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決別と別離〜See You≠Sa Yo Na Ra〜
クライシスはカタカタとコンソールをいじっていたが、やがてキーボードをしまい、コントロールグリップを握りなおす。同時に処理を終えたCPUが発言した。
『残AP8%、装甲値危険域です。敵ACとの戦闘勝率12%、即時撤退を提案———』
「訂正」
『——————』
「戦闘勝率、プラス87.9%」
『———了解』
クライシスは汗で曇ったヘルメットを脱ぎ、眼鏡を外す。その緋色の瞳には、強い意志と同時に、怒りと憎しみの感情がこもっていた。その感情を氷のように冷たい視線で覆い隠し、クライシスはアレスに話しかける。
「これはかつて、最強のレーザーライフルとしての地位をかのKARASAWAと争った銃だ。キサマのその脆弱な機体など、足元にも及ばん」
「ナニ?……お前、俺の機体が弱いだと?」
「当然だ。キサマのその機体は、一体の敵と戦う為に組まれた機体、対してこのアブソリュートは何十、何百の敵と戦う為に組まれた機体だ。戦力差は火を見るより明らかだろう」
無論、クライシスの言ったことは詭弁である。ゴッドブレスが対AC用の機体である以上、一体のACとしての域を出ていないアブソリュートが不利であることに変わりは無い。対して、たとえアブソリュートが百体の敵を相手に出来るとしても、それが一体の敵に対して有効な手段であるとは断言できない。ましてやアブソリュートは万全には程遠い状態である。
「ハッ、とうとう頭が狂ったか? 寝言は死んでから言いやがれ。貴様の強さは完全に機体に依存しデいる。最近のミッジョンで惨敗してる以上、レイヴンとして限界に来ているのは丸分かりだろうが」
「馬鹿が、あれは新造パーツのテストで強制的にアセンブルを指定されていたせいだ。あんな無茶苦茶な機体と、このアブソリュート(絶対者)を比べないでもらおう」
「ホザけ! つけ上がった火星人が!!」
ゴッドブレスが背部と肩部のミサイルポッドを開き、大量のミサイルを発射した。しかしアブソリュートは、並のACにとって避けがたい脅威となるその攻撃を、一瞬一瞬の反応で軽々と躱していく。真っ直ぐに飛来するミサイルを円運動で避け、さらに空中に飛び上がって垂直発射ミサイルとすれ違った。
「この、ちょこまかとっ!」
ゴッドブレスは宙に浮いたアブソリュートに向かって、さらにミサイルを放つ。それを確認したアブソリュートは、OBを起動してミサイルの雨の中に突っ込んだ。
「おいっ、クライシス!」
セイルが驚いた声を上げるが、クライシスは酷く冷静な声で淡々と言った。
「連動ミサイルCWEM−R10の、同時発射数は四発だが、装弾数は十発…………」
ミサイルの群れに突っ込んだはずのアブソリュートは、まるで手品のようにそれを潜り抜け、機体を前方に回転させながらゴッドブレスの真上を通過する。そして倒立した状態のまま、ゴッドブレスの背後へとレーザーライフルを放った。両背部と両肩部、四つのミサイルポッドが爆発を起こし、ゴッドブレスが吹き飛ばされる。
「……三度目の発射の時、弾幕は僅かに薄くなる」
「キッ……サマァ!!」
機体を傷つけられたアレスは激昂し、アブソリュートへと武器腕のマシンガンを向ける。さらに性能を切り替えて四発同時発射モードにし、膨大な量の弾丸を叩き込んだ。クライシスは再び起動させたOBでそれを躱しつつ、言葉を続ける。
「武器腕マシンガンCAW−DMG−0204の、装弾数は三百六十発、リロードタイムは、二発同時発射モードで六フレーム、四発同時発射モードで十フレーム…………」
アブソリュートは僅かに装甲を削られながらも直撃を回避していたが、不意にOBを停止して立ち止まった。
「……フルオートで撃ち続ければ、弾薬は二十秒と持たずに枯渇する」
ゴッドブレスの武器腕は、カラカラと乾いた音をたてていた。
「な……バ、バカな……俺が……全弾撃ち切るなど……」
「頭の悪い奴だな……二発同時で十秒、四発同時でさらに七秒弱。それで全弾消費だ」
アブソリュートはレーザーライフルを構え、ゴッドブレスの真正面に移動する。形勢は完全に逆転していた。
「何故だ、お前は連射兵器による攻撃が苦手なはず。でなければクレストの量産機などに……」
「………………」
「そ、そんな……何かの間違いだ。この機体が……俺が……このアレスが負……っがああっ!! あづああああっ!!」
アブソリュートの放ったレーザーがゴッドブレスの頭部を吹き飛ばす。サイボーグタイプのPLUSはACのカメラと自身のカメラアイを直結している為、ACのカメラが破壊されればまるで視力が失われたようなショックを受けるのだ。
