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   Addition〜同じ理由と違う結果〜

 

 

「じゃあ、いくからな」

「お、おう」

 薄暗い部屋の中、ケイローンはセイルの体をしっかりと掴んで固定する。そしてテーブルの上に置かれた袋から小さな器具を取り出し、カバーを取り去った。それを見たセイルは僅かに動揺する。

「ちょ、そんなに太いのか……」

「大丈夫だ。それほど痛かねぇ。それに、最初に大き目のを入れといた方が後で楽なんだよ」

「そ、そうか……よし」

 セイルは僅かに緊張しながらもケイローンに身を任せる。しかしケイローンがセイルに器具を当てがったとたん、セイルは体をビクリと震わせてしまった。

「馬鹿、じっとしてろって言ったろ」

「いや、でも…………分かった。何とかする」

「…………」

 セイルは口元をきつく結び、再び身体を硬直させる。ケイローンは出来る限りセイルを怖がらせないようにゆっくりと器具を当てがった。セイルはまだ僅かに震えていたが、ケイローンは構わずにゆっくりとソレを押し込んでいく。しかし、先端が僅かに食い込んだ所でセイルは声をあげて身体を飛び退かせてしまった。

「や、やっぱりいい。止めとく」

「ここまで来て何言ってやがる。お前がしたいって言ったんだぞ?」

「で、でもやっぱり怖いんだよ。それに、先っぽだけであれだけ痛いなんて……」

 セイルは部屋の隅に逃げ、ソコを手で覆い隠す。既にレイヴンとして中堅以上の実力を身に付けているというのに、この程度の痛みを怖がる物なのかとケイローンは溜息をつく。

「ゴメン……俺、帰るよ。また…………っ!」

 そうして扉に向かおうとしたセイルを、ケイローンは背中から押し倒していた。捕縛術の応用で両腕を極め、セイルの身体を押さえ込む。

「お、おい! 止めろ! ケイ……」

「じっとしてろ……すぐに済む……」

「や、止めろ。ケイ……止、め…………」

 セイルは必死に抵抗するが、ケイローンの腕を振りほどくことは出来ない。ケイローンはセイルのソコに強引に器具を近づけ………………

「…………何やってんの?」

 セイルが顔を上げると、部屋の入り口に呆れ顔のスキウレが立っていた。スキウレは床に転がっている二人を訝しげに見つめている。

「あんたら何ホモくさい事してんのよ」

「いや、こいつがピアス付けたいって言うから開けてやろうとしてんだけど、ビビッて逃げちまうんだよ」

 ケイローンはセイルを開放して立ち上がる。手にはピアシング用のニードルを持っていた。

「なになに?ケイ×セイ?私はセイ×ケイのほうが良いんだけど……」

 と、スキウレの後ろからひょっこりとレナが現れる。まるで獲物を見つけた肉食動物のように目をキラキラさせていた。

「勝手にカップリング組むな! 何で俺が攻めなんだよ!」

 セイルも押さえられていた腕をさすりながら立ち上がる。

「本当に痛いんだぞあれ、俺やっぱり病院でやってもら…………」

「スキあり」

「ぎゃああああああ!!

 こっそり背後から近づいたケイローンがセイルの左耳をニードルで貫いた。セイルは耳を押さえて飛び上がり、殺虫剤を吹かれたハエのようにのた打ち回る。

「痛! 痛痛! ちょ、血が出てる血が!」

「穴開けたんだから血ぃ出んのは当たり前だろうが。ほら、傷固めてやるからじっとしてろ」

「うう……もうお前にはケツ任さないからな……」

 ケイローンは袋から出したスプレーの缶を振ると、涙目になっているセイルの耳に吹き付けた。

「よし、ピアスよこせ」

 セイルは無言でポケットから何かを取り出し、ケイローンに手渡した。ケイローンはピアスをセイルの耳に取り付け、もう一度スプレーを吹き付ける。

「よし、終わりだ。暫くは外すなよ。それと、適当に消毒しとけ」

「ん……ありがど……」

 セイルは涙を堪えながら礼を言い、ケイローンから離れる。セイルの左耳には小さなイヤーロブが付けられており、銀色の彫金細工がぶら下がっていた。

「へぇ、なかなか良いじゃない。その銀細工は剣?」

「いや、逆十字だよ。『己自身を信ずる』って意味で」

 セイルは横目で自分の耳に付けられたピアスを見た。まだ違和感があるのか、しきりに首を動かしている。

「ふぅん…………そういえばこの部屋、まだ電気つかないの?」

 スキウレは部屋の中に入りながら言った。ライトのスイッチを操作してみるが、つく様子は無い。

「ああ、ここも本社ビル並みに標的にされてたみてぇだしな。ガレージも散々らしいぞ」

 ケイローンが帰り支度をしながらそう言った。先日のコーテックス本社ビル襲撃事件で、少し離れた位置にあるこの場所もテロリスト達の標的にされたのだ。本社戦力の精鋭が配備されていたおかげでそれほど大きな被害にはならなかったようだが、電力施設の故障により、一部電気の使えない区画が出来ていた。

