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    共融識〜必要だとは思わない。自分が求めただけのこと〜

 

 

「ンだコラ!! やんのかテメェ!!

「おおう、やってやろうじゃねぇかこの野郎!」

 本日何度目かの開戦の合図を聞き流しつつ、セイルは運ばれてきた酒を口に運んだ。同時に足を伸ばして転がってきた何かを蹴り返し、鞄を持ち上げて顔を隠す。何かが破裂する音と共に周囲から悲鳴が聞こえ、店の奥から店主が現れた。

「テメェら何やってやがる!! 俺の店潰す気かぁ!!

 大柄で筋骨隆々な店主はその体に不釣合いな花柄模様のエプロンを脱ぎ捨て、取っ組み合いを始めた二人の男を止めに入った。しかし二人が三人になった分余計に争いは激化し、周囲から人とテーブルが引いてゆく。

 再び転がってきた手榴弾に近くにあったゴミバケツをかぶせ。セイルは溜息をついた。

 ここは閉じた町の最下層、レイヤードの天井部に最も近い位置にある区画である。閉じた町はレイヤード建設時に作業員用の詰め所として作られた空間が町として発展した物であり、主に裏の世界の住人達が闊歩する無法地帯だが、その治安は下層に行くほど悪くなる傾向がある。

 最上層部でさえ一般人が腰を抜かすレベルだというのに、最下層はそれに輪をかけて酷い状況だった。ここをさらに突き抜けてレイヤードに到達すれば逆に治安が良くなるのが不思議に思えてくる。

「しかし、何だってこんな所に……」

 セイルは眉尻を下げながら再び溜息をついた。

 先日のミッションでキースから言い渡された会談場所であるパブ『ゴリアテ』はセイルが今いるこの店な訳だが、閉じた町の最下層というだけあってとんでもない店だった。値段は格安な代わりに酒の質は悪く、店員達は礼儀のれの字も知らないような態度を取る。

 それだけなら閉じた町の店としては大して珍しくないのだが、問題なのは喧嘩の起こる頻度だった。もう酒を飲みに来ているのか喧嘩をしに来ているのかわからない程とにかく争いごとが多い。そしてそのたびに銃器や刃物が飛び交うので、待ち合わせをしているセイルからすれば迷惑この上なかった。

店の場所を教えてくれたケイローンは青筋を浮かべながら時間ギリギリに行く事を勧めていたが、今になってやっとその意味が分かる。客二人と店長の喧嘩はさらに激しさを増し、他の客たちは身の安全を図る者と状況を楽しむ者との二つに分かれつつあった。

いつの間にか喧嘩の勝敗を巡って相場が張られ、店員達が商品保護の為の防護扉を閉め始める。どさくさに紛れて飲み逃げに走る者もいた。

「いい加減そろそろ来て欲し…………ん?」

 その時、飲み逃げ犯を追いかけて飛び出して行った店員と入れ替わりに、鳶色の髪をした長身の男が入って来た。

「…………」

 男は喧嘩をしている三人を一瞥した後、店内をぐるりと見渡した。そして店の真ん中辺りに座っていたセイルに目を留めると、そのまま暫くの間立ちつくす。と、不意に男が首を傾げたかと思うと、その首を掠めて火の着いたダイナマイトが飛んで来た。

 セイルは一瞬ぎょっとするが、近くにいた店員が盆を差し出してダイナマイトを防ぎ、ナイフで導火線を切ってくれる。

「あ、ありがと」

「…………」

 店員はダイナマイトを回収すると、無言のまま厨房へと下がってゆく。セイルが視線を戻すと、男は既にセイルの目の前にまで来ていた。さらに男の背後にはショートカットの女性が控えるようにして立っている。

「お前がセイルか……」

「そちらこそ……キースだな」

 長身の男、キースは返答する代わりにセイルの向かいに腰を下ろした。後ろに控えていた女性も続いてキースの隣に座る。おそらく彼女がキースの元オペレーター、コーテックス最高のオペレーターと呼ばれたエマ・シアーズだろう。

