このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

     閉幕、そして出立〜ダ・カーポ〜

 

 

 砲声や爆音がやけに遠く聞こえる。実際には戦線はすぐそこにまで迫っているのだが、ひっきりなしにその音を聞き続けた耳が麻痺してきたのか、それともそれ以上の喧騒の中に居るからなのか、この場所において戦場の音は微かなBGMくらいでしかなかった。

「敵戦力さらに低下。現在両軍の戦力比、約6.23.8

「ダウンタウンストリートへの防衛部隊到着を確認。No.11『ファイヤーバード』撤退完了!」

No.09、再出撃しますです。準備いいですか?」

(∩゜д゜)

『こちらNo.09『ラファール』、エクレール出る!

No.15『サンダーストーム』の後退を確認。おいおい、横丁の連中大丈夫か?」

『頼……急い、グッ……ザああああぁぁっ!!

「だ〜っ、クソッ!休憩入りま〜す!」

「最終防衛ラインにさらなる増援!各機急行してください!

 コーテックス本社ビル地下の緊急時指揮所———そこは戦闘開始直後から多くのオペレーターたちが入れ替わり立ち代わり、各地のレイヴンやMT部隊に指示を出していた。そのさまは地上の様子となんら変わりない、電波と音声の飛び交う戦場だった。

「サウスストリートへの防衛部隊到着を確認。No.17及びNo.22、撤退を許可します…………ふぅ……」

 レナ・エリアスは溜息をつくとヘッドギアを外し、椅子の背もたれに身を預けた。昼ごろの開戦からこっち、ろくに休みも取らずに動きまわっていたのだ。ボロボロになったスーツは脱ぎ捨て、パンプスは来客用のスリッパに代わっている。ショートポニーに纏めていた髪も、下ろされてセミロングになっていた。

「お疲れ、大丈夫?」

 レナが椅子を動かして後ろを振り返ると、ロングヘアの女性が紙コップを差し出していた。

「ああチーフ、ども……」

 差し出されたコーヒーを受け取って口に運び、再び大きな溜息をつく。喋り続けてカラカラになった喉に甘めのコーヒーは心地よかった。

「全体の戦況、どうなんですか?」

「お互いに後一歩って所ね。こっちの優位はまだ動いてないけど、油断は出来ないわ」

「さいですか。まぁ、このまま何事も……」

「ちょ、レ〜ナ〜!」

 不意に名前を呼ばれ、レナは身体を起こす。三つほど隣の端末から眼鏡の青年が手を振っていた。

「どしたの?サブちゃん」

「ちょっとこれ見て、どうなってんの?」

 レナはチーフに目礼すると、青年のところに駆け寄った。彼女は端末の脇に立って画面を指差している。端末の画面は真っ黒で、何も写っていなかった。端末に向かっている少女は、酷く不安そうな顔をしている。

「あ、あの、きゅ、急になにも写らなくなっちゃってそれで……」

「はいはい、大丈夫だからちょっと退いて」

 レナは少女を落ち着かせると端末に向かい、コンソールを弾いてみる。しかし一向に変化は無く、画面は黒いままだった。

「あ〜……過負荷か熱暴走だねこれ。昼から動きっぱなしだしなぁ……」

「何とかしてくれよ。監視モニター一部写んなくなってんだから」

 レナが室内のメインスクリーンに目を向けると、隅の方にある画面が一部青くなっていた。おそらくこの端末がモニターの操作をしていたのだろう。

「ん〜、真面目にリカバリしてる暇は無いか……えっと、これ型番は…………よし、サブちゃん、ハンカチ」

「ほい」

 レナは青年からハンカチを受け取ると右手に巻きつけ、手振りで二人に下がるように言った。そして硬く握った右手を大きく振り上げ、

「必殺愛の鞭弐式! 物理フォーマット!

 端末を思いっきり殴りつけた。とたんに端末は目が覚めたかのように再起動し、情報整理を始める。

「うっしゃぁ、OK!」

「うわ〜、久々のレナパン。じゃ、後お願いね」

「は、はい」

 少女はいそいそと端末を操作し始める。メインスクリーン脇のブルー画面が瞬く間に戦場の様子を映し出していった。

「うぉし、復旧!」

「三カメこっちに回して〜」

「ログの確認お願いしますです」

「一〜二十番、録画再開」

「ん〜…………っておいおいおいおい!ヤバイんじゃないのかコレ!!

 オペレータの一人が素っ頓狂な声を上げ、猛スピードで端末を弾く。メインスクリーンに戦場の様子が映し出された。

「なっ!」

「うそ、こんな……」

( ゜д゜ )

「チッ……」

 オペレーターたちが息を飲み、指揮所が静まり返る。そして一瞬の後、オペレーターたちは口々にヘッドギアのマイクに向かって叫んでいた。

「メインストリートに大型機動兵器が出現!付近のレイヴンは直ちに迎撃に向かって下さい!

