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ラフティング・アップ〜試しに重力に逆らってみよう〜

 

 

 フェアリーテールは曲がりくねった路地を猛スピードで進んでいく。その動きはAC二機分の重量を抱えているとは思えないほど滑らかだった。セイルはふり落とされないように機体を制御しつつ、スキウレにたずねた。

「一体何処に行くんだ?俺はこれ以上戦闘できない。それに、コーテックスを抜けたはずのキースが何故……」

「後で説明するわ。それよりこっちが重要よ、レーダーを見て」

「え?……うわ、分かっちゃいたけどこんなに……」

 レーダーは赤い光点で埋め尽くされていた。メインストリートを覆いつくした赤い光点はまるで大河のようで、僅かな緑の光点がそれをせき止めるように戦線を形成している。そしてフェアリーテールは、その川に沿って遡るように動いていた。

「今からこの敵の群れを突破するわよ。できる限り機体を揺さぶって回避して」

「……おい! 冗談だろ? これだけの敵の中を突っ切ろうってのか!? だいたい、何処に向かって……」

「大丈夫、仲間は私だけじゃないんだから」

「え? おい、ちょっと待うおあっ!!

 フェアリーテールは急激に加速し、路地を抜けてメインストリートへと出た。戦線ははるか後方、敵のど真ん中へと突っ込んだ形になる。

「さぁ、この川を遡るわよっ!」

 フェアリーテールはさらに速度を上げ、敵の群れの中を突き進んでいく。敵MT達は突然の襲撃に気を取られていたようだったが、すぐに二機に向けて攻撃を開始した。それこそ四方八方から砲弾やミサイルの雨が放たれ、フェアリーテールとチェックメイトに降り注ぐ。しかし、敵の只中に居るにもかかわらず高速で動き回るフェアリーテールに、あらゆる攻撃は届かなかった。

「すげぇ、こんな弾幕の中なのに一発も当たらない」

「当たり前よ。私たちは常にMTに取り囲まれてるけど、個々のMTが私たちと遭遇できるのはほんの一瞬よ。まともに狙いなんてつけられないわ」

 フェアリーテールは蛇が這うようなくねくねとした移動で攻撃をかわし、それでも追随するミサイルや砲弾を展開したオービットで迎撃していく。セイルは回避行動をやめ、機体制御に専念することにした。しかし、連絡が回ったのかMTの攻撃は余計に激しくなっていく。やがて群れの中にACが見え隠れし始めた。

「スキウレ、離反レイヴンが来てるみたいだ」

「分かってるわよ。任せといて……っと」

 スキウレがそう言ったとたん、前方に二機のファイヤーベルクが現れた。フェアリーテールに向かって四つの砲門が向けられる。

「スキウレ! 回避を!!

「大丈夫、このまま行くわよ!」

あの砲に突っ込む気か!? 待て、おい!!

 スキウレは真っ直ぐにファイヤーベルクに突っ込んでいく。そしてフェアリーテールは、何事も無かったかのようにそのまま二機の間を通り抜けた。

「え?」

 セイルはチェックメイトの頭部を動かし、後ろを見やる。二機のファイヤーベルクはまったく動こうとしない。よく見ると、機体の上部に小さな穴が開いていた。

何が……っ!」

 フェアリーテールが急に横へと方向を変える。慣性に振られるチェックメイトの脇をミサイルの塊が通り過ぎていった。見ると前方に、今度は青い色の逆間接ACが待ち構えている。レイヴン、コバルトブルーのAC『キラーホエール』のようだ。

「スキウレっ!」

「大丈夫って言ってるでしょ、行くわよっ」

 スキウレは速度を緩めることなく突っ込んでいく。キラーホエールは全身のミサイルポッドを展開したが、そのとたん頭部が白い光条に貫かれた。怯んで動きを止めたキラーホエールの横を、フェアリーテールが通り過ぎる。

