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   運命の邂逅〜死すら別てぬ二人の絆〜

  

 まともに動かない右脚部をブースターで強引に引きずりつつ、チェックメイトは路地を進んでいた。セイルはチェックメイトの姿勢を制御しつつ、マップを開いて現在位置を確認する。スキウレに指示された地点はここから1キロほど離れたところにあった。

「まだちょっと遠いな……くそっ、一体どうなってるんだ?」

 セイルは舌打ちをしながら今までのことを思い出す。スキウレ、ケイローン、そしてクライシスまでもが自分のために何かを計画していたようだった。ひょっとしたらフォグシャドウやキースの行動も、この為の物だったのかも知れない。

「何だってこんな…………ん? あれは……」

 チェックメイトの行く先に一つのゲートが見えてきた。さっきまで護衛していたゲートより一回り小さく、『3』と書かれており、クレストのエンブレムである矛盾した三角形も描かれている。マップが示しているのはあのゲートのようだ。

「あれか……よし……っ!」

 突然チェックメイトのボディが激しく揺れ、コクピット内に警告音が鳴り響く。

 戦術画面には『ERROR』の文字が表示され、ブースターが破損した様子が伝えられた。同時に推力を失ったチェックメイトはたたらを踏み、膝を突いてしまう。脚部の間接は既に歩行不可能なほど損傷していた。

「ブースター損耗率58%、右足首部間接損耗率82%……くそっ、何か手は…………っ……そうだ、ブースターはもう1つある!」

 セイルはニヤリと笑ってコンソールを操作した。コア後部の装甲版が展開し、プラズマの粒子が収束されていく。ACの持つもう一つのブースター、オーバード・ブースターOBが起動しようとしていた。

 しかし、チェックメイトのOBがまさに起動しようとしたその時、再びアラートが鳴り始めた。とたんに起動しかけていたOBが停止し、装甲版が閉じられてしまう。

「何だ?また何か……っ!!

 再び機体をチェックしてみると、ジェネレーターに損傷が見つかった。被弾による衝撃だろうか、ジェネレーターのコンデンサ部分が損壊し、蓄積エネルギーがほぼ0になっていたのだ。

 これではOBどころかパルスライフルの一発も撃てないだろう。セイルは愕然として奥歯を噛み締める。と、その時、チェックメイトに通信が入った。

『……ああっ……ちょ、セイ…………セイル? 聞こえてる?』

「レナか?どうした?」

『良かった、やっと繋がった。スキュっちから後を頼むように言われたの。現在位置は……OK、すぐ前にゲートが見えるでしょ。許可はもらってあるらしいから、そこに入って』

「それが、脚部もブースターもイカレちまってるんだ。ついでにジェネレーターもぶっ壊れてる」

『ええっ!? そんな、どうするのよ!』

「どうするって……大体なんでクレストの工場に行かなきゃなんないんだ?」

『え?えと……実はセイきゃっ!!

「!」

 突然レナの悲鳴が聞こえ、通信にノイズが入る。さらには微かだが、爆音や銃声も聞こえてきた。

「どうした? おいレナ?」

『ゴメン、大丈夫。またビルに直撃弾があったみたいで』

「なっ! もうそんな所まで来てるのか?」

『外周部の辺りはあらかた片付いたみたいなんだけど、まだ中心近くのがしつこく残ってるの。他都市からの包囲援軍も妨害受けて遅れてるみたいだし、両軍共にあと一歩の状況ね』

「そうか……」

 戦況は予想以上の速さで進展していたようだ。セイルはすぐにでも戦線に復帰したい気分だったが、この状況ではMTの相手もままならない。セイルは一呼吸置いたあと、レナに問いかけた。