「生憎手短に話せることでは無いが、お互い長居はしたく無いだろう……重要な質問から順に言え」

 レイヴン同士の密会に他人を同席させる事にはあえて触れず、キースは話し始めた。ちなみにセイルはこの事をレナには言っていない。一昨日指示を無視してキースと交戦して以来、彼女はずっとおかんむりなのである。

「……まず一つ目、俺はある組織を追っている。各地のテロリストを支援し、この前のコーテックス襲撃を引き起こした組織だ。その組織について、何か知っている事は?」

「…………」

 キースは暫く黙ったままでいたが、不意に組んでいた腕を持ち上げた。すると後から飛んで来たプラスチック爆弾がその掌の中に納まり、同時に横へ投げ捨てられる。エマはそれを受け取ると、バッグの中から取り出したラジオペンチで器用に真管を引き抜き、爆弾をバッグの中に仕舞い込んだ。

「組織の名は、『ナハティガル』……」

「…………ナハティガル……」

 二人の連携にあっけに取られつつも、セイルは告げられた名前を反芻した。

小夜啼鳥ナハティガル』……過去の偉人の名から好感を持たれがちだが、死を告げる鳥としても有名である。そして確固とした呼称を知ったことにより、かの組織の存在が急に現実味を帯びてきたように思えた。

「元々は親管理者団体やSL調査団が母体となっていたようだが、最近の行動を見る限り既にその様相は残されていない。奴らは……」

「待て……最近の行動って、アンタは今の時点で奴らの目的が分かってるのか?」

「…………」

 セイルの言葉にキースは一瞬沈黙したが、目を閉じて溜息をつくと話を再開した。

「個人的に奴らを追っている者が居る事自体意外だったが……まさかそんな事も知らずに動いていたとはな」

「…………」

 キースの言いようにセイルは一瞬ムッとしたが、出来るだけ平静を装って聞きに徹した。

奴らの行動を注視していれば、自ずと目的は見えてくる……エマ

 エマは椅子から立ち上がるとバッグから携帯端末を取り出し、一つの表を映し出す。そこにはここ最近起こったテロや企業間抗争が時間軸に沿って列記されていた。

「これはナハティガルに関わりのある事件のうち、特に重要な物を示しています。見覚えがあるはずですが……」

「……ミラージュによるローダス兵器開発工場への侵攻、続いてキサラギによるジューコフ兵器工場への破壊工作……テロリストによるアリーナ施設襲撃に、ウィリアス植物研究所占領の発覚……これって…………」

 エマ曰く、ナハティガルの関わった重要な事件。それは、セイルがレイヴンになってから今までに参加してきたミッションだった。無論、セイル自身がテロリストに関するミッションを優先して受けていた事もあるが、それにしてもこれではまるでセイルが意識してナハティガルに敵対してきたようにも見える。

「さらにここから、旧ホイークロックス山岳基地への潜伏発覚、そして先日のコーテックス本社襲撃へと続きます。このうち、初めの二つは各企業を装った小規模テロリストによる物。アリーナと本社への攻撃は多くのテロ組織からなる混成部隊によるものです。いずれも、一介のテロ組織に可能な物ではありません。そして、これらの事件によっておこる物資、技術、資金などの動きを考えてみてください」

「…………ウィリアスとホイークロックスのヤツは単純な戦力増強が目的だな。企業を装って施設を攻撃したのは……各企業間の関係を悪くする為? アリーナ襲撃はガレージ破壊のための隠れ蓑だし……」

「……貴様、アリーナ襲撃の真実に気付いていたのか?」

「え?…………ああ……どこかで、そんな話を聞いた気がした……」

 流石に白昼夢で知ったとは言えず、セイルは言葉を濁らせる。キースは僅かに訝しんだようだったが、セイルは強引に言葉を続けてごまかした。

「っと……それで、これらから連想される事はと言えば……戦力を高めて、各企業を争わせて、それからコーテックスを……何だ、結局コーテックスの打倒が目的か? でもそれだったら何で各企業を…………っ!……」