「大方の電力は主要施設やアリーナに回してるから……ああ、ガレージももうすぐ使えるようになるみたい」

 レナがケイローンと入れ違いに部屋の中に入り、ソファに腰掛けながら言った。さらにもう一つ、数ヶ月前のアリーナ襲撃事件の折に入り口が塞がれて出入りが出来なくなったガレージだが、テロリスト達は機体が閉じ込められたレイヴン達とひそかに接触し、何人かを自分達の組織に抱きこんでいたのだ。そして先日の蜂起の折に、ひそかに建造していた地下トンネルからガレージに侵入し、機体を奪取したのだという。

「復旧作業の障害になってた不発弾も全部ダミーだったらしいし、レイヴンを抱きこむなんて大胆よね。おかげで私達(オペレーター)随分暇になっちゃって……あ、そう言えばスキュっちって、セイルは攻めと受けどっちだと思う?」

 未だにその話を引きずっていたのか、嬉々としてスキウレに話しかけるレナ。セイルは話の内容をあまり聴かないようにしながらピアスを弄くっていたが、スキウレが言った一言を聞いて顔を上げた。

「いやいや、至高はクラ×セイでしょう」

「あ、そういやもうこんな時間か……」

 セイルは壁の時計を確認すると、鞄を手にとって立ち上がった。

「あれ、セイルもう帰るの? てかむしろ何しに来てたの?」

「ああ、クライシスと待ち合わせ。ここに来たのも、そのついでにピアス付けてもらう為だったし、じゃ……あと、俺は受けでもないからなっ!」

 セイルは二人に手を振ると控え室を出て行く。クライシスとの待ち合わせは二時。時計は一時半を差していた。待ち合わせ場所は閉じた町なので、ここからは少し時間がかかる。

(てか、BLの話聞いて思い出すのも何かなぁ……)

 部屋に残った二人が妙なことに妄想を膨らませていないことを願いつつ、セイルはコーテックスのガレージ施設を後にした。

 

「右腕部武装……高弾速リニアライフルCWGZLRF60…………左腕部武装……射突ブレードCLBZPBASTRAIA…………背部武装……追加ブースターCWBZTOB7112…………ジェネレーター……サーミック・サーキュレイト・システム搭載トリチウムリアクター……」

「……声を出さずに読めないのか?」

「いや、せっかくの新しい機体なんだし、一応さ……」

「………………」

 セイルとクライシスは閉じた町のメインストリートに居た。コーテックス本社ビル襲撃以来、閉じた町も色々な理由で賑わっている。そんな中、セイルはクライシスからもらったジャスティスロードの資料を見ながら歩いていた。重要度の順に赤黄青のファイルに収められている。

「大体、その資料の機密性を保つ為にわざわざここで渡したんだぞ。電子じゃなく紙媒体にしたのもその為だし、持ち帰ったら厳重に保管しておけよ。それと、もしもの時は焼却処分を……」

「何かゲームの取説みたいだな。俺ああいうのすぐ無くしちゃうんだけど……」

「………………」

 クライシスは額に手を当てて頭痛に堪えている。セイルは気にせず資料を読み進めていたが、帰ってから読めと言われて仕方なく鞄の中にしまった。

「頼むからもっと事の重要性を理解してくれ。今回の事がもし企業の上層部に知られたらどうなる?その機体……ジャスティスロードのオーバースペックも、俺がクレストと内通していた事も、それからスキウレの事も全て露見する。そうなったら全員ただじゃ済まないぞ」

「分かったよ。気をつける。それにしても、スキウレのことは未だに信じられないな。彼女があのクレストの社長令嬢だったなんて……」

 そう。スキウレがクレストの兵器工場を独力で動かせたのは、単に彼女がそれだけの権力を保有している人物だったからなのだ。スキウレ、本名シルヴィーヌ・ステファン・クレストは、現クレスト・インダストリアル代表、アルビレオ・ヨハン・クレストの実子だったのである。

(俺がスキウレに感じていた高貴さは、そのまんま彼女の生まれから来た物だったんだよな……それと、この前の大停電。クレストはあの事でかなり叩かれてたけど…………)

 コーテックス本社ビル襲撃事件が終わった後、スキウレは自分について出来る限りの事を話してくれたが、それでも多くの疑問が残っている。そもそも何故彼女はレイヴンになったのか。一度考え始めると、思考が止まる事は無かった。と、その時、

(……あれ?)

