このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

 

共闘・狂討〜仮面の中身〜 

 

 クライシスが隔壁を開き、二機は部屋の内部へと侵入する。そこは小さな空間になっており、さらに奥へ続く通路と、それを守る形で鎮座する巨大なカタマリがいた。

 チェックメイトとアブソリュートは瞬時に散開すると、二方向から挟み込む形で攻撃を開始する。

「このっ!」

セイルはカタマリに接近すると、横っ腹をブレードでなぎ払う。繊維質のボディが切り裂かれ体液が派手に飛び散ったが、傷はすぐにふさがってしまった。

「ちっ!…………!?」

セイルは舌打ちすると、不意に感じた気配にチェックメイトをバックステップさせて振り返る。いつの間にか部屋の中は浮遊する小さなカタマリであふれ、目の前を数条の光が通り過ぎていった。

「っ、こいつらいつの間に……おいクライシス、こいつらは休眠状態にあるんじゃなかったのか?」

『おそらくこの大型生体兵器が戦闘を開始したのに反応して、不活性化していた個体が活動を再開したのだろう』

「っ……話が違うぞ」

『ああ、予想外……というより、仮定からして間違っていたようだ。レーダーの範囲を広げてみろ』

「え?……っ! これは……」

セイルの目が驚愕に見開かれる。範囲を最大まで広げたレーダーの画面には、自分たちのいる場所に向かって殺到する大量の赤い光点が映っていた。

『いいかげん、眠っていない残りの個体にしては多すぎる。つまり……』

アブソリュートのスナイパーライフルが徹甲弾を放つ。数体の小さなカタマリが風穴を開けられて落下した。

『奴らは短時間での補給、整備が可能な状態にある。飼い主がいるという事だ

大きなカタマリがこちらを向く。とっさに飛びのいたチェックメイトの横をプラズマ光弾が通り抜けていった。部屋の壁が赤熱化し、ドロリと垂れ下がる。

「それってまさか……」

『最近出来たキサラギ社の新植物プラントに……つい先月テロリストの襲撃があったのを知っているか?

「あ、ああ。閉じた町で聞いた」

『そいつらは施設の深部にまで侵入したらしいが……っ、すぐに撤退したらしい。この意味が判るか?』

「……まさか」

セイルの頭の中にあったパズルのピースが、思いもよらない形で一つになった。

「俺の追っているテロリストの支援組織は、何かのためにこいつらを必要としていて、何年も前からこいつらを管理していた。それから、更なる生体兵器を求めて新しい施設に目をつけ、キサラギ社に揺さぶりをかけていたけど、肝心の生体兵器は見つからなかった。……そうか、テロリストがキサラギ社を狙ってたのはこの……もしかしたら俺にキサラギ社を名乗って依頼を出せたのも……」

『その時の副産物だと言う事か……っ、だとしたらミラージュも……っ!!』

一瞬の出来事だった。アブソリュートが動きを鈍らせた一瞬の隙を付き、巨大なカタマリが口器のような砲門から大量のプラズマ光弾を吐き出したのだ。クライシスは即座に反応して機体を飛びのかせるが距離が足りず、光弾が直撃する。

まばゆいばかりの光の本流がアブソリュートのボディを包み込み、まき起こる爆発に機体が吹き飛ばされた。

「クライシス!」

『かはっ!……げほっ!……く……っ!……』

衝撃で息を詰まらせたのか、無線からは激しく咳き込みむようないやな音が聞こえてくる。さらにそれらに混じって

『頭……能低下、コア部全装甲板融解、右手首ザッ失、第2ブースター停止、被害甚大、ザッ最適化不可能、戦ザザッ行困難、戦闘続行困難、戦ザザーーッ……………』

というCPUの電子音声が聞こえたと思うと、ブツン、と音を立てて無線が聞こえなくなった。レーダーからも緑色の光点が消えて、識別信号が消滅する。同時に、セイルの思考もまた、その機能を停止していた。

「この……野郎!」

セイルはブレードを展開するとカタマリに突っ込んでいく。小さなカタマリが弾幕を張り、レーザーの光が容赦無くチェックメイトの装甲を撃つが、気にも留めずにセイルはカタマリとの距離を詰める。