「何なんだ?さっきから何が……」

 セイルは再び後ろを振り返る。視界を奪われてきょろきょろとしているキラーホエールの脇を抜けて数体のエグゾセが追ってきたが、それらも次々と爆発していった。

「おいスキウレ、いい加減教えてくれ。一体どこから攻撃が来ているんだ?」

「馬鹿ね。こんな混戦状態であそこまで精密な攻撃が出来るのは、一人しか居ないでしょ。右前方、カメラを精一杯ズームしてごらんなさい」

 セイルは言われたとおりにカメラをズームする。遠く離れた高いビルの上、ぼやけていてよく分からないが、屋上に一つの影が見えた。

……あれは」

「私たちにはね、射手座の加護がついているのよ」

 さらに追いすがる数体のカイノスがいくつもの徹甲弾とレーザーにボディを貫かれて爆散する。同時にチェックメイトに通信が入った。

『はっはっはっ……ぃようセイル、元気そうだな』

「ケイローン!

 次第に近づいてくるビルの上、そこには二本のスナイパーライフルを構えたACがいた。

『しかし、女のケツにへんばりついてるとは情けねぇ格好じゃねぇか、ええ?』

「はは……ケイローン、その機体は?」

 ビルの上に居るACは、セイルの知っているサジタリウスとは違っていた。両腕に二本のスナイパーライフルを持ち、右背部には長射程レーザーキャノン(MWG-LQ/15)がマウントされている。

『サジタリウス改ってとこだな。俺もまだまだ負けてらんねぇぞ』

 屋上のAC、『サジタリウス改』はスナイパーライフル二本とリニアキャノン、レーザーキャノンを同時に展開し、一斉に発射する。チェックメイトを追っていたMTたちが悉く頭部を撃ちぬかれて倒れ伏した。

『だっはは、どんなもんだ』

「あの距離から四体同時に精密射撃を……流石だ」

 フェアリーテールはやがてサジタリウス改のいるビルの下を通り過ぎ、さらにメインストリートを逆走していく。MTの中にはサジタリウス改に気付いて上を見上げるものも居たが、それらはみな即座に攻撃を受けて爆発し、僅かに放たれたミサイルもデコイによって反らされてしまった。

『射程ギリギリまで援護してやる。セイル、上手くやれよっ!』

「ああ、ありがとうケイローン、お前も無事でなっ!」

 

 遠ざかっていく二機のACを見つめ、ケイローンはふぅ、と息を吐いた。始めて会った時はまだまだひよっこだったセイルが、もう一人前のレイヴンの顔になっている。それが嬉しくもあり、寂しくもあった。

「ま、ガキくさいツラなのは変わってねぇけどな…………そういう俺も、とっとと引退したほうが身のためなんだろうが……よっと」

 ケイローンは自嘲しながらサジタリウス改の武装を切り替え、レーザーキャノンを放つ。チェックメイトを狙っていた白いACが脚部を撃ちぬかれて転倒した。

「すまねぇな、セイル……だが、せめてお前が自分の事にカタをつけるまでは、お前の親父でいさせてくれや」

 ケイローンは再び長い息を吐くと、サジタリウス改の向きを変える。遠くの空から飛行MTの群れが接近してくるのが見えた。

 

 セイルはしばらく後方を見ていたが、やがて前を向いた。周囲には未だ多くのMTがうようよしており、フェアリーテールも一発二発被弾した跡がある。

「気をつけて、そろそろケイローンの射程範囲から出るわよ。武装が残ってるならちょっとでも攻撃してほしいんだけど……」

「生憎、ミサイルがちょっとしか残ってない。それにこの状態じゃまともにロックオン出来ねぇよ」

「そう……いい加減苦しくなってきたんだけど、なんとか……っ! きゃっ!!

 不意にフェアリーテールがバランスを崩し、停止した。チェックメイトが激しく振られ、セイルはコクピットに頭をぶつけてしまう。

「たっ! 痛っ……うわ……」

 フェアリーテールの前には四機のナースホルンが壁を作っていた。さらに後方からもエグゾセの群れが追ってきている。

「まずい、完全にふさがれた」

「くそっ、何とか逃げられないのか?」

「難しいわ。複数の敵から逃げながらあいつらの垂直ミサイルを回避するなんて、単独ならともかくこの状態じゃ……」

 スキウレがあせりを感じているのが分かる。そうこうしているうちにもMTが集まり始めていた。そしてナースホルンの上部にあるハッチが開かれ、ミサイルが放たれる。しかしその瞬間、四体のナースホルンとエグゾセの群れ、さらに周囲に居た何機かのMT達が次々と爆発を起こしていった。

何だ?ケイローンの射程からは出てたんじゃ……」

『迂闊だなスキウレ。こんな所で足止めを食らうとは』

「っ!

