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   Dead Line〜背水の陣を英訳してみな〜

  

 

 戦いは一向に収まる気配が無かった。

 突然の襲撃に不意を突かれたコーテックスはレイヴンたちの投入によって一時的に戦線を押し返したものの、一部のレイヴンの裏切りによって戦況は膠着し、戦闘開始からすでに数時間が経過していた。

 依然、陸空共に多くの戦闘兵器が飛び交い、果てしなく爆音が鳴り響いている。そんな激戦の続くオフィス街を疾走する輸送車両の中に、セイルはいた。

「…………」

 セイルは控え室のソファに身を預け、仮眠を取っている。隣のACハンガーではチェックメイトが補給を受けていた。激戦が続くにも拘らずレイヴンたちが戦闘を継続できるのは、移動の合間にこうして小休止を取れることが大きな理由の1つだった。

 セイルが目を閉じたまま、朦朧とした頭で取り止めも無い事を考えていると、不意にスピーカーから整備員の声が響き、まもなく到着するとの連絡が入った。

 セイルは目を開けると伸びをし、扉を開いてハンガーに移動する。整備員から簡単に説明を受けた後、チェックメイトに乗り込んで戦闘モードを起動した。

「くそっ、APの減りが早い。やっぱりグレネードの直撃食らったのが痛かったか…………」

 セイルは舌打ちをすると輸送車両から外に出る。そこは大通りから脇にそれた場所で、地下街へと降りるエレベーター施設があった。

「これは……レイヤードへの直通じゃなくて単に地下に降りるための小型エレベーターか。この下って…………!」

 セイルはマップを確認して愕然とした。この施設の下には大型の地下通路があり、それは本社ビルのあるオフィス街まで一直線に伸びていたのだ。

『レイヴンの到着を確認しました。識別ナンバー……21? あれ、セイルじゃない』

「え?……レナなのか」

『そうそう、偶然ね……で、やるべき事はわかってると思うけど』

「ああ、なんでこんな重要な道が手薄なんだ?」

 セイルは周りを見渡してみるが、戦闘の形跡どころか瓦礫の1つも落ちていない。今の今まで防衛部隊がついていなかったのだ。

『うかつだったわ。レイヤードへの出入り口は真っ先にふさいだんだけど、地上とレイヤードの間までは気が回らなかったの。幸いだったのは、気づかなかったのは敵も同じだった事ね。敵も今さっきここへの進軍を開始したばかりよ』

「そうか……で、下の防衛線が完成するまでここを守ればいいんだな」

『ええ、出来れば防衛線が張られた後もここは落とさないでほしいところだけど、とりあえずはそれまでここを守りきって。友軍も順次到着する予定だから』

「おいちょっと待て!順次って、しばらくは一人でやれって事か?」

 セイルは声を張り上げて言った。敵部隊は質も量も通常のテロリストの比ではない。それをチェックメイト一体で迎え撃つのはどう考えても戦力不足だ。

『仕方がないの。迎撃部隊を編成してる時間は無いし、近場のレイヴンをすぐにでも当てないといけない状況なのよ』

「……俺は体勢が整うまでのつなぎって事かよ」

『そうね……悪く言えば、間駒に使われたって事になるわ』

「…………」

『セイル、残酷なようだけど、やるしかないの。無論コーテックスは軍隊じゃないから、ここで戦闘を放棄してもあなたは銃殺刑になったりはしない。悪くてもレイヴンとしての権利を剥奪される程度だわ。でも、コーテックスの本社ビルは確実に落とされる。そうなればどうなるか、わかるわよね』