 セイルは不意に違和感を覚えた。クライシスが一瞬、歩調を乱したように見えたのだ。どうしたのかとクライシスの顔を見ると、さっきまでとは表情が一変していた。眼鏡の奥の目は睨むような目つきになり、瞳孔が少し小さくなっている。口元も引き結ばれ、呼吸も僅かに荒くなっていた。

「クライシス?どうかしたのか」

「ああ…………セイル、すまないが少しそこで待っていてくれ」

 クライシスはセイルをその場に残すと、近くの自販機まで歩いて行った。ポケットからカードを出すと、それを弄びながら自販機の品をクリア板越しにじっと見ている。そして不意にカードをポケットにしまいなおしたかと思うと、突然クライシスは後ろに振り向きながらしゃがみ込んでいた。

 瞬間、何かが破裂したような音と共に自販機が大きな音をたててグシャリとへこみ、クリア板に罅が入って折れ曲がる。同時にクライシスはポケットの中から銃を引き抜き、発砲した。

「………………」

 その時間、僅か一秒。まさに一瞬の攻防だった。通行人がざわつく中、クライシスは暫く銃を構えたままじっとしていたが、やがて銃をしまって立ち上がる。

「クライシス!」

 セイルはクライシスに駆け寄っていく。クライシスも身体に降りかかったクリア板の破片を落とし、セイルに歩み寄る。

「無事か?」

「ああ、クリア板に反射した風景を見ていたから、避けるのは簡単だった」

 クライシスは怪我が無い事をアピールすると、急いでその場を離れていく。通行人のざわめきはすぐに納まり、セイルも後に続いた。

「でも、俺でさえ気付かなかったのに、よく分かったな」

「狙われていることを知っているのと知らないのとでは大きく違う。かなり距離が離れていたしな」

「……そういえば、お前の弾当たったのか?」

「よくは見えなかったが、おそらく当たっただろう」

「…………」

 肉眼でよく見えないほど遠くに居る相手を普通の拳銃で狙い撃てるクライシスの狙撃技術も相当の物だったが、今はそんな事は問題ではなかった。レイヴンが人の恨みを買うのは日常茶飯事であり、今のように狙撃されるのもそう珍しいことでは無い。だがここまで人通りの多い所で実行するのは、いくら閉じた町だからと言っても不自然だった。

「心当たりは?」

「あり過ぎて分からない…………と言いたいが、あいにく見当は付いている。ここまで手段を選ばないのはそうは居ない」

 二人は町の外へ出るエレベーター施設に入って行った。クライシスによると敵は複数らしいが、ここまで来てしまえば心配ない。いいかげん町の外の世界ではおおっぴらに殺人は出来ないし、かと言ってエレベーターを止めれば閉じた町を管理している自警組織に狙われる羽目になる。

「しかし、これほど早く来るとは思わなかったな……渡航不能期までまだ暫く有るが、急いだ方が良さそうだ。セイル、近々ミッションの予定はあるか?」

「いや、ジャスティスロードの登録に時間掛かっちゃったし、コーテックスも混乱してるからミッションは入れてないけど……」

「そうか。なら…………」

 

 やがてエレベーターは地上に到着し、セイルはクライシスと別れて帰途についた。途中、クライシスに言われたことを反芻する。

(コーテックス経由でお前を指名した依頼を入れておくから、それを受諾してほしい。たいした報酬は出せないが、ジャスティスロードの保証金代わりだとでも思ってくれ)

「…………」

 セイルは訝しげに首を竦めるが、結局詳しい話はしてくれなかったのでさっぱり分からない。セイルは仕方なく思考を切り上げ、暑くなり始めた日差しから逃げるように自室へと戻って行った。

 

まるで音をたてるのを恐れるかのようにゆっくりと扉が開き、クライシスは部屋の中に滑り込んだ。コーテックスシティの外れにある高層マンションの一室、そこが彼の住居である。自分の部屋に戻るにしては慎重すぎるほどのプロセスを経て、クライシスは彼は電気も付けないままベッドに倒れ込んだ。今さっきまで緊張していた神経が弛緩し、彼はほう、と溜息をつく。最近、彼の生活は単なる日常でさえこれほどに緊迫した物になっていた。

