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暴動と混乱〜それは正義感だったのか〜
コネクタに接続されたカプセルが鈍い駆動音を上げ、ナノマシンを吐き出してゆく。セイルが戦術画面を確認すると、チェックメイトのAPが回復し始めていた。
「へぇ……リペアキットってすごいんだな」
「長期のミッションに望むなら持っておいて然りだ。無論、コストは考慮した上でな」
部屋の壁に設置された端末を操作しつつ、クライシスはそう補足する。二人は敵に関する情報を収集しつつ、ACの整備補給を行っていた。
この部屋に逃げ込んでから、既に30分ほどが経過していた。敵生体兵器達の攻撃は止んでおり、時間的にも少々余裕が生まれている。予想外の事態で大きな損害を負った二機にとって、小休止するだけの時間が取れたのは願っても無い幸運だった。
「それにしても、テロリストの殲滅の為とは……お前も中々面白い理念を持っているな」
「ああ……この年になって正義の味方面するのも問題だとは思うけどな……」
クライシスは打ち解けたとたんに口調が親しくなった。さっきまでのような必要最低限しか言わない冷たい言葉ではなく、感情のこもった言葉をかけてくる。本当はこっちが地の性格なのではないかと、セイルは思った。
「でも、いいのか? リペアキット一つしか無かったんだろ?」
「かまわん。いざとなったらリミッター解除を使うさ」
馴染みのない言葉にセイルは一瞬面食らったが、すぐに言葉の意味に思い当たった。昔、レイヴンの養成施設に行っていた頃に、聞いた覚えがある。
「んと……ACのジェネレーター出力を手動調整で臨界直前まで引き上げて、短時間の間のみ無限のエネルギー供給を得る。だったか?」
「ああ、そうだ」
「てっきり噂だと思ってたんだけど……本当に出来るのか?」
「……まぁ、戦闘中に片手間で調整するのは困難だろうな。実際、地球でこれが出来るのは、一部のハイランカーやトップランカーだけだと聞いている」
「地球でって……じゃあ、火星移住民は全員出来るって言うのか?」
「火星では頻繁に使われている技術だ。これも火星移住民の力なのだろうな…………しかしトップランカーといえば、この前のアリーナ襲撃……」
クライシスは端末から離れ、アブソリュートのコクピットに入っていく。セイルはそれを目で追いつつ、話を続けた。
「ああ、俺も出て迎撃したよ。それにしても、全レイヴンの半分弱が出撃不能とはな……」
正体不明のテロリストに依るアリーナ襲撃以来、AC格納庫の瓦礫撤去作業は進んでいなかった。幸い生き埋めになった人は居なかったようだが、あの時出撃していなかった多くのレイヴンが仕事を持っていかれたことになる。
一方、セイルのように、機体が整備ハンガーにあったものや出撃していたものは逆に置き場所に困っていたり十分な整備が出来なかったりした。
「ああ、それに、あのトップランカー・キースの帰還だ。俺としては、そちらの方が気にかかるが……」
クライシスがコクピットから顔を出し、再び床に降りると端末に向かって歩いてゆく。手には小さな記憶媒体を持っていた。
「離れていた理由と、戻ってきた理由だ。おそらく、あのテロリスト達と無関係ではあるまい……」
「っ……じゃあキースは、あのテロリストについてなにか知ってるって事か?」
思いがけない所でのテロリスト達への手がかりに、セイルは思わず顔を綻ばせる。しかし、すべてのレイヴンの頂点に位置する男となど、どう接触すればいいのか。新たに浮かんだ問題に、セイルはすぐに視線を落としてしまった。
「………………」
簡単な整備と補給を済ませ、チェックメイトにクライシス自作の生体認識プログラムを組みこんだ後、二人は体を休めるためにACの足元に座り込んでいた。
「それで、あいつらに後ろ盾がいないとした場合?」
セイルはクライシスの持ってきていた携帯食料を頬張りながら聞いた。一応味はあるのだが、子供用の歯磨き粉についているような味なので美味いとは言えない。それでもセイルの体は貪欲にエネルギーを求めていた。クライシスの言うとおり、休んで正解だったようだ。