「それで……あの扉の中に入れば、戦況は好転する。少なくとも、俺は戦力として復帰できるんだな」

『…………』

 無線の向こう側が急に静かになり、砲声とサイレンだけがBGMのように遠く聞こえてくる。レナも同じく一呼吸置いた後、こう答えた。

『保障するわ。あなたはこの戦闘において非常に大きな戦力になる。他の誰よりも、確実にね』

「…………わかった」

 セイルはコンソールを操作し、画面にいくつかのウインドウを表示させる。そしていくつかの項目をいじったあと、再びOBを起動した。

「レナ、工場の人に連絡入れて、今すぐにハッチ開けてそこから避難する様に言ってくれ」

『え?ちょ、セイル?あなた一体何を……』

 レナが言葉を言い終わるよりも早く、OBが発動した。コア後部の大型ブースターから大量のプラズマ粒子が吹き出し、機体を一気に加速させる。

『な、何をしたの?OBは使えないんじゃ……』

「ああ、残りエネルギーがゼロの状態じゃ使えないよな。でも逆に言えば、エネルギーさえあればOBは動く。そうだろ」

『え?……!…セイル、まさか』

セイルは戦術画面の片隅を見やる。そこにはさっきまでは無かった1つの警告が表示されていた。『LIMITER RELEASE』と。

 通常、ACはブースターを使用している間、発熱量を抑えるためにジェネレーターを一時停止している。そのため、ジェネレーターの余剰出力がブースターのエネルギー消費量を上回っていたとしても、コンデンサ内の蓄積エネルギーは減少していってしまう。

 それはオーバードブーストでも同じであり、ブースターの使用可能時間は完全に機体の蓄積エネルギーに依存するのだ。故に、コンデンサ内のエネルギーが無ければブースターを使うことは出来ないのである。ただ一つの例外を除いて。

『セイル、リミッターを解除したの!? 無茶よ、いくらなんでもジェネレーター出力のリアルタイムコントロールなんて……』

今はこれしか方法が無い! いいからハッチを開けさせてくれ!」

『っ!』

 いつに無くきつい口調で指示を出し、セイルはコンソールを操作する。画面には一本のバーが表示され、ラインで区切られた一定の区間内で上下を繰り返していた。

 リミッター解除———通常一定に保たれているジェネレーター出力を手動操作で引き上げ、一時的に無尽蔵なエネルギー供給を得る方法である。ACの行動に応じて刻一刻と変化していくエネルギー消費量にあわせてジェネレーターの出力を操作するのは並大抵のことではない。

 出力を上げすぎれば臨界点を突破してジェネレーターが崩壊し、下げすぎれば供給が追いつかずチャージングになってしまう。ACの操縦とジェネレーターの出力操作、どちらか片方なら何とかなるだろうが、二つを同時に行うことは並みのレイヴンに出来ることではない。

 事実、この方法を安定して使えるのは、情報処理能力を持つ火星移住民マージアンや、ACとの神経接続が可能な強化人間PLUS、もしくは単純な操縦技術でそれらを代用できるランカーレイヴンのみである。

(そうだ。火星生まれのクライシスや高位ランカーのフォグシャドウならともかく、俺なんかが扱えるような代物じゃない。でも今なら……OBとは言え直進移動という単純操作のみで、なおかつ俺の頭が異常なほどキレてるこの状況なら!)

 画面のバーはまるでバネのように激しく上下しているが、決してラインの間を出る事は無い。セイルはまたもや、周囲の時間がゆっくり流れているように感じていた。

 バーの動きはまるでスローモーションのようで、いつどのような操作をすれば良いのかがすぐに分かる。ディスプレイに映る外の景色も、その速度とは裏腹に瓦礫の一つ一つまではっきりと見える。

 足元の僅かな障害物をも回避し、セイルはゲートに向かって突っ込んでいった。やがてゲートは音をたてながらゆっくりと開き、チェックメイトは半ば倒れ込むようにして中に入っていった。仲は緩やかなスロープになっており、奥へと長く伸びている。