やっと分かり合えた相手を、ほんの数時間でも戦友だった男を、失いたくない。それだけだった。先日の疾風の言葉が頭にリフレインする。今なら彼の気持ちがわかると思った。

しかし光の弾幕は消えてはくれない。右肘が融解してパルスライフルが落ち、コクピットのハッチがはじけとぶ。セイルはそれにもかまわずに前進し、OBを起動した。コアの背部にプラズマの粒子が展開され、それの爆発とともに、チェックメイトは急激に加速する。

風圧で小さなカタマリを弾き飛ばし、いまだ陽炎を立ち昇らせている大きなカタマリの砲門に、セイルは機体の全重量をかけてブレードを突き入れた。

カタマリが内部から爆発し、砲門と、ブレードの先が貫通した後部から圧縮されたプラズマガスが噴出する。チェックメイトは爆風に押され、吹き飛ばされて尻餅をついた。

「っ!」

衝撃で我に返ったセイルの目に写ったのは、汗で曇ったヘルメットのバイザーと、ノイズの走るディスプレイ。そして、砲門が黒く焦げ付き、プラズマガスを噴き出しながら崩れ落ちる大きなカタマリの姿だった。

「はぁ……はぁ……っ…………」

セイルはため息をつき、シートにもたれかかる。最大の関門は突破できた。しかし、

「やばい……よなぁ……」

セイルは苦笑する。チェックメイトのコクピットハッチは完全に吹き飛び、ディスプレイの向こうには大きな穴が空いていた。

クライシスは濃すぎる酸素は毒だといっていたが、そんなものはヘルメットをかぶっていれば気にする必要は無い。問題は、その向こうに浮いている小さなカタマリ達だった。

ACの装甲にすら手痛い傷を負わせる強力なレーザーを放つカタマリたちなら、目の前にあるディスプレイボードなどものともせずに、その奥で脱力しているセイルを容易く焼き殺せるだろう。

「ここまで、か……」

この前と違い、不思議と恐れは無かった。ただただ、僅かに姿が見え始めた追うべき敵の事と、ディスプレイの隅で倒れたまま動かず、無線も通じないアブソリュートとそのパイロット。それに、もう4日後に迫っていたカラードネイルとの約束が気になって…………

「…………っ!?」

瞬間、目の前にいたカタマリたちは、全て火達磨に変わっていた。

「何だ、今の……」

四、五体は漂っていたカタマリたち。そのことごとくを炎上させたのは、巨大なエネルギーの波だった。ディスプレイを通しての視覚化すら必要ない、その膨大な熱量ゆえの熱風と陽炎で、この場にいる全てに認識を強制した暴力的な攻撃。それを放った者は

「クライシス?」

さっきまでディスプレイの端に倒れていたアブソリュートだった。その姿はあまりにもひどい。装甲板はほとんど剥がれ落ち、そこら中から火花が散っている。ミシミシと軋む脚部のフレームは折れ曲がり、およそ立っているのが不思議な状態で、アブソリュートは手首のもげた右腕部を突き出していた。

「無事だったのか? 状……」

なぜまだ動けるのか、体は大丈夫なのか、さっきの攻撃は何なのか、そんな疑問を尋ねようとして、セイルは口をつぐんだ。唐突に、いやな予感が体を走りぬけたのだ。

この施設に入ったときから感じていた生体兵器の不穏な気配、存在を許されぬ生命への嫌悪感。それが一気に強くなってきている。

「っ……」

セイルは慌ててチェックメイトの状況を確認した。コクピットハッチが吹き飛んだ事でAPは0を指しているが、機体は何とか動き、パルスライフル以外の武装は使用可能な状態にある。破壊されたコクピットハッチは非常用のシャッターで代用し、セイルは機体の最適化を開始した。

問題は敵戦力だった。レーダーを見ると、敵反応は閉じた隔壁の向こう側に集中している。おそらく隔壁を破壊して進入しようとしているのだろう。セイルは通信を無線からスピーカーに切り替えると、クライシスに話しかけた。

「クライシス、急いで脱出しよう。このままじゃ…………」

セイルは再び口をつぐむ。またあの感覚がおそってきたのだ。それもより強く、より明確に。セイルの体は、いつの間にか激しく戦慄していた。

ふいに、それまで静止していたアブソリュートが動きをみせる。残っていた武装を全てパージすると、天に向かって咆哮するかのように胸を張り、頭部を上に向けたのだ。

先程までは紫色だったそのカメラバイザーは、いつのまにか血のように赤く染まっている。次の瞬間隔壁が開き、大量のカタマリたちがなだれ込んで来た。アブソリュートはその群に向かって、手の無い右腕をむけ、