レーダーに1つの緑の光点が写る。それを見てセイルは一瞬体を振るわせた。その光点はチェックメイトのすぐ傍に、突如として出現したのだ。同時に地面が揺れ、二機の後方に砂埃が舞い上がる。一機のACが機体をスライドさせ、フェアリーテールの隣に停止した。

「クライシス?」

 砂埃の中から現れたACは、クライシスの機体、アブソリュートだった。セイルが始めて見た時と同じアセンブルで、左肩には仮面の天使が描かれている。

「久しぶりだな、セイル」

「お前、ミラージュの専属レイヴンだろ。何でここいるんだ? それに、さっきどうやってレーダーに写らずに近づいたんだよ」

「とりあえず落ち着け。この非常事態だ。コーテックスから各企業に支援要請が入っている。それから、これだけの機体が集まっていれば、ACのレーダーではカバーできない場所が少なからず出来る。そこを予想してやれば、察知されずに接近可能だ」

「そうか……でも何でうわっ!」

 アブソリュートがチェックメイトに向かってレーザーを放つ。レーザーはチェックメイトの頭部をかすめるようにして通り過ぎ、背後に居たアローポーターを破壊した。

「おい、何怖いことしてんだよ!」

「ちょっと、私の機体に当たったらどうしてくれるのよ!」

 二人はクライシスに向かって文句を言ったが、クライシスはそれを軽くいなして言った。

「黙れ。それより、ここは俺が押さえ込むから、お前たちは早く先へ行け」

待てよ、お前、この大部隊を一人で押さえ込もうってのか?」

「心配するな。これくらいたいした数じゃない。それに、別に一人でやるわけではない」

 未曾有の大部隊を何でもないように言い、クライシスはアブソリュートの腕を伸ばして後方を示した。セイルがその方向に目を向けたとき、腕が示したあたりで大きな爆発が起こり、MTの残骸が宙を舞った。そして爆発の中から一機のACが飛び上がる。左肩には獅子、竜、鳳凰のエンブレムが描かれていた。

「ムゲン!? メビウスリングまで来ているのか?」

 セイルは驚愕で目を大きく見開いた。ムゲンは身を翻して着地すると左腕を大きく振りかぶり、MTの群れに向けて振りぬいた。瞬時に発生するブレードからエネルギー波が放たれ、MT達のボディが切断されて宙に舞う。PLUSだけが使える伝家の宝刀、ブレード光波だった。

「あの化け物が居るんだ、不安要素は何も無い。さぁ、行け。また敵が集まりだすぞ」

 アブソリュートはブーストダッシュでMTの群れに近づき、レーザーライフルを連射した。再び集まりかけていたMTたちが瞬く間に掃討されていく。MTたちも負けじとレーザーやロケットを放つが、アブソリュートは地面に向けて投擲銃を放ち、爆風で攻撃をかき消した。さらにOBを起動し、空中に飛び上がってMTを攻撃し始める。

「早く行け。俺はいくらでも待てるが、お前はそうもいかないだろう」

「わかった、ありがとう。また後で」

 

 チェックメイトはフェアリーテールに引かれ、メインストリートを反れてわき道へと入って行った。クライシスはそれを見届け、眼下のMTたちに視線を戻す。頭の中には、さっきのセイルの言葉が反響していた。

(お前、何でここにいるんだ?)