 セイル自身は適当に言葉を並べていただけだったが、それは結果的にセイルが状況を俯瞰する事へのを手助けになっていた。あてずっぽうな推測が、やがて確信へと変化していく。セイルは端末からゆっくりと顔を上げ、キースと視線を合わせた。

「慢性的な敵対状態にある三大企業の関係をさらに悪化させ……どの企業からも公には敵対視されないコーテックスは自身で手を下す…………奴らの目的に一貫性も何も無い。ただ単純に『自分達以外の全て』に喧嘩を売っているだけ。つまり……」

「奴らの目的は、この世界に存在する全企業……ひいてはそれらによる人民統制の体制そのものを瓦解させる事……」

「『企業による支配』の崩壊……ですね」

 未だに喧嘩の続く騒がしい店内で、このテーブルだけが重苦しい沈黙に包まれた。エマは携帯端末の表をデリートしつつ、またも転がってきた手榴弾を投げ返す。そして一瞬後の爆発音を機に、セイルは口を開いた。

「でも……仮にこの世界全てのテロ組織を集められたとしても、企業全てを倒すなんて不可能だ。三大企業を戦い合わせたって、最終的には生き残った一つと戦わなければならない。それに、いくらレイヴンを囲い込んだところでコーテックスを倒すなんてとても……」

「不可能ではない。SL事件による被害の差と、貴様は関わっていないがクレストによるオルキス集光施設の占領もある。今、三大企業のパワーバランスは、奴らにとって都合の良い状態にある」

「ミラージュ≧クレスト+キサラギの方程式が崩れ、ミラージュ≒クレスト≧キサラギに代わりつつあります。この状態で各企業間に騒乱が起これば、かなりの確率で共倒れがおきます。コーテックスも、あの戦闘で要であるレイヴンの絶対数が大幅に減少してしまっている以上、戦力の低下は否めません。現在大規模なレイヴンの募集を行っているようですが、この状況を打破するに至るほどの効果は得られないでしょう

「…………そうか……」

 再び局所的な沈黙が訪れる。喧嘩をしていた二人はいい加減に我慢を爆発させた店長によって店の外に放り出され、店内の喧騒は急速に収まりつつあった。そんな中、僅かに周囲に気を巡らせていたキースが口を開く。

「…………質問はそれで終わりか?」

「じゃあ次……俺は子供の時にテロに合い、レイヴンに助けられた。そして今は自分がテロ組織の殲滅の為に動いている。アンタは何だ? 何のために奴らを追っている?」

 セイルはあえて自分の個人的な目的を明かし、キースに同条件を求めた。キースは一瞬躊躇したようだったが、即座にエマとアイコンタクトを取り、口を開いた。

「まず俺に……キースというレイヴンについて、貴様はどれほど知っている?」

「そうだな……キース、本名キース・ランバート。現在コーテックスに登録されているレイヴンのうち最強の実力を持つトップランカー。サイレントライン最奥部のアナザーレイヤード中枢を破壊し、SL事件を終結。その後帰還途中の輸送機から脱出し、消息を立つ。最近になってレイヴン活動を再開し、以前と変わらぬ戦果を上げている……このくらいか?」

「……いいだろう。問題はサイレントライン最奥部侵入の所にある。サイレントラインとアナザーレイヤードについて知っている事は?」

 キースは自分からは喋ろうとせず、用心深くセイルの知識量を窺っている。セイルが何処まで知っているのか、何処まで話して大丈夫なのか、そもそもセイルを味方と認識する必要があるか否か。キースはそれを見極めようとしているのだろう。

「…………サイレントラインの大クレーター地下に広がるアナザーレイヤード、そこを統括する『もう一つの管理者』は、AI研究者『セレ・クロワール』を名乗って各企業に新型AIの技術を提供した。サイレントラインを巡って各企業の無人兵器が交錯する中、『セレ・クロワール』はサイレントラインから発進した信号によってAIを掌握、各企業の無人兵器を手中に納めた……」