 

………………同時刻、メインストリート、最終防衛ライン

『メインストリートに大型機動兵器が出現!付近のレイヴンは直ちに迎撃に向かって下さい!

「気付くの遅ぇっての、とっとと増援送りやがれ!」

「うるせぇ!お前もぼやいてる暇が有ったら攻撃しろい」

「っ!んの野郎……!」

 ハヤテは悪態をつきながらアメノカザナギを走らせ、ケイローンはサジタリウス改にリニアキャノンを構えさせる。二機の視線の先には、メインストリート上空をシティ中心部へ向かって飛行する巨大な影があった。

 かつてSL事件の頃にミラージュ社が保有していた無人兵器の一つ、単独での制空権獲得を目的とした大型飛行兵器である。高高度を飛行している上に機体左右を守る大型装甲板のせいで、メインストリートに集結していた名うてのレイヴン達でも未だ進行を止められないでいた。

「くそ、もっかい行く!」

「分かった。おめぇらも頼むぞ」

「おっしゃ!」

「了解」

「任しといて!」

 アメノカザナギがOBを展開して空中に飛び上がり、同時にサジタリウスがリニアキャノンを放つ。さらにケイローンの呼びかけに答えた幾人かのレイヴン達が、アメノカザナギを援護すべく一斉に射撃を開始した。幾多の弾幕に後押しされるように上昇するアメノカザナギ。しかしそのブレードが届くよりも早く、敵兵器のマシンガンがコアを捕らえていた。

「くっ!」

 コクピットを襲った小刻みな、しかし連続的な衝撃にハヤテは慌ててアメノカザナギを離脱させる。その足元を大量のミサイルが掠めて行った。

「くっそ、また失敗か……」

 崩れた姿勢を整えながら着地するアメノカザナギ。連戦を続けている今の機体には、ただのマシンガンですら大ダメージになり得る。

 ましてや被弾の隙を狙って放たれるミサイルを喰らいでもしたら、装甲の薄いアメノカザナギなど一溜まりも無いだろう。さらに追い討ちをかけるように放たれた三発のグレネード弾が地上のレイヴンたちを竦ませ、射撃が中断される。

「敵さんも馬鹿じゃ無いって事だな。ちゃんと状況を理解してコマを動かしてやがる」

 ケイローンが苦々しく呟く。飛行兵器の弱点である左右を重厚な装甲で守り、前方には桁外れの火力を装備しているという厄介な兵器を、しかも連戦で消耗した頃を狙って投入されては対処のしようが無かった。

「くそ、何とか死角から回り込めれば……」

 ハヤテも苛立たしそうにそう言う。実際、何とかして懐にもぐりこみ、アメノカザナギが装備しているような高威力のレーザーブレードをぶつければ、あの機体にも大きなダメージを与えられるだろう。

 しかし、大きさ故に緩慢に見えがちな動きだが速度そのものは速く、後方からの奇襲は難しい。しかも機体上部の垂直発射ミサイルは機体の全方向をカバーしているせいで、どの道接近は容易ではなかった。

「横もダメ、後ろもダメ。だったら……」

 ハヤテは再びOBを展開する。腰だめにブレードを構え、敵兵器が頭上に差し掛かったのを見計らって、

「真下だぁっ!!

 OBを爆発させた。敵兵器の唯一の死角、装甲も火器も無い機体下部を狙って、アメノカザナギはロケットのように上昇する。しかし、敵兵器は突然機体下部のハッチを開いたかと思うと、大量の爆雷を投下した。

「なっ!」

 驚愕にハヤテの目が見開かれる。事前にSL事件当時にあの兵器と交戦したレイヴンに聞いた話ではそんな装備は無かったはずだ。慌ててOBを停止するが、地面との摩擦による制動が出来ない空中では速度はすぐには低下しない。アメノカザナギに爆雷の雨が迫る。しかし、

「っ!」

 突然白い何かが頭上を通過したかと思うと、爆雷が四方八方に弾き飛ばされた。その一瞬の隙を突き、再度起動したOBでアメノカザナギは地上へと降下する。

「ハヤテ!」

「大丈夫だ。それより今の……」

「ああ……」

 ケイローンはサジタリウス改を回頭させ、シティ中心部の方を見やる。突然の出来事に一瞬静まり返った戦場に、爆雷を弾き飛ばした何か———純白のボディを持つ新型ACが降り立った。

