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   貫き進む信念の主(Justice Lord)〜とりあえず、まっすぐ〜

 

 

 戦いは終局を迎えつつあった。テロリストの軍勢はその多くがレイヴンの介入によって削り取られ、戦力は既に戦闘が始まった頃の十分の一程度にまで落ち込んでしまっていた。しかしコーテックス側の戦力もまた激しく消耗し、既に戦線は最終防衛ラインの寸前にまで食い込んでいる。天秤は依然釣り合ったまま、皿の中身だけが刻一刻と減り続けていた。

「こちらダウンタウンストリート。おい、これ以上は守りきれないぞ、増援は……」

『ま……こちら………イヴん、全……ザザ着……ザッ』

「……くそっ!」

 レイヴン、カロンブライブは悪態をついてコンソールを殴りつけた。彼はダウンタウンの中心部を走る幹線道路を単機で防衛している。既に弾薬は底を突き、友軍のMTも全滅。EOとレーザーブレードを駆使し、回避を中心とした消極的な戦闘でなんとか戦線を維持している状態だった。

「野郎っ!」

 カロンブライブのAC、『ファイヤーバード』は隠れていたビルの影から飛び出し、EOを展開した。

 二機の浮遊砲台から放たれた光の雨は迫っていたランスポーターを爆散させ、破片と爆風がパワードスーツを吹き飛ばす。さらに接近する武装ヘリを空になったライフルで叩き落し、即座に後方へ飛びのいた。さっきまで立っていた所にグレネードが着弾し、地面が大きく抉られる。いつの間にか道の向こうにはサイレントラインの白いACが立っていた。

「っ!!

 カロンブライブはギリ、と歯を噛み締め、再びビルの後ろに身を隠した。まともな射撃武器の無い状態であの高火力機とやりあうのは無謀すぎる。

「けっ……そういえば、前にも似たようなことがあったな。ありゃあ……」

 カロンブライブは記憶を反芻する。それは六年前、サイレントライン事件の真っ只中だった。

 彼は複数のレイヴンと共にサイレントラインに進入し、中心部にある防衛施設を停止させるミッションに参加したのだ。しかし、次々と絶え間なく現れる無人MTたちに機体も身体も激しく消耗し、精神すらも脆弱になっていた。そして彼は、

「そう……弾薬枯渇タマ切れなんてつまんねぇ理由で、撤退しちまったんだったな」

 カロンブライブは自嘲するように口元を歪める。

 彼はいつもそうだった。ここぞ、と言う所の一歩手前で、どうしても命欲しさに逃げ帰ってしまう。世間では不死身のレイヴンなどと持て囃されているが、結局は逃げるのが得意なだけの臆病者だ。今もこうして、砲撃に怯えながら身を隠している。不死鳥の名を隠れ蓑にした、逃げ足だけの小さな鴉。

「でもな……」

 カロンブライブは喉から絞り出すようにして声を出し、震える手でコントロールスティックを握り締めた。俯いていた顔を上げ、ディスプレイを睨みつける。敵はもうすぐそこまで迫っていた。

「今はあの時とは違う。俺が抜けることで開いた穴を、塞いでくれる奴は誰も居ない」

  カロンブライブはコンソールを操作し、エネルギーの供給率を変化させた。残っている唯一の武装、かのケルビムと同じレーザーブレードCLB-LS-3771に全エネルギーを注ぎ込み、ファイヤーバードはビルの陰から飛び出した。

「だから今だけは逃げられねぇ! たとえここで果てようとも、俺は俺のプライドを貫かせてもらう!」

 ファイヤーバードはブレードを展開したまま白いACに突進する。

 白いACはグレネードを放って攻撃するが、ほとんどの武装を捨てて軽くなったファイヤーバードにはかすりもしない。ファイヤーバードはさらにスピードを上げ、蛇行しつつ接近すると左腕を大きく振りかぶった。全エネルギーをつぎ込まれた紅い刀身が炎のように揺らめいている。

「くらえっ!!