 セイルもあえてそれに逆らう事無く、キースに手の内を見せていく。キースの持つ情報とキース自身の戦闘力は、やはりセイルにとって魅力的なものだった。仮に協力関係を結ぶ事ができれば、セイルの目的にとって非常に心強い存在となる。セイルはなんとしてもキースと友好的になろうと、必死で考えを巡らせた。

「しかしアナザーレイヤード最奥部まで侵入したアンタによって『もう一つの管理者』本体は破壊され、暴走した無人兵器はその全てが停止、事態は収束を迎える。以上が十年前に起こったSL事件…………結局高性能AIは全て破壊され、アナザーレイヤードの様子や、そこに至るまでの経路、『もう一つの管理者』に関する情報は全てアンタの失踪によってうやむやになってしまった。各企業にはSL事件による被害だけが残り、真相は闇に葬られたまま現在に至る…………以上だな」

「…………」

 話を聞き終えたキースは顔を伏せて思考に入る。エマはセイルが喋った事を携帯端末に逐一入力していたようだが、セイルは構わずにキースを直視した。やがてキースは顔を上げ、話し始める。

「事の発端は『もう一つの管理者』……セレにある。彼女とアナザーレイヤードの存在、そしてSL事件を引き起こした理由についてだ」

 コンピューターの作り出した擬似人格に過ぎない筈のセレ・クロワールを一人の人間としてみているような話し方に違和感を覚えたが、セイルは構わず聞きに徹していた。なにしろ店内ではまたも客同士の喧嘩が始まっており、意識しなければキースの声を聞き取るのは困難だったのだ。

「彼女はかつての管理者と同じように、人類の文明を復興させる為に作られた。管理者『DOVE』の下で技術と文化を取り戻した人類は、やがてレイヤードという鳥籠を破り、地上へと跳び出した……」

 キースはまるで昔のことを思い出すかのように懐かしげに話している。実際、このこと事態十年前に知ったことなのだろうから昔の事には違いないのだろう。セイルは頭を下げて飛んで来たナイフを避け、さらに話を聞き続けた。

「しかし、復興した筈の人類は、実のところ何も変わってはいなかった。富と力を限りなく求める企業に先導され、命と資源の奪い合いを繰り返す。そして再び起こりかねない大破壊を回避するため、『もう一つの管理者』、『IBIS』が行動に出た。『IBIS』はセレというインターフェイスを生み出し、サイレントラインへの侵攻を開始した人類に粛清を加えた。『IBIS』の……セレの目的は人類の更なる革新…………長きに渡る経済戦争からの脱却と、AIからの独立だった……」

 今までに無く長々と、饒舌に話し続けるキース。初めは冷たいと感じていたその声も、悲しみを含んだ深みのある声だと思えるようになってきていた。と、不意にキースの背後で破裂音が聞こえ、周囲に白い煙が拡散する。

 セイルは一瞬身構え、キースは口を閉じて視線を動かすが、後ろを振り返ったエマの『問題無し』というサインを見て二人は元の体勢に戻った。キースの背後では未だ喧嘩が続いており、煙幕の発生源もその近くに有るようだった。

「人類の進む道を修正した『IBIS』は、最終的には『DOVE』同様人類に破壊される予定だった……そしてその通り、『IBIS』は俺によって破壊され、当初の目的は完了される…………筈だった」

 キースは俯きがちだった顔をさらに伏せ、搾り出すように言葉を紡ぐ。キースの顔が僅かに悲痛な物になっている事を、セイルは見逃さなかった。

「手違いの始まりは、俺だった……セレは人類側の抵抗を予測した上で計画を練っていたが、俺の働きは彼女の予測を大きく上回っていた……破壊される予定だった施設は生き残り、セレが放った戦力は悉く俺によって殲滅される……セレの計画はヒビの入った堤の如く崩れ去り、人類は己の暴走によって痛手が発生する事実を理解しないまま彼女の破壊を慣行……彼女の計画は、完遂には程遠い形で終了せざるを得なかった……」

