったナパーム弾が、白いACのボディを炎で包み込んだ。白いACの動きが鈍り、手足の動きがぎこちなくなる。その瞬間、

「もらった!

 セイルはOBを起動していた。白いACの頭部に向かって、OBの慣性と機体の重量をかけたレーザーブレードが突き刺さる。一撃で頭部パーツを吹き飛ばされ、白いACは炎に包まれたまま倒れこんだ。

「やったの?」

「ああ……でも、なんでここに?この上は、コーテックスの保有するエレベーターホールの…!…まさか……」

「っ!上と通信がつながったぞ。二人とも、連絡を取ってみろ」

 セイルは再び無線機のスイッチを入れる。ノイズは弱まり、音はしっかりと聞こえるようになっていた。爆音と悲鳴に包まれた、この世の地獄の音が。

「レナ、一体何があったんだ!?

『セイル!……ああ、やっと繋がった。いい?落ち着いて聞いて。現在コーテックス本社は、正体不明の部隊による攻撃を受けています』

「なっ!!

 セイルの顔を驚愕が包み込む。ついに起こってしまった。正体不明とは言っているが、サイレントラインの技術を有している以上、敵はセイルが追っている組織で間違いないだろう。以前のアリーナ襲撃のときとは違う、コーテックスの本社を狙った大規模攻撃。周辺のオフィス街にも相当の被害が出ているだろう。

『これに対してコーテックス理事会は、所属する全てのレイヴンに対して管理者権限を発動しました。本社付近にいるレイヴンは、可能な限り敵部隊の迎撃を行ってください……拒否は認められません』

「……拒否なんかするわけ無いだろ。レナ!すぐにエレベーター上げてくれ!

『え?セイル、まさかまだレイヤードにいるの!? エレベーター施設が襲撃されて、コントロールができなくなってるのに……』

「なっ、何とかならないのか!?

『駄目、すぐの復旧は不可能だわ。他のエレベーター施設まで移動して……』

「んな悠長なことしてられっか!すぐにでも行かないといけないのに……こうなったら、直接エレベーターのシャフトを……」

『無理よ。レイヤードから地上まで2000mはあるわ。ACのブースターじゃ登りきれない』

「そんな…………くそっ!!

 セイルはコンソールに拳を叩き付ける。こんな肝心な時に何もできない自分が恨めしかった。今頃地上では、多くの人々が逃げ惑っているのだろう。自分のような人間を、もう一人でも出すまいとと頑張って来たのに……

「……来い」

「えっ?」

 二脚ACが第五エレベーターの前に立ってチェックメイトの方を振り返っていた。

「あんた、何を……」

「上に行きたいんだろ。いいから来い」

 セイルは言われるままに第五エレベーターのシャフト向かう。さっきのACが無理やり降下してきたせいで底面は陥没していたが、上を見上げるとわずかに光が見えた。

「中に入って、少し上がったらブーストを切れ。いいな」

「あ、ああ」

 セイルはシャフトの中に入り、ブーストジャンプで上昇する。と、急にコクピットを衝撃が襲った。見ると、ブーストを切って落下しかけているチェックメイトのボディを、二脚ACが押し上げていた。

「おい、何してるんだ!いくらなんでも、二機分の重量を……」

「黙ってろ。行くぞ」

 二脚ACはOBを起動させ、チェックメイトを押し上げる。軽量コアの高出力OBは、AC二機分の重量を支えつつ縦穴を登っていった。通常のOBに比べれば速度は格段に落ちているが、それでもかなりの速度を出している。

「エネルギーの続く限り持ち上げてやるから、後は自力で登れ。ギリギリ上まで行ける筈だ」

「分かった。頼む」

 セイルはそう言うと、ディスプレイに写る縦穴の映像を見つめた。はじめ小さな点ほどだった出口の光は、だんだんと大きくなってきていた。高度計は、既に縦穴の半分以上登っていることを示している。

(もう少し、もう少しで…………それにしてもこのAC、随分長い間OBしてるよな。PLUSなのか?)

 登っていくうちにやがて地上の音が聞こえ出した。絶え間なく響く爆音と響き渡る砲声。ヘリのローター音やMTの足音も聞こえる。同時に二脚ACにも限界が来たのか、速度が落ち始めた。

「ここまでだ。後は頼む」

「ありがとう。恩に着る!あんた、名前は?」

 セイルは二脚ACの肩を蹴って飛び上がり、即座にOBを起動した。

「…………俺も知名度が落ちたもんだな。これでもけっこう有名だと自負しているんだが」

 落下していく二脚AC。その左肩には、霧のような白い模様と赤く光る目が描かれていた。

「!!……あんたまさか、第三位ランカーのフォグシャドウ!?」

「また会おうぜ……セイル・クラウド」

 OBが発動し、チェックメイトは高速で縦穴を登っていく。だんだんと小さくなっていく二脚AC『シルエット』を見ながら、セイルは再びありがとう、と呟いた。

 

何かを削り取るような音が聞こえたかと思うと、第五エレベーターシャフトに一機のACが落下してきた。ボディの右側は塗装がはがれ、装甲が削り取られている。ゆっくりと立ち上がったACは、ジャンプしてシャフトからホールに出る。そこには赤茶けた色のタンクACがいた。

「あなたも無茶するのね、フォグシャドウ。1000m以上も落下して、ブースト無しで着地なんて」

「ああ……壁面をこすって減速したつもりだったが、予想以上にきつかったな。それより、お前こそこんな所に居ていいのか?お前にも迎撃の『命令』が出ているはずだが……」

「OBも付いてないタンクACじゃ穴を登れないし、別のエレベーターホールに行くには時間がかかりすぎるわ。残念だけど、私は傍観。弾薬も少ないしね」

「……まったく、悪知恵が働くのは相変わらずだな、カラミティメイカー」

「そういうあなたは変わったわね。見ず知らずのレイヴン一人の為にここまでするなんて……ああ、見ず知らずじゃ無いか。名前は知ってたようね」

「それくらい機体とエンブレムを見れば分かる。それに……」

 二脚ACのレイヴン、フォグシャドウは、ヘルメットを外すとシートに頭をもたげる。その顔は若く、20代から30代ほどだった。汗で張り付いた髪の色は黒く、目は自分の機体と同じ、深い緑色をしている。

「この場で彼を行かせないのは……いろいろと問題がある」

「…………?……」 

  

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