 まるで太陽の如く輝きを増した刀身が、白いACに向かって勢いよく振り下ろされた。重厚なコアが飴の様に融解し、白いACが爆発を起こす。紅蓮の炎の中に浮かび上がったファイヤーバードは、まるで火山から蘇る不死鳥のようだった。

「へっ……どんなモンだ、これが俺の……っ!!

 その直後、ファイヤーバードはバランスを崩して膝をついていた。見ると周囲には、多数のリトルラプターが浮かんでいる。

「っ!!

 カロンブライブは必死にスティックを操作するが、リトルラプターたちの砲撃によって脚部間接は完全に破損していた。たとえ立ち上がったところで、先ほどの攻撃で蓄積エネルギーはほぼ空になっている。ブーストダッシュも出来ない状態では逃げることすらままならないだろう。

「っ……くそ、この……」

 未だ立ち上がれないファイヤーバードに、リトルラプターたちは更なる攻撃を加えようと接近する。しかし、まさに光弾が放たれようとしたその時、リトルラプターたちは何かに弾かれたかのように吹き飛び、ビル壁や地面に衝突して爆発した。

「…………え?」

 高速戦闘に順応したカロンブライブですら、それは突風にしか見えなかったのか。一瞬にしてリトルラプターを一掃した何かは幹線道路を抜け、メインストリートへ続く分かれ道へと入っていった。

「…………っ!」

 我に返ったカロンブライブは急いで機体を起こし、EOを展開した。僅かに回復したなけなしのエネルギーで放たれたレーザーは、しかし残った僅かなリトルラプターを殲滅するには充分だった。周囲から敵反応が消失し、鳴り続けていたアラートがやっとのことで止んでくれる。

「…………ふぅ……」

 カロンブライブは溜息をつくと目を閉じ、アラートが鳴り響くコクピットの中で背もたれに身体を預ける。戦術画面には、撤退を指示するコードが映し出されていた。

 

「あっぶねぇ、今のカロンブだったよな。大丈夫か?」

『レーダーからは消えザいない。おそ……無事だろう。そっちはザッうだ?』

「ん、やっと感覚つかめてきたトコ……よっ、ほ……とと……うわっ」

 コクピットが傾き、セイルは慌てて体勢を立て直す。セイルの乗った新型ACはダウンタウンの街中をメインストリートへ向かって疾走していた。コア後部のOBから膨大な量のプラズマを吐き出し、両背部から後方に伸びた三対六本のスタビライザーが姿勢を制御する。

 その速度は凄まじく、ゆうに800km/hは超えていた。先が見えないほどの長い道をものの数秒で走り抜け、曲がり角で一瞬減速したかと思うと即座に旋回して再加速する。現用のACを超越した機動性を持つその機体は、まもなくメインストリートに到着しようとしていた。

「OK、基本の扱いはもう大丈夫だ。ありがとう、クライシス」

『よし、こっちもジきに追いつく。先に行ってゾ』

 セイルは通信を切ると、目の前に広がる風景を凝視した。ACのカメラと同調したセイルの目は、ACの見た景色をそのまま見ることが出来る。今進んでいる道の向こうに、メインストリートのざわめきとMTの群れが見えてきた。

「うしっ! 第二ラウンド、行きますか」

 セイルがコンソールを操作すると、見えている景色の隅に機体の状況が表示される。両背部と両肩部が赤く点滅し、装備の起動を知らせてきた。さらにセイルは操作を続け、ACの状態を変化させる。

 「両背部TOBテクニカルオーバードブースター起動、ジェネレーター残存エネルギー量確認……残20%、コア後部HOBハイパーオーバードブースター出力調整、両肩部スタビライザー展開……」

 ACの両背部にある装備のカバーが開いてバーニアが露出し、さらに両肩部から伸びていた二枚のプレートがそれぞれ二つに分かれたかと思うと、左右に展開して新たなスタビライザーとなる。