 言葉を一つ搾り出すごとに、キースは歯を噛み締めていた。心配そうに窺うエマを手で制し、キースは話を続ける。

「そして最後の時、巻き起こる爆炎の中で彼女は言った……後は俺の役割だと……人類に最後の一押しをしてやるのは俺の役目だと……」

「…………」

「そして俺は、帰還する途中の輸送機から脱出し、身を隠した。俺がアナザーレイヤードの情報を持ち帰れば、人は皆こぞってその場所に向かうだろう。俺は、人類に新たな道を示してくれた彼女の居場所を、奴らに汚されたくは無かった。彼女の残した思いを、力を、全く真逆の事に使われたくなかった……」

「…………そして六年後、アンタは行動を開始したわけだな。ナハティガルの所有している兵器に、サイレントラインの物があることに気づいて」

「ああ……奴らの所有する兵器には、明らかにサイレントラインの高性能AIが使われている。中には、十年前に実際に交戦した機体もあった。コーテックス襲撃の折に出現した白いACと、アリーナ襲撃の時に現れた黒いACがそうだ。最も、どちらもかなり弱体化していたがな」

 セイルはそれぞれの事件の時を思い出してみる。アリーナ襲撃の際は自分の技術がまだ未熟だった事もあるが、あの時の二機の黒いACはかなりの戦闘力を持っていたように思えた。コーテックス襲撃時の白いACも、実際かなりの被害を出していた筈である。

「サイレントラインのAC……俺にはかなりの高性能に思えたが……」

「ボディはともかくAIの復元は不完全なのだろう。動きに無駄がありすぎた」

「そうか……で、結局のところアンタが奴らを追っている理由は『もう一つの管理者』の……セレって人の意思を守りたいからなんだな。それが、結果的に彼女の邪魔をしてしまった……イレギュラーになってしまった自分の役割だと……」

「っ……そうだ、その通りだ…………」

「……わかった」

 セイルは一瞬周囲に視線を巡らせた後、キースの顔を真っ直ぐに見ながら言った。

「率直に言おう……キース、俺たちはそれぞれ別の思惑を持っているとは言え、向いている方向は同じな筈だ。ナハティガルの殲滅に向けて、協力する事は出来ないか?」

「…………何?」

 キースは一瞬たじろいだ様に見えたが、すぐに警戒するような鋭い目つきで見返してくる。セイルもそれに動じる事無く、さらに言葉を続けた。

「正直、アンタの実力からすれば俺の腕なんて気に留めるほどでもないだろう。正直、コーテックスを倒せるだけの大部隊と相対して生き残る自信なんて無い。でも、腕はともかく機体は……俺のAC、ジャスティスロードの性能は並のACとは違う。腕の方だって最低でも足手まといにはならないだけの実力は持っているつもりだし、これからも鍛えていくつもりだ……」

 最後の方は殆ど懇願に近い状態だった。それほどまでにセイルの思いは強い。クライシスとアメリア、それにケイローン達……自分への協力を約束してくれた人達の中にキースが加われば、それはどんなに心強い事だろう。何より、

「それに……アンタが人類を革新させる役目を負っているなら……俺もそれに協力したい。その革新が正しいものなら、それは俺の目的であるテロリストの殲滅にも繋がる筈だ。だからキース…………俺と協力関係に、少なくとも敵では無い立場になってほしい」

 セイルは椅子から立ち上がるとテーブルに手をつき、再び強くキースを見据えて言った。キースは依然鋭い視線のままセイルを見つめていたが、ふと視線を横にずらす。そこにはキースを見守るように控えているエマが居た。

 エマは自分の視線に気付いたキースに向けてやんわりと微笑み、頷いた。キースも一呼吸遅れて頷き、セイルのほうに向き直る。その瞳からは先程の鋭さと冷たさが消え、僅かながら温かみを宿してさえいた。

「いいだろう……セイル、お前の方針に賛成する。以後、協力者としてよろしく頼む」

「あ…………ありがとうキース。賛成してくれて……こちらこそ……」

「だが…………条件がある」

「!?

