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   新たなる剣〜君にしか抜けないよ、君の物なのだから〜

 

 いくつものライトに照らされた新型AC。ある意味荘厳なその姿に、セイルはただただ呆然としていた。

 特徴的なブレードセンサーを持つ頭部に、クレスト社の特徴とも言える角ばったコア。腕部パーツは細身ながらも堅牢そうに見え、両肩部からはマントのようなプレートが吊り下げられていた。ボディ全体は純白に彩られ、要所要所に入れられた黒いラインが鮮やかに輝いている。

 そのACは、どの部分を見ても現用のACとは一線を画する雰囲気を帯びており、中でも目を引くのは左腕部にマウントされたブレードらしきパーツだった。

 通常、ACの武装は情報伝達やエネルギー供給を行うためのワンポイントのみで本体と繋がっているが、そのブレードは二の腕全体に張り付くようにして装着されているのだ。そしてそのジョイント部の上に箱型の本体があり、それを貫くような形でブレード発振機らしき円筒形のパーツが着けられていた。

「これは…………」

「どう? 気に入った? って言っても、見ただけじゃ性能分からないわよね。カラーだってテスト用に塗った色のままだし」

「ああ…………この機体を、俺に?」

「そ。彼、義理堅いわりに不器用だから、これが彼なりの借りの返し方なんでしょうね。材料費から開発費、その他もろもろしめて約180万コーム」

「……はぁ!?

 セイルは一瞬反応が遅れてしまった。180万コームともなればレイヴンの世界でも大金である。丁度セイルの全財産を集めてやっと届くくらいだろうか。

「ひゃくはちじゅうまんって……」

「ええ、カードで一括。流石に驚いたわ、専属レイヴンって儲かるものなのね。並みのレイヴンの数倍は金持ってるんじゃない?」

「…………こんな物、本当にもらっちゃっても良いのか?」

「まぁ、確かにいきなり渡されても困るわよね。まったく、彼ももうちょっと人付き合いが上手ければ……」

『聞こえているぞ』

「わっ!」

「あっ……」

 スキウレが後ろ腰から無線機を取り出し、セイルに手渡した。通話のスイッチはONになっており、スピーカーからはクライシスの声が聞こえてくる。

『そういう事だ、セイル。その機体は俺の命の代金だと思ってくれ。あいにくこんな状況で渡す事になってしまったが……』

「じゃあ、此処までみんなが援護してくれてたのは……」

『ああ。お前がここまで安全にたどり着けるように、俺が依頼した』

「…………何で、ここまでしてくれるんだ? ウィリアスでの事だって、俺は大して……」

『物の価値は、人によって大きく変わる』

「…………?」

『どういう形であれ、お前は俺の命を救ってくれた。そして俺にとってその命は、大金をつぎ込んで作られたカスタムACと同じほどの価値があったという事だ』

「…………」

 セイルはあの日、ウィリアスであったことを思い出す。異形の生体兵器、眩いまでのプラズマの奔流、ボロボロになったアブソリュート、そして、怒りに任せて突撃した自分と、崩れ落ちる生体兵器。

 頭を働かせる暇など無い、一瞬のうちに起こった一つの攻防だったが、クライシスにとってそれは生きるか死ぬかの瀬戸際だったのだろう。

「で、でもやっぱり受け取れない。いくらなんでも180万なんて高すぎるし、それに俺はチェックメイトに何の不満も……」

『…………セイル、お前』

『馬鹿ザ郎、ンな事言ってるザザッじゃねぇだろ!

『っ?

「通信に割り込み?誰なの?」

「その声……ケイローンか?」

 セイルは周波数を調整してノイズを小さくする。相変わらず妨害電波が酷いようで、なかなかノイズは消えてくれない。

『お前、この前アヴァロンザ停電になった時どうした?ボロボロの機体引きずってまで駆けつけようと……ザッうが。俺はそれを止めザザ、今はその時じゃないと。じゃ、いつがそうっザッて言ったら、今この瞬間しかザザーッねぇか。目の前で多くの人が苦しん……、お前には戦う力がある。今ザーかないで何時動くってんだ』

「…………」

 ノイズ交じりのケイローンの声を聞きながら、セイルは愕然とした。自分の価値観なんて小さなものに囚われて、大切な事を忘れていたようだ。

『タダより高いザザは無いって言うけどよ、命より高い物も無いザ。クライシスを助……力を手に入れたザーッ、それを使ッザより多くの命を助けるべきじゃ————』

「?ケイローン!?