 前方から見てX字を描くように展開された二対四枚の細長いプレートは、さながら蜻蛉の翅のようにも見えた。瞬間、両背部のバーニアから爆風が吹き出し、ACが一気に加速する。崩れる姿勢を計十枚ものスタビライザーが強引に立て直し、ACは飛ぶようにしてメインストリートに進入した。

 セイルは強烈なGに抗いつつ右腕部のリニアライフルを起動すると、前傾姿勢を維持したまま一体のカイノスに狙いを定める。

「そこっ!」

 放たれた高速徹甲弾はカイノスの頭部を撃ち抜き、その向こうに居たランスポーターの脚部間接を貫通し、さらに奥に居たファイヤーベルクの無限軌道を破壊した。一撃で三体のMTを撃破し、ACはメインストリートの中央に着地する。コアの各所にある排熱溝が展開し、高温の蒸気を噴出した。機体が一気に冷却され、辺りに陽炎が立ち込めた。

『……流石だな。三体一気に貫通射撃とは』

 クライシスが感嘆したような声を出す。ここは最終防衛ラインまで数キロほどの地点、敵軍勢の真後ろに出た事になる。今頃前線には多くのレイヴンが集結し、突破されまいと踏み留まっているのだろう。

「前にケイローンが教えてくれたんだよ。このライフルなら出来ると思った。それより……」

 セイルは視点を遠くに移した。前線の方からは、セイルの登場に気づいたのか、MTの群れが反転してきている。その数約二十機弱、ライフルだけで相手をするのは流石に辛い。しかも遠くにはサイレントラインの白いACの姿も見えた。

「また団体さんが来てるけど、どうすればいい? 他に武装は?

『……エクステンションを使え』

「え? これって、高速移動用のスタビライザーなんじゃ……」

 セイルは視線を横に向ける。エクステンションのスタビライザーは既に待機状態に戻り、ACの両肩からマントのように垂れ下がっている。

『あれはHOBとTOBを同時に使用する時のための補助的なものだ。本来の使い道は他にある。展開した状態で敵の群れに突進すればいい。後は自動で攻撃してくれる』

「お、おい、あの速度で敵の群れに突っ込めって言うのか?」

『お前なら出来るだろう。心配なら多少速度を緩めてもいい。どの道MTには規格外のスピードだ』

「……わかった、やってみる」

 セイルはHOBを起動し、MTの群れに突っこんでいく。放たれる砲撃をTOBを駆使したサイドステップでかわし、ACはMTの群れに入り込んだ。セイルは衝突を避けようと必死でACをコントロールする。やがて群れを突き抜けたACは、背部のスタビライザーをエアブレーキにして減速し、脚部を軸に回転して後方に向き直りながら停止した。

「……え?」

 セイルの目に映ったのは、倒れ伏していく何体ものMTだった。丁度ACが通り抜けた道沿いに居た筈のMT達が、ボディを幾重にも切断されて崩れ落ちて行く。ふと視界の隅を見ると、そこには何かの起動を示す表示があった。セイルはそれにつられて視線を横に向ける。

「っ! これは……」

 そこにあったのは、先程とは違う形になったスタビライザーだった。展開された四枚のプレートは中程から先が根元に向かって後退し、元の半分ほどの長さになっている。そしてその先端からは、青く輝くレーザーブレードが発振されていた。