「っ…………」

 セイルは唇をかみ締めていた。この複合都市を管理しているコーテックスがその機能を停止する。

 それは、ライフラインから金融、行政に至るまで、複合都市としてのあらゆる機能が麻痺してしまうことを意味する。被害は、この前の大停電とは比べ物にならないだろう。

「…………」

『セイル……』

「…………どのくらいだ」

『え?』

「友軍のレイヴンが到着するまで……どのくらいかかる?」

『……現在最も近くにいるレイヴンが到着するまで、推定三十分』

「…………わかった」

 セイルはチェックメイトの状態を再確認する。残りAP4201、右腕部パルスライフル残弾65、左背部ミサイルポッド残弾30、右背部ロケットランチャー残弾21、レーザーブレード損耗率2%、ブースター損耗率12%。完全には程遠いが、充分に戦える、しかしこの状況では決して多くはない戦力である。

「レナ、後続の部隊に伝えてくれ」

『え?』

「友軍の到着まで30分……その30分で、チェックメイトは残弾と残APを全て使い切る」

 レーダーの隅に赤い光点が灯り、敵戦力メーターが伸びていく。セイルはチェックメイトにパルスライフルを構えさせた。

「チェックメイトはもうこれ以上戦闘に参加できなくなる。だが、このゲートだけは死んでも守りきってやる!」

 角を曲がって現れたアローポーターの砲門にパルスライフルを撃ち込んで爆発させ、セイルは言い放った。

 直後に曲がり角からMTの群れが現れ、チェックメイトに向かって一斉砲撃を始めた。チェックメイトはOBを起動すると上に跳び、機体を揺さぶって砲撃をかわすとMTの群れにミサイルをロックする。

 放たれた10発のミサイルは、その全てが狙いあまたずMTの砲門に着弾し、6体のMTを一瞬にしてスクラップに変えた。セイルは着地するとブレードを発生させ、MTの群れに突っ込んで行く。

「うおおおおおおおっ!!

 レーザーブレードMLB-MONNLIGHTの青い光が二閃、三閃と走り、数体のブーバロスとランスポーターが倒れ伏す。爆風を背に受けつつ、セイルはさらにチェックメイトを突進させた。

 近接型MTギボンの射突ブレードが機体をかすめるのにもかまわず群れの真ん中に割り込んだセイルは、チェックメイトのボディを独楽のように回転させてブレードを振り回す。周りに居たギボンと、後ろに控えていたファイヤーベルクがまとめて切り裂かれた。

 急激な遠心力に顔をしかめつつ、セイルは機体の回転を利用してチェックメイトを後方に振り返らせ、パルスライフルを放つ。脇を抜けていったパワードスーツと装甲車が爆発した。

「次……っ!」

 不意に感じた違和感に、セイルはチェックメイトに上を向かせ、ロケット砲を放つ。頭上を飛んで来たトラーゲンがそれにぶつかって爆発した。

 さらに角を曲がってきたMTたちにパルスライフルを連射し、セイルはチェックメイトをゲートの前まで下がらせる。いつのまにかゲートに張り付いていた歩兵たちがブースターの熱に焼かれて消し炭になった。

「はぁ……はぁ…………っ……」

 セイルは荒くなった息を整え、新たに現れたMTを凝視する。道が細いせいで一度に相手をするMTは少ないが、満足に回避ができない分こちらの消耗も早い。APは既に3000を切りつつあり、戦術画面にはいくつもの警告が出ている。

 セイルはアラート音を黙らせるとMTへの攻撃を再開した。再びいくつもの警告が表示されるが、セイルは無視して攻撃を続ける。

(かまうか! こんな激戦じゃどうせ長くは持たないんだ。機体ぶっ壊してでもここだけは落とさせない!)