 突然無線の向こうから轟音が聞こえ、ケイローンの声が遮られる。セイルが呼びかけると、再びケイローンの声が聞こえてきた。

『大丈夫だ。ちと至近弾ザザッな。正直言うと、こっザもやばい。敵はもう最終防衛ラインに到達しつつ……数は大分減ったが、そザザこっちも同じだ。セイル、お前ならこの状況をザッくり返せる……いな。必ず来いよ!』

 そう言ってケイローンは通信を切った。セイルは暫く無線を眺めていたが、やがて意を決したように顔を上げた。

「……クライシス」

『……何だ』

「この機体をもらうよ……ありがとう」

『…………フッ』

 クライシスが通信を切り、無線機が沈黙する。セイルは無線機をスキウレに返しつつ言った。

「スキウレ、出撃する。準備してくれ」

「OK、誘導させるからその通りに進んで。機体の説明は道々してあげるから」

 スキウレは受け取った無線機を操作し、何事か喋りだす。セイルはハンガーによじ登ると、垂れ下がっているオートラダーにつかまってコクピットまで上がっていった。

 ハッチの中に体を滑り込ませ、ACを起動する。コクピット内も今までのものとはまったく違っていたが、基本的な操作は見ただけでも分かった。シートに体を固定し、コクピットハッチを閉める。コンソールやランプが順次点灯していき、CPUが戦闘モードの起動を告げる。

「……あれ?」

 しかし、いつまでたってもディスプレイが起動しない。いや、そもそもコクピットの中にディスプレイらしきものが見当たらなかった。

『セイル?聞こえる?』

 無線からスキウレが話しかけてきた。セイルは回線を開いて聞き返す。

「スキウレ?この機体ディスプレイが……」

『ゴメン、言い忘れてた。シートの上のほうに、ヘルメットみたいなのがぶら下がってるでしょ?』

 セイルは言われて上を向いてみる。と、そこには確かに一つのヘルメットらしきものがあった。

『今かぶってるヘルメットを、それと交換して』

「ああ……」

 セイルはかぶっていたヘルメットを脱ぎ、ぶら下がっているヘルメットを手繰り寄せた。ヘルメットは通常のものより多くのオプションが付けられ、いくつものコードで天井につながっている。それは以前見たことのある強化人間用のヘルメットに似ていた。

「おい、何だコレ?カラードネイルが似たようなの持ってたけど、まさか強化人間用じゃないよな」

『あなた専用のACだって言ったでしょ。いいからそれかぶって。痛い事とかは無いから』

「…………」

 セイルは不審に思いながらもそのヘルメットをかぶった。大きいわりに妙に軽く、頭にぴったりとフィットして何もかぶっていないように感じる。

 とその時、バイザーの中でゴーグルのようなものがスライドしてきて両目を覆った。同時に耳にも耳栓のようなものが差し込まれる。

「おい、何だよこ……れ……」

 その瞬間、セイルの目にはガレージの壁が写っていた。頭を動かしてみると同じように視界も動き、今まで歩いてきた廊下や、壁に並んだハンガー、足元にはスキウレの姿も見える。

「これは……」

「見えた?それ、最新の網膜投影式ディスプレイなの。頭部パーツがモーショントレースで動くようになってるから、直感的に操作できるでしょ。コクピット内を見たい時はそのあたりに目の焦点を合わせてみて。自動的に投影が切られるから」

 セイルが言われた通りに視点を下げてみると、ガレージの壁が消え、自分の体とコンソールが見えた。

「すげぇ、ものすごくよく見える。そういえば音も……」

「ええ、外部の音はヘルメット内のスピーカーから直接耳に入るようになってるから。私の話してる声も聞こえるんじゃない?」

「本当だ、小さな声なのによく聞こえる。でもこれ、何の為にあるんだ?」

「ん〜……クライシスは、あなたの洞察力をサポートする為だとか言ってたけど……まぁ、詳しいことはともかく、とりあえず操作は出来るでしょ。ハンガーのロックを外すから、もと来た出入り口のほうに進んで」

「よし」

 セイルはコントロールグリップを握ると、再び視線を戻す。視点がACの物に切り替わり、床面の誘導灯が点滅しているのが見えた。同時に機体のロックが外され、ACがハンガーから開放される。セイルは出口に向かってゆっくりとACを進ませた。

「歩きがスムーズだな。振動も少ないし、反応も素直だ」

 感嘆しながらACを進めていくと、やがて入って来たスロープに到着する。チェックメイトとフェアリーテイルはすでに退かされており、開いている空間にセイルはACを進ませた。

「そこは地上へのリニアカタパルトになってるから。射出されたらすぐにブーストで姿勢制御して。そのまま高度を維持して直進すれば、敵の真後ろに出られるはずだから。後の事はクライシスから聞いて。多分その辺りにいるでしょうし、彼のほうが詳しいから」

「わかった」

 カタパルトからアームが伸び、セイルのACを固定する。同時にガレージへつながる通路が閉じ、カタパルトが射出体制に入った。セイルはACの姿勢を低くし、射出に備える。

「射出準備完了、いつでも行ける…………スキウレ」

『何?』

「お前にも色々と問いただすことがあるからな。後で覚悟しとけよ」

『……ええ、期待しないで待ってるわ…………射出して』

 カタパルトのガイドラインが点灯し、ACを固定したアームが高速で滑り出す。セイルはOB時のような強烈なGに抗いつつ、じっと前を凝視していた。ACは一瞬にして地上へと続くゲートを飛び出し、空中へと投げ出される。セイルは即座にブースターを吹かし、ACの姿勢を整えた。