『……高機動戦用の内装レーザーブレードだ。一本一本が高周波ブレードに匹敵する威力を持つ。うまく使え』

「すげぇ……よくこんな物を…………」

 まるで光の翼のような四本のレーザーブレードを、セイルは呆然と眺めていた。先程からこのACには驚かされっぱなしだが、まだこれ程の装備を隠し持っていたのだ。

「さらにスタビライザー本体にも、腕部パーツ並みの強度と膂力がある。通常のブレードとしても使用可能だ。それと……」

 いつの間に来ていたのか、セイルのACの隣にアブソリュートが停止する。その視線の先には、サイレントラインの白いACが佇んでいた。

「左腕の武装を使ってみろ。それがその機体の……」

 白いACが片膝をつき、腕部の巨砲からプラズマを発射する。セイルのACとアブソリュートは左右に分かれて攻撃を回避した。

「……最強の武器だ」

「OK!」

 セイルは白いACの攻撃を高速で回避しつつ、左腕部の武装———不思議な形をしたレーザーブレードらしきもの———を起動する。と、武装の後部にあるカバーが開き、シリンダーのようなパーツがスライドして来たかと思うと、僅かに回転して元の位置に戻った。

「何だこれ? リボルバーみたいだけど……」

「ご名答、リボルバー型の回転式弾倉だ。もっとも、薬室とは別になっているから正確にはリボルバーとは言えないがな」

「弾倉? これ、ブレードじゃないのか?」

「れっきとしたブレードだ。ただし…………いや、それ以前にセイル……」

 クライシスは一瞬言葉を切る。アブソリュートは白いACの放ったミサイルを円運動でかわし、空中に跳び上がった。

「別に俺に聞かなくとも、それが何なのか、どうなっているのか、どう扱うのかすらも……」

 アブソリュートはそのまま白いACに向かって落下すると、その頭部を思い切り踏みつけた。白いACの頭部パーツがひしゃげ、重厚な脚部がたたらを踏む。アブソリュートはそのまま白いACを踏み台に、再び高く跳んだ。

「……もう分かっているんじゃないのか?」

「…………っ」

 背を向けたまま頭部パーツだけで見返してくるアブソリュートに対し、セイルは口元をゆがめることで答えた。セイルは自分のACを白いACの真正面に立たせるとHOBを起動する。コア後部の大型ブースターが、静かにプラズマのチャージを開始した。

(ああ、分かる……この武装の意味も、用途も、こいつの全てが俺には分かる)

 セイルのACは左腕を腰だめに構えると、足を折り曲げて前傾姿勢をとる。眼前にはサイレントラインの白いAC、アブソリュートの攻撃でコンピューターにダメージが入ったのか、動きは何処となくぎこちない。

(このACのセンサーのせいで俺の洞察力が上がっているのか、この戦場が俺を高揚させているのか、そんなことは知ったこっちゃない。俺は……)

 セイルは白いACを見据え、コントロールスティックを強く握り締める。そして脚部パーツが地を蹴るのと同時に、タメていたHOBを一気に開放した。

(俺が出来ることをやるだけだ!

 プラズマの本流を噴き出し、セイルのACが跳んだ。一息で亜音速に達したACは純白の風となり、未だよろめいている白いACに突進していく。そして衝突の瞬間、セイルのACは左腕を一気に突き出した。

 左腕武装の後部、ACの肘辺りで爆発が起こり、衝撃で円筒形のパーツが押し出される。本体から飛び出たパーツは高密度のエネルギーを纏い、圧倒的な速度と質量を持って白いACのコアに突き刺さった。

 重厚なはずの装甲が一瞬にして突き破られ、行き場を失った膨大な量のエネルギーがコアを貫通して後方へ抜けていく。白いACのボディから力が抜け、セイルのACが突き刺さった左腕部を引き抜くのと同時に、

 白いACはアスファルトの地面に倒れ伏した。円筒形のパーツは元の位置へと戻り、後部のシリンダーが再びスライド、回転して次弾が装填される。同時にキン、と硬い音をたてて、一本の空薬莢が地に落ちた。

「……っ!…………すごい、これが…………」

「クレスト社が開発した射突型ブレード……超高硬度高エネルギー突貫杭、コードネーム『アストライア』。しかし、数値上のスペックとは比べ物にならない威力だな。やはり……」

「アスト……ライア……」

 セイルはACの左腕部を持ち上げ、取り付けられた射突型ブレード———アストライアをしげしげと眺めた。さっきの破壊が嘘だったかのように、アストライアは鋼色の刀身を輝かせている。