 セイルは自分の感情が高ぶってるのを感じた。自分の心音がやけに大きく聞こえ、MTたちの動きはまるでスローモーションのようにゆっくりと見える。

 瞬く間に5体のランスポーターを爆散させ、セイルは再びチェックメイトを前進させた。と、不意に悪寒を感じて急停止したその足元に、左右からいくつもの光条が叩き込まれる。

「っ! ……いつの間に……」

 セイルはチェックメイトをゲートの前に戻し、左右を確認する。ACの頭部ほどの小さなMTが数機、チェックメイトを取り囲むように浮遊していた。

「リトルラプターか、また厄介なものを……っ!」

 5機のリトルラプターが一斉にパルスライフルを放ってくる。セイルはブースターを吹かそうとするが、寸前で動きを止めた。

(まずい、今よけたらゲートが……)

 チェックメイトは足を止め、リトルラプターの攻撃を腕で防御する。無数の光弾に晒されたチェックメイトの装甲は融解してダラリと垂れ下がり、右腕は肩近くからもげ落ちた。

「こん……のおおっ!」

 攻撃が止んだ瞬間、セイルはミサイルとロケットを同時に起動し、周りのリトルラプターたちを一斉に攻撃した。撃墜され、ハエの様に落ちていくリトルラプター。

 セイルはそれを見つめながら、右上の建物の上にゆっくりと視線を移した。傾きかけた太陽を背に、サイレントラインの白いACが佇んでいる。

「本日4機目…………やってくれる……」

 セイルは口元をニヤリとゆがませ、ブレードを発生させた。

(友軍の到着まであと十分、こいつで最後って所だな。さぁ……)

 鋭く細めていた目をカッ、と見開き、セイルは白いACに飛び掛った。白いACは右腕部の巨砲を構え、光弾を連射する。繰り出される光の弾幕を、しかしセイルは苦も無くかわしきって白いACに肉薄した。

(わかる……敵弾の位置が……狙われている場所が……回避する方法が分かる!)

 水平に構えられた巨砲の砲身を踏み台にし、セイルはブレードを突き出した。白いACの頭部が青白い光条に貫かれ、機体が仰向けに倒れこむ。セイルはブースターで姿勢を制御し、建物の上へと着地した。

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ………………くっ……」

 セイルは強い頭痛を感じ、ヘルメット越しに頭を抑える。同時にさっきまでぼんやりとしていた世界が輪郭を取り戻し、セイルは夢から覚めたような気分になった。

「ああっ……くそっ、ランナーズハイってやつかな?こんな状態でよく生きてたな俺」

 頭痛はすぐに治まり、落ち着きを取り戻したセイルは状況を確認する。ゲートはほとんど無傷だったが、チェックメイトはかなりの損害を受けていた。

「残りAP1182、右腕部破損、左背部ミサイルポッド残弾13、右背部ロケット砲残弾無し、ブレード損耗率5%、ブースター損耗率32%…………はは、酷い状況だな」

 セイルは自嘲すると、破損した右腕部と空になったロケット砲をパージしてシートに深く体を沈めた。残り時間は二分を切ったところである。じきに友軍が到着し、自分は帰還出来るだろう。

 本心を言えば、コーテックスのやり方など無視してまだまだ戦闘を続けていたかったが、物資の足りていないこの状況で、誰もここまでボロボロの機体を修復しようとは思うまい。セイルは穏やかに微笑むと、ヘルメットを外して汗をぬぐった。もう自分の役目は終わったのだ。

と、そう思った時、不意にコクピットに警告音が鳴り響いた。セイルはとっさに身を起こし、チェックメイトを左に跳ばせる。コアの右上部分を光弾がかすめて行った。

「っ……こいつらっ!」

 チェックメイトは再びリトルラプターの群れに取り囲まれていた。セイルはブースターを吹かしてパルスライフルをかわし、空中に飛び上がって近場に居た一体を蹴り上げて破壊した。

 さらにもう一体にむかって左腕を伸ばし、ブレードを発生させる。しかしその時、不意にブレード発振機が大きな音を立てて破裂し、煙を上げ始めた。展開されたブレードは即座に消滅し、戦術画面にはブレード破損と表示されている。

「バカな、まだそこまで損耗してたわけじゃ……うあっ!」

 パルスライフルを受けた右脚部の間接がガクリと折れ曲がり、チェックメイトは膝をついてしまう。周りのリトルラプターたちの砲門が、一斉にチェックメイトのコクピットに向けられた。