「うわ……ブースターもすごい敏感だな。出力もケタ違いだ」

 ACは慣性で半ば飛行するように戦場を移動していく。眼下には破壊されたコンビナートや工業地帯が広がっている。

 やがてそれらが次第にビルの立ち並ぶオフィス街に変わり、遠くにメインストリートが見えてきたころ、ACは地上へと降下した。場所はメインストリートからは少し外れた中規模の幹線道路、既に友軍は撤退した後らしい。

「慣性制御、脚部ブレーキングを……?……うわっ!」

 セイルは地上をスライドして停止しようとしたが、ACの脚部は着地した途端まるで地面に張り付いたかのように急減速し、僅かな制動距離で停止する。セイルは前につんのめった拍子にシートベルトに体を締め付けられて咳き込んだ。

「う、ゲホッ……なんてブレーキング性能だ。こんなに短距離で停止できるなんて」

 慣性で移動する距離が短ければ、その分次の行動に移るのが早くなる。この機体のブレーキング性能はそれを重視して作られたのだろう。逆に慣性を利用することで巧みに移動するレイヴンもいるが、セイルには出来ない芸当だった。

「けっこうクセがあるけど、使いこなせば……っ、敵?」

 ACの出現に気付いたのか、どこからか二体のカイノスが向かってきた。レーザーライフルとミサイルが放たれ、セイルのACを破壊せんと迫ってくる。

「とっ……っ!」

 セイルはブースターを吹かし、レーザーとミサイルを軽々と回避する。ACのブーストダッシュは、フロートタイプのそれに相当するほどの速度を持っていた。

「なんてスピードだ。外見は中量二脚なのに……しかもコレだけのスピードを出していても、この脚部のおかげで即座に方向転換が出来る」

 通常、脚部の旋回性能を一定のままに速度を上げれば、機体の旋回能力は低下する。それをこのACは、フロート並みの速度を出しながら充分な旋回性能を備えているのだ。

「よしっ、武装は……これか!」

 再び放たれたミサイルの雨を掻い潜り、セイルは一気にブーストをかけた。ACは一瞬にしてカイノスたちの背後に回り、スライドしながら右足を軸にして後ろに向き直る。

 そしてそのまま右腕部に装備されたライフルを発射した。放たれた弾丸は旋回の間に合わないカイノスたちの頭部を貫通し、カイノスたちは崩れ落ちるように倒れ伏した。

「撃破……ん?」

 ふと視界の隅を見ると、赤い文字で機体の状態と武装が表示されている。このディスプレイは戦術画面も兼ねている様だ。

「電磁加速式の高速徹甲弾……リニアキャノンの小型版ってことか? こんな武装見たことないけど……

 セイルが視点を戻すと、二体のファイヤーベルクと一体のナースホルンが接近してきていた。共にACからすれば止まっているのと大差ない速度だが、火力には侮れないものがある。

 セイルが即座にブーストを吹かして飛び上がると、その真下をグレネードとプラズマ弾が突き抜けていった。セイルは再びトリガーを引き、ACを追うように上へ向けられた五つの砲門を狙い撃った。

 放たれた弾丸は狙いあまたずMTたちの砲門を直撃し、重厚なはずの装甲を内部から紙切れのように引き裂いた。爆発を起こすMTたちを尻目に、セイルはACを着地させる。

「やっぱりな。俺の銃口つぶしマズルブレイクをサポートする為の高精度と貫通力か。でも、射撃兵装はこれしか無いのか?これじゃ……」

 セイルが顔を上げると、道の向こうからMTの群れが向かってくるのが見えた。突然の奇襲に対抗する為、前線に向かっていた部隊が反転してきたのだろう。

「この数を相手にするには辛いんじゃないのか?なぁ……」

 しかしそれらは、セイルのACを射程内に納める寸前にその全てが残骸へと変わっていた。

 あるものは光条に貫かれ、あるものは爆風に吹き飛ばされる。裕に十体は超えていたであろうMTの群れは、その後方から現れたたった一体のACによって、一瞬のうちに殲滅されてしまった。

「……クライシスよう!」

「心配するな。俺の設計に不備は無い。その機体は、真にお前の為だけに作られた理想の機体だ」

 MTの残骸を飛び越え、アブソリュートが着地する。それを見てセイルは一瞬息を飲んだ。

 セイルと分かれてから二、三0分。その間ずっとアブソリュートは敵の群れの中で孤軍奮闘していたのだろう。アブソリュートの背後には、さっき撃破したMTの群れが、そしてその更に後ろには、道一つを埋め尽くすほどの大量のMTの残骸があった。

 対するアブソリュートは、被弾こそあちこちにしているものの、何の支障も無く動いている。あれほどの大部隊を相手に、クライシスは主導権を握って戦っていたというのだ。

「…………」

 クライシスの実力に末恐ろしいものを感じながらも、セイルはアブソリュートに近づき、その背後を見つめた。

 クライシスが作り上げた残骸の山のさらに向こう、クロノスの中心部近くでは、未だ爆音が鳴り響き、炎と鋼鉄が飛び交っていた。アブソリュートも頭部を動かしてその様子を一瞥した後、セイルのACに向き直り、道の向こうへと手をかざしながら言った。

「行ってこい。ここがお前の戦場だろう?」

 

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