そう言ったキースの瞳は先程と同じ、いや、それ以上の鋭さと冷たさを宿していた。その視線に射すくめられ、セイルは一瞬目を反らす。と、そこには先程までとうって変わって険しい表情をしたエマが居た。

 彼女は手元のバッグを強く握り締めたまま、視線をせわしなく動かしている。それを見た瞬間、セイルは反射的に自分達がついていたテーブルを蹴り倒し、ズボンのポケットへと手を突っ込んでいた。同時に店中の窓ガラスが吹き飛び、喧騒が銃声に置き換わる。数人の男達が店の入り口から中に向けて銃撃を加えていた。

「何だ? こいつらは。ただの喧嘩や強盗じゃ無さそうだけど……」

「これが……俺の言った条件だ」

 セイルたち三人は横倒しになったテーブルを盾に身を隠していた。キースは大型の自動拳銃を持ち、エマも小型のハンドガンを構えている。店の中に居たほかの客や店員達も各々身を隠したり逃げ出したりしていた。セイル自身も掌の中にデリンジャーを握り込んでいる。

「六年前の俺の失踪により、サイレントラインに関する詳しい情報……特にアナザーレイヤードへの侵入経路は秘匿されたままになっている。その情報を求めて、度々こういった奴らが襲撃をかけてくる……」

 そう言いながらキースは立ち上がり、テーブルを盾にして射撃をし始めた。三人分のくぐもった声が聞こえたあと、再開された銃撃から逃げるようにキースが戻ってくる。

「おいキース! またテメェの仕業か! いい加減に俺の店をうおおっ!

 カウンターの裏から店長が顔を出し、キースを怒鳴りつける。すぐに銃撃から逃れて頭を引っ込めてしまうが、カウンターの裏から銃撃音に負けないほどの音量で叫び始めた。

「テメェは俺の店を何回破壊すりゃ気が済むんだ!! チクショウ! 今度ばかりは……」

「すみませんマスター! 店の修理費はいつも通り口座に振り込んでおきますので!」

 エマはカウンターに向けてそう叫ぶとバッグからコンパクトを取り出し、テーブルの脇から鏡を覗かせて外の様子を確認した。

「敵戦力は見えるだけで四人、装備はアサルトライフルにグレネード……所属は不明ですが、おそらく全員PLUSでしょうね」

 エマはコンパクトを床に置くとテーブルの影から銃を覗かせ、鏡を見ながらトリガーを引いた。また一人が倒れ伏し、エマのほうに銃撃が集中する。素早くコンパクトを回収し、エマはテーブルの端から離れた。同時に投げ込まれた手榴弾によってテーブルの端が吹き飛ばされる。

「そういう事だ……俺に協力するという事は、実質三大企業から付け狙われる事になる。それでも構わないか?」

「…………ふっ」

 セイルは一瞬絶句したが、すぐに口元を歪ませてデリンジャーを構え、発砲する。店の裏口の方から侵入していた一人が胸と腹を打たれて床に突っ伏した。

「そっちこそ……俺に協力してくれるなら、少なくともクレストからは襲われなくなる事を約束するぞ。どうだ?」

 セイルは空になったデリンジャーをリロードしつつ、そう答えた。同時に、無茶な願いだと騒ぎ出すであろうスキウレを宥める方法を考え始める。

「……いいだろう。エマ」

「近場のゲートまで裏口から約300m、スタートは四秒後です。準備は良いですか?」

「え? 何が……」

 セイルの問いかけが終わる前にキースが頷きを返し、エマは手に持った何かを敵のほうへと後ろ向きに投擲する。反対側の手にはバッグとラジオペンチが握られていた。

「っ!!

 投げられた物がなんだったのか理解したセイルは慌てて裏口へと駆け出し、一瞬遅れてあとの二人もセイルに続いた。

 同時に店の入り口がオレンジ色の爆炎に包まれ、悲鳴と轟音が響き渡る。背中からの爆風に押されるようにして走りつつ、セイルは思った。良くも悪くも、自分はとんでもない人達と手を組んでしまったものだと……

 

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