 セイルは必死にチェックメイトを立たせようとするが、度重なる踏み込みで酷使された間接は酷く損傷していた。いくつもの砲門から照準のレーザーが放たれ、コクピットに警告音が鳴り響く。

 しかし、まさにパルスライフルが放たれようとしたその瞬間、リトルラプターたちはその全てが爆炎の花へと変わっていた。いつのまにかチェックメイトの周りには、リトルラプターよりも小さな球のような物が浮かんでいる。

「間に合ったようね」

「! ……スキウレ!?

 角を曲がって入ってきたのはスキウレのAC、フェアリーテールだった。小さな球はフェアリーテールの背部にあるカプセルに吸い込まれるようにして戻っていく。リトルラプターを破壊したのはこのオービットだったのだ。

「よかった。なんとか援軍が来てくれたな」

「お生憎さま、私はあなたが言うところの援軍じゃないわ。それよりもセイル、チェックメイトはまだ動く?」

「え? ……いや、駄目だ。関節が完全にいかれちまってる。それに、援軍の到着までここを動くわけには……」

『セイル、大丈夫よ。今さっき援軍が向かったって、連絡が入ったわ』

 レナから通信が入り、セイルはホッとした。これで少なくともすぐにはゲートは落とされないだろう。

『ゲートはそのレイヴンに任せて、あなたはスキュっちと一緒に行って。スキュっち、あとは頼むわね』

「任せといて、レナっち。セイル、左の腕部はまだ動くでしょ、フェアリーテールに掴まって」

「おい、ちょっと待て。そのレイヴンって、来るのはAC一機なのか?無茶だ、敵はまだまだ増えてくるのに、一機じゃいくらも持たないぞ!」

『大丈夫よ、だっ……セイル! 敵反応よ、ステルスを使ってるわ。左上方確認!』

「っ!」

 セイルが視線を移すと、そこにはいつか見た大型の爆撃機が浮かんでいた。機体下部の砲台が回頭し、ゲートのほうを向いた。

「まずい!あんなもの食らったら……」

 爆撃機は大型のグレネード砲台を搭載している。その威力はチェックメイトごとゲートを吹き飛ばせるだろう。セイルはミサイルを起動するが、ロックが定まるよりも早く、グレネードが発射された。

 放たれた砲弾は一直線にチェックメイトに向かっていくが、着弾の寸前、上方から降下してきた影が砲弾とチェックメイトの間に割って入った。

 砲弾が爆発し、ディスプレイがホワイトアウトする。やがて視界が回復した時、チェックメイトはおろか、ゲートにも爆風によるダメージは皆無だった。そして割って入った影も、何事も無かったかのように立っている。

 爆煙が晴れていくと共に、その黄金に輝くボディと、天使の羽のように広げられたエネルギーシールドが見えてきた。

「なっ!」

 チェックメイトの前に立っていたのは、トップランカー、キース・ランバートのAC、ケルビムだった。ケルビムはシールドを消滅させ、右腕のプラズマライフルを放つ。それは爆撃機のエンジンを直撃し、爆発を起こした。

「……目標地点に到達……任務を開始する」

 ケルビムのスピーカーから聞こえた抑揚のない声に、セイルは一瞬どきりとした。初めて聞くトップランカーの声。それは、ただ聞くだけでも心臓が止まりそうになるほどの鋭さと冷たさを持っていた。

 ケルビムの頭部がチェックメイトのほうを向き、再びキースの声が聞こえる。

「…………行け」

「っ!!

「この戦闘を、終わらせてこい」

「…………っ!!

 セイルはチェックメイトの左腕でフェアリーテールの肩をつかみ、言った。

「スキウレ!出してくれ」

「OK、落ちないでよっ!」

 フェアリーテールのフロート脚が浮遊し、チェックメイトを牽引したまま細い道路を高速で進んで行った。

 

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