「——————ッ!」

さっきカタマリたちを炎に包んだ、あのエネルギーの渦を放った。溶けた右腕の断面、武装にエネルギーを供給するラインから直接エネルギーを叩きつけたのだ。

なだれ込んできたカタマリたちは一瞬にして全てが火達磨となり、激しい炎を上げて崩れ落ちる。

それでセイルは理解した。さっきから感じていた、そしてどんどん強くなる悪寒の原因を。今のカタマリの群のせいではない。ただそれに気づきたくない一心で、意識的に考えないようにしていただけだったのだ。セイルの感じていた悪寒、生体兵器に対する嫌悪と恐怖。その気配を、アブソリュート自体が発している事に。

「どういう……事だ……」

だが、感覚が理解しても、頭はそれに追いついてこない。説明が付かないのだ。ただのACからそんなものを感じるはずが無い。まさかアブソリュートが生体兵器だとでも言うのだろうか

「ザザッ……ああ……まった……ザーッぐい。こ……と、聞こえているか? セイル?」

突然、アブソリュートの外部スピーカーから音が漏れ、クライシスの声が聞こえてきた。

「っ、クライシス? 大丈夫なのか?」

「ああ……と、すまないな。驚……ろう。俺……大丈夫だ」

アブソリュートがゆっくりとしゃがみこみ、体から蒸気を噴き出した。それと同期するかのように、セイルの体の震えが収まってゆく。アブソリュートから感じていた悪寒が、一気に小さくなった。

「いったいどうなっているんだ? まともに動ける状態じゃないだろう。それに…………どうしてアブソリュートから生体兵器の気配がするんだ?」

「生体兵器の気配、か……それはまた……いや、当たらずとも遠からずか。説明するから、少し待て」

スピーカーから、クライシスが長く息を吐く音が聞こえてくる。また呼吸が乱れていたようだった。やがて呼吸を落ち着かせたのか、クライシスは口を開く。

「全ての元凶は、こいつのサポートCPUにある。うすうす気づいてはいただろう?」

「ああ、やけに性能がいいとは思ってた」

アブソリュートのCPUは、明らかにサイレントライン事件のころに開発された高性能AIと同等か、それ以上の性能を持っている。しかしそれらは全て暴走し、使用不能になった筈だった。

「そうだ。現状の技術で、これと同等のAIを作る事は不可能だろう。こいつの正体は…………ディソーダーの、制御機構だ」

「…………何?」

セイルは絶句した。火星移住民たちの生活を脅かす謎の兵器群、ディソーダー。その制御機構なるものを、なぜ彼が持っているのか。

「そう驚く事ではない。すでに過去の遺産だが、『人工ディソーダー』なるものが存在したという事実もある。このAIも、俺が火星で見つけた旧企業の施設で休眠していた個体から引き抜いたものだ。毒をもって毒を制すというのは、こういうこ事だな……ひとりでに改良(しんか)複製(はんしょく)し、単体でもACと同等以上の戦闘が可能な兵器の中枢部……戦闘には適任だろう」

「…………」

セイルは言葉も出なかった。復讐の対象として憎んでいる物を、逆に復讐のために利用する。いったいクライシスの執念はどれほどのものなのか。

「だが、いまだに不明瞭な部分も多い。このAIは、一定以上のディソーダーや生体兵器の類と遭遇すると共鳴を起こして活性化し、最終的には暴走して制御不能になる。対EMP防御をかけておけばある程度は防げるが、それでも30分ともたない」

「じゃあ……さっき近付くなとか言ってたのは……」

「あの大型生体兵器に共鳴したせいだ。暴走すれば共鳴の元凶が消滅するまで、およそACとは思えないような方法で暴れまわることになる。さっきも下手をすれば、お前を巻き込みかねなかった」

「……そうか」

「………………」

沈黙が流れる。互いに何もやましい事など無い、そのはずなのに、とても居心地の悪い静けさだった。それを振り払うように、アブソリュートが立ち上がった。

「行くぞ、操縦系統は回復した。またこいつがバーサークする前に、『根』を潰すぞ」

アブソリュートが奥に向かってブーストダッシュしていく。いまだにカメラバイザーは紅く輝いていたが、動きはACのそれに戻っていた。

今度は再びチェックメイトが前に立ち、先へ進んでいく。チェックメイトはAPこそ0なものの戦闘は可能で、それに対してアブソリュートはボロボロだった。

装甲らしい装甲はほとんど無く、クライシスによれば制御も完全には効かないらしい。セイルはここで待機していることも提案したが、止まっていても小さなカタマリにたかられるだけだと言って同行してきた。