「遅いぞセイル!」

「悪い悪い、ちょっと人生の軌道修正をな」

 純白のAC、ジャスティスロードを回頭させ、二機を視界に納めるセイル。ヘルメットに隠れたその表情からは、今まで以上に確かな意志の強さが見て取れた。

「とりあえず、アレを墜とせば良いな。武装は?」

「バーストグレネードランチャー一門、垂直ミサイルポッド十二機、近接防御火器複数、ついでに爆雷投下装置ってトコだな。その機体はどうなんだ?いけるか?」

「余裕!」

 セイルは一瞬の思考も無く即答し、敵兵器に向かってジャスティスロードをダッシュさせた。敵兵器はマシンガンで攻撃してくるが、セイルは即座に弾道を見切って回避する。

 続けざまに放たれた爆雷の雨すらも素通りし、ジャスティスロードは敵兵器の後方へと回り込んだ。背部のスタビライザーを展開し、HOBを起動する。

 一瞬で亜音速に達したジャスティスロードに対し、敵兵器は見越していたかのように大量のミサイルを放ってきた。しかし、

「よっ、と」

 左右のTOBを上下逆方向に吹かし、ジャスティスロードが機体をロールさせる。するとミサイルの群れはジャスティスロードをよけるように動き、後方へと抜けて行った。

「お、おい、今のどうなったんだ?」

「チャフを撒いたようには見えなかったが……まさか、高速移動中のローリングで起こした乱気流でミサイルを弾いたのか?」

「じゃ、さっきの爆雷も……マジかよ、信管が反応しないほどの速度を出してるってのか?」

 二人の驚愕の声をよそにジャスティスロードは肩部のスタビライザーを追加展開し、さらに加速する。そして高速で移動しているはずの敵兵器に苦も無く追いつき、そのブースターに左腕部の射突ブレード『アストライア』を叩き込んだ。メインストリートの上空に巨大な爆炎の花が咲き、閃光と轟音が戦場を支配する。

「やりぃ!

「なんて奴だ。あれほどの機体を一撃で……」

 ケイローンが感嘆の声を上げる。と、爆炎の中からジャスティスロードが飛び出し、スタビライザーで速度を調整しながら着地した。さらに一瞬遅れてボロボロになった敵兵器が現れ、きりもみ回転しながら地表へと落下する。

「ふぅ……相対速度小さかったから不安だったけど、何とかなったな」

 セイルはジャスティスロードの左腕にマウントされた射突ブレード『アストライア』を見やる。出撃からものの数分でいくつもの装甲を貫いてきた筈の刀身は傷一つ無く、未だその存在感を保っていた。

「よろしく頼む。お前は、俺と一緒にいろんな物を貫いていく事になるんだからな」

 数多の敵を、立ち塞がる壁を、そして自分自身の信念を。貫く為に生まれた剣と、それをうち振るう純白の騎士。

 セイルは、これからの道を共に歩むことになる己の分身に、改めて挨拶した。そしてそれに答えるかのように、アストライア後部のカバーが開いてシリンダーが露出し、排莢、装填が行われる。空薬莢が落ちる音とシリンダーから噴き出した蒸気に、刀身がキラリと輝いた。

『メインズトリートの制圧を確認、ザ……方面の敵部隊も撤退を始めまジた』

 数時間にも及んだ未曾有の大混戦。その終焉を告げる通信に、張り詰めていた空気が一気に弛緩した。ハヤテが歓声を上げ、ケイローンが溜息をつく。敵兵器の残骸はギシギシと唸り、他のレイヴン達も健闘を湛え合っている。やがて周囲のMT部隊も撤退を———

「——————!?

その違和感に気付いた瞬間、セイルはTOBを吹かしていた。跳ね上がるようにして宙に浮いたジャスティスロードのすぐ下を、三発のグレネード弾が突き抜けていく。

「セイル!

「大丈夫だ、それより……」

 セイルは即座にジャスティスロードの姿勢を建て直し、敵兵器の残骸を注視する。炎と黒煙の中で、その機体は未だ動いていた。ボディを軋ませながら、しかし滑らかに上部の砲塔を動かし、ジャスティスロードを狙っている。

「こいつ、まだ……っ!

 再び放たれたグレネード弾の三連射を、ジャスティスロードは横跳びにかわす。しかし無理な体勢で跳び出したボディを敵兵器のマシンガンが捕らえていた。

「セイル!くっそ、あのヤロ……!