 同時にレナから通信が入った。

『工場内への進入を確認。セイル、緊急用の緩衝材が準備してあるみたいだからからそのまま突っ込んで』

「了解!」

 セイルはOBの速度を緩めることなくスロープを下り、やがて最下層の細長い空間に着いた。緊急帰還用のネットがチェックメイトのボディを受け止め、ゆっくりと減速、停止させる。安全装置が働いてOBが停止し、チェックメイトの廃熱口から激しく蒸気が吹き出した。

『OK、セイル、そのまま外に出て』

「分かった……リミッター再起動……? あれ?」

『え?どうしたのセイル』

「分からない、コンソールが操作を受け付けないんだ。リミッターが再起動しない……」

 セイルは懸命にコンソールを弾くが、戦術画面は一向に変わらない。アラートは未だ鳴り続け、ジェネレーターの出力は上昇し続けていく。セイルが出力調整の操作をすると、なんとか勢いは弱まってくれた。

「なんとか調整は出来るみたいだ。レナ、ここ工場なんだろ。今のうちに技術者を呼んでくれ」

『ダメよ、リミッターが働いてない状態じゃ戦闘モードが解除できないわ。このままじゃ外からの操作は不可能よ』

「っ!どうすればいい? このままじゃジェネレーターが……

 セイルの頬を汗が流れていく。流石に焦りを感じつつ、セイルは出力の調整だけは継続した。

『っ…………方法はあるわ』

どうすればいい?」

『えっと……とりあえず、今すぐメインコンピューターのファイヤーウォールを停止して、それからナーヴスネットワークへのポートを全部……』

「……わからん」

『…………ええい、もう! 今から何があっても『いいえ』を押し続けてっ!』

 レナが癇癪を起こしたような声を出し、同時にキーボードを激しく叩く音が聞こえてくる。しばらくすると戦術画面にいくつもの警告が表示され、『Yes/No』の選択肢が現れた。

「おい、レナ! なんか、不正侵入とか異常操作とかいろいろ表示されてるけ……」

『いいから全部ノー押してっ!

「……っ」

 レナの剣幕に押され、セイルは全てのウインドウの『No』を選択する。その後もよけいに深刻な警告や選択肢が表示されたが、セイルは必死で『No』を押し続けた。

 すると、まるで手品のようにアラートが収まり、警告の表示も消えていく。最後にリミッター再起動によるチャージングの警告を残して、全ての警告が消滅した。

「と………止まった……」

『止まった? はぁ……よかった。もう、ここまで張り切ったの何年ぶりかしら』

 無線の向こうからレナの溜息が聞こえる。セイルもほっ、と息をつくと、ヘルメットを外して汗をぬぐった。

「ところで、さっき何したんだ?」

『ネットワーク上からチェックメイトにハッキングかけて、プログラムを直接操作したの。そっちの操作が利かないのは、多分プログラムじゃなくてコンソールの方が物理的に損傷してると思ったから、別の方向から干渉かけて操作したわけ……上手くいってよかったわ。ACへのハッキングなんて数年ぶりよ……』

「…………」

 セイルは開いた口がふさがらなかった。パイロットからの手引きがあったとはいえ、ACのメインコンピューターが持つ強固な通信防壁を突破してハッキングするなど不可能に近い。それをレナは、易々とやってのけたのだ。

「また、なんでこう俺の周囲には人間離れした力を持ってる奴が多いのかねぇ……」

 セイルはシートにもたれ、誰にとも無くごちる。と、チェックメイトの右側にあった壁が横にスライドして開き、隣の部屋への通路が開いた。足元には駆け込んでくる作業員が見える。同時に室内のスピーカーから声が聞こえてきた。

「レイヴン、ACを降りて、こっちに来て下さい」

「あ……了解」

 セイルは戦闘モードを停止し、体を固定していたバーとベルトを外す。ハッチは歪んでいるのか開かなかったので、緊急脱出装置を使ってハッチを吹き飛ばした。

 コアの装甲版を内側から破裂させてコクピットブロックが飛び出し、セイルは開いた穴からオートラダーを使って外に出るそこへ一人の作業員が駆け寄って来た。

「レイヴン、『セイル』さんですね。連絡は受けています。こちらへ」

「待ってくれ。そっちは良くても、こっちは何も聞かされちゃいないんだ。先に説明を……」

 その時、チェックメイトが入ってきた通路に一機のACが滑り込んできた。そのACは機体を浮遊させていたカヌーのような脚部からランディングギアを出し、着陸する。

 スキウレのフェアリーテールだった。さらにコアの左胸部分からスライドして出てきたコクピットシリンダーからスキウレが現れ、オートラダーで地面に降りるとこちらに歩いてくる。