「キサマ如きが、その名を名乗るな!」
「!!」
「っ……」
アレスの悲鳴を上回る音量で、クライシスは言い放った。その場に居る全員が、今の光景に驚きを隠せないで居る。戦闘中は常に冷静で感情を表に出さなかったクライシスが、明らかな怒りの感情をあらわにしていた。
「…………その名を……
この場に居る誰が、それを知り得ただろうか。アレス。かつて火星に存在し、全てのレイヴンの頂点に立ったといわれる人物。火星、地球を問わずその実力は過去最高といわれ、今なお伝説として讃えられる存在。
「キ、キサマにはプライドって物が無いのか!? 散々ミラージュにへつらった挙句、クレストにまで尻尾を振るなんざ、キサマには誇りが……」
「行動の障害になるような
「オルキスのような事? どういう事だ?」
オルキス集光施設はクレスト社の襲撃を受け、奪取された筈だ。それにミラージュが何をしたというのだろう。セイルは訳が分からず、クライシスに問いかけた。クライシスは機体を動かさず、声だけでセイルの問いに答える。
「ミラージュはオルキスをクレストに奪われたせいで市街地への電力供給が途絶えたと発表したが、あれは偽りだ。もしその通りなら、オルキスは未だにクレストの手中にあるというのに、何故市街地への電力供給が復活している?」
確かに疑問だった。アヴァロンの停電はほんの数日で復旧したが、オルキスがミラージュの元に戻った訳ではない。
「オルキスは、元々市街地ではなくミラージュの工廠や研究施設に電力を供給する施設だった。そして、クレストの量産型ACを目にした上層部は、自社製の量産型ACの開発を急がせた。オルキスの停止によって滞る電力供給を賄う為に、市街地への電力供給を停止させてな!」
「なっ!」
「そんな……」
セイルとスキウレは同時に驚愕の声を上げていた。アヴァロンの大停電は、ミラージュ社が民衆より自社の利益を優先した結果起こった物だったのだ。ミラージュ社の強引さは衆知の事実だったが、それでもここまでするものなのだろうか。
「スキウレ、お前がもし罪悪感を感じているというなら、それは意味の無い事だ。お前のお父上は、少なくともミラージュの上層部よりも聡明だろう。オルキスを標的にしたのも、市街地への直接の被害が少ないと踏んだからの筈。あの事件を引き起こした責任は全て、供給を切り替えたミラージュと、施設を守りきれなかった俺に有る」
アブソリュートの構えたレーザーライフルに、大量のエネルギーが収束していく。セイルは、その光景に見覚えがあった。初めてクライシスと交戦し、敗北した時、当時の愛機のボディを完膚なきまでに破壊した光の奔流を。
「クレスト……そうだ。ク、クレストは貴様の首に賞金をかけているぞ。今ミラージュの庇護を離れて、無事で居られるとでも……」
「もういい、黙れ」
「ひぃっ!……あ……が、が……」
奇声を発しながら後ずさりするゴッドブレスのコアに、銃口を輝かせたレーザーライフルが向けられる。クライシスはさっきまでの烈火のような怒りからは想像もつかないほどの冷たい表情で
「………………死ね」
グリップのトリガーを引いた。
「がああああああっ!!」
視覚出来るほどの膨大なエネルギーが景色を歪ませ、ゴッドブレスの重厚なコアの装甲を融解させる。一瞬にして背部まで貫通した閃光は地面を灼熱させ、瓦礫と土煙を巻き上げた。さらに後ろへと倒れ込んだゴッドブレスが爆発を起こし、辺りは爆風と轟音に包まれる。圧倒的に不利な条件だったにも関わらず、クライシスは完全勝利を決めて見せたのだ。
「任務完了だ……援護を感謝する」
「ああ、無事か?」
「体の節々が痛い。それに……機体も、限界だ。すまないが、後を頼む…………この機体と、トレーラーの……積荷を、回収してくれ」
アブソリュートのカメラバイザーから光が消え、機体が力を失って膝をつく。おそらくリミッター解除を使っていたのだろう。ろくな整備もしていない状態で限界を超えた挙動を行い、機体は既に形を保っているのがやっとだった。
「それより、完全にミラージュを敵に回しちゃった訳だけどどうするつもり? あの大企業に狙われたら、たとえ閉じた町に隠れても見つけられるわよ。クレストの賞金の方は、私のほうから取り消しておけるけど……」
それまで成り行きを見守っていたスキウレが声をかける。ケイローンはトレーラーの積荷を拾い集め、レナは輸送機の追加を要請していた。二人ともスキウレの素性は知っているのだろう、クレスト社に関する話も軽く聞き流している。
「抜かりは無い……逃走ルートも……構築済み、だ……たのむ……今、は………………」
僅かな身じろぎの音と共に声が聞こえなくなる。やがて、ゆっくりとした寝息がスピーカーから聞こえてきた。