「裏で補給、整備を行っている。つまりあの生体兵器達の世話をしている者がいないと仮定した場合、やつらは自力でそれを行っているのだろう。生体兵器は通常の兵器に比べると非常に不安定で、よほどの技術が無い限りちょっとしたことでもすぐに死亡する」
「ふむ……」
「残っていたデータによれば、この施設が破棄されたのはもう7年前。それだけの期間奴らは種を存続できたわけだから、ほぼ確実に自力での補給が可能だ。そして、その補給を行っている間、やつらは満足には行動できない筈だ」
「……じゃあ、その間に入り口に戻るのか?」
「いや、そうもいかない。俺たちがいるこの場所は、かなり入り口から離れてしまっている。どんなに急いでも20分。奴らが気付いて追っ手を出してくる可能性は十分にある。出口をふさがれたり、追撃されたら脱出までACが持たないだろう。それよりも……っ」
不意にクライシスが声を詰まらせる。セイルが訝しげに覗き込むと、クライシスは何かを耐えるように顔をしかめていた。
「……?……どうした? 怪我でもしてるのか?」
「いや……何でもない……続けるぞ、この場所は出口よりむしろ最深部に近い……奴らが休んでる隙にそこまで進行し……やつらを統括しているであろうボスを叩く……そうすれば奴らは統制が乱れるはずだ」
「やっぱり、あいつ等って親玉がいるのか? ああ、あのでかい……」
「いや……ちがう……むしろ、あれは格下だろう……」
セイルは、クライシスの口調が次第にゆっくりになってきているのに気がついたが、構わずに会話を続けた。クライシスは目を閉じ、頭をアブソリュートの脚部にもたれさせたまま話している。
「あの固体は、より戦闘に特化した集合戦闘体……やつらにとっての『兵器』だ。そして、……最深部に真の親玉。やつらが花や葉だとすれば根がある……筈だ。そしてそれを破壊すれば……やつらは指揮系統を失って混乱……うまくいけば機能停止してくれる……筈だ」
「なぁ、大丈夫か? さっきから……」
「すまない……少し休む」
一気にしゃべり終えると、クライシスは口をつぐんでしまう。やがて、ゆっくりとした寝息が聞こえ始めた。
「……こんなところでよく眠れるな……」
もらった食料をすべて飲み込むと、セイルは先程の話を整理し始めた。
確かに筋は通っているが、どうも気にかかることがある。しかし、なんとなく……べつに確固とした理由も無いのだが本当になんとなく、その事について訪ねるべきではないような気がしていた。
「…………」
「………………」
「…………なぁ、ちょっといいか?」
「っ……どうした?」
セイルはしばらく考えを巡らせていたが、結局問いかけてしまった。クライシスは目を覚まし、のろのろと体を起こす。心なしか不機嫌そうな顔をしていた。
「お前の言った奴らの習性……と言うか機能はさ、全部そこのコンピューターにあったデータなのか?」
「…………いや、全て俺の予想だ」
「それにしては、随分自信ありげに話してたじゃないか。一度も多分、とかおそらく、とか言ってなかっただろう?」
セイルが抱いていた疑問。それは、クライシスが生体兵器に対して妙に詳しいことだった。まともな調査もしないままに敵の習性を把握したりボスの存在を示したりと、クライシスはまるで以前からこの生体兵器のことを知っていたようだった。
「……根拠が無いわけではない。言っただろう? 俺は火星移住民だと……」
「火星……っ!……まさか、ディソーダー?……」
ディソーダー。大破壊よりはるか過去、火星のテラフォーミングが始まったころから火星に現れた謎の戦闘兵器である。
明らかに金属でできている機械でありながら、まるで昆虫のような生態を持ち、進化、増殖を行う。その装甲は自己修復が可能で、しかも電波を乱反射するために通常の兵器ではロックオンできず、レーダーにも認識されないという。
バイオセンサーを使用すれば認識できることから、火星の生物であると言う説もあるが、いまだに正体不明の存在である。火星の生活水準が低い理由の1つに、日夜このディソーダーによって火星移住民の生活圏が脅かされていることがあげられる。彼らは数世紀にもわたり、それらとの防衛戦を続けているのだ。