お互い機体に負担をかけないようにブースターは極力使わず、ゆっくりと歩行しながら奥へ進む。分かれ道は無く、程なく二機は大きな隔壁の前に辿り着いた。

「何かイヤな感じがするな……」

「こちらもかなりの生体反応を感知している。おそらくここが中枢部、『根』にあたる部分だろう……行くぞ。ここを落とせば脱出できる」

「よし……」

チェックメイトはブレードを発生させ、隔壁を開いて内部に侵入する。アブソリュートもボディを軋ませながらそれに続いた。

「なっ!」

「ほう……こいつはまた……」

セイルは息を飲み、クライシスは感嘆する。隔壁を抜けた先、最深部の部屋は今までとは違う大きな空間になっていた。壁面には巨大な培養タンクがずらりと並び、床や天井は一面コケやツタで覆われている。

その天井に、それは居た。いや、あったと言った方が適切だろうか。天井の中央には、さっき戦った大きなカタマリよりもさらに巨大で醜悪なカタマリが張り付いていたのだ。天井を一面覆うほどの巨体にはダクトのような大きな穴がいくつか開いており、弁のように収縮を繰り返している。周りには幾本もの太い触手が蠢いていた。

「俺こういうのダメなんだけどなあ……」

「お前、随分余裕だな……」

二人は軽口を叩きつつ、ダクトから吐き出された光弾を左右に分かれてかわすと攻撃を開始した。

「そおらっ!」

チェックメイトは迫ってくる触手をブレードで切り払い、アブソリュートは敵の本体に手首から光の本流を叩きつける。天井のカタマリはグロテスクに蠢きつつ、ダクトからのプラズマ光弾と触手で攻撃してくるが、攻撃は散発的な上に単調で避けやすい。

しかも相手は回避行動が行えないため、攻撃は当て放題だった。セイルは触手を始末し終えると、飛び上がって天井のカタマリにブレードを突き刺した。ビシャリ、と体液が飛び散り、赤黒く爛れた傷口が開く。自己修復能力も他の個体に劣るようだった。

「戦闘力はそう高くないな。とっとと……っ!」

セイルの背筋を嫌な感覚が走り抜け、ディスプレイの敵戦力メーターが跳ね上がる。ほどなく小さなカタマリたちがなだれ込んできた。

「くそっ!こいつが呼び寄せたのか?」

チェックメイトは上に飛び上がってカタマリ達のレーザーをかわす。しかしその瞬間、天井のカタマリが伸ばした新たな触手に足首を絡め取られてしまった。

「なっ! くそ、このっ……っ!……くうっ!……」

触手はよほど生物とは思えない強力な力で締め付け、チェックメイトを壁に叩きつけようとする。セイルはとっさにブースターを吹かして対抗するが、疲弊したブースターにそれだけの力は無く、徐々に引っ張られていく。

さらに小さなカタマリたちもレーザーを放ってきている。機体を操ってコクピットへの直撃は避けるものの、幾条もの光の弾幕をかわしきる事は出来ない。セイルは触手を破壊しようとミサイルをロックオンするが、その瞬間触手は周りの小さなカタマリともども光の渦に消えて行った。

「無事か?」

「ああ、悪ぃ……そっちこそ大丈夫か?」

セイルは光を放ったアブソリュートを見る。相変わらず装甲は見る影も無く、あちこちからガスや火花を噴き出しているが、それでもまだまともに戦闘していた。攻撃も、相変わらず何の加工もされていないエネルギーを直接叩き込んでいるだけだが、威力自体は高いようだ。

「機体が動く限りはA・Iが引っ張ってくれる。それよりも……あれに気付いていたか?」

「あれ?……ああ、あの扉か…」

セイルはなおも迫ってくる触手の群にミサイルを叩き込みつつクライシスの問いに答え、チェックメイトのカメラを動かした。天井のカタマリを挟んで部屋の向こう側、ツタとコケでわかりにくいが、扉に見えるものがある。