 アメノカザナギが敵兵器へと接近するが、ブレードの間合いに入る前にミサイルとマシンガンの雨に阻まれて後退する。ジャスティスロードはなんとかマシンガンの追跡を振り切るが、再びグレネードの砲身がこちらを追尾していた。

「くそ、このままじゃまたさっきの繰り返しに……」

 セイルは歯を噛み締める。TOBは高出力な分、大量のエネルギーを消費してしまう。たとえこの砲撃をかわしても、次、そのまた次の砲撃が来た時にエネルギーが残っている保証はない。セイルが生き残るには何とかして砲撃を掻い潜り、次弾が放たれる前に敵兵器を破壊、最低でも攻撃手段を奪わなくてはならない。

「なんとかあの砲塔にマズルブレイクを決められれば……でも」

『砲撃と同時に正面から突っ込んで!』

「っ!!

 再びグレネード弾が、続いてミサイルが放たれた。しかしセイルは、不意に聞こえた通信を信じてHOBを起動する。グレネードは一直線にジャスティスロードに、そしてミサイルは上空で反転し——————敵兵器の後方から現れた緑色のACへと向かっていった。

「カラードネイル!? あんた!」

 セイルが驚きの声を上げる。カラードネイルの『グラッジ』は敵兵器の後部上方に位置取ると、EOを展開して迫っていたミサイルを全発迎撃した。

 続いて放ったバズーカが3発のグレネードのうち先頭の一発を爆発させる。爆発したグレネード弾は大量の榴弾を撒き散らし、後続の二発を続けて爆発させた。そして展開された榴弾の雨をローリングで弾き飛ばし、ジャスティスロードは敵兵器に肉薄する。

「っ!!」

 無防備になった敵兵器の砲塔にアストライアが突き刺さった。即座に後方へ離脱するジャスティスロードを照らし上げるかのように、敵兵器は大爆発を起こして四散する。

「やった……か……」

 セイルは荒くなった息を整えると、ジャスティスロードを着地させる。近くに居たサジタリウス改からはケイローンの怒声が聞こえてきた。

「おい、何で気付かなかった!

『す、すみません。敵が炎の中に居たせいで熱源感知が利かなくて……』

「頼むぜ。こっちはオペレーター信じて動いてんだ。いいか、そういう時は……」

「ケイローン、その辺にしといてやれ。俺は無事だよ」

 セイルはケイローンを宥めると、サジタリウス改に背を向ける。そこには敵兵器の残骸を背に、グラッジが佇んでいた。

「…………」

「…………」

 二人はどちらからとも無くハッチを開き、その上に立ってヘルメットを取る。それは数ヶ月前、アリーナでの光景の焼き直し。しかし、全く違った意味を持つ対面だった。

「ありがとう。おかげで助かった」

 セイルはスピーカーを通してカラードネイルに話しかける。遠目でよく分からないが、カラードネイルの左腕は肘から先が無く、包帯が何重にも巻きつけられていた。

「気にしないでいいわ。君はわたしを助けてくれた、だから今度はわたしが君を助ける。人が人を助けたいと思うのは、そんなに異常な事?」

「…………ふふっ」

「テロリストを、追っているんですってね?」

「…………ああ」

 セイルを見つめたまま尋ねるカラードネイルと、頷きつつ答えるセイル。二人は今までのわだかまりを消し去るように、今までの邂逅を塗り替えていく。

「テロリストを支援して、裏で操っている組織がある。俺はそいつらを潰したい。俺みたいな思いをする人を少しでも減らす為に。あの日のあんたみたいになる為に」

「…………」

 復讐鬼でしかなかった自分に、一片の光を見出してくれた言葉。カラードネイルは、今まで避け続けていたその言葉を正面から受け止めて言った。

「ならわたしにも、それを手伝わせてほしい。わたしを解放してくれた君への、せめてもの代償に」

「………………」

「………………」

 二人は暫くの間見つめ合っていた。その時間は果たして、了承への熟考だったのか、拒絶への戸惑いだったのか。それとも、答えなど初めから決まっていたのか。

「わかった。あんたが味方になってくれるなら心強い。ただし…………条件がある」

 セイルは半ば睨みつけるような視線でカラードネイルに言い放った。対して彼女は、まるでなんの不安も無いかのように微笑んで聞き返す。

「…………それは?」

 再び流れる静寂。いつの間にか周りから友軍ACの姿が消え、コーテックスの防衛部隊が向かってきていた。作業や整列の慌しさの中で、しかし継続していた静寂を、セイルの返答が打ち破る。

「名前を、教えてほしい。復讐鬼になろうと思う程大切だった親から、初めにもらった本当の名前を……ほら、いつまでも『あんた』じゃ、よそよそしいだろ?」

「………………ふっ」

 カラードネイルは拍子抜けしたような貌をしていたが、すぐに自嘲するように俯いた。そして再びセイルの瞳をしっかりと見つめ、まるで淡い光のように柔らかに微笑みながら、

「アメリア…………アメリア・エルシオン」

 己の本当の名前、本当の姿を解き放った。

 

 

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