「もう憶えていないほど昔だ。父も母も、家族はみんな奴らに殺された……」
「…………」
「俺が企業の狗になり下がってる理由がこれだ。ディソーダー研究施設への金銭的援助を行うためと、自分でもやつらを倒すための……」
「……悪い」
「………………」
「聞いちゃいけないこと、だったよな……」
セイルはうつむきながら沈んだ声でそう言った。他人の古傷に、そうと知っていて触れてしまったのだ。
「………………」
「ごめん……」
「……お前が気にする必要はない。一人の復讐鬼の戯言だ。不思議なものでな。その時の記憶など全く無いというのに、憎しみだけが今もこうしてくすぶり続けている……」
「復讐鬼、か……」
不意に、先日カラードネイルに再開したときのことを思い出した。
ハヤテいわく、自分が憧れていたあのレイヴンは、血に濡れた復讐鬼だという。例え彼がハヤテの言うとおりの復讐鬼だとしても、あの日自分を助けてくれた彼を、自分は今でも尊敬し、憧れているといえる。
しかし、セイルの脳裏にいやな考えが浮かんだ。自分は彼のようなレイヴンになりたいと思っていたのだ。もしかしたら、自分は、否定したがっているだけで、もうとっくに、テロリストを殺す復讐鬼に……
「そうだな……代わりと言えば何だが、俺もお前に聞いておきたいことがある」
セイルの思考に割り込みをかけるように、不意にクライシスが口を開いた。セイルはハッとして顔を上げ、クライシスの方に向き直る。ありがたい事に、先程までの嫌な考えはかき消えてくれていた。
「かまわないか?」
「あ、ああ……」
「この前、レイヤードで戦ったときのことだ」
セイルはまた少し胸が痛んだ。
今話している相手と、あの日は殺し合いをしていたのだ。そして自分は負け、しかも見逃された。ケイローンの助けがあったとは言え、目的のためには企業の子飼いになることも厭わない彼が、命を拾わせてくれたのだ。
「もう一度確認しておくが、お前はテロリストを排除するためにレイヴンになったんだな」
「ああ……それが何か?」
「ならなぜ、あのときテロリストに協力していた?」
「…………え?」
セイルは耳を疑った。あの依頼はキサラギ社からのものであり、テロリストからのものではなかったはずだ。
「テロリストを嫌っているお前が、なぜテロリストと契約して俺達を襲った? もう一人の……ケイローンの方はともかく、なぜお前が……」
「ちょ、ちょっと待て……どういう事だよ。俺はあの時、キサラギ社の依頼で……キサラギ社の…………」
セイルの脳裏に、再び嫌な考えが浮かぶ。例のテロリスト支援組織は、キサラギ社に的を絞って干渉していたと。
「まさか……あのテロリスト達は、企業のフリをして依頼を?……俺は、奴らの片棒を……」
セイルは目の前が真っ暗になったような錯覚に陥った。知らない内に倒すべき的に協力してしまっていたと言う事実に、思考がすこしずつ侵食されて行く。
「あ……あ……」
「……セイル?」
「あ、の…………畜生っ!!」
セイルは激昂し、チェックメイトの装甲に拳を突き立てた。痛みが腕から肩、脳へと伝わり、腕がじんわりとしびれてくる。
セイルはさらに地団駄を踏み、ポケットから買ったばかりのデリンジャーを抜き取ると発砲した。銃弾は壁面にめり込み、セイルの周囲に硝煙が拡散する。
「はぁはぁはぁはぁ……」
「………大丈夫か?」
「悪い……無性にむかついた……」
「……それで?」
セイルは何とか平静を取り戻し、腰をおろす。火薬の匂いをかいだのが効果的だったのか、灼熱した思考は急速に落ち着いていく。
「最近、テロリストを裏で操ってる奴がいるのは知ってるか?」
「……聞き覚えはあるな」
「コーテックスを騙しきれる。もしくは黙らせられるんだから確実にそいつらのせいだ。くそっ、よくも俺を利用しやがって……」
「………………」
「…………」
「……フッ……くっ、ははははは」
突然クライシスが笑い出した。セイルはあっけにとられていたが、急に恥ずかしくなって握り締めていた手を下ろす。クライシスが声を上げて笑うなど、想像もできなかった。
「ははは……悪い、しかしつくづく変なやつだな。お前も」
クライシスはメガネをかけなおすと、笑みを浮かべながら言った。