「すげぇ、やっぱりこいつは最高のACだ」

 セイルは顔を上げると、メインストリートの先を見る。さっき撃ち漏らした敵はクライシスが片付けてくれたようだが、中心部近くには未だ無数のMTがひしめいていた。

「よし、このまま一気に中心部まで……」

 セイルは嬉々としてコンソールを操作する。エクステンションのスタビライザーが展開し、レーザーブレードが発振される。セイルはブースターを吹かすと、MTの群れに飛び込んでいった。

 ACはHOB無しでも400km/hを超える高速でMTの群れを突き抜けていく。すれ違ったMTたちは悉くボディを切り裂かれ、ブレードを恐れて空中から近づいた機体はリニアライフルに撃ち抜かれた。

「そおれっ!

 セイルは敵が密集している辺りでACを停止させ、片足を軸にして機体を回転させる。X字に広がった四本のブレードが、周囲のMTを一気に切り伏せた。

「……そういえばクライシス、この機体、名前何て言うんだ?」

『名……あいにく開発コードしか無い。自分で考ザろ』

「わかった……名前ね、戦闘終わったら考えるかなっと」

 無数のガードメカを三、四体ずつ一気に撃ち抜き、セイルはさらに前進していく。戦闘が始まった頃の恐れはとっくに無くなっていた。臆病な獲物を追いかける熟練したハンターの気分、間違っても負けることのないRPGの低レベルダンジョン。セイルは無数の敵を蹴散らしていく事に、異様な程の高揚を感じていた。しかし、

「っ!」

 突然の衝撃を受け、セイルのACが転倒した。移動していた慣性のままに地面を滑り、装甲が削れてひしゃげていく。横向きになったセイルの視界には、マシンガンの銃口を向けている離反レイヴンのACが映っていた。

「ヤロウ……」

 セイルはギリ、と歯を噛み締め、ACを立ち上がらせる。被弾した右肩部分は、マシンガンのものとは思えないほどの大きな弾痕が穿たれていた。

『無事か? セイル、その機……装甲は……』

 セイルはノイズだらけの耳障りな通信を切り、敵のACを睨みつける。

「装甲は元々厚くないうえに、高速移動中は相対速度の問題でダメージが大きくなるんだろ……」

 セイルは吐き捨てるように言い、ACにアストライアを構えさせる。敵のACは両背部のミサイルポッドを展開するが、それが発射されるより速く、アストライアの刀身にコアを貫かれていた。

「…………ふん」

 セイルはつまらなさそうに残骸となったACを打ち捨てる。地面に横たわったACは爆発すらすることなく、穿たれた穴からオイルを噴き出していた。

「ケッ、雑魚が傷を付けやがって。こんな所で立ち止まってる訳に…………っ!!

 何故そうしたのか、セイルは自分でも分からなかった。ふと後ろを振り返ったセイルの目には、今まで通ってきた風景が広がっていた。

「あ……あ、あ…………」

 セイルの身体はカタカタと震えだした。今まで通ってきたメインストリート、そこにあったのは、無数のMTの残骸と瓦礫、そしてセイルのACの高速移動によって抉られた道のような溝だった。