「………………」

 そうしてしばらくベッドに転がった後、唐突に部屋の片付けを開始した。カードや金銭を一箇所にまとめ、代わりに紙屑やゴミを収納スペースに突っ込んでいく。その一見片付けとは思えない作業を続けていると、不意に部屋の電話が鳴った。クライシスは身を硬直させ、床に腰を下ろして息を潜める。コール音は暫く鳴り響いていたが、やがて留守番電話が起動し、無機質なアナウンス音が聞こえた。

『只今、電話に出る事が出来ません。発信音の……』

 やがてアナウンスが終わり、電話の相手が話し始める。

『クライシス、いい加減に限界です。ミラージュはもう貴方との契約を解除するつもりです。明日14:00、コーテックス第三基地まで、必ず来てください。いいですね』

 電話が切れ、アナウンスがメッセージの録音を告げる。暫く後、クライシスは電話機の電源を切ると作業を再開した。そして最後に大きなトランクを引っ張り出すと集めた物を詰め込み、運送業者に依頼のメールを出すと再びベッドに身を投げる。

 疲労の溜まった体は急速に眠りの淵へと落ちていった。その寸前、昼間の出来事が思い浮かんでくる。駆け寄ってくるセイルの耳には、見慣れない十字架がぶら下がっていた。旧世紀の伝承、かつて己の信念に殉じた者が、死の間際までそれを遵守していた証。殉教の逆さ貼り付けを。

Pierce貫くもの……か…………

 

………………翌日、グローバルコーテックスACガレージ、レイヴン控え室

 セイルは久方ぶりのアリーナ戦を終え、控え室で休んでいた。所属レイヴンが一気に減少したせいか、アリーナはさほど賑わってはいなかったが、そんな中で一際異彩を放つジャスティスロードは民衆の新しいヒーローと認識されたらしい。

 ジャスティスロードのイレギュラーな性能は運営局を相当悩ませたらしく、アリーナから排斥しようとする動きもあったようだが、先日での働きもあってか何とか落ち着いてくれた。

『セイルー?』

「ん?」

 ピアスをいじりながらボーっとしていたセイルは、室内の端末にレナの顔が映ったのを見て我に返った。

『何か、あなたを指名したミッションが来てるわよ。クライシスから。聞いてる?』

「ああ、聞いてる聞いてる。契約しといて」

『え?ちょっと、内容も聞かずに契約するわけ? もう、オペレーターとして内容を理解しないままの契約を禁止します! いいからこれ読んで』

「……ったく…………」

端末の隣にあるファックスから内容を記した書類が送られてくる。セイルはそれに目を通し、訝しげに眉をひそめた。

「指定した期間内のスクランブル出撃……ってどういう事?」

『もう、やっぱり分かってない……そのミッションの内容は、クライアントが指定した期間……この場合は受諾から五日間ね。常にコーテックスで待機して、いつでも出撃できるようにしておくって事なの。けっこう面倒なミッションよ、それ』

「確かにそうだな……」

 ミッションの報酬は30000コーム。たいした報酬は出せないと言っていたが、それにしてはなかなかの額だ。寮機を雇う為の前払い報酬まで来ている。一体クライシスは何をさせるつもりなのだろうか。

「…………ケイローン、居るか?」

「んあ? どうかしたか?」

 机を囲んでゲームに興じていた何人かのレイヴンの中からケイローンが顔を上げた。他のレイヴンに席を譲り、セイルのほうに歩いてくる。

「暇だったら、このミッション手伝ってくれないか?」

「ええと……ああ、いいぜ。暫くはコーテックスに溜まってるつもりだしな」

「ねぇ、何の話? セイルがまた何かしたの?」

 部屋の扉が開き、スキウレが入っていた。いつものように顔をニコニコさせているが、改めて見るとその表情はどこか無理をしているように見えた。そうしているうちにケイローンが話の説明をする。途端、スキウレの表情が僅かに険しくなった。

「私も行くわ。期間はいつから?」

「え? ああ……えっと…………印刷掠れて読めないな。レナ、期間いつから?」

『その前に、確認させて下さい。参加するレイヴンは、セイル以外にケイローンとスキウレでいいですね?』

「……おう、いいぜ」

 ケイローンが代わりに返事をする。何故セイルが返事をしなかったのかというと、レナの喋り方が仕事口調になっているのに気付いたからだ。

『分かりました。では三人とも、すぐにACガレージまで向かって下さい』

「っ!」

「おい、どういう事だ? 待機期間はいつから……

「…………」

『待機期間はありません。たった今、クライアントから出撃の指示が出ました。場所はコーテックス郊外のミラージュ管理区画です。急いで下さい。事態は急を要するようです』

「…………行くぞ!

 セイルはガレージに向かって駆け出していた。ケイローンとスキウレも慌てて後に続く。セイルの脳裏を、ひたすら嫌な予感が渦巻いていた。

(クライシスがこれほどの助けを必要とする事態……一体何が……)

 程なくガレージに到着し、三人はそれぞれの機体へと駆けて行く。久しぶりに見るガレージは妙に新鮮に思えた。

「セイルさん!」

 ジャスティスロードのスペースまで行くと、足元でエディが手を振っていた。

「エディ、お前も担当なのか?特殊な機体だから整備員は大幅に入れ替えたって聞いたけど……」

「僕は残る事になったんです。にしても、この機体のブレードすごいですね。既存の技術力からは考えられないシステムです。一体誰がこんな……」

「スマン、話は後だ!」

 セイルは話を切り上げるとタラップを駆け上がり、コクピットに飛び込んだ。ヘルメットを引っ張って頭に装着し、パイロットスーツに固定する。ゴーグルとイヤホンが起動し、感覚器官がジャスティスロードと同調した。

OKエディ、出してくれ」

『了解、機体ロック解除します。お気をつけて!』

 ボディを拘束していたアームが外れ、セイルはジャスティスロードをガレージの出口へと進ませる。そこには移動用の輸送車両が待機しており、やがてケイローンのサジタリウス改とスキウレのフェアリーテールも到着した。車両内部の格納庫にACを固定し、三機は作戦領域へと向かっていく。セイルの胸中には、未だもやもやした物が渦巻いていた。

「…………」

 輸送車両は速度を上げながら作戦領域へと向かって行く。セイルはジャスティスロードのコクピットの中で、はやる気持ちを必死で落ち着かせていた。ヘルメットは脱いでしまったので外の様子は見えず、計器やスイッチのランプだけが薄闇を照らしている。

『セイル、大丈夫か?』

 不意にケイローンが無線で話しかけてきた。セイルは周波数を合わせると、ヘルメット内のマイクに口を近づける。

「大丈夫って、何が?」

『馬鹿ヤロ、自分でも焦ってるのに気づいてるだろ?お前ら二人、初めて会った時と比べて格段に仲が良くなってたからな』

「…………」

 セイルは気まずそうに黙りこんでしまう。クライシスとは初見こそ良くなかったものの、今では彼はセイルの最も親しい友人となっていた。正直、クライシスが無事なのか心配でしょうがない。焦りを感じているのもコクピットに乗り込んだときから気付いていた。

「ケイローン……クライシスは、無事だと思うか?」

 クライシスは一見完璧主義でぬかり無く見え、ちょっとしたトラブルくらいは易々と潜り抜けてしまうくせに、いつも危なっかしい行動に出ては自分の身を危険にさらしてしまっている。

 ウィリアスの時はもちろん、オルキスでもおそらく相当無茶をして戦っていたようだ。そして先日の事件。ミラージュの専属レイヴンでありながらクレストと内通し、セイルにジャスティスロードを引き渡してくれたのも、危険を通り越して無謀な行動だったのだろう。そして続けざまに起こった今回の救援要請も、おそらくはそのことが関係している筈である。

『心配するな、あいつなら大丈夫だ。お前と出会う前だって、あいつは離れ業じみた事を何度もやってのけてる。今回もきっと大丈夫だ。それに……』

 ケイローンは一瞬言葉を切った後、セイルを諭すようにゆっくりと言った。

『あいつをそこまで気にかけてるお前が、あいつのくれた最強の機体を引っさげて助けに行くんだろ? なら一体何処に不安がある? あいつだって、そのためにお前を選んだんだろうが』

「…………ふっ」

 セイルはさっきまでの不安と焦燥が嘘だったかのようにすっきりした顔をしていた。やはりケイローンの言葉は一つ一つに重みがある。長い年月によって蓄積した経験と技術から来る余裕、死と破壊が荒れ狂う戦場において後ろを振り返ることが出来るという、年長者としての最大のアドバンテージが。

「ありがとう、ケイローン。けっこう……てか、大分落ち着いた。もう大丈夫だよ」

『そうか……よし、じゃあ行くとするか。クライシスの長くなった首が、吹っ飛ばされる前に助けてやろう』

 輸送車両が戦闘区域に到着し、ハッチが開かれる。気持ちを切り替え、素早くジャスティスロードと同調したセイルは、掛け声と共に車外へと飛び出した。

「ジャスティスロード、行きます!」

 

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