クライシスはフッ、と口元をゆがめ、誰にとも無く言った。

「借りを…………返しにきたのさ」

 アブソリュートは地上から放たれたプラズマキャノンを空中で軽々とかわし、レーザーとミサイルを撃ち返す。地上のMTたちは一瞬にして灰塵と化していった。

 

 再び路地へと戻ったフェアリーテールは、ACには狭い道をスルスルと抜けていく。敵から遠ざかった事に安心し、セイルはホッ、と溜息をついた。

「やれやれ……死ぬかと思った」

「勝手に死なないでよ。みんなあなたのために動いてるんだから」

「それだ。いい加減そろそろ教えてくれ。一体何のために俺を連れ出したんだ?」

『すぐに分かるわよ……こちらフェアリーテール。応答願います』

「え? おい、誰としゃべってるんだスキウレ」

 スキウレはなぜかスピーカーではなく無線で答えてきた。さらにそのまま言葉を続ける。しばらくすると、無機質なコンピューターの声で返答が帰ってきた。

『御連絡ありがとうございます。こちらは、クレスト・インダストリアル自然環境事業部です。申し訳ありませんが、ただいまこちらは事業を停止しており、現在は無人音声案内のみ行っております』

「え? ……おいスキウレ、一体何を……」

 スキウレはセイルの問いには答えず、応答が無いはずのコンピューターに向かって話し続ける。その声には、妙に真剣さがこもっているように思えた。

『わかりました。では、そちらに配属されている社員番号C−744の住所を教えていただけないでしょうか。私は社員番号Y−205です。こちらの天気は快晴で、月がよく見えます。私は独身ではありませんが、近くに子供は居ません』

 セイルは訳もわからずに呆然としていたが、しばらくすると無線からはコンピューターのものではなく、人間の肉声が聞こえてきた。

『確認しました、ここから先は秘匿回線になります。社員番号の復唱をお願いします』

 スキウレは一呼吸おくと、無線機に向かってはっきりと言った。

『シルヴィ・ステファン…………いいえ、社員番号Y−205、シルヴィーヌ・ステファン・クレストです』

「なっ!

 セイルの顔が驚愕に包まれる。スキウレの言った名前。それが何を意味するのか、分からないはずはなかった。

『了解、3番ゲートからアプローチしてください』

『ありがとう……セイル、今からゲートに……っ! 頭下げてっ!

「っ!

 セイルはとっさにチェックメイトの姿勢を低くする。その直上を、二方向からのレーザーが抜けていった。

「オービットキャノン!? ACか?」

「こんなときに誰よもう……セイル、突破するからちょっと……っ!!」

 フェアリーテールは後ろを振り向いたかと思うと、急に動きを止める。チェックメイトは慣性で前に放り出された。

「っ! ……おいスキウレ、一体何……っ」

 フェアリーテールは一体のACと対峙していた。それは丸い球形の武器腕を装備した青い色のフロートACで、アンテナのような頭部パーツを持っている。そしてその全身はボロボロにひび割れ、セメントのようなものに覆われていた。

「っ、こいつは……」

 セイルは先日、ケイローンと一緒に行ったミッションのことを思い出す。そのときに交戦した四脚ACに、このACはそっくりだった。そしてそれを裏付けるように、セイルのこめかみに鈍い痛みがはしる。

「スキウレ、こいつも無人機だ。頭部を……」

「オオオオォォォォォォ!」

 青いACは、機体を震わせて風のような低い音を出した。するとACの腕部から数機のオービットが放たれ、チェックメイトを取り囲む。しかしそれらはフェアリーテールの放ったオービットによって迎撃され、地に落ちた。かと思うと、今度はフェアリーテールのオービットが新たなオービットによって破壊される。

「…………どうして」

「スキウレ、こいつはやばい。早く逃げ……」

「ごめん、セイル」

 フェアリーテールは再びオービットを展開し、チェックメイトをかばうように移動する。

「先に基地まで行って…………私は彼を押さえ込むわ」

 二機の展開したオービットが一斉に動き出し、レーザーを発射する。二機はそれぞれ相手のレーザーをかわしつつ、互いに攻撃を始めた。

「早く行ってっ!後で追いつくからっ!!

 チェックメイトにフェアリーテールからデータが送られ、地図と順路が表示される。セイルは何とかチェックメイトを立ち上がらせると、示された道に沿って進んでいった。

 

  

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