「う……な、んで……俺……お、れは…………」

 セイルは震えが止まらなくなっていた。今まで何度も見てきた筈の、レイヴンにとって日常とも言える光景。それがなぜか、この世の地獄のように見えてきたのだ。

「……う……くっ、つ……あ……」

 周りに存在する全ての物が、一斉に自分を糾弾しているような気がする。『何をしたか分かっているのか』『よく平気で居られるな』『お前こそ本当の———』

「え、ぐぅっ……う……ああっ…………」

 通ってきた道沿いにある残骸、まるで人の死体のように見える。足元に転がっている先程のAC、吹き出ている液体は本当にただのオイルなのか。

「う、ううっ……ぐ、ぶううっ!」

 喉元までこみ上げてきたものを寸前で食い止め、セイルはヘルメットを脱いだ。頭は水をかぶったように汗だくになっている。この液体も本当に全てが汗だろうか。

「……あ、ううっ………あ……ああっ……く………………う?」

 ぼやける視界、混乱する思考、絶え間ない怨嵯と断罪の声の中、不意にセイルは腰の辺りに妙な感触を覚えた。

 何か硬くて小さい物が、腰を曲げたセイルの下腹部を圧迫している。そして、ノイズだらけの思考がおぼろげながらにソレが何なのか理解した時、セイルは有り得ないものを見た。

 周囲全てから寄せられる負の感情と、その中心で膝をついている自分、そして自分のすぐ目の前で、一心に立ち尽くしているカラードネイルの姿を。

「…………」

 存在しているだけで身を削られるような暗い世界の中で、彼女はただただ立ち尽くしていた。まるで己の罪を受け入れるように。裁きを甘んじて受けるように。

「…………」

 背中を向けていたカラードネイルがセイルのほうに振り向く。自嘲気味に微笑んだ彼女は、身をかがめてセイルに手を差し伸べた。セイルがその手を取ると、ゆっくりと引き上げて立たせてくれる。

「…………っ」

 立ち上がったセイルは、カラードネイルの手を強く握り返す。カラードネイルは微笑んだまま、セイルの目を見つめて力強く頷いた。

 

………………………………瞬間、セイルはACのコクピットに戻っていた。

 

「…………」

 セイルは前かがみになっていた姿勢を正し、ヘルメットをかぶり直す。再び視界がACと同調し、自分が作り出した惨状が映し出された。再び視界が霞み始めるが、先程のように酷くはならない。見ると、セイルはポケットの中の物———出撃前に拾ったカラードネイルの付け爪をしっかりと握り締めていた。

「そうだ。俺の目的のために、たくさんの人が犠牲になった。だが許してくれとは言わないし、謝ろうとも思わない。俺はあんたらを殺した事を、これっぽっちも悔いてない!

 その言葉は誰に対してのものだったのか、セイルは自分でもはっきりしないまま、ただただ声を張り上げた。

「その代わり俺は絶対に目的を成就させる。殺した分の代償は、俺が一生をかけてでも払ってやる。約束だ。俺はこの屍の道を、必ず未来へ繋げてみせるっ!

 セイルはもう一度目の前の地獄を見据えた後、ACを中心部の方へと向き直らせる。道の向こうにはもう何機目になるのか、サイレントラインの白いACが佇んでいた。

 セイルのACよりも幾分かくすんだ色のその機体へ、セイルはACをダッシュさせる。白いACはプラズマキャノンを連射してくるが、既にクリアになったセイルの視界の中、プラズマ弾は止まっているようにしか見えなかった。

「……例えそれが悪であろうと、信じた道は決して違えない」

 セイルのACはスタビライザーを巧みに操って機体を傾け、プラズマの嵐を易々とかわしていく。続けざまに放たれたミサイルを機体が纏った乱気流で弾き飛ばし、狙い済ましてリニアライフルを放った。

「それが俺の信念ジャスティスだ!」

 白いACのミサイルポッドが爆発し、爆風が姿勢を崩れさせる。セイルはHOBを起動し、ACを更に加速させた。

「この機体は俺の理想の具現、俺の思いを叶える手段……」

 一気にスピードを上げ、白いACとの距離を詰めるセイルのAC。そして再び構えられた白いACの巨砲に向けて、渾身のアストライアが叩き込まれた。

「貫き進む信念の主…………ジャスティスロード!

閃光、そして爆発。崩れ落ちる白いACを横目に、セイルが手にした新たなAC———背負った罪を希望へと変え、屍の道を明日へと繋ぎ、穢れを払う純白の剣、ジャスティスロードは立ち上がった。

 

 

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