「スキウレ? 大丈夫だったのか」

「ええ、なんとか追い払ってきたわ。そっちも無事だったようね」

 スキウレは後頭部を手で押さえながら歩いてくる。セイルはふと、そのしぐさが妙に気になった。

(何だ? べつに怪我をしてるわけじゃないみたいだけど……そういえば……)

 セイルは記憶の中を探ってみる。これと似たようなしぐさを、以前にも見たような気がしたのだ。しかし思い出すより早く、スキウレがセイルの所に到着した。スキウレは頭を振るようなしぐさをして手を下ろすと、セイルに話しかける。

「歩きながら説明するから、ついて来て。ああ、あなたは起動の準備を」

 傍にいた作業員はスキウレにそう言われると、ペコリと頭を下げた後奥の方へと走っていった。スキウレも後を追うように歩き出す。この空間は出撃用のエントランスになっているらしく、奥には兵器———おそらくAC———用のガレージがあるようだった。

「事の発端は、クライシスなの。あなた、この前ミッション中に彼を助けたんでしょ? 彼はそのことに対して、あなたに恩……って言うか、借りを返したいわけね」

 スキウレはどんどん奥に進んでいく。奥のガレージはなぜか照明が消されており、薄暗くて視界が利かない。やがて目が慣れてくると、通路の両端にはハンガーがあり、いくつものACが固定されているのが分かった。

「それで彼は、あなたにちょっとしたプレゼントをすることにしたの。彼、どうやったのかはわからないけど、今日のことをある程度予測してたみたい。そして、あなたの機体、チェックメイトが抱えている不具合のことも」

「不具合?……チェックメイトはどこもおかしくないぞ」

「そうね…………これは不具合というより、相性の問題なの。レイヴンの戦い方は千差万別、十人十色でしょ。それで、レイヴンは自分の戦法に合わせてACを組むわけだけど、それでも完全に自分に最適化できるわけじゃないの。たとえ独自のカスタマイズを行っても、既製品で作られた機体である以上、絶対にどこかマッチしない箇所が出来る。レイヴンの望む理想の機体から乖離してしまうわけ」

 スキウレは歩みを止め、セイルのほうに振り向いた。延々と続くACガレージの半ばほど、ハンガーに固定された一つの機体の前に、二人は立っていた。と、その機体の足元からさっきの作業員が現れる。

「出撃準備、完了しました。いつでも出れます」

「ありがとう、下がっていいわ」

 作業員は再びスキウレに頭を下げると闇の中へと消えていった。スキウレはハンガーの足元に歩み寄り、コンソールを操作する。

「さっきも言った通り、既製品のパーツで理想のACを作るのは不可能に近いわ。そう、あらかじめ用意されたパーツを使うからいけないのよ。つまり大勢の顧客じゃなく、搭乗するレイヴン一人の事だけを考えて、設計段階から製作されたAC、改造カスタマイズではなく手作りハンドメイドこそが、レイヴンにとって最高のACを作り出す唯一の方法なわけ。そしてこれが」

 スキウレがコンソールのボタンを弾く。とたんにハンガーの照明が点灯し、固定されていたACが照らし出された。ブロックを積み上げたような角ばったコアに、肩部から足元まで伸びたマントのようなエクステンション、さらには左腕部に装備された大型レーザーブレード等、現用のACとは明らかに違うフォルムをした機体がそこにあった。

「!……これは…………」

「あなたの為にクライシスが設計した、あなただけのACよ……」

 

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