「やれやれ……」
セイルはほぅ、と息を吐きながらシートに身を沈める。
果たしてクライシスは気付いていただろうか。先程彼はプライドなど十年も前に捨てたと言っていたが、友軍の誰にも手を出させずにたった一人で宿敵を撃破した彼の行動こそ、真にプライドから来た物だったという事に。
………………数日後、軌道エレベーター『ラプチャー00』、ターミナルエリア
ラプチャー内の宇宙港は、数多くの旅行客で賑わっている。ここは地球から宇宙への一番の近道であり、最も安全な移動手段でもあるのだ。衛星軌道上から地表まで延びた巨大なエレベーターは、その昔神に近付こうとした人々が作った塔にも似ている。
「しっかし、用意周到な奴だな。ここまで逃げ道を確立した上で、あそこまで暴れまわってたとは……」
そんなターミナルの一角に、彼らは居た。コートを羽織り、足元に旅行鞄を置いたクライシスと、それに向かい合うように立っている、セイル、ケイローン、スキウレの三人。彼らは、盛んに行き交う人々の中で、流れに取り残された岩のように孤立している。
「本当本当、逃げ道が無ければうちの施設で保護しようとか考えてたん……」
「そこまで迷惑をかけるわけには行かない。お前も、少しは他人じゃなく自分の心配をしたらどうだ」
「…………」
すねたような表情でスキウレが引き下がり、代わりにセイルが話し始める。
「それにしても、良く考えたもんだな。まさか火星に逃げ込むなんて」
そう、クライシスはミラージュの追っ手から逃れる為、自らの故郷である火星に返ることにしたのだ。しかもまもなく地球、火星間は、相対距離が離れすぎてしまうために事実上行き来が出来なくなる、渡航不能期に入ってしまう。もし足取りがばれたとしても直接部隊を送る事は出来ず、通信も不自由な為、火星支社に連絡を取ることもできない。例えミラージュでも簡単にはクライシスを見つけられないだろう。
「実家に戻るようなものだ、それほど大層な事ではない」
「そうか…………アブソリュートの修復、結局無理だったのか?」
セイルは僅かに深刻な表情をしながらクライシスに問いかける。しかしクライシスは何でも無さそうに答えた。
「結局、というより、元々無理だ。あの機体は、ミラージュの非売品パーツが多く使われている。今までも、ミラージュの所有するガレージで専門の技師に整備してもらっていたからな。ミラージュにも多少は使えるパイプを残して来たが、それでも完全な修復は不可能だろう」
「へぇ……それにしちゃ、やけに大事にしてるじゃない。アレ、あなたの荷物でしょ」
スキウレが指差す方を見ると、空間を仕切るガラス壁の向こうに、移動用のエレベーターに向かって荷物を運んでいるMTの姿があった。その荷物の中に、一際大きなコンテナがある。アブソリュートの入っているコンテナだった。
「まぁ、地球に来てからずっと付き合った機体だからな。思い入れの一つも有るんだろ、うん」
ケイローンが頷きながらそう言ったが、セイルだけはクライシスの真意を読み取っていた。単なる思い入れ以上に彼が持ち帰りたいものが、あの機体にはある。
「そんな所だ。それに、レイヴンは続けるつもりだから……と、もう時間だ……が…………俺の鞄は何処だ?」
ポケットから出した懐中時計を見てクライシスは足元に手を伸ばすが、その手は空を掴むのみだった。
「これじゃないの?」
「ああ、それだ。よかった」
スキウレが差し出した鞄を受け取り、クライシスは中からチケットを取り出して確認する。チケットにはシャトルの出発時刻と利用者の名前が書かれていた。レイヴンはこういう場合、情報の漏洩を防ぐ為にレイヴンネームではなく、本名か、それ用の偽名を使うようにしている。
「それ、お前の名前か?」
「ああ…………お前にはまだ言ってなかったな。これが、俺の本名だ」
クライシスはセイルにチケットを差し出す。セイルはそれを手にとって見た後、チケットを返しながら言った。
「そうか……教えてくれてありがとう、カトラー・グラディウス」
「あまり公表してくれるなよ。その名前は、結構色々な所に記録されている」
堂々と名前を呼んだセイルに苦笑しつつ、クライシスはチケットをポケットに入れた。
「そろそろ行く。じゃあな、上手くやれよ」
「ああ、そっちこそ、今までありがとう」
「今まで? 馬鹿を言うな…………これからも、だ」
クライシスは背を向けたままそう言いなおすと、出発用のゲートへと消えて行く。セイルは彼の姿が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けていた。
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