「そのテロリストの殲滅、俺も協力しよう。俺もあのミッションでは痛い目にあった。あいにくやれることは少ないが、なにかあったら言ってくれ」
「クライシス…………ああ、なんかあったら頼むよ。よろしく」
二人は二度目の握手を交わした。昨日の敵は今日の友、などという言葉が浮かんだが、まさにこの状況はそれであろうと、セイルは内心可笑しく思った。つくづく、レイヴンとは数機な存在だと思い知らされる。
「…………っ?」
その時、突然アブソリュートのコクピットからけたたましい音が鳴り響いた。クライシスは握っていた手を離すとコクピットによじ登る。セイルも後を追った。
「どうしたクライシス、何の音だ?」
「……確認、状況報告」
無線は使えないはずだったが、コクピットのスピーカーからは二人以外の声が響いていた。
『敵生体兵器、66%沈黙。残機体も不活性化を確認』
「これは……アブソリュートのCPU? そんな……ここまで高性能のAIなんて」
それまで無人ACやMTに使用されていた高性能AIは、そのすべてがSL事件によって暴走し、使用不能となったはずだった。にもかかわらず、アブソリュートのAIは高度の状況分析を行い、音声報告までしている。
「『毒をもって毒を制す』……か…………」
「…………え?」
「行くぞ、やつらが動き出す前に親玉をつぶす!」
セイルは混乱しつつもアブソリュートから降り、チャックメイトの元へと急いだ。その間に、クライシスは早くもアブソリュートを起動させる。全身に防護スクリーンの光が走り、鈍い駆動音が響き渡る。
「各部正常起動、残存熱量無し、ジェネレーター出力安定……異常なし。急げ、セイル」
セイルもチェックメイトによじ登り、戦闘モードを起動した。クライシスの組み込んでくれた生態認識プログラムのおかげで、さっきまで何も映っていなかったレーダーには多数の赤い光点が映っている。しかし、そのほとんどは静止していた。
「先に出る。気をつけろ、お前の機体は表示数値ほどAPが残っていない」
「なっ……どういう事だよ。回復させたんだからまだ5000は残って……」
チェックメイトはアブソリュートよりも被弾数が多く、表層の防護スクリーンはほとんど破壊されていたが、クライシスの持っていたナノマシンで多少は修復されたはずだった。
「APというのは、『いくら残ってるか』じゃなく、『いくらまで減らされたか』を示す数値だ。コクピットが貫かれたらいくら残っていても一瞬で0になる。お前の機体はコクピット周りの損傷がひどかったから、もう7、8発も喰らえば吹き飛ぶ。防御を怠るなよ」
「冗談だろ……」
セイルは目の前のコクピットハッチに視線を移す。堅牢なはずの装甲が、急に心許なく思えてきた。
外は先程の戦闘が嘘だったかのように穏やかだった。カタマリたちは床に横たわって動かず、まれに動いているものも低い位置でゆっくりとしか動いていない。アブソリュートとチェックメイトは、たいした困難も無く先に進む事ができた。
「なんか逆に気味が悪いな…」
『スピーカーは使うな。刺激で起きかねない』
「あ、ああ……すまない」
セイルはあわてて無線に切り替える。コクピットの装甲が危険だとわかった以上、今まで以上に気をつけねばなるまい。クライシスもそれを気にしてか、アブソリュートを先行させていた。
「最深部まで、どれくらいだ?」
『もう、すぐそこだ。この隔壁の向こう……っ!』
クライシスが急に声を詰まらせる。同時にアブソリュートが動きを止めた。無線ごしに、コンソールを高速で操作するカタカタという音が聞こえてくる。
「どうした?」
『……いるぞ。さっきの大型の奴だ』
クライシスの声に緊迫したものが混じる。あの大型生体兵器がいるらしい。しかしセイルは今のクライシスの声に違和感を覚えた。あの生体兵器がいること以上に、クライシスは何か別の要因を警戒しているように思える。
『セイル……戦闘が始まったら、できるだけアブソリュートに近づかないようにしろ』
そういってクライシスは隔壁を開き、まるでチェックメイトから逃げるように先へと進んで行った。
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