「まだ奥があるのか?でもこれ以上進む余裕は……」

「いや、さっき近づいてサーチしてみたが……っと、扉の向こうは長い通路で、その先には大きな広がりがある。おそらくは……別の出口だ」

天井からの光弾を交わしつつ、アブソリュートをチェックメイトのそばに着地させると、クライシスは言い返す。

「上等……お前ならロックを外せるだろう? こんな所とっとと……」

「……いや、こいつを破壊してからだ。それまでは行けない」

「なっ!……おい、もうミッションを優先する余裕は……」

「黙れ」

アブソリュートの蹴りがチェックメイトの足を払い、チェックメイトはあお向けに倒れこむ。そのすぐ上を、数本の触手が薙いで行った。

「うおっ!……くっそ、もうちっと穏やかにやれよ……」

「いいから聞け。いままで俺たちが通過してきた扉のいくつにロックがかかっていた?」

「んと………四、五個だったか?」

「そうだ。それらのロックは全てかなり強固なプログラムだった。まるで、俺の操作から逃げるためにその場その場で防壁を構築しているような……」

「っ……つまり?」

「この基地には居るのさ。お前の追っている組織の連中が。そして今この瞬間も、俺たちの戦闘を見物してほくそ笑んでいるのだろう」

「……っ!」

一瞬セイルの手が止まる。自分が探していたテロリストの支援組織、己の倒すべき敵が、今ここにいる。セイルの手はすぐにコントロールスティックを強く握りなおした。

「クライシス!コイツと、この基地とを破壊したい。どうすればいい!?」

「…………奴の目をひきつけろ、扉のロックを外す。合図をしたら来い。後は俺がやる」

「わかった、後は任せる!」

チェックメイトはブレードを展開し、脚部をバネにして飛び上がると天井のカタマリにブレードを突き刺した。噴出した体液が降りかかり、同時にカタマリの触手が一斉にチェックメイトに襲い掛かる。

セイルはブースターを巧みに操って触手の殺到を躱し、天井スレスレをカタマリにチェックメイトを見せ付けるように宙を舞った。するとカタマリは挑発に乗ったのか、触手と小さなカタマリたちに執拗にチェックメイトを狙わせた。

「そらそら、ここまで来やがれっ!」

セイルは紙一重で触手やカタマリの攻撃をかわしつつ、クライシスの居る扉から距離をとるように移動する。しかし、チェックメイトにも限界が近づいていた。

一瞬横目でちらりと見た戦術画面にはいくつもの警告が出ている。もともとAPが0になっている時点で戦闘不能に陥っているところを強制的に動かしているのだ。いつ停止してもおかしくない。非常用シャッターでフタをしているだけのコクピットに直撃弾でも食らえば即死だろう。

噴出した汗が火照った頬を伝い、ヘルメットに吸い込まれていく。と、視界の奥でアブソリュートが張り付いていた扉が開いたのが見えた。扉の向こうは長い通路と、遥か遠くには外の景色が見える。

「セイル!」

磨耗し始めたブースターに鞭打って、チェックメイトはアブソリュートの隣に飛ぶ。と、アブソリュートが腰部のポケットから何かを取り出し、カタマリに向かって投げつけた。

「おい、それ……」

「飛べっ! OB!」

アブソリュートがチェックメイトの右腕を握り、OBを起動した。セイルも慌ててそれに習う。アブソリュートが投げた小さな銀の銃はカタマリのダクトの中に吸い込まれ…………

「っ!」

「くっ」

 巻き起こる爆風に背を押されるようにして、二機は通路に飛び込んだ。アブソリュートが、チェックメイトの先がもげた右腕を引き、高速で通路を進んでいく。後ろからは逃げ場をなくした炎の壁が迫って来ていた。

「お前、なんて無茶な……」

「急げ!出口までOBを切るな!」

二機は追いすがる炎の壁をじりじりと引き剥がしつつ、出口に向かって突進する。しかし、

「なっ!」

残り半分というところで、二機を逃がすまいと出口の隔壁が閉じ始めた。

「くそっ!間に合わな……っ、セイル?」

チェックメイトが右腕を引き、アブソリュートを押しのけるようにして前に出る。同時にOBの光が激しく噴出し、急激に加速しつつ突き出した左腕には月光の刃が輝いていた。

「行けぇっ!」

次の瞬間、チェックメイトのブレードは隔壁を突き破り、二機は外界へと身を躍らせていた。背後では激しい揺れとともに巨大な岩山があちこちから炎を上げていた。

 

このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください