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戦神(偽)と異邦人(嘘)〜裏の裏はやはり裏〜
ジャスティスロードは車両から降り、周囲の様子を確認した。そこは小高い丘が広がる丘陵地帯。たいした障害物は無く、戦闘の支障になるような物は無い。ACが三機とも降りたところで、輸送車両は後方へと離脱して行く。
『全機、準備はいいですね。では作戦を説明します』
輸送車両に乗っているレナから通信が入る。セイルはレーダーを気にかけつつ、レナの声に耳を傾けた。レーダーの隅には防衛目標を示す緑色の光点と、それに纏わりつくように動く赤い光点が映っていた。
『クライアントは、現在ミラージュの部隊による追撃を受けています。ミッションの目的は、クライアントの乗るトレーラーを護衛し、安全な区域まで送り届けることです。まもなくトレーラーが…………来ました! 全機、トレーラーを護衛しつつ、敵戦力を排除して下さい!』
セイルはディスプレイをズームする。AC輸送用の大型トレーラーと、それを追撃するいくつかの影があった。
「よし!」
セイルは気合を入れてコントロールスティックを握り締めると、ジャスティスロードを敵に向かってダッシュさせる。
「俺が敵を確固撃破していくから、スキウレは同伴してアシスト、ケイローンは後方から援護してくれ。気をつけろ、俺の眼が狂って無ければ敵は……」
ジャスティスロードの接近に気付き、敵機のうち何機かがトレーラーを離れてこちらに向かってくる。大型の機影が三機、レーザーライフルを放ちながら接近してきた。
「っく……やっぱりそうか……」
ジャスティスロードは左右移動でレーザーを躱し、リニアライフルで牽制しながら停止する。さらに追随してきたフェアリーテールの放った多数のレーザーが敵機体の足を止めた。機体とシンクロしたセイルの目には、似通った形状の二機のACが映っている。
「レナ、あれは?」
『データにない機体です。おそらくミラージュ企業軍の量産型ACでしょう』
「成程、ミラージュもやっと実用化に成功したのね」
スキウレの声に僅かに険しさが混じる。大停電の原因になったクレストの量産型ACを思い出しているのだろうか。
『おいセイル、クライシスが来やがったぞ』
離れた所に陣取ったケイローンから通信が入る。見ると、残り一機のACに追われながらクライシスのトレーラーが近づいてきた。トレーラーはあちこちから黒煙を上げ、無事な箇所を探すのが難しいほど被弾していた。
「クライシス、無事か?」
『あザ……ずまない、こんな事にな……じく……っ! クゾッ……』
ACのレーザーがトレーラーに直撃し、車体の一部が爆発を起こす。トレーラーは大きく横滑りしながら停止した。
「っ! この野郎!……」
セイルはトレーラーを追撃するACにリニアライフルを放つ。弾丸はACの頭部を吹き飛ばし、機体を転倒させた。機体は暫くもがいていたが、続けて放たれたレーザーの雨にボディを穿たれて停止する。フェアリーテールが周囲に多数のオービットを展開していた。
「性能はともかく、パイロットは初心者ね……総合力もクレストの物と変わらないわ」
「よし、奴らがトレーラーに近づく前に破壊する。行くぞ!」
セイルは再びブースターを吹かし、残り二機の量産型ACに向かっていく。対する量産型ACは二手に分かれると、片方がジャスティスロードに、もう片方がトレーラーに向かって行った。セイルはトレーラーの方へ向き直ろうとするが、その拍子にレーザーを被弾してしまう。量産型といえど、その威力はMTの物より遥かに高い。
「っ…………」
ジャスティスロードは旋回を止めると、レーザーを放ったACに向かってダッシュする。続けざまに放たれるレーザーを軽く躱しながら接近すると、再びリニアライフルを放った。
(量産が利く機体って事は、パイロットの育成も簡単なはず。そしてそれを可能にしているのは、おそらく戦闘を補佐するコンピューターの存在。それがあるとすれば……)
銃口から放たれた高速徹甲弾は、まっすぐに敵ACの頭部に向かっていく。しかしACは寸前で右腕を盾にし、頭部を防御した。右腕は根元から吹き飛んだが、頭部に損傷は無い。
「チッ、それなりの防御力もあるみたいだな。この弾の貫通を防ぐとは……」
さらに接近するジャスティスロードに対し、ACはレーザーブレードを展開して身構える。そのブレードもまた、MTが扱えるものとは比べ物にならない威力のようだ。
「ブレードまで持ってるのか。流石はミラージュと言った所だけど……」
ジャスティスロードはブレードの攻撃範囲から逃れようと方向を変えるが、ACは即座にそれを追うように動き、ジャスティスロードにむかってブレードを振りぬいた。
しかしジャスティスロードは寸前でTOBを起動し、さらに横へと離脱する。同時に慣性を利用して開かれたスタビライザーからレーザーブレードが発振し、ACのボディを真っ二つに切断した。
「よし!」
もう一機のACはレーザーライフルを連射しつつ、トレーラーに向かってダッシュしていく。スキウレはフェアリーテールを動かしてACの進路を阻みつつ、敵の様子を分析した。
(武装はレーザーライフルとブレード、エネルギーを移動より攻撃に回してるわね。装甲はおそらく防御性能よりも反動制御や負荷軽減を優先したタイプ。単位コスト当たりの攻撃力を重視した攻性量産機……か…………)
スキウレは展開したオービットを横一線に並べ、一斉にレーザーを放つ。ACはジャンプしてそれを躱そうとするが、その瞬間頭部を吹き飛ばされていた。高度を取ったことにより、離れた所から戦場を俯瞰していたサジタリウス改に狙い撃ちされてしまったのだ。
「やっぱりね。三次元軌道は見事だけど、スナイパーの事を考えなかったのは失敗。雑魚じゃないけど、強敵でもない。数がそろわない限り脅威にはならないわ」
ACはなんとか着地するが、頭部の破損により視界を失って困惑している。スキウレは周囲のオービットを飛ばしてACを包囲させ、破損したコア上部ジョイントへむけて一斉にレーザーを放った。複数発のレーザーが作り出した焦点は貧弱な間接部分を一瞬にして融解させ、ACを爆発させる。
「World End Fairy Tale……一丁上がりね。ケイローン、そっちはどう?」
『問題ねぇ、クライシスのトレーラーも無事……おい、新手だ。さっきのと同じ方向から三……っ!ミサイルの発射を確認! 目標はトレーラーだ!』
「何!」
セイルはとっさにジャスティスロードを回頭させ、カメラをズームさせる。先程敵が現れた方向から、推進剤の尾を引いて四発のミサイルが飛んで来るのが見えた。
「くそっ!」
セイルはミサイルに向けてリニアライフルを連射するが、何とか一発撃ち落とすのみだった。セイルは舌打ちをしつつジャスティスロードをミサイルの軌道上に移動させ、その場でTOBを使って機体をロールさせる。スタビライザーの巻き起こした衝撃波が空気の壁を作り出し、ミサイルは弾かれて四方へと散って行った。
『まだだ! 上方高度800、垂直発射ミサイル接近!』
ジャスティスロードを着地させ、セイルは上方を振り仰いだ。四発の垂直発射ミサイルが一斉に方向転換し、地上のトレーラーへ向けて流星の如く降下する。フェアリーテールのオービットが一発、サジタリウス改のスナイパーライフルが二発のミサイルを迎撃するが、残りの一発は弾幕を掻い潜ってトレーラーに命中した。
「クライシス!」
『まずい、コクピットに直撃したぞ!』
トレーラーの前部が爆発を起こし、車体が爆風に包まれる。セイルはとっさに近付こうとするが、視界が黒煙に覆われて動きを止めた。
「敵は? あんな距離からここまで精密にミサイルをロックするなんて……」
『防衛目標に深刻なダメージ。レイヴン、作戦は……』
「まだだ!」
「!!」
突然響いた声に、その場の全員がトレーラーを包み込んだ黒煙に目を向ける。その時、もうもうと立ち上る黒煙を吹き飛ばし、中からクライシスのAC、アブソリュートが現れた。
「クライシス! なんだ、ACがあるんなら最初からそれで逃げ……っ!」
そこまで言って、セイルは絶句した。アブソリュートには一切の武装が無く、装甲はまるで一戦終えた後のようにボロボロになっている。間接部分からは時折火花が散っていた。
「お前、その機体……」
『オペレーター、クライアントとして指示を出す。ミッションを継続しろ。防衛目標はトレーラーの積荷だ』
やがて黒煙が晴れると、そこにはボロボロになったトレーラーがあった。コクピットは無残に破壊されているものの、先程までアブソリュートが入っていたらしい荷台部分は無事で、開かれたハッチの中にはいくつかのコンテナが見える。
『……了解しました。レイヴン、ミッションを継続してください。敵の増援が接近しています』
レナの声を聞き、ケイローンとスキウレは再び機体に武装を構えさせる。しかしセイルは、未だにジャスティスロードをアブソリュートの方へと向けていた。セイルはそのアブソリュート、正確にはアブソリュートの状態に、見覚えがあったからだ
「どういう事だよ、クライシス……その機体……なんで修復されてないんだ?」
アブソリュートの損壊状況は、先日のコーテックス襲撃事件の時から全く変化していなかった。あの時、アブソリュートは無数のMTたちを前にしながら終始有利に戦っていたが、それでも被弾は避けられない。長時間の戦闘によって蓄積したダメージが、未だに修復されずに残っていたのだ。
「………………」
クライシスは何も言わず、ミサイルの飛来した方向を見据えている。そこには、新たに現れた三機のACが佇んでいた。
『敵の増援を確認、量産型AC二機、及びミラージュ企業軍の専属ACです』
レナの声を聞き、セイルは後ろを振り返った。同様に回頭したジャスティスロードのカメラに三機のACが映る。
二機は先程までと同じ量産型、もう一機は通常のパーツで組まれたACだった。両背部と両肩部にミサイルポッドを装備し、腕部は武器腕型のマシンガンとなっている。脚部とコアは重厚な装甲で覆われているが、中量二脚タイプらしい。
「ぃよう、クライシス。ようやくお仲間と合流できたようダナ」
敵のレイヴンがスピーカーで話しかけてくる。セイルは、どこかで歯軋りの音が聞こえたような気がした。
「だが、どんナに悪あがきしたところでお前はもう終わりだ。ミラージュは既にお前の抹殺を決定した。ウィリアスの崩壊からオルキスの陥落、それにクレストとの内通や二重スパイ、おまけに先日の無断出撃と来たモンだ。裏は取れてねぇが、前に基地からトリチウムリアクターのコンテナを盗み出したのもおおかたお前だろう?」
敵レイヴンの言うことを聞いて、セイルは愕然とした。先日のコーテックス襲撃事件の時、クライシスはコーテックスから支援要請を受けてきたと言っていた。確かに支援要請は出ていたのだろうが、それで虎の子の専属レイヴンを出すだろうか。
それにクライシスが盗み出したという何か。確かジャスティスロードのマニュアルの中に、そんな名前が含まれていなかっただろうか。
「この世界にいる限り、お前に逃げ場はねぇ。マァそれ以前にこの俺、ミラージュ企業軍最強の専属レイヴン、アレスの『ゴッドブレス』に狙われた時点でお終いだがなぁ!」
敵レイヴン、アレスは下衆た笑い声を上げながら武器腕の連装マシンガンを発射する。クライシスはブースターを吹かしてそれを回避するが、いつものような動きの切れが殆ど無い。機体のダメージは見た目以上のようだった。第一、武装がついていない今のアブソリュートでは問題外だろう。
「…………セイル」
「…………」
クライシスの声に対し、セイルは何も言わずに、いや、言えずにいた。クライシスの声には、先程までとは比べ者にならない程の怒気が含まれていたからだ。
「俺が奴を倒す。お前はその間、トレーラーの積荷を死守してくれ」
「…………武装も無し、装甲もボロボロの状態でACと戦うつもりか? あのレイヴン、PLUSだろ?」
セイルは精一杯声を落ち着かせてそう言った。おそらく顔を合わせていたらまともに喋れなかっただろう。クライシスの声は、それほどまでに恐怖を励起させるものだった。
「トレーラーの中に、MWG−XCW/PKと書かれたコンテナがある。俺が合図したらそれを取って来い。制限時間十秒だ」
「…………よし」
セイルはTOBの発動トリガーに指を置き、同時にケイローンとスキウレにトレーラーを護衛するよう指示を贈る。瞬間、アレスのACゴッドブレスがマシンガンを放ちながら突進してきた。
「行け!」
「っ!」
セイルは片方の脚部を軸にしてジャスティスロードをくるりと回転させる。同時にメインブースターを最大出力で吹かし、トレーラーへと突進した。量産型ACからトレーラーを守るように動いているフェアリーテールの隣をすり抜け、カメラをズームして荷台のコンテナを注視する。
「あった。これだな!」
セイルは他のコンテナに触れないようにPKと書かれたコンテナだけを掴み取り、TOBを使って反転した。
「クライシスっ!」
「ヒャハハハァ! 死ね死ね死ねぇい!」
両腕部から大量の弾丸をばら撒きつつ、ゴッドブレスはアブソリュートを追い回す。アブソリュートは後ずさりするようにブーストしながら弾幕を躱していくが、マシンガンは弾幕を張るかのように広範囲に拡散し、ブースターや脚部パーツの疲弊したアブソリュートでは避けきれない。
ただでさえ傷だらけのボディが鋼鉄の嵐に晒され、次々と装甲板が剥がれ落ちていった。
「どぉだクライシス! これが俺とお前の実力の差だ!」
「………………」
苛立たしい声を上げるアレスに、しかしクライシスは何も言わない。実際のところ、絶え間なく放たれる弾丸を躱すのに精一杯のクライシスにそんな余裕は無かった。
(八……七……)
「ウィリアスもオルキスも、お前は無様に逃げ帰ってきた。今までは機体の性能に頼ってたんだろうが、イーかげんその針金細工みてぇな身体じゃ耐え切れなくなってきたんだろう!? この火星人がっ!!」
(っ!……四……)
さらに距離を詰めてくるゴッドブレスに対し、アブソリュートは激しい左右移動で何とか距離をとろうとする。しかし大きくステップするたびに脚部が悲鳴を上げ、搭載したCPUが警告を発する。
『残AP21%、脚部損耗率49%、戦闘計画の変更を提———』
「黙れ」
『———了解』
クライシスはCPUを沈黙させ、回避行動を継続する。どこかで金属のひしゃげる嫌な音がしたが、構わずにコントロールグリップを操作した。そして
(三……二……一……)
「所詮お前はソノ程度のレイヴンだったって事だ。安心して地獄へ……」
「クライシスっ!」
(ゼロ!)
ダッシュしてきたジャスティスロードが、慣性のままにコンテナを放り投げた。クライシスはカメラを操作してそれを確認し、落下地点へと移動する。しかしそれを見たアレスは、マシンガンの銃口を空中のコンテナへと向けた。
「っ!」
その動きにとっさに反応したクライシスは、考える暇も無く機体を飛び上がらせる。そしてコンテナを守るように抱きかかえたアブソリュートの腕部に、マシンガンが直撃した。
「クライシス……っこの……」
「止めろ!」
ゴッドブレスへとライフルを向けるジャスティスロードの前に、半ば落下するような形でアブソリュートが着地した。穴だらけになって火花を上げている左腕をパージし、右手だけで器用にコンテナを開封する。
「お前の仕事はトレーラーの死守と言った筈だ。一つたりとも積荷を破壊させるな」
『左腕部強制排除、ゼロモメントポイント再設定———完了。右腕部武装換装MWG−XCW/PKを認識———』
スピーカーからはクライシスの声と共に、アブソリュートのCPU———人工ディソーダーの制御AI———のアナウンスが聞こえた。アブソリュートはコンテナから出したパーツを右手に装備し、ゴッドブレスへと向ける。それは、今までクライシスが多用していた白いレーザーライフルだった。
「何だ? オイ、まさかレーザーライフル一本で勝ったつもりになってんじゃねぇだろうナ。馬鹿にするんじゃねぇぞガキが、ソノ程度の武装で俺のゴッドブレスの火力を打ち破れると思ってるのか?」
動きを止めたゴッドブレスから、アレスの耳障りな声が響く。確かに、ゴッドブレスの装備している火器はどれも強力だ。高威力の多連装マシンガンは確実にACの装甲を削り取り、背部と肩部のミサイルは垂直発射ミサイルと連動ミサイルの組み合わせによって高い威力と命中率をもつ。敵ACを確実に葬れる最高のアセンブルだった。
「残念だが、そのつもりだ。貴様如き、このライフル一本で事足りる」
アブソリュートはゴッドブレスを見据えたまま、脚部を僅かに動かしてセイルに「行け」と合図を送る。セイルはジャスティスロードをトレーラーの所まで後退させるが、残りの量産型ACは既にケイローンとスキウレによって片付けられてしまっていた。
「ケイローン……もう一度聞くけど、あいつ、大丈夫だと思うか?」
『俺も、もう一度言うぞ。あいつなら問題ない。見ろよ、あの機体を。あんなにボロボロで、武装も一つしか無いってのに、逃げようとするそぶりを全く見せていない。心配するな。あいつは勝てる勝負しかしない臆病者だが、故に自分から仕掛けた勝負にはどんな状況でも絶対に勝つ。お前は落ち着いて、成り行きを見守ってろ』
「…………わかった。ありがとう」
ジャスティスロードは構えていたライフルを下ろし、しっかりとアブソリュートを見据える。そのボロボロのボディからは、クライシスの覇気が伝わってくるようだった。
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